24 / 86
二章 哀願童女
第二十四話 解消 ‐ナカタガイ‐
しおりを挟む
まだ暑さ残る九月。もうすぐ十月を迎えるというのに、涼しくなる気配はありそうにない。
草木の葉もまだ青々しく、綺麗な紅色に染まるのはもう少し先みたいだ。
今の時刻は午後六時過ぎ。空は青色と茜色の二色半分に分かれ、子供は友達と別れる。そして、社会人は仕事を終え、疲れを癒そうと居酒屋へと繰り出す。
そんな、一日の終わりが見え始める時間。
「……寝過ぎた」
寝癖でボサボサの髪に、目ヤニが付いた半開きの目。
黒いタンクトップにジャージという寝巻き姿で、供助は陽が落ち始めた空を見て呟いた。
寝たのが早朝なのもあってか、目が覚めたのは昼をとうに過ぎた時間だった。
本日は土曜日。学校は休みで、別にサボった訳ではない。だが、せっかくの休日の半分を寝過ごした事に、勿体無さを感じてしまう。
「起きるか。腹も減ったし」
昨夜、横田からの依頼があり、家に帰ってきたのは明け方。
帰ってきてから少しやる事もあった為、布団に入ったのは外が明るくなってから。
寝る時間が時間だったので起きるのは昼過ぎだと予想していたが、まさか夕方過ぎになるとは供助も思っていなかった。いかんせん、寝すぎた感は否めない。
供助の部屋は二階。家自体が少し古臭く、フローリングやら床暖房といったハイカラな物は無い。部屋は畳、廊下は木目調。昔馴染みの日本家屋である。
供助の部屋のドアも取っ手の付いた物ではなく、襖のような引き戸。その滑りが悪い引き戸を開け、供助は少し軋む階段を降りて一階の居間に入る。
「おう、居たのか」
「……」
居間に居た猫又に声を掛けるも、返事は無い。供助へ背中を向け、テーブルに頬杖をしながら漫画を読んでいる。
後ろ姿で顔は見えないが、不機嫌であるのは理解できた。それに、猫又が不機嫌な理由がなんなのか。供助には心当たりもある。
「っておい、お前ぇ……俺の分の飯も食いやがったな」
「……貴様が起きんのが悪いのだろう」
猫又が頬杖しているテーブル。その上には、空になった弁当の容器が複数転がっていた。
しかし、猫又は悪びれもせず、漫画に視線を向けたままぶっきらに答えた。
「ちっ……カップラーメンでも食うか」
猫又の態度に舌打ちし、供助は頭を掻きながら隣室の台所へと移動する。
昨日、猫又が怒った。供助の態度と言動に。子供にすら金を求める、余りの最低さに。
愛想が尽きた。頭に血が上った。我慢できなかった。そして、手組みを終わらす決意をした。
その為、昨日からずっとこの調子である。友恵の家から帰った後も、横田からの依頼をこなしている時も、この通り今も。
供助は変わらず、いつもの脱力した態度。対して猫又はまともに口をきかず、目も合わさない。
お互いに気にしていないが、二人の間には不穏な空気がずっと流れている。
「あん?」
供助がカップラーメンを求めて台所の戸棚を物色していると、ジャージのポケットから音楽が鳴り出した。
正体は携帯電話。部屋から出る際に、誰からか連絡が来るかもしれないと持ってきていた。
画面には大きな文字で『横田さん』と表示されている。
「はい、もしもし」
『やーやー、こんばんは。今、電話大丈夫かい?』
「俺の場合はおはようございます、だけどな。電話大丈夫ですよ」
『今起きたの? 昨日依頼があったとは言え、ちょっと寝過ぎでない?』
「寝過ぎなのは否定しないですけど、ちょいとばかし気苦労が多くて」
『君にも気苦労なんてあった事に驚きだぁね』
「そりゃあ色んな人や妖怪に振り回されてれば、俺でもね」
小さく鼻で笑い、供助は皮肉で返す。
『ちょーっと耳が痛いかなぁ』
「耳鼻科に行く必要はなさそうですね」
『冗談はこれ位にして、と。俺が電話した理由は解るでしょ?』
「そりゃね」
開けっ放しの戸から、供助は猫又の後ろ姿を横目で見る。
「ま、俺よりか本人に聞いた方が早いですよ」
供助は横田の返事を待たずに、台所から居間へ行く。
