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第七話 罪と罰
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「瀬川さん、何言ってるか分かってるの? それは佐々木さんに失礼だろ」
美冬の言葉に少し怒ったような顔でそう言い返す安藤。
「舞に知られなければ失礼じゃないでしょ」
美冬はそれを笑顔で返した。
「デタラメだ。それはもうただの我が儘だ」
安藤は呆れた顔をした。
「我が儘でも良いから、お願い」
それに対して美冬は甘えた声で、体の前で手を合わせて拝む様にして答える。
「あー、もうしょうがないな。友達からじゃ駄目?」
そして結局、安藤が折れたのだった。
それはそもそも安藤が美冬を好きな事を考えれば、美冬には分かっていた事だった。
「んー、じゃあ、それでいい」
だから美冬は、内心はある程度納得しているのだけれど、それをわざと少し諦めた様に、安藤にも少し花を持たせる様に、そう言った。
「しょうがないなぁ。瀬川さん何考えてるの? 佐々木さんと仲良くなりたい訳?」
困った様な顔をして安藤は尋ねる。
「うん、仲良くなりたいな」
それに美冬は冗談めかしたように僅かに微笑みを浮かべながらそう答えると、目の前の安藤の脇を通り、テーブルの安藤の座っていた場所へと向かった。
安藤は振り返り、美冬の方を眺める。
「それで、仲良くなってどうするの? 何考えてるの?」
しかし美冬は今度は安藤の質問には答えず、その代りテーブルの上に置かれていた本を手に取った。
ドストエフスキー著 『罪と罰』
表紙に書かれたその文字を繫々と眺める美冬。
「ふーん」
「知ってるの? その本」
だから本の表紙を眺めている美冬に、安藤は質問を変えて尋ねた。
「昔読んだ。貧乏学生が、金貸しのお婆ちゃんを殺してお金を奪うんでしょ。『選ばれた者は、凡人社会の法を無視する権利がある』だっけ?」
言いながら美冬は安藤の方を向いた。
「へー、凄いじゃん。瀬川さん読んだ事あるんだ。で、瀬川さんは自分を選ばれた者だと思うかい?」
「私はただの見捨てられた者よ。だから、『死にたがりクラブ』なんでしょ」
美冬はそう答えた。
時計は一時を回ろうとしていた。
美冬達の住む街の駅前の喫茶店の前に、美冬の父、瀬川光男は立っていた。
回想
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
妻・祥子が玄関先、出かけようとする光男に言った。
「大丈夫。駅前の本屋に行くだけだから。少しは一人で出歩いたりしないと」
光男は祥子の方は見ずに、運動靴の潰れた踵を直しながら言った。
「本当に大丈夫? 急にめまいとかならない?」
祥子は心配そうに尋ねる。
「そういう事を言ったら切りが無い。社会復帰出来ない」
「そうだけど、無理しなくても。私もパートしてるから」
「分かってる。悪いと思ってる」
言いながら、光男は祥子の方を振り向いた。
妻・祥子は四十一歳だが、肌のケア等も普段からしているので、見た目には三十前半位に若く見えた。美冬が美人なのはこの母親に似たからかも知れない。母子共に一重のちょっと釣り目タイプ、狐顔の美人だった。
「だから、リハビリも兼ねて本屋まで一人で行って来る。車、使うよ」
そう言う光男を、祥子はそれでも尚心配そうに見ていた。
「僕は君の子供じゃないんだ。そう心配するなよ」
だから光男は安心させるように笑ってそう言う。
「子供よ、子供の様なもんよ。貴方が一番大切なんだから」
それでも尚心配そうにそう言う祥子の話を、光男は切りがないとでも思ったのか、最後は聞き流す様に玄関を出て行った。
駅前の喫茶店のドアを開けて光男は中に入った。
「いらっしゃいませ」
マスターらしき男が正面奥のカウンターの中から声を掛ける。
「待ち合わせなんだ」
光男は声の主、マスターらしき男に向かってそう言った。
その時だった。
「あっ」
その光男の声に訊き覚えでもあったのか、店の奥のテーブル席の方で声を上げて立ち上がる男がいた。
光男も立ち上がる人の気配にそちらの方に目をやる。
奥の席には中年男性が手を小さく上げて、立っていた。
そしてその男は昨夜美冬と共にいた男、渡辺庄三だった。
つづく
美冬の言葉に少し怒ったような顔でそう言い返す安藤。
「舞に知られなければ失礼じゃないでしょ」
美冬はそれを笑顔で返した。
「デタラメだ。それはもうただの我が儘だ」
安藤は呆れた顔をした。
「我が儘でも良いから、お願い」
それに対して美冬は甘えた声で、体の前で手を合わせて拝む様にして答える。
「あー、もうしょうがないな。友達からじゃ駄目?」
そして結局、安藤が折れたのだった。
それはそもそも安藤が美冬を好きな事を考えれば、美冬には分かっていた事だった。
「んー、じゃあ、それでいい」
だから美冬は、内心はある程度納得しているのだけれど、それをわざと少し諦めた様に、安藤にも少し花を持たせる様に、そう言った。
「しょうがないなぁ。瀬川さん何考えてるの? 佐々木さんと仲良くなりたい訳?」
困った様な顔をして安藤は尋ねる。
「うん、仲良くなりたいな」
それに美冬は冗談めかしたように僅かに微笑みを浮かべながらそう答えると、目の前の安藤の脇を通り、テーブルの安藤の座っていた場所へと向かった。
安藤は振り返り、美冬の方を眺める。
「それで、仲良くなってどうするの? 何考えてるの?」
しかし美冬は今度は安藤の質問には答えず、その代りテーブルの上に置かれていた本を手に取った。
ドストエフスキー著 『罪と罰』
表紙に書かれたその文字を繫々と眺める美冬。
「ふーん」
「知ってるの? その本」
だから本の表紙を眺めている美冬に、安藤は質問を変えて尋ねた。
「昔読んだ。貧乏学生が、金貸しのお婆ちゃんを殺してお金を奪うんでしょ。『選ばれた者は、凡人社会の法を無視する権利がある』だっけ?」
言いながら美冬は安藤の方を向いた。
「へー、凄いじゃん。瀬川さん読んだ事あるんだ。で、瀬川さんは自分を選ばれた者だと思うかい?」
「私はただの見捨てられた者よ。だから、『死にたがりクラブ』なんでしょ」
美冬はそう答えた。
時計は一時を回ろうとしていた。
美冬達の住む街の駅前の喫茶店の前に、美冬の父、瀬川光男は立っていた。
回想
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
妻・祥子が玄関先、出かけようとする光男に言った。
「大丈夫。駅前の本屋に行くだけだから。少しは一人で出歩いたりしないと」
光男は祥子の方は見ずに、運動靴の潰れた踵を直しながら言った。
「本当に大丈夫? 急にめまいとかならない?」
祥子は心配そうに尋ねる。
「そういう事を言ったら切りが無い。社会復帰出来ない」
「そうだけど、無理しなくても。私もパートしてるから」
「分かってる。悪いと思ってる」
言いながら、光男は祥子の方を振り向いた。
妻・祥子は四十一歳だが、肌のケア等も普段からしているので、見た目には三十前半位に若く見えた。美冬が美人なのはこの母親に似たからかも知れない。母子共に一重のちょっと釣り目タイプ、狐顔の美人だった。
「だから、リハビリも兼ねて本屋まで一人で行って来る。車、使うよ」
そう言う光男を、祥子はそれでも尚心配そうに見ていた。
「僕は君の子供じゃないんだ。そう心配するなよ」
だから光男は安心させるように笑ってそう言う。
「子供よ、子供の様なもんよ。貴方が一番大切なんだから」
それでも尚心配そうにそう言う祥子の話を、光男は切りがないとでも思ったのか、最後は聞き流す様に玄関を出て行った。
駅前の喫茶店のドアを開けて光男は中に入った。
「いらっしゃいませ」
マスターらしき男が正面奥のカウンターの中から声を掛ける。
「待ち合わせなんだ」
光男は声の主、マスターらしき男に向かってそう言った。
その時だった。
「あっ」
その光男の声に訊き覚えでもあったのか、店の奥のテーブル席の方で声を上げて立ち上がる男がいた。
光男も立ち上がる人の気配にそちらの方に目をやる。
奥の席には中年男性が手を小さく上げて、立っていた。
そしてその男は昨夜美冬と共にいた男、渡辺庄三だった。
つづく
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