上 下
97 / 103
【陸王遼平】

巨大なマンボウとか、ふれあいコーナーとか

しおりを挟む
 葉月は巨大な水槽に浮かぶ巨大なマンボウを見上げたまま動かなくなった。
 口、開いてるぞ、口。
 絶対驚かないって言ったくせにぽかーんとしちゃって。可愛いもんだな。

 突如として凄いスピードでスケッチブックに何か書き始めた。
 なんだ?
 こっそり覗くと、そこに描かれていたのはやたらと楕円形に三角が二つくっついた何か。

 なんだこれ? あ! マンボウか! 

 すごい、と、口が動く。
 葉月が驚くのも無理はない。一口に三メートルと言っても実際本物を目にすると迫力が段違いだ。
 こちらを向いて泰然と水に浮いている姿に、まるで俺たちの方が見世物になってしまったかのような錯覚を起こす。

「でっかいなぁ」
 呟くと、やっと我に返ったらしい葉月がこくんと頷いた。

 順路通りに進んでいくと、次に待ち受けていたのはサメのトンネルだ。
 恐ろし気な形をしたハンマーシャークやら、映画でお馴染みのホオジロザメなどが頭上を泳ぎ回っている。のんびり浮いていたマンボウとは違い、かなりのスピードだ。

『こ、こわい! すごい迫力だ!!』
「肩車してやろうか? 迫力が増すぞ」
『遠慮します。水槽割れたらどうしよう』

 早く通り過ぎようとばかりに手を引かれてしまう。
 一際巨大なホオジロザメがこちらに突っ込んできた。
 おー、でけえな。

 感心する俺の前で、葉月がサメに向かってばっと両手を広げた。
 サメは水槽のガラスに当たる直前で切り返していく。

「ぅ~~~!」
 葉月の口から悲鳴が漏れた。
 ひょっとして……、今、サメから俺を守ろうとしたのか?

 こーんな小さな体で何を考えてるんだろうなぁこいつは。

 続いて巨大なエイ、マンタが眼前に現れた。表面は茶色いのに腹は真っ白だ。
 「大きい……!」ごくごく小さな声が葉月から漏れる。
 確かにこいつもでけーな。ヒレをはためかせてトンネルの上に昇っていく。
 真っ白の腹が頭上を覆うと同時に葉月がとうとう俺の腕を引いて走り出した。

 怖がりさんめ。

 この分じゃ、サメスペースにあるスタンプには気が付きそうにないな。
 案の定、気が付かないまま横を駆け抜けてしまった。

 スタンプコンプは次来るときのお楽しみだ。

『遼平さんが頭から食べられるかと思った……! エイのお腹の顔が怖すぎたよ!! 頭にツノも生えてたし』

「B級モンスターパニックものにありそうな展開だな。題名は『人食い巨大マンタ』。今度探してみるか」

『み、観たくないです!』

 続いては触れ合いコーナーだ。
 
『わ、ヒトデがいる!』
「触ってみろ。結構ゴワゴワしてて面白いぞ」

『か、噛まない!?』
「かまねーよ。ヒトデに人に食いつけるぐらいの口があったら怖いだろ」

 恐る恐る水に手を差し入れ、恐る恐る手のひらで掬い上げる。

 掴まないあたりが葉月だな。

『わぁ、硬い、ほんとにゴワゴワする。ヒトデって食べられるのかな』
「食べられる種類もあるそうだが、あんまり推奨はされてないかな。重金属を含むうえ、味は微妙だから」
『そっか…もったいない』
 ヒトデを水槽に戻してしまったが、続いて違うヒトデを手に取る。

 最後に手に取ったのはナマコだ。
 水槽に戻し、コーナーから離れてから、葉月が俺を見上げて言った。

『遼平さんはナマコ好き? 酢漬け作れるよ』
「今度作ってください」

 なまこは見た目はあれだけど美味いんだよな。こりこりした触感で酒に合うし。
 でも見た目があれなんで調理してくれる女子は少ない。
 こういうどうでもいいところで男なんだなと実感してしまう。静と二本松も喜ぶだろうな。あいつらも珍味好きだし。

 くらげゾーンの水槽に座り、人がいなくなったのを見計らってキスしたり、
 ペンギンで水槽に張り付く勢いで喜ぶ葉月を堪能したり、
 テンプレートとも言える水族館デートを堪能しつくし、水族館を出た後。

「葉月……お前の本当のお母さんの居場所を見つけたんだ」

 ただいま、とぴょん太に挨拶をする葉月に、俺はそう告げた。

「――――――」
「でもな……残念なことに、亡くなっていた」
「………………!」

 葉月が小さく息を呑む。

「身寄りの無い方だったから、お前の親戚を見つけ出すことはできなかったんだけど、お母さんの親友だった女性と話ができることになったんだ。その人にお前を会わせたい。……無理にとは言わない。会いたくなら断っていい。……どうする?」

 葉月の表情は変わらない。無表情のままだった。

 スケッチブックが開き、ペンが走る。

『会いたいです』

「……そうか」

 書かれた文字は震えてさえいなかった。
 確固とした意志を感じるぐらいに、強かった。

 唐突に話したというのに、葉月は覚悟をしていた。
 これは、先に話しておくべきだな。俺は、意を決して、口を開いた。

 遡ること三日前。
 俺は、仕事を午前中で切り上げ、とある一軒家を訪ねた。

 葉月の実母、雪村里美さんの友人、春原 十和子(すのはら とわこ)さんの自宅だ。

しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

処理中です...