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藤次郎-16

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 追いかけている黒装束は越境して100km。何とか藤次郎の村にたどり着き探りを入れながら待ち伏せるに適した場所を探り入れ、体制を整えたばかりだった。斥候の三人はまさに偶然正面から藤次郎たちを捉えたのだ。慌てて脇道に入り挟み撃ちの形が出来上がったところであった。

猛追していた黒装束が間道のカーブを抜けると。立ちはだかる藤次郎が見えた。藤次郎を視認した黒装束は馬を止めることなく鞍から跳躍してその勢いで襲いかかってくる。

藤次郎がそのうちの一人に身体を向き合わせ、太刀に手をかけ……

グッ。

低く唸り声が聞こえてきた。
振り向きざま着地したばかりの二人目の背中越しに突きを入れそのまま手を離すと背中に蹴りを入れ転がる二人目から太刀を奪い三人目に向き合っている。

足元には最初の犠牲者が大量の血を流し横たわり、二人目が背中に刀が刺さってうつ伏せに倒れている。
黒装束には見えなかった。藤次郎の太刀筋が。

黒装束たちは藤次郎を囲んで一気に切り伏せるはずだったのが着地の前をまず一人目が狙われ空中で成すすべなく腹部を両断された。頭を超えていった二人目が、着地した瞬間に背中から心臓目掛け太刀を突き刺された。二人とも即死だった。

今、三人目と対峙している。

「くっ。その構えは天心神刀流か」

黒装束たちは自分の力を熟知している。敵の能力と自分の能力を量りに掛ける必要があるからだ。敵の能力を見誤る事がそのまま死につながる事を良く知っているのだ。

しかし、目の前の藤次郎の強さは想定の外に会った。そもそも、田舎侍の新参者と見誤っていたのだ。それは、あの日の夜会での藤次郎の態度を見ればそう思っても仕方が無かったのかもしれない。いま、自分の目の前の敵である藤次郎の足元には二人の身体が転がっている。この二人は別段、未熟者であったわけでは無かった。それにも関わらず一瞬で斬り伏せられた。改めて藤次郎の実力を推し量れば間違いなく藤次郎の方が上にある。おまけに天心神刀流の剣術使い。厄介な相手だ。天心神刀流は実戦で鍛え上げられた流派。決して一対一で対峙してはならない相手と聞く。

向ける太刀の切っ先が微妙に震える。こんなにも太刀は重かったのか。いや、目の前の男の威圧のせいなのか……

藤次郎は敵と語り合う気などさらさらない。目の前の黒装束を斬り殺す。それのみだ。それは、相手への威圧となって示現され、ますます対峙する敵を藤次郎の気が飲み込んでいく。

一歩踏み込んだ。

「そこまでだ。藤次郎!」

背後から佳宵の首元に太刀を当てる男が現れた。

「遅いから見に来てみればこのありさまか」

やれやれといった表情で男は立っている。

「藤次郎。この通りだ。もう、お終いにしよう。お前が太刀を捨てなければこの娘を殺す」

太刀を突き付けられている佳宵の目を見ると、瞳を横に往復させている。何か知らせたいのか?

『解り辛いよ。佳宵様。この男が言う事が本気なら右目を閉じて嘘なら両目を閉じてください』

佳宵は両目をパチパチしてみせた。

「残り、四人か? いつでもいいぞ」

低く囁くように藤次郎が答える。

「お前? 話を聞いていたのか?」

「お前たちがその娘を殺すはずがない。殺すことは出来ない。絶対だ。知っているぞ、お前たちの事は。なぁ~。ハンジュウロ~」

「おい! ふざけるな。その言い方は大嫌いなんだ!!」

そういうと半重郎は藤次郎の煽りに乗って佳宵を横に投げ、無策に襲いかかってきた。

突きを主体にした甲冑越しの敵を刺殺制圧する天心神刀流。

藤次郎の切っ先は半重郎の口から入って首の後ろから出ていた。藤次郎の実力も確かめずに突っ込んだ半重郎の完敗だ。

瞬間、蹴りを入れ太刀を引き抜くと後ろにいた四人目の右手を斬り落としひるんだすきに首を刺した。

四人やられた。部隊は壊滅だ。ここからはどうやって逃げるかを考える場面になる。

一度戦う気を失った者は全てにおいて後れを取る。訓練を積んだものでもそれは変わらない。藤次郎は半重郎の太刀を取り、構え直す。動けずにいた半重郎の後ろの黒装束は後ずさりしながら切っ先が下がってきた。その一瞬、藤次郎が一歩踏み込んで、両手首を斬り落としそのまま、首をはねた。

最後の一人は背中を見せ既に走り出していた。逃げたのだ。藤次郎は馬に乗り追いかけ、追いつきざまに背後から首を斬り落とした。首の無い黒装束は5mほど走っていたがそのまま前のめりに道から外れ山肌を転がり落ちていった。


佳宵のいるところに馬で戻ると

「強いじゃない藤次郎!」

といって無邪気に抱き着いてきた。

「まぐれですよ」

藤次郎の謙遜など聞こえないふりで、

「藤次郎、心の声は当然って言ってるけど? どっちが本当なのですか?」

いたずらっ子の様に笑っている。

「藤次郎!あなたさっき、わたしが右目を閉じたのに何であいつの事煽ったの?わたし、殺されかけてたのよ!」

「え?佳宵様?右目を閉じてください」

両目を閉じる。

「両目を閉じてください」

両目を閉じる。

「左目を閉じてください」

両目を閉じる。

佳宵は片目だけを閉じることが出来なかったようだ。

「馬を全部頂いていきましょう」

死体は間道の下に投げ捨てた。少しでも発見を遅れさせるためだ。金目のものは全部奪った。間道の血だけはどうしようもない。

六頭の馬は順次交代で乗っていく。最後には乗り捨てて殺す。万が一戻られると事だろう。可哀想だと佳宵は言っているがこれも仕方が無いと説得するのだが、納得はいっていないようだ。だが、馬の六頭乗りつぶしは一気に移動距離を稼ぐことが出来た。
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