上 下
49 / 133
本編

49 夜のお作法1 【閑話:1】

しおりを挟む
※本編36より少し遡って、アレクと夜を過ごす前のお話です。まだ愛称で呼んでいない時期なので「陛下」呼びです。

側妃になるにあたり、改めてこの国の一般常識を学んだほうが良いとセイから言われ、急遽アレクセイ陛下から講義を受けることになった。

まさか王様直々に教えてもらうなんて恐れ多い、別の講師がいい、と訴えたが、「今の時期は私は意外と時間に余裕があるから大丈夫だよ。それに君の世界の話をもっと聞きたいし。」と強引に押し切られてしまった。にっこりと笑った陛下の後ろで、セイがため息をついたのも、ばっちり目撃している。大丈夫かなあ・・・。

というわけで、現在に至る。

場所は、王の私室。今日はドアが少しだけ開けてある。軽食も兼ねたスコーンやサンドイッチが乗ったトレイ、口直しのカットフルーツ、かわいい焼き菓子、熱々の紅茶と長居をする準備も万端だ。

かつて押し倒された現場でもあるが、ふしぎと嫌悪感はなかった。前回訪ねたときには緊張していて周りをよく見もしなかったが、改めて部屋を見ると全体的に落ち着いた雰囲気で、思った以上に居心地が良さそうだからかもしれない。

ちなみにルーは講義のじゃまになるという理由でお留守番だ。さんざんごねていたが、退屈だと思ったのか最後にはあきらめてどこかへ行ってしまった。

侍女さんが丁寧に紅茶をカップに注いでくれるのを待って、陛下が口を開いた。

「君は、アナスタシア嬢の記憶は持っているんだよね?」

状況を再確認するような質問に対してあいまいに頷く。自信をもって頷けないのは、記憶が完全ではないからだ。何かの拍子に、あたかも映画を観るかのように彼女の記憶の一部を垣間見ることはあるが、アナスタシアの人生全てを見たわけではない。

自分でコントロールできない記憶なので、これでアナスタシアとして公の場で振舞えるかと問われるとかなり不安はある。つい最近もセイから「お願いですから他の人間、特に男性には気安く笑顔を振りまかないでください。」と何度も念押しされたばかりだ。

記憶として残る映像ではアナスタシアは多くの男性には笑いかけていたはずだが、同じように振舞っても何かが違うらしい。元日本人としては愛想笑いは標準装備なので、ついつい誰にでも微笑んでしまうのだけれど。

その話をアレクセイ陛下にしたところ、「うん、セイの言いたいことはわかるよ。君が笑いかけると誤解を招きかねないからね。」と笑いをかみ殺したような顔で言われた。

ほかに避けるべき場所や要注意人物など、優先度が高い情報からひととおり説明してもらうと、もう頭はいっぱいいっぱいだった。書きとめようと持ち込んだノートにも書ききれない。そもそも手書きなんて最近ではほとんどしないので、手も疲れるばかりだ。

「あーあ、こんなときスマホがあればなあ。」

独り言のように小声でつぶやいたことばに、耳ざとくも陛下が反応した。

「え?『すまほ』ってなんのこと?辞書みたいなもの?」

「ううん。スマホは手のひらサイズの機械で、いろいろな機能がまとまって入っているの。例えば遠くの人と会話したり、文字や自分の姿をやりとりしたり。自分の声も残せるから、今教えてもらった内容を記録しておくとかもできるのよね。」

「へえー、複数の魔術が同時に使えるようにあつらえた魔石みたいなものかな。この世界では魔術が使えるのは特権なのに、君のいた世界では魔術と同等の機能を大衆化して誰でも使えるようにしているなんて、聞けば聞くほど理解できないよ。」

この王様にはスマホが誰でも使えることが心底不思議らしい。価値観が違うとこうも違うのかと奇妙に思う。

「わたしからすると魔力のほうがよっぽど不思議なのになあ。個人に紐づくエネルギーに頼る生活って不安定じゃないのかな?魔石の安定供給は可能なの?」

「基本的には自然界に存在する魔力が凝縮されて魔石となるから、それを採掘して使っているね。鉱脈があるから今は比較的生産は安定しているけど、安価に供給はできないので貴族が主に利用している。人工的に魔力を込めて魔石として結晶化することもできるけど、手間も時間も魔力も必要だから、日常生活に使う用途ではないねえ。」

「人工的に魔石を大量生産できる方法があれば、もっとみんなの生活が便利になるってこと?」

「そうだね、安価に提供できれば庶民も手に入れやすく利便性は向上するね。多少質が悪くても低価格であれば問題ないか。うーーん、考える余地はあるかな。」

少し目を伏せて考えに耽る陛下は、ほんとうに理想の王子様そのものだ。完璧な左右対称、神様の自信作に違いないであろう造作の美しさについまじまじと見つめてしまう。視線に気づいたのか、青空のような澄んだ瞳がこちらを映す。

「ごめんね、話がそれちゃったね。今日の講義で一番大事な話。初夜の作法を伝えておこうと思ったんだ。」

突然の言葉にあれこれ想像してしまい、思わず赤面する。陛下は面白いものを観察するようにわたしを見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【※R-18】とある組織の男全員が私のこと好きなんだけど、逆ハーレム作っちゃっていいですか?

aika
恋愛
主人公Mは、とある組織の紅一点。 人里離れた崖の上に立っている組織の建物は、大雨や雷などの異常気象に見舞われ危険な状態だった。 大きな雷が落ちた衝撃で異空間に乱れが生じ、ブラックホールに取り込まれ不安定な時空域に飛ばされた組織の面々。彼らは孤立してしまっていた。 修羅場をくぐり抜けてきたエージェントたちは、ひとまずその場所で生活を始めては見たものの・・・・ 不安定な時空域では、ありとあらゆる世界とリンクしてしまい、めちゃくちゃな日々・・・・ 何が起きても不思議ではないこの世界で、組織の男連中は全員揃いも揃って、Mが好き、というオイシイ展開に・・・・ たくさんの個性あふれるイケメンたちに求愛される日々。 色々な男性を味見しつつ、ルールも常識も何もかもリセットされた世界で、好き勝手やりたい放題な恋愛ストーリー。 主人公Mが、これはもう逆ハーレム作っちゃっていいんじゃない?という思いにふけりながら、 恋を楽しむ日々を描く。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 逆ハーレムで生活したいと切に願う女の妄想小説です。 個性あふれる男性たちと、ありえないシチュエーションで、色々楽しみたい!!という 野望を描いていく予定です・・・☺︎

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

処理中です...