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第38話 決着の古豪戦!
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互いに勢いを増したまま突入する第8ラウンド。明はここへ来て、古波蔵との闘いに確かな手応えを感じていた。体制を高く保ち、突き刺すようにして『スマッシュ』を放つ。古波蔵は体制を低くして構え、衝撃を押し当てるようにして『ジョルト』を放つ。
二つの迫撃が交差した時、明の瞼からは血が噴き出し、古波蔵の肋骨にはヒビが入っていた。互いに膝をつき、共にカウント4で立ち上がった。互角の攻防に見えるが、古波蔵の方がダメージが大きいという点で、実質明に軍配が上がったと見るのが妥当であろう。その後は少し余裕を持った形で第8ラウンドは終わりを告げた。
続く第9ラウンド、明は危なげなく試合をコントロールし、第10ラウンドへと繋ぐことができた。対する古波蔵は、いぶし銀と言われ、ベルトこそ巻いてはいないものの、五十嵐が居なければ、確実に世界チャンピオンとなり、幾度となく防衛を果たしていたとされている。五十嵐が引退した今、『世界最強の男』はロビンソンではなく実質、この男なのかもしれない。それほどに、古波蔵 政彦という男は実力のある人物であった。
また、光栄ジムの後輩、与那嶺 弘樹の『借りを返す』そういう思いもあるのであろう。繰り出される拳は普段より力んだものになっていた。古波蔵の強烈な『ストマック・ブレイク・ジョルト』が明の腹を直撃した。バランスを崩し、ダウン寸前の明。
だが、明が倒れ掛かってからも、古波蔵は烈火の如く殴り続けることを止めず、ここぞとばかりに、左右の手で連打して来る。目が霞み、試合前に食べた物を吐き出しそうになってしまう。ダウン後、6秒間は全く身体が動かせないほどであった。
起き上がった直後にゴングが鳴っているが、レフェリー気付かない。30秒間の間、火花散る両者の打ち合いが続いた。その後、堪り兼ねた五十嵐の声でようやく試合が止まり、第10ラウンドは終了した。
「危なかったぜ。そこらの『なまくら』とは訳が違うってことか。本当に一級品の技だぜ」明の全身から噴き出して来る汗が水蒸気となり、湯気のように立ち込めている。
「正念場だぞ。ここで勝った方がロビンソンとの対戦の切符を手にし、ベルトに手を掛けることができるんだ。気を強く保って、勝ちを見失わないようにしろ」
極限の場面では、技術的なアドバイスよりも、メンタル面でのアドバイスが必要となることが多い。五十嵐は、そのことをしっかりと心得ていた。
そして第11ラウンドを終え、最終の第12ラウンド。ここまで素人目には互角、玄人目には明がやや優勢と言ったところであろうか。拳闘家たちは古波蔵の微妙な変化を見逃してはいなかった。その変化を隠すように、古波蔵の拳が牙を剥く。
まさに火だるま。これまでに2度のダウンを奪われ、倒れ込もうとしている明を容赦なく追撃している。貝のように固く殻を閉ざしていたのでは敵は倒せない。攻撃は即ち最大の防御なり。キャリアという点において未熟。その点においては旗色が悪いと言われても仕方がないことであろう。
だが、ポーカーフェイスを決め込んでいても額の汗は隠せない。古波蔵にも確実に疲労の魔の手は忍び寄っていた。彼はジャブでさえ肘を伸ばし切り、一発一発にかなり体重を乗せて来ている。休まずに動き詰め、余力を残すつもりなど毛頭ないのであろう。
横に足を振ってリズミカルだが少し変則的なステップを使い、相手にその動きを悟らせない。明はその掬い上げるような連撃を避けながらも、冷静に古波蔵の動きを分析できていた。それにしてもこの男、全く手を休めることがない。
強攻に出ることで、一縷の望みも断ち切ろうという魂胆なのであろうか。普段から、いや、幼少期から如何に鍛錬を積んできているかが見て取れる。全身全霊、力と力が錯綜する。刹那、力強い音が、会場全体に響き渡っていた。
大地を揺るがす衝撃、明の『ハート・ブレイク・スマッシュ』は古波蔵の心臓を確実に射抜いていた。心停止した3秒間、息をもつかさぬ連撃の後、立っていたのは赤居 明ただ一人であった。ゴングが鳴り響き、試合終了。
五十嵐でさえ判定勝ちしかしていない男に、明はKO勝ちという偉業を成し遂げた。
