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<水無瀬葉月>

遼平さんを好きな女社長さんの襲来

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「そりゃ大変だな。何が食いたい? サーモン食べるか?」

 ちっとも大変だとは思って無い顔で笑ってるのに、僕に合わせて相槌を打ってくれる。

「ううううん」
「うん? ううん?」
「うん、です」

 こそこそやり取りして、先に歩き出した大きな背中に付いていく。

「サーモンの他は何がいい?」
「えぅ……、ひ、一通り」

 お寿司なんて生まれてこの方食べたこと無い。お刺身は大好きだからこそっと耳打ちした。

 遼平さんは喉の奥で笑いをかみ殺して、板前さんに注文をしてくれた。

 僕がお寿司が出来上がるまで待ってる間に遼平さんは他のブースも回ってくれていた。揚げたての天麩羅(!)に焼き立てのチキンステーキ(!!)と、バイキングだってことが信じられないぐらいの豪華な料理がテーブルに並ぶ。

「ご飯がお寿司でおかずが天麩羅にステーキ……。こんな贅沢するなんて、天罰が当たりそうだよ……!」
「ここにいる全員にか? 神様も大忙しだな」

 いただきます。挨拶をして最初にサーモンサラダを食べる。

「美味しい……」

「また泣く。そんなにサーモン好きだったんだな」

「好きってせいもあるけど……こんなに美味しいものを今日はいくらでも食べて良いんだって感動のせいでもあります」

「十八年間食えなかった分を目いっぱい取り戻せよ」
「うん!」

 お寿司美味しいよ……! チキンステーキも美味しい。皮がパリパリなのに身が柔らかい……!
 幸せだ……!!

 僕よりも沢山取っていたのに遼平さんはあっという間に食べ終わってしまった。

「取りに行ってくるけど、なにか欲しいものはあるか?」

 食べてる途中だったから軽く首を振って答える。

 続いて食べるのはオマール海老のテリーヌだ。
 前に住んでた家で家族に作ったことはあるものの、僕自身は食べることの無かった料理だ。

 毎日の食事は父と母と兄弟の分、四人分だけ作って、僕のご飯はみんなの残りだった。
 海老のテリーヌは中々残らなくて、味見しかできなかったけど、我ながらめちゃくちゃ美味しかった。

 珍しく何度もお母さんとお父さんにリクエストされて嬉しかったっけ……懐かしい。
 今日はこの料理まで食べ放題だなんて……!!

 あれ? このノートなんだろう?

 テーブルの上に黒い革表紙の手帳が置いてあった。
 何気に開いてみると、中に入っていたのは会計票だ。

 びゃ。

 小声だけど喉の奥から変な声が出た。
 き、金額が、金額が、二人で一万円を軽く越えてる! バイキングってこんなにたかかかかったんだ!?

「コラコラ、覗き見しちゃ駄目だぞ」

 プレートを手にした遼平さんが、僕の後ろから会計票を取り上げた。

「たかかかかか」
「落ち着け。動揺するような金額じゃないよ」
「ご、ごめんなさい、こんなに高かったなんて」
「どうして謝るんだよ。気にしてる暇があるならもっと食べろ」
「うん……せめて元が取れるよう頑張るよ」
「その意気だ」

 遼平さんが持ってきたのは肉料理が多かった。
 骨付きのローストビーフに牛ほほ肉のスープ、牛ひれ肉のロッシーニ風などなど。この大きな体はお肉で作られるのかなあ。

「次は遼平さんと同じものにしようかな。身長伸ばしたい」
「好きなものを食わないと後悔するぞ」

 う。
 確かに、後悔するかも。

「やっぱり海老とサーモンにします」
「それがいいな。ドリンク無くなったか。何が飲みたい?」
「ぇ、ぁ、じ、じゃあ、お茶をお願いします」
「了解しました」

 空になったコップに遼平さんが当たり前のように切り出してくれた。
 着席しないままドリンクコーナーに歩いていく。遼平さんって本当に親切だなあ。

「陸王さん!?」

 鈴を鳴らしたみたいに綺麗な声が遼平さんを呼んだ。
 カツカツってヒールを鳴らして女性が遼平さんに駆け寄っていく。

 うわぁ。綺麗な女の人だな……。

 いかにも仕事ができそうなキリッとした顔立ちの、白い肌と綺麗な色の唇が印象的な女性だ。
 斜めに分けた亜麻色の長い髪が肩のあたりからくるりとカーブを描いてとても華やかだ。

 年齢は30代ぐらいかな? パンツルックにハイヒールでとてもカッコイイ。

「まさかこんな場所で陸王さんにお会いできるなんて……!」

 大きな窓から差し込む光のせいでまるで映画のワンシーンのよう。とてもお似合いの美男美女だ。

「お一人ですか? 私も一人なの、よかったらご一緒しません?」

 はしゃいでいるせいか大声になってる女の人の声しか聞こえない。遼平さんも何か答えているものの、いつもは良く通る声が抑えられていた。

 女の人がこちらを向き、視線が合った。
 あれ? 一瞬睨まれた気がしたけど気のせいかな?
 遼平さんと女の人は二、三、言葉を交わしてから一緒に料理を取りに行った。

 僕の真正面で繰り広げられていたので目で追ってしまったのだが……女の人のくっきりとした目じりが僕を見るときだけ吊り上ってる。

 やっぱり睨まれてる気がする……?

 !!!!!!

 ひょっとして、あの人、遼平さんのことが好きなのかな!?
 傍にいる僕が邪魔なのかもしれない。だから睨んでるんだ。

 遼平さんがお茶を手に戻ってきた。

「さっきの人は取引先の女社長さんなんだ。まさか一日に二度も奇遇が起こるなんてなぁ」

 女社長!?
 あんなに美人な上に社長さんだなんて!

 今日の予定はバイキングに、公園に、海、そしてお泊りという超豪華詰め合わせだ。

 でも、恋人ごっごが出来てこんな美味しいご飯まで食べられて、僕は十分に満足である。
 こんな場所で会えたのはきっと運命なんだろう。
 遼平さんを解放してあげよう。

「遼平さん」

 こそっと耳打ちする。

「僕だったら一人で大丈夫だから、あの人とご飯食べて。ここからなら帰れるから、海もあの人と一緒に行った方が楽しいよ!」


 がた。


 ん? 遼平さんがテーブルに倒れこんでしまった。危うく取ってきたばかりの料理のプレートに突っ込むところだ。

「は、はづ、葉月、何を言ってるんだよ、」

 なんだか凄く動揺しているぞ。珍しいな。

「僕だって社会人なんだ。このぐらいの気配りはできる」

「おまえ、れっ、麗に、彼女って言われて照れてたよな? 車で抱きついてきたよな? あれは、一体、えっ、ひょっとして、俺の勘違い? 何がどうなってんだ」

 テーブルに肘をついて項垂れブツブツと呟いている。
 麗さんに彼女って言われて照れた? それってひょっとして恋人ゴッコがばれたとか……!? 
 違うか。ばれたらまず怒られるだろうし。どうしたんだろう?

「僕に気を遣わなくていいよ。海に行ってホテルなんてすごいコース、女の人と行かないと勿体ないよ」

 遼平さんが伏せていた顔を上げて、キッと僕を睨んだ。
 遼平さんの顔には慣れたと思ったけどちょっと怖い。

「いくら人に『ちょっとしたことで怒り狂ってそこらじゅうにあるものを投げ飛ばし蹴飛ばし女子供だろうが簡単に殴り飛ばしそうな顔をしてるのに全然怒らないな』と言われる遼平さんでも怒るぞ。怒るというか、泣くぞ」

「え、泣く!?」

「そうだよ。俺、葉月と海に行ってお泊りするのを二週間も前から楽しみにしてたのに、葉月にとってはどうでもよかったってことだろ?」

「ちちち、ちちがちが、昨日、眠れないぐらい楽しみにしてて、」

「なら、ほかの人と行っていいなんて言わないでくれよ。俺は葉月がいい」

「うぅ……。ご、ごめんなさい……」

「わかればよろしい。さ、食おう。時間は90分しかないんだ。油断してたら伝説のチョコレートファウンテンを食いっぱぐれるぞ」
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