「おい、猫又。こっち向け」
「……なんだの? 私は貴様の顔はなるべく見たく――――」
「電話。横田さんだ」
「わっ! っと、とと!」
猫又が振り返ったと同時に、供助は持っていた携帯電話を投げ渡した。
予想外の事に、猫又は落としそうになりながらもなんとか携帯電話を受け取る。
「これ! 急に投げるで……話を聞かぬか!」
「俺の顔はなるだけ見たくねぇんだろ?」
「……ふん」
供助に目を戻すと、すでに背中を向けていた。
目も顔も合わせず。さっさと供助は台所へ戻っていく。
「代わった。横田かの?」
『やー、猫又ちゃん。供助君の報告でよく話は聞いているけど、話すのは久しぶりだねぇ』
猫又は供助の見様見真似で携帯電話で横田と話す。
とは言っても猫又の場合、耳は頭にある為、人間と同じように携帯電話を顔に寄せても、少しばかりシュールな絵になってしまう。
もっとも、人間よりも聴覚が優れているので問題無く聞き取れるが。
「うむ。前に話したのは一週間以上も前だのぅ」
『さっそく本題に入るけど、急にどうしたのよ? 供助君のパートナーを解消して欲しいって』
「横田には悪いと思うておる。だが、私はこのまま供助とやっていけるとは思えん」
『当たり前だけど、訳ありみたいね』
昨晩の依頼を終え、その報告を横田に送る際に、供助は猫又の意思を一緒に報告した。
手組みを解消したい、という言葉をそのまま文字にして。
『猫又ちゃんが辞めるのを止めはしない。けど、理由は聞かせて欲しいねぇ』
「……なに、理由は簡単なものだの」
猫又は話した。昨日あった事を全て。自身が言った事、全部。
友恵の事やその経緯。祓い屋との接触。供助の言動と行動。自身の気持ちと意思。
話すのに時間は掛からなかった。そんな長い経緯があった訳でも、長い付き合いでもなかったから。
淡々と喋る猫又の話を、横田は黙って聞いていた。全てを話し終えるのに、五分も経たなかった。
『なるほど、そんな事がねぇ。確かに小さい子供からお金を取るのは感心せんなぁ』
話を聞き終え、横田はいつもの軽い口調で感想を言った。
別段、供助を咎めるでも怒るでもなく、普段通りと変わらず。
「まさかあのような最低な男だったとは……私の見込み違いだったようだの」
『まぁ、ね。確かに供助君は捻れた性格しているからねぇ』
「あれを捻くれと言うには度が超えておる」
『そこがいい所だったりするのよ、意外と』
「ふん、とてもそうは思えんの。幼子に報酬を求め、金を取るなど……人格を疑う」
横田と会話する猫又の声に、段々と怒りの色が混ざっていく。
少女の必死な助けを求む声にも、供助は感情を見せず無気力で怠惰感を丸出し。
真面目に相手にせず、適当に話を聞き、その上報酬を求める。
人としてどうか……いや、妖怪である猫又から見ても、信じられぬ行動だった。
『供助君の相棒解消の件だけど、書類等の手配は簡単に出来るよ』
「すまんの」
『こっちから提案した事だしね。そう強要はできないし。さらに人手不足になるのは頭を抱えるけどね』
電話の向こうで横田は、はははー、と空元気の混ざった乾いた笑い声をあげた。
『ま、色々と準備が出来たらまた電話するよ』
「うむ、手間を掛けるの」
『管理職だからねぇ、手間を掛けさせられるのも仕事の内よ』
「人間は色々と大変だのぅ」
『生きる為にはしょうがないのよ。んじゃ、またね』
「またの」
猫又は携帯電話を顔から離し、通話を切ろうと指を伸ばす。
『あー、余計な事かもしれんけどさ』
「ぬ?」
――と、思い出したかのように、横田が再度口を開いた。
『今回の件、最後まで見てから決めても遅くないと思うけどね』
「……一応、覚えておこう。望み薄だろうがの」
そして今度こそ、通話が切れた。猫又が切るよりも先に横田側から。
ただ通話が切れる間際、小さく笑う横田の声が聞こえた……ような気がした。
「っちち、あっち」
まるで電話が終わったのを見計らったかのように、供助が居間にやってきた。
手には湯気が立つカップラーメンを持ち、口には割り箸を咥えて。
「電話はもう終わったのか?」
カップラーメンと箸をテーブルに起き、供助は座って猫又に話し掛ける。
「……ふん」
猫又は強く鼻を鳴らし、携帯電話を供助へと投げる。
「人のモンを雑に使うんじゃねぇっての」
「……」
返事もせずに後ろを向き、読んでいる途中だった漫画を再び読み始める猫又。
顔を見たくもなければ、会話もしたくない。供助は完全に嫌われ、猫又の態度に肩を竦ませた。
カップラーメンが出来上がるまで約三分。特にする事もなく、供助はリモコンを手に取ってテレビを点ける。
見たい物が特にある訳でもない。静かで会話の無い居間に、BGM代わりに点けただけ。
「……供助」
「あん? なんだよ?」
適当にチャンネルを回していると、猫又が供助の名前を読んだ。
しかし、やはり背中を向けたままで、供助の方を向きはしない。
「友恵の件が終わり次第、私は貴様の相棒を辞める」
「そうかい、好きにしな」
「友恵の依頼までは相棒という事だの。ならば、報酬の半分は私が受け取る権利がある」
「まぁ、そうだな」
「友恵からの報酬……今回はきっちりと半分、私も貰う」
今までの猫又と組んでからの依頼で得た報酬は全て、供助が受け取って管理していた。
その為、猫又は詳しい金額や自分の貰い分は知らない。だが報酬の代わりに、供助の家に居座り、一日三回の食事を貰っていたのだ。
猫又も金銭に執着があった訳でもないし、腹が膨れて暖かい場所で寝れるならそれで十分だし、満足していた。
そんな猫又が、こうしてはっきりと報酬を要求するのは初めての事だった。
「人に散々言っておいて、お前ぇも報酬が欲しいのかよ」
「私は貴様みとうに意地の汚い人間ではない無いの……!」
「そりゃそうだ。俺は人間、お前は妖怪。綺麗汚い関係無く人間じゃあねぇな」
供助は小さく鼻を鳴らし、小馬鹿にするように猫又に返す。
いつもなら流していた供助の冗談や皮肉も、今は腹が立つ。腹立って、苛立って、毛が逆立ってしまいそうな程。
猫又は何かを言い返しそうになるも、我慢して言葉を飲み込んだ。
どうせあと数日で別れる。今更真面目に相手にするのも馬鹿らしい。
「あと幾日で終いとはいえ、まだ相棒だの。報酬を受け取るのは当然だの?」
「お前の取り分だ。文句は無ぇよ」
言って、供助は割り箸を持ち、真っ二つに割った。
二本になった割り箸の形は非対称で、歪な形になっていた。
まるで、仲違いをして別れる今の二人みたく。
「ちと早ぇが、まぁいいか」
カップラーメンの蓋を全てめくり取り、供助は手を合わせる。
シーフードの良い匂いが鼻を刺激する。
「いただきまぁ……あ?」
今まさに食べようと、箸で麺を掬ったのと同時。
テーブルに置いていた携帯電話から、再び音楽が流れ出した。
供助はメールかと思い無視してラーメンを食べようとするが、着信音がメールよりも長く鳴り続ける。
渋々と箸をスープの中に戻し、供助は携帯電話を手に取った。
「友恵からだ」
「む……っ!?」
供助が着信相手の名前を言うと、背中を向けていた猫又が素早く振り向いた。
本日初めて合った猫又の目からは、早く出ろと無言の威圧を放ってくる。
供助は一瞬カップラーメンへと目をやるが、観念して電話に出た。
「おう、どうし――――」
『供助お兄ちゃん、どうしよう……!』
電話に出ると、供助が言い切るのを待たずに友恵の声が重なる。
その声は鳴咽《おえつ》が混じり、困惑と焦燥の感情も感じ取れる。
とにかく只事では無いのは簡単に伝わった。
「何があった?」
『ひ、っく……お、お父さんとお母さんが……』
鼻を啜り、息を詰まらせ。友恵は泣きながら答えた。
『いなくっ、なっ、ちゃったの』
草木の葉もまだ青々しく、綺麗な紅色に染まるのはもう少し先みたいだ。
今の時刻は午後六時過ぎ。空は青色と茜色の二色半分に分かれ、子供は友達と別れる。そして、社会人は仕事を終え、疲れを癒そうと居酒屋へと繰り出す。
そんな、一日の終わりが見え始める時間。
「……寝過ぎた」
寝癖でボサボサの髪に、目ヤニが付いた半開きの目。
黒いタンクトップにジャージという寝巻き姿で、供助は陽が落ち始めた空を見て呟いた。
寝たのが早朝なのもあってか、目が覚めたのは昼をとうに過ぎた時間だった。
本日は土曜日。学校は休みで、別にサボった訳ではない。だが、せっかくの休日の半分を寝過ごした事に、勿体無さを感じてしまう。
「起きるか。腹も減ったし」
昨夜、横田からの依頼があり、家に帰ってきたのは明け方。
帰ってきてから少しやる事もあった為、布団に入ったのは外が明るくなってから。
寝る時間が時間だったので起きるのは昼過ぎだと予想していたが、まさか夕方過ぎになるとは供助も思っていなかった。いかんせん、寝すぎた感は否めない。
供助の部屋は二階。家自体が少し古臭く、フローリングやら床暖房といったハイカラな物は無い。部屋は畳、廊下は木目調。昔馴染みの日本家屋である。
供助の部屋のドアも取っ手の付いた物ではなく、襖のような引き戸。その滑りが悪い引き戸を開け、供助は少し軋む階段を降りて一階の居間に入る。
「おう、居たのか」
「……」
居間に居た猫又に声を掛けるも、返事は無い。供助へ背中を向け、テーブルに頬杖をしながら漫画を読んでいる。
後ろ姿で顔は見えないが、不機嫌であるのは理解できた。それに、猫又が不機嫌な理由がなんなのか。供助には心当たりもある。
「っておい、お前ぇ……俺の分の飯も食いやがったな」
「……貴様が起きんのが悪いのだろう」
猫又が頬杖しているテーブル。その上には、空になった弁当の容器が複数転がっていた。
しかし、猫又は悪びれもせず、漫画に視線を向けたままぶっきらに答えた。
「ちっ……カップラーメンでも食うか」
猫又の態度に舌打ちし、供助は頭を掻きながら隣室の台所へと移動する。
昨日、猫又が怒った。供助の態度と言動に。子供にすら金を求める、余りの最低さに。
愛想が尽きた。頭に血が上った。我慢できなかった。そして、手組みを終わらす決意をした。
その為、昨日からずっとこの調子である。友恵の家から帰った後も、横田からの依頼をこなしている時も、この通り今も。
供助は変わらず、いつもの脱力した態度。対して猫又はまともに口をきかず、目も合わさない。
お互いに気にしていないが、二人の間には不穏な空気がずっと流れている。
「あん?」
供助がカップラーメンを求めて台所の戸棚を物色していると、ジャージのポケットから音楽が鳴り出した。
正体は携帯電話。部屋から出る際に、誰からか連絡が来るかもしれないと持ってきていた。
画面には大きな文字で『横田さん』と表示されている。
「はい、もしもし」
『やーやー、こんばんは。今、電話大丈夫かい?』
「俺の場合はおはようございます、だけどな。電話大丈夫ですよ」
『今起きたの? 昨日依頼があったとは言え、ちょっと寝過ぎでない?』
「寝過ぎなのは否定しないですけど、ちょいとばかし気苦労が多くて」
『君にも気苦労なんてあった事に驚きだぁね』
「そりゃあ色んな人や妖怪に振り回されてれば、俺でもね」
小さく鼻で笑い、供助は皮肉で返す。
『ちょーっと耳が痛いかなぁ』
「耳鼻科に行く必要はなさそうですね」
『冗談はこれ位にして、と。俺が電話した理由は解るでしょ?』
「そりゃね」
開けっ放しの戸から、供助は猫又の後ろ姿を横目で見る。
「ま、俺よりか本人に聞いた方が早いですよ」
供助は横田の返事を待たずに、台所から居間へ行く。
「おい、猫又。こっち向け」
「……なんだの? 私は貴様の顔はなるべく見たく――――」
「電話。横田さんだ」
「わっ! っと、とと!」
猫又が振り返ったと同時に、供助は持っていた携帯電話を投げ渡した。
予想外の事に、猫又は落としそうになりながらもなんとか携帯電話を受け取る。
「これ! 急に投げるで……話を聞かぬか!」
「俺の顔はなるだけ見たくねぇんだろ?」
「……ふん」
供助に目を戻すと、すでに背中を向けていた。
目も顔も合わせず。さっさと供助は台所へ戻っていく。
「代わった。横田かの?」
『やー、猫又ちゃん。供助君の報告でよく話は聞いているけど、話すのは久しぶりだねぇ』
猫又は供助の見様見真似で携帯電話で横田と話す。
とは言っても猫又の場合、耳は頭にある為、人間と同じように携帯電話を顔に寄せても、少しばかりシュールな絵になってしまう。
もっとも、人間よりも聴覚が優れているので問題無く聞き取れるが。
「うむ。前に話したのは一週間以上も前だのぅ」
『さっそく本題に入るけど、急にどうしたのよ? 供助君のパートナーを解消して欲しいって』
「横田には悪いと思うておる。だが、私はこのまま供助とやっていけるとは思えん」
『当たり前だけど、訳ありみたいね』
昨晩の依頼を終え、その報告を横田に送る際に、供助は猫又の意思を一緒に報告した。
手組みを解消したい、という言葉をそのまま文字にして。
『猫又ちゃんが辞めるのを止めはしない。けど、理由は聞かせて欲しいねぇ』
「……なに、理由は簡単なものだの」
猫又は話した。昨日あった事を全て。自身が言った事、全部。
友恵の事やその経緯。祓い屋との接触。供助の言動と行動。自身の気持ちと意思。
話すのに時間は掛からなかった。そんな長い経緯があった訳でも、長い付き合いでもなかったから。
淡々と喋る猫又の話を、横田は黙って聞いていた。全てを話し終えるのに、五分も経たなかった。
『なるほど、そんな事がねぇ。確かに小さい子供からお金を取るのは感心せんなぁ』
話を聞き終え、横田はいつもの軽い口調で感想を言った。
別段、供助を咎めるでも怒るでもなく、普段通りと変わらず。
「まさかあのような最低な男だったとは……私の見込み違いだったようだの」
『まぁ、ね。確かに供助君は捻れた性格しているからねぇ』
「あれを捻くれと言うには度が超えておる」
『そこがいい所だったりするのよ、意外と』
「ふん、とてもそうは思えんの。幼子に報酬を求め、金を取るなど……人格を疑う」
横田と会話する猫又の声に、段々と怒りの色が混ざっていく。
少女の必死な助けを求む声にも、供助は感情を見せず無気力で怠惰感を丸出し。
真面目に相手にせず、適当に話を聞き、その上報酬を求める。
人としてどうか……いや、妖怪である猫又から見ても、信じられぬ行動だった。
『供助君の相棒解消の件だけど、書類等の手配は簡単に出来るよ』
「すまんの」
『こっちから提案した事だしね。そう強要はできないし。さらに人手不足になるのは頭を抱えるけどね』
電話の向こうで横田は、はははー、と空元気の混ざった乾いた笑い声をあげた。
『ま、色々と準備が出来たらまた電話するよ』
「うむ、手間を掛けるの」
『管理職だからねぇ、手間を掛けさせられるのも仕事の内よ』
「人間は色々と大変だのぅ」
『生きる為にはしょうがないのよ。んじゃ、またね』
「またの」
猫又は携帯電話を顔から離し、通話を切ろうと指を伸ばす。
『あー、余計な事かもしれんけどさ』
「ぬ?」
――と、思い出したかのように、横田が再度口を開いた。
『今回の件、最後まで見てから決めても遅くないと思うけどね』
「……一応、覚えておこう。望み薄だろうがの」
そして今度こそ、通話が切れた。猫又が切るよりも先に横田側から。
ただ通話が切れる間際、小さく笑う横田の声が聞こえた……ような気がした。
「っちち、あっち」
まるで電話が終わったのを見計らったかのように、供助が居間にやってきた。
手には湯気が立つカップラーメンを持ち、口には割り箸を咥えて。
「電話はもう終わったのか?」
カップラーメンと箸をテーブルに起き、供助は座って猫又に話し掛ける。
「……ふん」
猫又は強く鼻を鳴らし、携帯電話を供助へと投げる。
「人のモンを雑に使うんじゃねぇっての」
「……」
返事もせずに後ろを向き、読んでいる途中だった漫画を再び読み始める猫又。
顔を見たくもなければ、会話もしたくない。供助は完全に嫌われ、猫又の態度に肩を竦ませた。
カップラーメンが出来上がるまで約三分。特にする事もなく、供助はリモコンを手に取ってテレビを点ける。
見たい物が特にある訳でもない。静かで会話の無い居間に、BGM代わりに点けただけ。
「……供助」
「あん? なんだよ?」
適当にチャンネルを回していると、猫又が供助の名前を読んだ。
しかし、やはり背中を向けたままで、供助の方を向きはしない。
「友恵の件が終わり次第、私は貴様の相棒を辞める」
「そうかい、好きにしな」
「友恵の依頼までは相棒という事だの。ならば、報酬の半分は私が受け取る権利がある」
「まぁ、そうだな」
「友恵からの報酬……今回はきっちりと半分、私も貰う」
今までの猫又と組んでからの依頼で得た報酬は全て、供助が受け取って管理していた。
その為、猫又は詳しい金額や自分の貰い分は知らない。だが報酬の代わりに、供助の家に居座り、一日三回の食事を貰っていたのだ。
猫又も金銭に執着があった訳でもないし、腹が膨れて暖かい場所で寝れるならそれで十分だし、満足していた。
そんな猫又が、こうしてはっきりと報酬を要求するのは初めての事だった。
「人に散々言っておいて、お前ぇも報酬が欲しいのかよ」
「私は貴様みとうに意地の汚い人間ではない無いの……!」
「そりゃそうだ。俺は人間、お前は妖怪。綺麗汚い関係無く人間じゃあねぇな」
供助は小さく鼻を鳴らし、小馬鹿にするように猫又に返す。
いつもなら流していた供助の冗談や皮肉も、今は腹が立つ。腹立って、苛立って、毛が逆立ってしまいそうな程。
猫又は何かを言い返しそうになるも、我慢して言葉を飲み込んだ。
どうせあと数日で別れる。今更真面目に相手にするのも馬鹿らしい。
「あと幾日で終いとはいえ、まだ相棒だの。報酬を受け取るのは当然だの?」
「お前の取り分だ。文句は無ぇよ」
言って、供助は割り箸を持ち、真っ二つに割った。
二本になった割り箸の形は非対称で、歪な形になっていた。
まるで、仲違いをして別れる今の二人みたく。
「ちと早ぇが、まぁいいか」
カップラーメンの蓋を全てめくり取り、供助は手を合わせる。
シーフードの良い匂いが鼻を刺激する。
「いただきまぁ……あ?」
今まさに食べようと、箸で麺を掬ったのと同時。
テーブルに置いていた携帯電話から、再び音楽が流れ出した。
供助はメールかと思い無視してラーメンを食べようとするが、着信音がメールよりも長く鳴り続ける。
渋々と箸をスープの中に戻し、供助は携帯電話を手に取った。
「友恵からだ」
「む……っ!?」
供助が着信相手の名前を言うと、背中を向けていた猫又が素早く振り向いた。
本日初めて合った猫又の目からは、早く出ろと無言の威圧を放ってくる。
供助は一瞬カップラーメンへと目をやるが、観念して電話に出た。
「おう、どうし――――」
『供助お兄ちゃん、どうしよう……!』
電話に出ると、供助が言い切るのを待たずに友恵の声が重なる。
その声は鳴咽《おえつ》が混じり、困惑と焦燥の感情も感じ取れる。
とにかく只事では無いのは簡単に伝わった。
「何があった?」
『ひ、っく……お、お父さんとお母さんが……』
鼻を啜り、息を詰まらせ。友恵は泣きながら答えた。
『いなくっ、なっ、ちゃったの』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後
綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、
「真実の愛に目覚めた」
と衝撃の告白をされる。
王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。
婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。
一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。
文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。
そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。
周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
秘伝賜ります
紫南
キャラ文芸
『陰陽道』と『武道』を極めた先祖を持つ大学生の高耶《タカヤ》は
その先祖の教えを受け『陰陽武道』を継承している。
失いつつある武道のそれぞれの奥義、秘伝を預かり
継承者が見つかるまで一族で受け継ぎ守っていくのが使命だ。
その過程で、陰陽道も極めてしまった先祖のせいで妖絡みの問題も解決しているのだが……
◆◇◆◇◆
《おヌシ! まさか、オレが負けたと思っておるのか!? 陰陽武道は最強! 勝ったに決まっとるだろ!》
(ならどうしたよ。あ、まさかまたぼっちが嫌でとかじゃねぇよな? わざわざ霊界の門まで開けてやったのに、そんな理由で帰って来ねえよな?)
《ぐぅっ》……これが日常?
◆◇◆
現代では恐らく最強!
けれど地味で平凡な生活がしたい青年の非日常をご覧あれ!
【毎週水曜日0時頃投稿予定】
短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)
本野汐梨 Honno Siori
ホラー
あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。
全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。
短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。
たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
さらばブラック企業、よろしくあやかし企業
星野真弓
キャラ文芸
大手ブラック企業に勤めて三年が経った深川桂里奈はある日、一ヶ月の連続出勤による過労で倒れてしまう。
それによって入院することになった桂里奈だったが、そんな彼女の元へやって来た上司は入院している間も仕事をしろと言い始める。当然のごとくそれを拒否した彼女に上司は罵詈雑言を浴びせ、終いには一方的に解雇を言い渡して去って行った。
しかし、不幸中の幸いか遊ぶ時間も無かった事で貯金は有り余っていたため、かなり余裕があった彼女はのんびりと再就職先を探すことに決めていると、あやかし企業の社長を名乗る大男が訪れ勧誘を受ける。
数週間後、あやかし企業で働き始めた彼女は、あまりのホワイトぶりに感動することになる。
その頃、桂里奈が居なくなったことで彼女の所属していた部署の人たちは一斉に退職し始めていて――
※あやかしには作者が設定を追加、または変更している場合があります。
※タイトルを少し変更しました。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
継母ですが、娘を立派な公主に育てます~後宮の事件はご内密に~
絹乃
キャラ文芸
母である皇后を喪った4歳の蒼海(ツァンハイ)皇女。未来視のできる皇女の養育者は見つからない。こんなに可愛いのに。愛おしいのに。妃嬪の一人である玲華(リンホア)は皇女の継母となることを誓う。しかし皇女の周りで事件が起こる。謎? 解き明かしましょう。皇女を立派な公主に育てるためならば。玲華の子育てを監視するためにやってきたのは、侍女に扮した麗しの青年だった。得意の側寫術(プロファイリング)を駆使して事件を解決する、継母後宮ミステリー。※表紙は、てんぱる様のフリー素材をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる