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第四話
しおりを挟む作 さくね
彼が此処に来るようになって、数週間が経った。私に話しかけてくることが多くなり、彼の明るい態度は、私の苛立ちを助長させるには充分だった。それでいて、八つ当たりをするように、一言二言私も言葉を返すようになっていた。
「今日はいい天気だね」
「だから?」
「今日みたいな日は眠気が止まらないよね」
「眠たいなら帰ったらいいのに」
この日は散歩に誘われた。私が度々示す嫌味には、彼は少しづつ慣れてきてしまったようで、「少し外の空気でも吸いに行かない?」「1人でも行ける」「押した方が楽じゃない?」「好きで苦労してるわけじゃない」そんな問答の末に苦笑いして「ならいいじゃないか」と私を連れ出した。
若い男女が2人きりで、青空の下、花々に囲まれて談笑する。そんな青春にはカスリもせず、薄く雲がかった空の下アスファルトの上を、彼に押されキコキコと車輪は回った。
分相応だと。私自身そう思ってしまう。最早当たり前何てものはとうに枯れ、青春なんてものは幼い頃に見た少女漫画の中でしか触れることが出来ないのだから。
「で、何か用があるの?」
「特に何も、そうだね、今日はいい天気だよね!」
「曇ってるけど」
「あぁ、ごめん」
彼は少し気まずそうにトーンを落とす。
「少し話したかったんだけど、いいかな」
そう彼は口にした。勿体ぶったその態度が気に入らず、返事すらせずにいた。いや、少し嫌な予感がしたからかもしれない。無悪意に刺されるあの感覚を、私は確かに憶えていた。
「今、何か困ってる事とか、もし僕が力になれることがあるなら………」
聞くまでもなかった。
やっぱり此奴からみても私はただの、『足を失った可哀想な人間』でしかないのだ。そのセリフは何度も何度も、聞いた。
「困らないわけないでしょ」
出来ないことが当たり前になった苦しみが、わかるわけが無い。当たり前が当たり前な人間には、分かられたくも無かった。
「助けなんていらないし、そんな事思われなくない」
「私がさぞ惨めに見えるんだよね」
私が今まで障害者を見てきたような目で、彼が私を今見ている。
これ以上私を壊さないで欲しい、お願いだから惨めであることを実感させないで欲しい。
彼が謝罪を述べようとするのを遮って「二度と会いたくない」と突き放した。これが私の最善策だった。私は、私を他人を突き放すことでしか、守れなかった。
彼を置き去りに、私は室内へと車椅子を進める。追いつかれて止められでもすれば、もっと無力感を味わったかもしれない。想像するだけで、胸が苦しい。
これで少しは、彼は傷ついただろうか、そうあとから振り返って意地悪い振りをして、薄っぺらな感想を抱く。
思い返せば思い返すほど、心は抉られ、何度も傷んだ。
もう話す事は無くなるだろう。そう思うとほんの少しだけ、寂しかった。
つづく
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