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【陸王遼平】

葉月は俺のモンだ。お前が入る隙は無いんだよ。

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「おはようー」
 その日、出勤した俺の周りには「♪」マークが二、三十個飛び周っていただろう。

――――――――――――――――

 俺のオフィスにはすでに静と二本松が居た。

「お早うございます」
「はよー。お、早速付けて来たねぇ。葉月君のプレゼント」
 静が俺の胸元を指差す。

「羨ましいか。似合うだろ?」

 ネクタイの位置を調整しながらここぞとばかりに自慢してしまう。

「似合ってますよ。ニヤついた貴方の顔は心の底から気持ち悪いと思っていますが、そのネクタイはセンスがいい」
「だな。葉月はセンスいいよなぁ。今度から服買うときは見立ててもらうかな」

「すげーな。まっちゃんの罵倒が耳に入ってもねえ」

「まさか大事な初任給でプレゼントをくれるなんてな……! 普通は家族や恋人にプレゼントしちゃうもんだろ!? マジで葉月の家族にしてもらった気分だよ。あんないい子が俺の傍に居てくれるのが信じられん……!!」

「葉月君に逃げられたら一生後悔しそうですね貴方は。せいぜい気を配ってください」

 二本松が眼鏡を指先で押し上げながら苦笑した。

「まっちゃん、意外と協力的だよね。葉月君みたいに純粋な子を遼平の生贄にするのはとんでもないって言いそうなのに。あの子まだ未成年だしさ」

「遼平さんは記念日に花束とケーキを抱えて帰宅するような典型的な愛妻家タイプですからね。葉月君のようなスレて無い子は、遼平さんと一緒に居たほうが安心です。貴様のような汚染物質に捕まっていたら目も当てられない所だ」
「ひっどーい」と静が唇を尖らせた。きめえ。

「しかし……遼平さんは顔が物騒すぎます。それが唯一にして致命的な欠陥です。どうにかしてください」

「そんなこと言われてもどうにもなるわけねーだろ。つーか、できるもんならとっくにしてんだよ。小学校入学前ぐらいに」

「一体、前世でどんな罪を犯したら、そのような恐ろしげな顔になるんですか?」

「しらねえよ。前世の俺に聞いてくれ。せめて身長が二十センチ低けりゃ……!」

「低くても焼け石に水だろ」

「全然違うわ! 立ってるだけで『でかっ』とか『うわぁ』とか言われる身になってみろ! おまけに、道を歩いてる時ちょっと油断したらちっちゃいお婆ちゃんを轢きそうになるし……。うかつに走れもしねえ」

「家族も全員お前みたいな面と体格してんの?」

「違う。目は母親、他のパーツは父親、体格は祖父譲りだ」
「身内の悪い所を総取りしちゃったのね」
「あぁ。前世の業が怖ぇ」

 前世の俺はどんな悪事を働いたんだろうか全く。

「さて、無駄話はここまでにして仕事にかかりましょう。今日の予定は――――」

 二本松がつらつらと予定を読み上げる。
 今日もあれやこれやと詰まってはいるが、最終スケジュールはなんと十七時で終了していた。
 珍しい。こんなこと数ヶ月に一度もねーぞ。

「今日の仕事はそれだけなのか?」
「ええ。残念ながら」

 よっしゃ! 上がったら即葉月を迎えにホコホコ弁当に行こう。
 んで、一緒に晩御飯の買い出しだ。
 久しぶりのお買い物デートだな。初めて葉月の家にお邪魔した時以来か。

 怒涛のごとき勢いで仕事をこなし、昼休み。

 久しぶりに『ホコホコ弁当』の緑の和紙に包まれた弁当をテーブルの上に乗せた。

 時間は十三時を少し過ぎたところだ。葉月も休憩を取っている頃か?

「うーっす。あれ? 今日は葉月君のお弁当じゃねーのな」
 静と二本松が連れ立って俺の個室に入ってくる。

「いろいろあってな」
 具体的に言うと、葉月が腕のキスマークにキスしている姿を見てしまったせいだ。

「今週末こそ絶対に葉月に告白する。そして絶対にOKの返事を貰う」

「まだそれ言ってんのか。つかまだ告白してなかったのかよ」

「葉月の一生の思い出になるようなインパクトのある告白をしたいからな。それ相応の場所とシチュエーションが必要なんだよ」
「海辺のホテルだっけか? ほーんと、そんな顔してロマンチストなんだから」
「そんな顔してるんですから暗がりで懐中電灯を下から当てながら告白するだけで一生ものの思い出になりますよ」
「んな思い出はいらん。確実に泣かれて振られるわ」

 葉月は怖がりだからな。
 二本松が弁当を片手に俺の向かいのソファに腰を下ろした。

「告白を受けてもらえればいいですね」
「受けてもらえるはずだ。俺には勝算がある」
「へぇ?」

 手首を擦って一人でにやける。

 昨夜葉月がキスをした場所だ。とっくにキスマークは消えてしまったが、感触はしっかりと覚えている。
 好きじゃなけりゃ、男の手首にキスはできないはずだ。
 確実に、恋人になれる。なれるはず。なれるよな? なれる……かな?
 ひょっとして、どれぐらい吸えば痕が残るか実験してただけかも………………いかん。ネガティブになってきた。

 さっさと仕事を終わらせて葉月とお買い物デートに行こう。
 食事をかっ込んで、再び怒涛のごとき勢いで仕事をこなし退社と同時に葉月の待つホコホコ弁当へと向かったのだった。

 到着したのは十八時半頃。丁度葉月の仕事が終わる時間だ。そろそろ出てくるかな?

