上 下
29 / 133
本編

29 あのこのかけらは見つからない

しおりを挟む
夢を、とても悲しい夢を、見ていた気がする。

どんな内容だったかは、もう覚えていない。でも心臓が苦しいような、目の奥がツンとするような、つらい気持ちだけが心の中に残っていた。

まばたきを数回。徐々に覚醒する。目に映るのは、ようやく見慣れた白い天井。ふかふかで大きなベッド。

──そして、なぜか青い顔をしたセイがわたしの右手を握っていた。

「ナーシャ・・・・・!よかった。」

整った顔が心配そうにこちらを見つめていて、眼鏡の奥から覗く青い瞳は潤んでいた。いつからここにいてくれたんだろう? 心なしか疲れているように見える。

相変わらずしっぽがへにょりとしているみたい。なんだかいつも泣かせているなあと思いつつ、握られているのと反対の手で、よしよしと頭を撫でた。

(あれ、なんでこんな状況になっているんだっけ?)

わたしが一緒にいたのは、ルーのはずだ。

ルーにが入ったホットチョコレートをもらって飲んだ。それから気持ちが高ぶって、アレコレと・・・やらしいことをしていたはずだ。自分から仕掛けた、最高に気持ちがいいキスも覚えている。

蕩けるような甘い味と、ぬるりとした生暖かい舌が這いずる感覚を思い出して、ぶるりと身震いした。

まさか興奮しすぎて気を失ったとか、そういうことだろうか。

さすがにそれは恥ずかしいからやめてほしいと思ったけど、ほかに思い当たるふしもない。

でもなんで今ここにいるのが彼なんだろう。

「ルー・レイスティアは陛下と共に隣国から来た第二皇子と話をしています。しばらくしたら顔を出すはずです。」

わたしが不思議に思ったのが顔に出たのか、先回りしてセイが教えてくれた。よくできた人だなあと思う。こんな人に好かれていたんだ、アナスタシアという少女は。いいなあ。

彼は立ち上がると、窓のカーテンを開け、少し窓を開けた。外に目を向けると、すでに日が高い。もうお昼過ぎかもしれない。

それからベッドで背をあずけられるよう、いくつもクッションを重ね、背中に腕を差し入れて起こしてくれた。まるでお姫様みたいな扱いだ。いや、もしかしたら病人扱いかもしれない。どっちだろう、いずれにしても過保護属性なのかな。

さらにかいがいしくも「何か口にしたほうがよいですね。」と言って、部屋の隅に置いてあったワゴンに置かれた水差しから、いちごみたいな色のジュースをグラス半分くらい入れて渡してくれた。「変な薬は入れていませんので安心してくださいね。」と言い添えて。

渡されたグラスを一気に飲む。冷たく、果物の甘さが胃に染み渡る。すぐにおかわりをついでくれた。空になったグラスを受け取ってくれる。ほんとうによく気が付く人だ。

セイは、さっきと同じようにベッドの横に置かれた木の椅子に座ると、わたしの目をまっすぐに見た。

「・・・できれば、名前を呼んでいただけませんか。セイ、と。」

「えと、、セイ。ありがとう。」

精一杯の気持ちを込めて彼の名前を呼ぶ。

「もう一度、呼んで。」

「セイ」

「もう一度」

どうしようと思いつつ、もう一度名前を呼んだ。

「セイ」

「・・・・・・声、同じなんですね。」

泣き笑いのような顔で言う。誰と同じかなんて、聞くまでもない。

そりゃあ同じ人体で同じ声帯なんだから当然同じ声ですよね、と軽口のひとつもたたきたかったけど。こんな今にも泣き出しそうな顔をされたら、何も言えなかった。


(わたしがアナスタシアじゃないって、知ってしまったんだろうな、ごめんなさい)

心の中であやまるけど、どうしようもない。

せめてもと、わたしの手を握る彼の手に、自分のそれを重ねる。おねがい、泣かないでほしいな。まるでわたしの中に、もとのアナスタシアの気持ちが残っているみたい。無性に彼のことを大事にしたくなる。



セイは、わたしのことをじいっと見つめた。まるで、もうないはずの、彼女のカケラを探すように。

「私・・・は、彼女の声が。とても好きでした。抱きしめる手も、匂いも、私だけに見せる顔も、全部・・・。」

このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらいの、小さい声で言う。なんて言えばいいのかわからなくて、彼のからだを引き寄せるように抱きしめた。柔らかい黒髪が頬を掠める。

(うわ、つやつやのさらさらだ)

つい誘惑に負けて極上の髪をもてあそぶ。どんなお手入れしてるんだろうと思いながら「いい手触り・・・。」という言葉が自然と口から漏れる。

それを聞いたセイが息をのんだ。

しまった、つい犬扱いしてしまった。動揺していると、突然ベッドにごろりと転がされ、強く抱きしめられた。

抱え込まれるような体勢になったせいか、周りの音が何も聞こえなくなった。聞こえるのは、互いの息遣いと、心臓が動く音だけ。


セイは、なにも言わなかった。

ただ、ぎゅうって抱きしめるだけ。子供が不安なとき、こういう感じなのかもしれない。

ベッドに2人という状況なのに、不思議と色めいた気配はなかった。体温と、とく、とく、という規則正しい心臓の音が、不思議と眠りを誘う。セイも、わたしに触れていて緊張の糸が切れたのか、そのまま2人で抱き合ったまま、寝落ちてしまった。




ふわり、と風が流れる気配がして目が覚めると、目の前には優しい表情を浮かべたセイの顔があった。抱きしめられたままだ。眠ったのは10分くらいだったのかもしれない。起こしてくれてよかったのに。

「ごめんなさい。寝ちゃったみたい。」

「私も同じです・・・もう少しこのままでいても?」

「うう、、、ちょっとだけなら。」

はっきり言って、ものすごい恥ずかしい。だって、ベッドで2人抱き合ってるシチュなんて普通ないし!

でもあまりにセイが、満ち足りた、ほわほわとした顔をするから、断ることはできなかった。

「時間も限られているので、手短に説明しますね。」

抱きしめた体勢のまま、セイが状況を説明してくれた。

聞けば、わたしとアレコレしていたルーが酔って気を失ってしまったそうだ。お互いの魔力を交換しすぎたらしく、2人とも撃沈。

厳重な結界が張ってあったため、手を出すこともできず、まる1日。

で、1日経ってルーが結界を解いてからも、わたしは目が覚めず、今に至る、というらしい。

「あなたは快楽に弱いんです。自覚してください。」

まじめな顔で諭された。いや、、そんなこと言われても初耳だし。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【※R-18】とある組織の男全員が私のこと好きなんだけど、逆ハーレム作っちゃっていいですか?

aika
恋愛
主人公Mは、とある組織の紅一点。 人里離れた崖の上に立っている組織の建物は、大雨や雷などの異常気象に見舞われ危険な状態だった。 大きな雷が落ちた衝撃で異空間に乱れが生じ、ブラックホールに取り込まれ不安定な時空域に飛ばされた組織の面々。彼らは孤立してしまっていた。 修羅場をくぐり抜けてきたエージェントたちは、ひとまずその場所で生活を始めては見たものの・・・・ 不安定な時空域では、ありとあらゆる世界とリンクしてしまい、めちゃくちゃな日々・・・・ 何が起きても不思議ではないこの世界で、組織の男連中は全員揃いも揃って、Mが好き、というオイシイ展開に・・・・ たくさんの個性あふれるイケメンたちに求愛される日々。 色々な男性を味見しつつ、ルールも常識も何もかもリセットされた世界で、好き勝手やりたい放題な恋愛ストーリー。 主人公Mが、これはもう逆ハーレム作っちゃっていいんじゃない?という思いにふけりながら、 恋を楽しむ日々を描く。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 逆ハーレムで生活したいと切に願う女の妄想小説です。 個性あふれる男性たちと、ありえないシチュエーションで、色々楽しみたい!!という 野望を描いていく予定です・・・☺︎

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

処理中です...