鈴音や君の名は

ころく

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四章 坊誘妖歌

第八十七話 童謡 -コモリウタ-

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 騒動が起きてから30分後。
 神社の境内には多少の不穏感は残りつつも、お祭りの空気が戻り始めていた。

「で、結果は?」

 戻ってきた野次馬達に言うは供助。
 が、結花の面持ちからして返答は予想できよう。

「……何も分からず、だ」

 代わりに答えたのは悠一だった。

「迷子も神社で見付からず、母親はパトカーで警察署に連れていかれた。まだ探してない所もあるだろうから、何人か警察は残ってるけど」
「ああ、あちこちにまだ居るのはそのせいか。あんな事が起きても祭りは止めねぇんだな」
「この町じゃ年に一度の大きな催し物だから。そう簡単に中止、ってのは出来ないんだ」
「子供が何人も行方不明になってるこの状況が、まだ簡単って範囲なのか」
「……」

 供助の言葉に、悠一は何も言えずバツが悪そうに下唇を噛みしめる。
 すでにここ一週間で四人も行方不明になってる。もう十分に大事だろうに、この町は人が集まる祭りを引き続き開催するというのだ。
 町としては大事な行事なのは理解できるが、それでも子供が何人も居なくなっている状況で行うのは避けるべきなのではと思える。

「でも、祭り中は警察も増員して見回るって言ってたから……」
「子供が神隠しで消えて、手掛かりも掴めてねぇ警察が増えてもな。そこまでしてやる祭りなのかねぇ」
「それは……すまない」
「なんでお前が謝んだよ」

 申し訳ないと謝る悠一に、供助はテーブルに肘を付きて大きなため息を一つ。
 確かに悠一が謝る必要は無い。だが、それでも無意識に零れ出してしまった謝罪。
 無関係の供助達に事件解決の為に巻き込んでしまった者として。そして、町の一員として。

「で、供助。そういうそっちはどうだったのかの?」
「あ? 何がだよ」
「お前は面倒くさがり屋ではあるが、薄情ではない。のぅ、南?」

 おもむろに、意味深に。猫又はわざとらしく南へと振る。
 悠一と結花には聞こえぬよう、こっそりと。

「はっ、バレてら。古々乃木先輩、正直に言っていいんじゃないスか?」
「……ちっ」

 供助は観念して、頭を掻きながら舌打ちした。

「一応、周囲を探ってはいたが、怪しいヤツはいなかった。こっちも収穫無しだ」
「あたしも霊感を巡らせて探知してたけど、これと言って特に無かった。ま、神社内に居るからそもそも悪霊の類は入れねぇだろうけどな」

 供助が席も立たずにこの場に残ったのは、何も面倒臭かったから、という理由だけではない。
 本当に子供がこの神社内で消えたのなら、犯人もこの神社にいる可能性が高い。犯人は現場に戻る、という訳ではないが、離れて広く視界が開けた所からこそ見えるものもある。
 それに気付いていた南も、同じく残って二人で周囲の警戒をしていたのだ。
 が、結局は悠一達と同じく何も手掛かりになりそうな事は無かった。

「で、なんでお前ェは勝ち誇った顔をしてんだ?」

 供助は面倒臭そうに、いや、明らかに触れるのは面倒だと。
 しかし、ずっと得意げな顔をされているのもウザいので、しょうがなく猫又に聞いてやった。しょうがなく。

「んっふっふ、私はちょいと手掛かりを掴んでの」
「本当ですか!?」

 わざと他の人にも聞こえるように声を出す猫又に、結花は落としていた面を起こす。

「うむ。さっきの騒ぎの人だかりが捌けて行く際、気になる事を耳に挟んだ」
「その気になる事っていうのは……?」
「それがの、なんでも歌が聞こえていたらしいの」
「歌、ですか?」

 ちゃぷん、と。まだ少し残っていたのを確かめ、猫又はぬるくなった缶ビールを飲み干してから答える。

「中年の主婦と思われる人達が言っておったのだ。何やら歌……童謡が聞こえなかったかと警官に聞かれた、と」
「童謡……どんなのなのか言ってましたか?」
「それがの、その歌は子守歌だったと言っておった」

 空になった缶をテーブルに置き、その淵を指先でなぞりつつ、猫又は怪訝の表情で話していく。
 子供の神隠しと子守歌。一体なんの関係があるのか。『子』という共通点はあるが、それだけだ。

「歌、童謡、子守歌。どこかで……」

 猫又の話を聞いて、反応を示したのは悠一だった。
 腕を組みながら手で口元を隠し、考え込むこと数十秒。

「そうだ! 確か神社の書庫にそんな事を記してあった書物があった……!」

 脳内検索を掛けた結果、該当するものが一件見つかった。
 神社の書庫に仕舞われた一冊。だいぶ前だが、悠一は似たような内容が書いてあるのを読んだ記憶があった。

「けど、そういうのって普通、保管されてて簡単に閲覧できないよね? よく読む事ができたね」
「あ、ああ……前に学校の課外授業でこの神社に来た時にな。特別に見る事が出来たんだ」
「よくあるよね、町の歴史を学ぶ、みたいなの」
「そうなんだよ。その時は全く興味なかったのが、今になって役に立つなんてな」

 悠一は祥太郎に苦笑いで返して、パイプ椅子から立ち上がる。

「ちょっと神社に行って書物を貸してもらってくる!」

 ようやく見付ける事が出来た手掛かり。悠一は少しでも解決に近付けるならと、駆け足で本堂の方へと走っていった。
 その後姿を見送りながら、供助はふと浮かんだ疑問を一つ口にした。

「さっき祥太郎が言ってたけど、神社で保管されてる書物って簡単に貸してくれるモンなのか?」
「多分、無理だと思う……」

 地域の伝承などを記した物であれば、相応の場所で大切に保管しているはずである。それを高校生から貸して欲しいと言われて、二つ返事で貸してくれる訳がない。
 それも今は祭り中。神社の関係者は色々と忙しくしている中では、可能性はまず低いだろう。

「でも、私と悠一が町を捜し歩いていた時は、歌が聞こえたなんて話は耳にしなかったのに……」
「警察が事件の情報を公にする理由は二つだの。ある程度広まっても問題ない所まで犯人が絞り込めている。または……」
「情報を開示して周りから聞き込みをしなきゃいけない程、進展が詰まっている……ですか」
「そうなるの。それ程に神隠しの件は難航している、という事か」
「でも、ここに居たのに私は何も……」
「む? どうかしたかの?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「……?」

 不安や心配とは違う、別の感情。
 結花は怪訝そうに、納得いかないといった表情を浮かべる。

「おーい、借りれたぞ! 確かこの書物だ!」

 祭りの賑やかさを掻き分けるように、悠一が息を切らせて戻ってきた。
 そして、その手には一冊の古びた本が握られていた。

「速いなおい!?」
「それだけ急いできたんだよ!」

 悠一が走って行ってから、ものの数分。あまりの速さに太一が突っ込んでしまうのも無理はない。
 それよりも書物を借りてこれた事の方が驚きである。

「それによく借りてこれたな。しかもこの短時間で」
「そこはまぁ、色々と裏技でな」

 悠一は息を整えながら太一に答え、書物を広げるスペースを確保すべくテーブルの食べ物を除けていく。

「どこだっけかなぁ、前は流し見だったから……」

 書物を開き、関連性のある単語だけを探してページを素早く捲っていく。
 それを後ろから眺める太一達と、酒を飲みながら少し遠目で見ている猫又と南。

「あった、これだ!」

 半分あたりにいった所で、悠一の手が止まった。

「江戸時代……この辺りの地域で歌われていた、“こどもをあやすうた”」

 開かれたページの上部。悠一が指さすそこに書かれていた言葉。
 かなり昔に作られた書物だけあって所々が擦れてはいるが、読む分には問題ない。
 それに内容は江戸時代のものだが、書物自体はその後の年代に記されたものらしく、比較的に現代に近い文字で記されている。

「でも、これって……」
「普通の子守歌、だよね」

 開かれたページには見開きで、童謡の歌詞が綴られていたのだが……。
 悠一の後ろから覗き見る祥太郎と和歌が、予想とは裏腹に見覚えのある歌詞に感想を漏らした。

「ねんねん、ころりよ、ころりよ」
「ぼうやはこよいだ、ねんねんしな」

 特に変わり映えのない、誰もが耳にした事があるだろう子守歌。
 悠一と結花が歌詞をなぞって口ずさむが、よく聴く取り留めの無い童謡だった。

「これが今回の神隠しに関係あんのか? ただの子守歌じゃねぇか」
「何か関係があると思ったんだけど……」

 肩透かしを食らって落ち込む悠一を尻目に、率直な意見を言う供助。
 皮肉でも嫌味で言った訳でもない。思った事を言っただけ。
 しかし、供助が言った事はその通りで、ここに居る誰もがただの子守歌にしか思えなかった。

「……むっ!? ちょっと待て。よく見せてもらっていいかの?」

 が、一人を除いて。
 猫又は何か思う所があったのか、悠一の返事を待たず食い入るように書物を読み始める。
 人差し指でなぞりながら、ゆっくりと。

「まさかとは思うたが、やはりこれは……っ」

 読み進めていくにつれて、猫又の表情は険しいものになっていく。

「猫又さん、何か分かったんですか?」
「結花、これに書いてある歌詞をちゃんと見てみるんだの」

 聞いてきた結花が見やすいように書物を回転させ、それに合わせて他の者も覗き込む。

『ねんねんころりよ ころりよ
 ぼうやはこよいだ ねんねんしな
 ぼうやのおもりは どをいった
 あのやまこえて やとへいった
 さとのみやげに なにもろた
 でいでいなたいかに しょうのふえ』

 書物に記された子守歌の歌詞。
 興味無さげな供助を除き、全員が歌詞を音読していく。

「あれ? 所々の歌詞が……」
「うむ。本来の歌詞とは僅かに違いがある。子守歌ではなく、これは――」

 酔いは冷め、赤みを帯びていた顔には陰りが作られ。
 猫又が繋げる言葉は。

「――――子盛り歌だの」

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