 『ホコホコ弁当』の従業員入り口前で葉月が出てくるのを待つ。
 五分もせずに、上部が擦りガラスになった味気ないアルミドアが開き葉月が出てきた。

「お先に失礼します」

 行儀良く室内に頭を下げ両手でドアを閉める。

「葉月」
「わ!? り、遼平さん!? どうしたのこんな時間に!? 珍しいね、早く終わったの!?」
「おう。お迎えに上がりました」
「嬉しいよ……!」

 葉月が頬を高潮させて俺に駆け寄って来た。
 俺との距離、おおよそ二十センチ。

 あんなに警戒心の強かった葉月が自分からここまで近づいてくるようになるとは誰が想像しただろうか。
 やべえ感動してきた。

「夕食の買い出しに行くんだろ? 俺が荷物持ちするから重い物を買い溜めしような」
「え、そんなの悪いよ。僕だって男だから自分で持つ」

「そりゃ葉月も男だけど」

 手を繋いで、上にゆっくりと引っ張り上げる。
「うわぁ!?」
 片腕で半宙吊りになった葉月がバタバタ暴れた。

「お前と俺とじゃ地力が違いますよ」
「うぅ。男のプライドが」
「男のプライド!」

 こんな小さくて軽いくせに、一丁前にそんなモン持ってるのか。可愛いな。
 笑いを堪えきれなかったせいで、三十センチ低い位置から葉月に睨まれてしまった。

「ごめんごめん。俺が悪かった。許してくれ」

 口先で謝っただけで、下がっていた葉月の口角がすぐに上がる。

「何が食べたい? 朝のお詫びに、遼平さんが食べたい物を作るよ」
「そうだなー、じゃ、オムライスがいいな。名前書いて食おう」
「僕のに、はづき、遼平さんのに、りょうへい、だね」
「違うよ。逆」
「逆?」
「俺のに、はづき。お前のにりょうへい。そっちのが仲良しって感じがするだろ?」

「ふふ。やっぱり遼平さんって女の子みたいだね」

「言ったな?」

 繋ぎっぱなしだった手をきつく握り締める。
 葉月が笑いながら「痛いよー」と逃げようとするのを追いかけた。

 手を繋いだままふざけているとあっという間に市場に到着した。

 この街の市場は古びた雑居ビルの中にある。
 解放されたドアを潜れば一気に新鮮な果物と野菜の匂いに包まれた。
 百種類はあるんじゃないかってぐらい様々な野菜と果実を取り扱っている八百屋から放たれる香りだ。

「いらっしゃい、はづ……」
「あ、タカヤさん、こんにちは!」

 八百屋の店番をしていた青年が葉月の名を呼ぼうとして声を詰らせた。
 明らかに、葉月と手を繋いでいる俺に動揺している。

 だが、俺も同時に動揺した。

 葉月が青年の名前を呼び、青年が葉月の名前を呼ぼうとしたことに。

(俺の知らない場所で葉月のコミュニティが広がっている)

 生活をしていれば知りあいや顔見知りが増えて行くのは当然だ。
 当然だと理解しているのに、俺の知らない葉月を、この、「タカヤ」が知っているのが許せずに、心の奥底に黒いモヤが立ち込めた。

 葉月を誰の目にも触れさせたく無い。いっそ、檻の中に入れて飼いたい。
 物騒な衝動が胸の奥に沸き上がる。

 何を考えているんだ。
 俺は絶対にそんなことはしないぞ。

 タカヤと呼ばれた男は年齢は二十歳そこそこだろうか。八百屋をやってるだけあってガタイが良く、しっかりとした筋肉がついていた。
 一重の糸目ではあるものの女に不自由はしない程度の容姿だ。
 身長は175~178ってところか。畜生、羨ましい。俺の身長を分けたい。

「今日のお買い得品は何ですか?」

「長ネギと、カブ…………そいつ、誰?」
 葉月の質問に答えながらタカヤが俺を指差した。客を指差すな客を。

「僕の友達です」
「そうです。葉月の友達第一号の遼平と申します。よろしく、タカヤ君」

 葉月と繋いだ手を上げて挙手する。

 葉月の袖が下がって、タカヤが目をむいて手首を凝視した。
 昨日俺がつけたキスマークがまだくっきりと残っているんだよな。

 悔しそうにギリギリ睨みつけてくる糸目を真っ向から受けて立つ。

 ふふふ。

 葉月は俺のモンだ。お前が入る隙は無いんだよ。
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