7 / 56
壱場 七
しおりを挟む
「靜華、しばらく弁慶を置いても良いかな? あいつ主人に暇を出されていく当てがないらしいんだよ」
「この屋敷はあんたんでしょう? お好きにしなはれ」
靜華も別に問題は無いと言った表情である。
そのやり取りを目の前で見ていた弁慶は、
「この場合は天女様もダメとは言いにくいでしょうな」
頭を掻きながら申し訳なさそうに弁慶は静華を見ていたが、弁慶の言葉の中に認識の違いがあるため静華が弁慶の顔を見つめて、
「弁慶、あんな、ウチ天女廃業したんや。やからな、その天女様いうのやめてえな」
サラッと弁慶に取っては大切なことを言った。それを受けた弁慶も表情に狼狽とまではいかないが多少の驚きをもって静華に聞き返した。
「それでは、なんとお呼びしたら」
「何でもええよ」
笑顔で弁慶に静華は答えているが、何か企んでいる顔をしたまま答えを待っている。弁慶も少し考えた素振りのようなものは見えたが、迷いなく言った。
「靜華様でよろしいでしょうか?」
「……弁慶……普通か! しんどいなあ! ほんま。どないなっとんのや。どいつもこいつも」
靜華から聞こえていた透き通るような声色が、弁慶が聞いた事のない低い声で、あきらかに切れた様子を見せている。弁慶は目を大きく見開いて微動だにしなくなった。端的に言えば戦慄を覚えるほどのドスの入れ方だった。
弁慶にしてみれば、なぜ静華が切れているのかがわかっていない。
「そこはな、弁慶。最低でも。“靜華”言うてウチにシバかれる場面や。覚えて置けやあほんだら!」
舌打ちして隣の吉右衛門を見ている靜華。
「おい! 吉右衛門! あんた、どないな教え方してはるん? いっこも使えへんなぁ! 何年やっとんのや!」
行き掛けの駄賃に靜華に怒られる吉右衛門。
「はい、もうし訳ございません。師匠」
弁慶に頭を下げる様に手振りで伝えている。
弁慶に靜華の家でのお約束を一通り吉右衛門が伝えた後、靜華が、
「ま、ええわ。で? なんの集いなん?」
透き通った瞳で聞いて来た。
「え?」
吉右衛門が靜華に聞き返す。
「え?や、あらへんわ。あんたが何の意味なく誰か連れてくるなんぞ、おまへんやろ? そうやなぁ?」
靜華は吉右衛門の顔を更に覗き込んだ。
『まずい。妨害思考だ……』
女の裸を想像する。
「そうやった、今、力無かったんや。忘れとった」
吉右衛門は靜華の表情から、心は読めていないと判断する。目の前の靜華が涼しい顔で吉右衛門を見ているからだ。読めれば、この程度で済むはずがない。
しばらく、吉右衛門の顔を凝視していた靜華が思い出したように弁慶に向き直り
「弁慶、今、何してるん?」
微笑と共に聞いてきた。聞かれた弁慶にとって靜華に報告したい一つでもあった話題を靜華から振られて身体を前のめりにしながら靜華の目を見つめると話し出した。
「はい、靜華様、あなた様に諭されてから、拙僧は正業に就くために色々とやりましたが、簡単には世間は認めてはくれませなんだ。いくつかの職業を転々として今は源氏の御曹司の郎党となっております。やはり、勉学をいたしておりませんし、力だけは有ったので、まぁ、武士の子分でしばらくやってみようと思っています」
靜華が弁慶の瞳を注視していちいち頷いている。
「ほうかぁ。そりゃあ大変やったなぁ。そんで……あんたら何処であったん?」
「え?そ、そこの橋のたもとで……」
目を伏せる弁慶に靜華の目が光った。
「なぁ、あんた暇だされはったん違いますの?」
「え? あ! あぁ。そうでした。はは、世の中上手くいきませんな」
弁慶が俯いて表情を見られない様にしている。しかし、露骨にしまったという顔をしたのを吉右衛門は見ていた。吉右衛門が見えているという事は当然……
弁慶を見ていた靜華が隣の吉右衛門をみてにやりと笑って見せた。
『まずい! この顔は。何か気づいたのか?それとも会話の中に靜華の罠が入っていたのか?』
吉右衛門は、この靜華の表情。血色の良い薄い唇を横に広げて笑う。そして、右の方の口角が上がっている。この時は、靜華の中で何かが繋がった瞬間の事が多い事を知っている。
『おかしい……力はないと聞いているが、この感じは……』
吉右衛門は悪い胸騒ぎを消すためにこの状況を変えたかった。
「靜華、もう遅いから、寝ようか。ね」
このまま、いても良いことはなさそうだ。生存本能がそう言わせる。吉右衛門はいつもの半笑いを出そうとするが、うまく笑えていない気がした。
