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【陸王遼平】

お家に帰りますよ!

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 山本さんにはこれから色々と手を貸してもらうことになるだろう。

 葉月の過去について証言してもらわなければならない。

 幸い、奥さんのほうが毎日日記を付けており、葉月のことについて書かれたページをすでにいくつもコピーさせて貰っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 正直、目を通すのも胸糞悪い話ばかりだ。

 よくもまあ、年端もいかぬ子どもにこんなことができるもんだと腸(はらわた)が煮え返る。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うが、見て見ぬ振りをしていた山本さん夫妻まで憎くなってくる始末だ。

 あの人たちがしかるべき機関に通報さえしてくれていれば……! いや、やめよう。学校さえ見て見ぬ振りをしていたぐらいだ。あの夫妻が通報したところで事態は変わらなかったに違いない。だがしかし……! いや、やめよう。いかん、エンドレス地獄にはまってきた。
 少なくとも、最後の一線で葉月を救ってくれたのはあの老夫婦で、今となっては証言してくれるだけでもありがたいんだ。

 それに――あの人たちの葉月を見る目は本当に孫に対するものと同じものだった。

 葉月の頭を撫でた姿が、昔、俺の頭を撫でてくれた爺さんを彷彿とさせた。
 気が短く何度も殴られたけど、俺に虫取りや山登りを教えてくれたいい爺さんだった。
 夏休みに自由研究をサボってたらぶん殴られ怒鳴りつけられ、手元にあったビー玉で焼きビーを作らされたのは今となっては良い思い出だ。

 出来るだけ頻繁に葉月を連れて行こう。

 たくさんの人に見守られていたのだと信じられるようになれば、葉月も自分の存在に自信を持てるだろうから。

 そうこうしている間に、葉月の退院の許可が下りた。

「よかったな。家に帰れるぞ!」
 葉月の髪を撫でまわす。

 葉月は俺を見上げニコニコとしてたが、突然、ハッと何かに気が付いた顔をして顔を青くし、ソワソワしはじめた。

 ぐしゃぐしゃにしたせいで頭の上に一本立ち上がったアホ毛までソワソワしている。

 どうしたんだろうか。

(遼平さん、大変だよ)

 声は出てない。口を動かしてるだけだけど、間違いなくそう聞こえた。

「どうした?」

 慌ててスケッチブックを取り出し、丁寧な字で書き始める。

『帰る家が無い!! どうしよう、どこか野宿できる場所を探さなきゃ』

 おい待て。

「必要無いよ。俺の部屋が葉月の帰る場所です」
(えっ!?)
 なぜ驚く。俺が葉月を野宿させるはずないだろ。

「さー着替えた着替えた。お家に帰りますよー」
(うぅ……)

 服を着替えさせ荷物を手に病院を後にする。
 長い入院生活だったな。
 幸い葉月は食欲もあるようだし、今日はたっぷり食わせないと。
 店で食っていくのもいいが……、リラックスできる自宅飯のがいいだろうな。うん。美味い惣菜でも買って帰ろう。

 助手席に座っていた葉月が窓の外を見ながらまたソワソワとし始めた。

 今度は何だろうか。

 葉月は話が出来ない。伝えたくとも筆談という回りくどい方法しかないから負担になる状況だというのに、つい笑いが零れてしまった。

「どうかしたのか?」
 スケッチブックを取り出して、ぴょん太を机にして何か書き始めた。

 信号で止まって差し出されたそこには、

『ホコホコ弁当に寄ってください』

 と書かれていた。

「了解しました」

 目と鼻の先だ。
 だが、葉月。


 残念なことにホコホコ弁当は――――。


 ホコホコ弁当の店先で車を止める。
 店にシャッターが下りている。そして、シャッターには「差し押さえ」の紙が貼られていた。

「お前が居なくなってすぐに潰れちゃったんだよなあ」

 このホコホコ弁当、給料の未払いだけでなく脱税までやらかしてたようなのだ。

 気になってニュースサイトをチェックしてみれば、かつて働いてた人たちを恐喝したという記事もヒットした。葉月の両親を連れてこいと言ったのも金を巻き上げるためだったのだ。ホワホワした葉月の両親があんなのだとにわかには想像つかないからな。少し脅せば金を出すだろうとでも考えていたのだろう。

 葉月の頭の上に「ガーンガーンガーン」と文字がいくつも浮かび上がっていた。

 よっぽどショックだったようだ。わたわたと早足に歩き出す。どこに行くのか後をつけて見れば、数十メートル先のコンビニエンスストアに入っていった。

 無料で配布されてる求人誌を手にして一生懸命捲りだす。

「はいはい、今は仕事しようなんて考えなくていいから。生活は全部、俺に任せておきなさい」
(でも、でも、)
「いいんだよ。せめて体調が万全になるまでは安静にしておくこと。ほら、戻るぞ」

 それでも無料求人誌はしっかと手にし離さなかったので持たせたままコンビニを出た。

 車を更に走らせ自宅のマンションを通り越し、百貨店に向かった。
 美味い惣菜屋があるんだよなぁ。

 おかずは買うとして、全部出来合いってのも寂しいな。米は家で炊いておにぎりでも作るか。

「葉月、今日は俺がおにぎりを作るよ。具は何がいい?」

 百貨店のガラスドアを開いて先に葉月を通しながら聞く。
 葉月は目をキラキラさせて、スケッチブックにペンを走らせた。

『こんぶがいいです!』
「よーしよーし。一杯入れような。から揚げ握りも作るかぁ?」

(ふわぁ)

 あ。
 今、ふわぁが出たな。
 嬉しい時の葉月の鳴き声だ。

 声が聴けないのが残念すぎる。

 声が出るようにまでには平均で一週間ほどだと医者から説明された。早く出るようになればいいなぁ。数年かかることもあるとも言われたが、それは今考えないことにする。

 ところで、案内所の前を通るとき、受付嬢の二人がやけにニヤニヤした顔でこちらを見てたが気のせいか?



☆☆☆



 さてさて、すっかりと忘れていたのだが、俺、自分の部屋を二本松の部屋だと嘘付いていたんだった。


『ここ、二本松さんの部屋じゃなかったの?』
「うっ!!」

 タワーマンションの45階に上り、部屋に入り、不思議そうに葉月が向けてきたスケッチブックを見てようやく思い出したと言うていたらくである。

「ご、ごめん……、葉月にドン引きされるのが怖くて嘘をついてました……」

『ドン引き? どうして?』

「トレーニングマシンとか動物の写真が置いてるの、気持ち悪がられるかなぁと……」

 (ふふ)と、笑って、スケッチブックに文字を書く。

『気持ち悪がったりしないよ。とても優しい部屋だよ。やっぱりここ、遼平さんの部屋だったんだね。実はちょっと疑ってたんだ』

「しまったばれてたか……。心をこめておにぎりを握るから嘘ついてたの許してくれ」

 葉月は笑顔で頷いてくれた。

「――――!」

 葉月の喉が鳴った。
 部屋の中央に駆けだす。

『これ、ぼくのへやの!』
 焦る余り全部平仮名になってる。葉月が見つけたのはかつて葉月の部屋で使っていたちゃぶ台だった。

「あぁ。それもリサイクル店で見つけたんだ。残念ながら他の家具は全部売られてたけどな」
『嬉しいよありがとう! これ、遼平さんとの思い出がいっぱいあるから売りたくなかったんだ。戻ってきて嬉しい!!!』

 そうだな。いっぱいあるな。初めて葉月が作ってくれた飯を食ったのもそのテーブルだったからな。

 あの時食べたカレーと茶わん蒸しの味はいまだに忘れられねえ――
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