笑みを溢し、一筋の涙が頬を伝った五十嵐の心境は『感無量』であった。
試合後、控室で身体を休めていると、意識を取り戻した古波蔵が話をしに来た。
「いやぁ、強かったねぇ。全盛期の五十嵐くんと闘っているようだったよ。これで迷うことなく引退できる」それを聞いて五十嵐は大層驚いたようだ。
「引退?血迷ったか古波蔵。まだ世界チャンピオンになっていないだろう。お前なら今からでも十分にチャンピオンになれる実力があるというのに。無冠の帝王で終わるつもりか?」
「あいっ。僕はどうやら、チャンピオンになることよりも、君に勝ちたくて現役を続けていたらしい。ライバルの居なくなったバンタム級でベルトを奪っても、それはきっと僕にとってチャンピオンベルトではなくなってしまっているんだ」
哲学的であり、少々偏った考えだが、スポーツをする者にとってポリシーは必用不可欠なものであると言えよう。
「そうか、俺たちの伝説もここまでのようだな。どうだこれから飯でも行かないか?」
「あいっ。試合して腹も減ったし、アイスクリーム食べたいなぁ」
「試合前に食べて試合後にも食べるのか。本当にアイスが好きなんだな」
「いや、今日は試合前には食べなかったんだ。どうにも力が入らなくてねぇ。アイスクリーム――食べとけば良かったなぁ」
「何!?食べなかったのか?珍しいこともあるもんだな。試合前の験担ぎは、スポーツ選手にとって必須事項だろう」
「今回だけ周りに止められてねぇ。今日は日曜日だろ?どこの店も全部休みでねぇ。でも言い訳はしないよ。これが僕の実力。男はどんな時でも結果で示さないとね」
流石、長きに渡って日本の拳闘界を支えてきた人物だけのことはある。潔いことこの上ない。そして古波蔵はこれまで沈黙を貫いていた明の方へ向き直り、雄弁に語り始めた。
「老いは恥ではない、僕はそう思うよ。君も年を取れば分かるよ。僕はまだ若いつもりでいるけどね。これまでボクシングをして来れて、本当に幸せだった。もう十分だ。君のような選手が居れば、安心してこれからの時代を託せるよ」
30代にして尚KOの山を築いて来た彼だからこそ、思うところがあるのであろう。
「任せといてくれ、おっさん達のためにもロビンソンを倒して、必ず世界チャンピオンになってみせるぜ」
「頼もしいな。僕らは本当に好き友であり、ライバルでもあった。五十嵐くんのことを憎いと思ったことなんて一度もないんだ。できればロビンソンに倒されそうだった時、代わりに僕が出て行って、五十嵐くんのことを助けてあげたかったくらいさ。五十嵐くんと同じ時代にボクシングができて本当に運が良かった。これからは君たちの時代だ。よろしく頼むよ」古波蔵は最後にそれだけ言うと、明に向かって右手の拳を突き出した。
それに対し明も、右手の拳を出して合わせた。
「俺はきっとやって見せる!!期待しててくれよな」
明は自信に満ちた顔でそう言い放った。古波蔵は嬉しそうに満面の笑みで頷き、部屋を後にした。そして、10分後、明たちが控室を出た所で、一人の少年が近づいて来た。
「あの――赤居選手ですよね?サイン下さい!!」
元気の良い少年は左眉の上の大きな傷など気にも留めず、屈託のない笑みを作っていた。
「へへっ。なんだか芸能人にでもなったみたいだな」
明は少し照れながら、渡された色紙に名前を書き込む。
「ありがとうございます。これからも応援するので、頑張って下さい!!」
そう言うと少年は一礼して去って行った。
「あの子の前でかっこ悪りいとこ見せなくて済んで良かったぜ」
明はそう言って、ほっと胸を撫で下ろした。
「腹を括ることで、踏ん切りがついたのだろうな。見違えたよ」
この時明は、五十嵐が意図的に自分を褒めてくれていることに気が付いた。
「まあ、もう一回やったら勝てるかどうか分かんねえけどな。
「『巧圧』使いの古波蔵さんとは相性が良かったってのもあるけどな。もう一回やったら勝てるかどうか分からねえよ。うわっ――」
明は側にあった植木を避けようとして、蹌踉けて転けそうになってしまった。
「どうした?どこか悪いのか?」五十嵐は揶揄うつもりで言ったようだ。
「なんだか目が霞むんだ。凄く見え難くて――」
明の真剣な言い方を聞いて、すぐに五十嵐の表情が変わる。
「何!?それはいかん。網膜剥離などで失明の恐れもある。すぐに病院に行って診てもらおう」 五十嵐としては祝勝会でも開いてあげたいところではあったが、病気に関しては早期発見が功を奏することが多々あるため、重篤な症状が出る前に検査を行うこととなった。
二つの迫撃が交差した時、明の瞼からは血が噴き出し、古波蔵の肋骨にはヒビが入っていた。互いに膝をつき、共にカウント4で立ち上がった。互角の攻防に見えるが、古波蔵の方がダメージが大きいという点で、実質明に軍配が上がったと見るのが妥当であろう。その後は少し余裕を持った形で第8ラウンドは終わりを告げた。
続く第9ラウンド、明は危なげなく試合をコントロールし、第10ラウンドへと繋ぐことができた。対する古波蔵は、いぶし銀と言われ、ベルトこそ巻いてはいないものの、五十嵐が居なければ、確実に世界チャンピオンとなり、幾度となく防衛を果たしていたとされている。五十嵐が引退した今、『世界最強の男』はロビンソンではなく実質、この男なのかもしれない。それほどに、古波蔵 政彦という男は実力のある人物であった。
また、光栄ジムの後輩、与那嶺 弘樹の『借りを返す』そういう思いもあるのであろう。繰り出される拳は普段より力んだものになっていた。古波蔵の強烈な『ストマック・ブレイク・ジョルト』が明の腹を直撃した。バランスを崩し、ダウン寸前の明。
だが、明が倒れ掛かってからも、古波蔵は烈火の如く殴り続けることを止めず、ここぞとばかりに、左右の手で連打して来る。目が霞み、試合前に食べた物を吐き出しそうになってしまう。ダウン後、6秒間は全く身体が動かせないほどであった。
起き上がった直後にゴングが鳴っているが、レフェリー気付かない。30秒間の間、火花散る両者の打ち合いが続いた。その後、堪り兼ねた五十嵐の声でようやく試合が止まり、第10ラウンドは終了した。
「危なかったぜ。そこらの『なまくら』とは訳が違うってことか。本当に一級品の技だぜ」明の全身から噴き出して来る汗が水蒸気となり、湯気のように立ち込めている。
「正念場だぞ。ここで勝った方がロビンソンとの対戦の切符を手にし、ベルトに手を掛けることができるんだ。気を強く保って、勝ちを見失わないようにしろ」
極限の場面では、技術的なアドバイスよりも、メンタル面でのアドバイスが必要となることが多い。五十嵐は、そのことをしっかりと心得ていた。
そして第11ラウンドを終え、最終の第12ラウンド。ここまで素人目には互角、玄人目には明がやや優勢と言ったところであろうか。拳闘家たちは古波蔵の微妙な変化を見逃してはいなかった。その変化を隠すように、古波蔵の拳が牙を剥く。
まさに火だるま。これまでに2度のダウンを奪われ、倒れ込もうとしている明を容赦なく追撃している。貝のように固く殻を閉ざしていたのでは敵は倒せない。攻撃は即ち最大の防御なり。キャリアという点において未熟。その点においては旗色が悪いと言われても仕方がないことであろう。
だが、ポーカーフェイスを決め込んでいても額の汗は隠せない。古波蔵にも確実に疲労の魔の手は忍び寄っていた。彼はジャブでさえ肘を伸ばし切り、一発一発にかなり体重を乗せて来ている。休まずに動き詰め、余力を残すつもりなど毛頭ないのであろう。
横に足を振ってリズミカルだが少し変則的なステップを使い、相手にその動きを悟らせない。明はその掬い上げるような連撃を避けながらも、冷静に古波蔵の動きを分析できていた。それにしてもこの男、全く手を休めることがない。
強攻に出ることで、一縷の望みも断ち切ろうという魂胆なのであろうか。普段から、いや、幼少期から如何に鍛錬を積んできているかが見て取れる。全身全霊、力と力が錯綜する。刹那、力強い音が、会場全体に響き渡っていた。
大地を揺るがす衝撃、明の『ハート・ブレイク・スマッシュ』は古波蔵の心臓を確実に射抜いていた。心停止した3秒間、息をもつかさぬ連撃の後、立っていたのは赤居 明ただ一人であった。ゴングが鳴り響き、試合終了。
五十嵐でさえ判定勝ちしかしていない男に、明はKO勝ちという偉業を成し遂げた。
笑みを溢し、一筋の涙が頬を伝った五十嵐の心境は『感無量』であった。
試合後、控室で身体を休めていると、意識を取り戻した古波蔵が話をしに来た。
「いやぁ、強かったねぇ。全盛期の五十嵐くんと闘っているようだったよ。これで迷うことなく引退できる」それを聞いて五十嵐は大層驚いたようだ。
「引退?血迷ったか古波蔵。まだ世界チャンピオンになっていないだろう。お前なら今からでも十分にチャンピオンになれる実力があるというのに。無冠の帝王で終わるつもりか?」
「あいっ。僕はどうやら、チャンピオンになることよりも、君に勝ちたくて現役を続けていたらしい。ライバルの居なくなったバンタム級でベルトを奪っても、それはきっと僕にとってチャンピオンベルトではなくなってしまっているんだ」
哲学的であり、少々偏った考えだが、スポーツをする者にとってポリシーは必用不可欠なものであると言えよう。
「そうか、俺たちの伝説もここまでのようだな。どうだこれから飯でも行かないか?」
「あいっ。試合して腹も減ったし、アイスクリーム食べたいなぁ」
「試合前に食べて試合後にも食べるのか。本当にアイスが好きなんだな」
「いや、今日は試合前には食べなかったんだ。どうにも力が入らなくてねぇ。アイスクリーム――食べとけば良かったなぁ」
「何!?食べなかったのか?珍しいこともあるもんだな。試合前の験担ぎは、スポーツ選手にとって必須事項だろう」
「今回だけ周りに止められてねぇ。今日は日曜日だろ?どこの店も全部休みでねぇ。でも言い訳はしないよ。これが僕の実力。男はどんな時でも結果で示さないとね」
流石、長きに渡って日本の拳闘界を支えてきた人物だけのことはある。潔いことこの上ない。そして古波蔵はこれまで沈黙を貫いていた明の方へ向き直り、雄弁に語り始めた。
「老いは恥ではない、僕はそう思うよ。君も年を取れば分かるよ。僕はまだ若いつもりでいるけどね。これまでボクシングをして来れて、本当に幸せだった。もう十分だ。君のような選手が居れば、安心してこれからの時代を託せるよ」
30代にして尚KOの山を築いて来た彼だからこそ、思うところがあるのであろう。
「任せといてくれ、おっさん達のためにもロビンソンを倒して、必ず世界チャンピオンになってみせるぜ」
「頼もしいな。僕らは本当に好き友であり、ライバルでもあった。五十嵐くんのことを憎いと思ったことなんて一度もないんだ。できればロビンソンに倒されそうだった時、代わりに僕が出て行って、五十嵐くんのことを助けてあげたかったくらいさ。五十嵐くんと同じ時代にボクシングができて本当に運が良かった。これからは君たちの時代だ。よろしく頼むよ」古波蔵は最後にそれだけ言うと、明に向かって右手の拳を突き出した。
それに対し明も、右手の拳を出して合わせた。
「俺はきっとやって見せる!!期待しててくれよな」
明は自信に満ちた顔でそう言い放った。古波蔵は嬉しそうに満面の笑みで頷き、部屋を後にした。そして、10分後、明たちが控室を出た所で、一人の少年が近づいて来た。
「あの――赤居選手ですよね?サイン下さい!!」
元気の良い少年は左眉の上の大きな傷など気にも留めず、屈託のない笑みを作っていた。
「へへっ。なんだか芸能人にでもなったみたいだな」
明は少し照れながら、渡された色紙に名前を書き込む。
「ありがとうございます。これからも応援するので、頑張って下さい!!」
そう言うと少年は一礼して去って行った。
「あの子の前でかっこ悪りいとこ見せなくて済んで良かったぜ」
明はそう言って、ほっと胸を撫で下ろした。
「腹を括ることで、踏ん切りがついたのだろうな。見違えたよ」
この時明は、五十嵐が意図的に自分を褒めてくれていることに気が付いた。
「まあ、もう一回やったら勝てるかどうか分かんねえけどな。
「『巧圧』使いの古波蔵さんとは相性が良かったってのもあるけどな。もう一回やったら勝てるかどうか分からねえよ。うわっ――」
明は側にあった植木を避けようとして、蹌踉けて転けそうになってしまった。
「どうした?どこか悪いのか?」五十嵐は揶揄うつもりで言ったようだ。
「なんだか目が霞むんだ。凄く見え難くて――」
明の真剣な言い方を聞いて、すぐに五十嵐の表情が変わる。
「何!?それはいかん。網膜剥離などで失明の恐れもある。すぐに病院に行って診てもらおう」 五十嵐としては祝勝会でも開いてあげたいところではあったが、病気に関しては早期発見が功を奏することが多々あるため、重篤な症状が出る前に検査を行うこととなった。
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