「この屋敷はあんたんでしょう? お好きにしなはれ」
靜華も別に問題は無いと言った表情である。
そのやり取りを目の前で見ていた弁慶は、
「この場合は天女様もダメとは言いにくいでしょうな」
頭を掻きながら申し訳なさそうに弁慶は静華を見ていたが、弁慶の言葉の中に認識の違いがあるため静華が弁慶の顔を見つめて、
「弁慶、あんな、ウチ天女廃業したんや。やからな、その天女様いうのやめてえな」
サラッと弁慶に取っては大切なことを言った。それを受けた弁慶も表情に狼狽とまではいかないが多少の驚きをもって静華に聞き返した。
「それでは、なんとお呼びしたら」
「何でもええよ」
笑顔で弁慶に静華は答えているが、何か企んでいる顔をしたまま答えを待っている。弁慶も少し考えた素振りのようなものは見えたが、迷いなく言った。
「靜華様でよろしいでしょうか?」
「……弁慶……普通か! しんどいなあ! ほんま。どないなっとんのや。どいつもこいつも」
靜華から聞こえていた透き通るような声色が、弁慶が聞いた事のない低い声で、あきらかに切れた様子を見せている。弁慶は目を大きく見開いて微動だにしなくなった。端的に言えば戦慄を覚えるほどのドスの入れ方だった。
弁慶にしてみれば、なぜ静華が切れているのかがわかっていない。
「そこはな、弁慶。最低でも。“靜華”言うてウチにシバかれる場面や。覚えて置けやあほんだら!」
舌打ちして隣の吉右衛門を見ている靜華。
「おい! 吉右衛門! あんた、どないな教え方してはるん? いっこも使えへんなぁ! 何年やっとんのや!」
行き掛けの駄賃に靜華に怒られる吉右衛門。
「はい、もうし訳ございません。師匠」
弁慶に頭を下げる様に手振りで伝えている。
弁慶に靜華の家でのお約束を一通り吉右衛門が伝えた後、靜華が、
「ま、ええわ。で? なんの集いなん?」
透き通った瞳で聞いて来た。
「え?」
吉右衛門が靜華に聞き返す。
「え?や、あらへんわ。あんたが何の意味なく誰か連れてくるなんぞ、おまへんやろ? そうやなぁ?」
靜華は吉右衛門の顔を更に覗き込んだ。
『まずい。妨害思考だ……』
女の裸を想像する。
「そうやった、今、力無かったんや。忘れとった」
吉右衛門は靜華の表情から、心は読めていないと判断する。目の前の靜華が涼しい顔で吉右衛門を見ているからだ。読めれば、この程度で済むはずがない。
しばらく、吉右衛門の顔を凝視していた靜華が思い出したように弁慶に向き直り
「弁慶、今、何してるん?」
微笑と共に聞いてきた。聞かれた弁慶にとって靜華に報告したい一つでもあった話題を靜華から振られて身体を前のめりにしながら靜華の目を見つめると話し出した。
「はい、靜華様、あなた様に諭されてから、拙僧は正業に就くために色々とやりましたが、簡単には世間は認めてはくれませなんだ。いくつかの職業を転々として今は源氏の御曹司の郎党となっております。やはり、勉学をいたしておりませんし、力だけは有ったので、まぁ、武士の子分でしばらくやってみようと思っています」
靜華が弁慶の瞳を注視していちいち頷いている。
「ほうかぁ。そりゃあ大変やったなぁ。そんで……あんたら何処であったん?」
「え?そ、そこの橋のたもとで……」
目を伏せる弁慶に靜華の目が光った。
「なぁ、あんた暇だされはったん違いますの?」
「え? あ! あぁ。そうでした。はは、世の中上手くいきませんな」
弁慶が俯いて表情を見られない様にしている。しかし、露骨にしまったという顔をしたのを吉右衛門は見ていた。吉右衛門が見えているという事は当然……
弁慶を見ていた靜華が隣の吉右衛門をみてにやりと笑って見せた。
『まずい! この顔は。何か気づいたのか?それとも会話の中に靜華の罠が入っていたのか?』
吉右衛門は、この靜華の表情。血色の良い薄い唇を横に広げて笑う。そして、右の方の口角が上がっている。この時は、靜華の中で何かが繋がった瞬間の事が多い事を知っている。
『おかしい……力はないと聞いているが、この感じは……』
吉右衛門は悪い胸騒ぎを消すためにこの状況を変えたかった。
「靜華、もう遅いから、寝ようか。ね」
このまま、いても良いことはなさそうだ。生存本能がそう言わせる。吉右衛門はいつもの半笑いを出そうとするが、うまく笑えていない気がした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる