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第一部 未成熟な想い (小学生編)
第49話
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此処の小学校の前には、旧道が走っている。
もう何十年も前に国道は、街中を迂回して新しく作られていて、商店も何件かそちらに移転した。
なので、学校の前の通りに立ち並ぶ店の殆どは昔からの小さな店で、それもまばらに点在している様な状態だった。所々の空いている土地は、駐車場や何年も経って廃屋と化した空き家等になっていた。
旧道沿いに等間隔で立ち並び、薄ぼんやりとあかりを灯す街灯。
あちこち虫食いの様に奥からの明かりが店先を照らす商店。
車で通り過ぎる分には気にもならないのかも知れないが、もう完全な漆黒の闇と化したこの時期の午後六時では、この道を学校に戻る事は相当に寂しい気分がするものだと、幸一は感じていた。
(本当に美紗ちゃんは来るんだろうか?)
時間的に激しく横の車道を車は行き来しているが、どうにも自分の歩いている歩道側は薄暗く、物寂しい感じがするので、幸一は本当にこんな所に美紗子が来るのか心配になって、返す為にブックカバーを付けて来た本を、ギュッと一瞬強く握った。
少しずつ校門側の街灯で、校門周辺が見え始める。
幸一は目を細め、数十メートル離れた校門の辺りを凝視する。
時間は午後五時五十三分。
本当は十分前には着いている予定だったのだが、美紗子に返す本に、ブックカバーを付けるのに手間取ってしまった。家にあった模様の入った包み紙から、センスの良さそうなのを選んで、自分で作ったのだ。恋愛感情にはまだ程遠かったが、愛情はあった。
幸一は、美紗子に優しくしたいと思う気持ちは沢山あった。
-愛は敗れても親切は勝つー
作家のカート・ヴォネガットの言葉だ。
幸一は以前親が観ていたこの作家の映画化作品『スローターハウス5』を途中から一緒に観て、興味を持った。それで試しに買って読んでみた『ジェイルバード』にこの言葉が出て来たのだ。
小説の内容は、ニクソンという大統領が絡んだ汚職事件に関する所から、あちこち色々飛ぶので、まだ小学生の幸一には殆ど良く分らなかった。
しかし、この言葉だけは妙にしっくり来て、幸一が最も気にかけている好きな言葉となっていた。
校門の下を上から三角形に照らす街灯の明かりは、薄ぼんやりとした白い霧の様だった。
歩きながらそこを凝視し続ける幸一は、初めはゆらゆらと揺れる一本の棒の様なものが立っている様に見えたものが、近付くにつれて徐々に輪郭のはっきりとした形を成して行き、いつしかそれが美紗子である事に気付いた。
その瞬間走り出す。
美紗子は既に来ていたのだ。
タッ! タッ! タッ!
「ハァ ハァ ハァ…」
全速力、息を切らせて走る。
少しずつ近付いて来る幸一に、最初は辺りを見回していた美紗子もそのうち気付いて、十メートルを切った辺りの所で幸一に向かって大きく手を振った。
幸一も「ハァ ハァ ハァ」苦しそうに息をしながら片手を挙げる。
美紗子の元に着くと幸一は肩で息をして、本を持ったまま両手を膝に付き、苦しそうに呼吸を整えていた。
その間美紗子は毎日会ってはいる筈の幸一の事を、とても懐かしい気持ちで眺めていた。
それだから、二人の間には暫くの沈黙があった。
「ハァー、スゥー、ハァー」
呼吸も大分楽になって来た頃、幸一はまだ膝に手を当て、腰を曲げたまま、顔だけを上げた。
「随分。久し振りな気がする」
まだ汗だくな顔で、幸一は微笑みながら言った。
「私も」
そう幸一の言葉に答えながら、自分でも分らないまま、何故なのか美紗子の瞳からは一筋、涙が流れた。
つづく
もう何十年も前に国道は、街中を迂回して新しく作られていて、商店も何件かそちらに移転した。
なので、学校の前の通りに立ち並ぶ店の殆どは昔からの小さな店で、それもまばらに点在している様な状態だった。所々の空いている土地は、駐車場や何年も経って廃屋と化した空き家等になっていた。
旧道沿いに等間隔で立ち並び、薄ぼんやりとあかりを灯す街灯。
あちこち虫食いの様に奥からの明かりが店先を照らす商店。
車で通り過ぎる分には気にもならないのかも知れないが、もう完全な漆黒の闇と化したこの時期の午後六時では、この道を学校に戻る事は相当に寂しい気分がするものだと、幸一は感じていた。
(本当に美紗ちゃんは来るんだろうか?)
時間的に激しく横の車道を車は行き来しているが、どうにも自分の歩いている歩道側は薄暗く、物寂しい感じがするので、幸一は本当にこんな所に美紗子が来るのか心配になって、返す為にブックカバーを付けて来た本を、ギュッと一瞬強く握った。
少しずつ校門側の街灯で、校門周辺が見え始める。
幸一は目を細め、数十メートル離れた校門の辺りを凝視する。
時間は午後五時五十三分。
本当は十分前には着いている予定だったのだが、美紗子に返す本に、ブックカバーを付けるのに手間取ってしまった。家にあった模様の入った包み紙から、センスの良さそうなのを選んで、自分で作ったのだ。恋愛感情にはまだ程遠かったが、愛情はあった。
幸一は、美紗子に優しくしたいと思う気持ちは沢山あった。
-愛は敗れても親切は勝つー
作家のカート・ヴォネガットの言葉だ。
幸一は以前親が観ていたこの作家の映画化作品『スローターハウス5』を途中から一緒に観て、興味を持った。それで試しに買って読んでみた『ジェイルバード』にこの言葉が出て来たのだ。
小説の内容は、ニクソンという大統領が絡んだ汚職事件に関する所から、あちこち色々飛ぶので、まだ小学生の幸一には殆ど良く分らなかった。
しかし、この言葉だけは妙にしっくり来て、幸一が最も気にかけている好きな言葉となっていた。
校門の下を上から三角形に照らす街灯の明かりは、薄ぼんやりとした白い霧の様だった。
歩きながらそこを凝視し続ける幸一は、初めはゆらゆらと揺れる一本の棒の様なものが立っている様に見えたものが、近付くにつれて徐々に輪郭のはっきりとした形を成して行き、いつしかそれが美紗子である事に気付いた。
その瞬間走り出す。
美紗子は既に来ていたのだ。
タッ! タッ! タッ!
「ハァ ハァ ハァ…」
全速力、息を切らせて走る。
少しずつ近付いて来る幸一に、最初は辺りを見回していた美紗子もそのうち気付いて、十メートルを切った辺りの所で幸一に向かって大きく手を振った。
幸一も「ハァ ハァ ハァ」苦しそうに息をしながら片手を挙げる。
美紗子の元に着くと幸一は肩で息をして、本を持ったまま両手を膝に付き、苦しそうに呼吸を整えていた。
その間美紗子は毎日会ってはいる筈の幸一の事を、とても懐かしい気持ちで眺めていた。
それだから、二人の間には暫くの沈黙があった。
「ハァー、スゥー、ハァー」
呼吸も大分楽になって来た頃、幸一はまだ膝に手を当て、腰を曲げたまま、顔だけを上げた。
「随分。久し振りな気がする」
まだ汗だくな顔で、幸一は微笑みながら言った。
「私も」
そう幸一の言葉に答えながら、自分でも分らないまま、何故なのか美紗子の瞳からは一筋、涙が流れた。
つづく
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