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第18話 決着!日本王座決定戦
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安威川陣営セコンドの市川は明の底知れぬ強さに俄かに焦りを感じていた。
彼は元消防団の団長であり、地元では鬼軍曹として名を馳せていた人物である。
安威川はこの師を慕い、ボクシングにだけは妥協しなかった。
ただ好きなことを一生懸命に頑張るだけ。そう言っていた彼は、臆病ゆえに誰よりも練習を積んで来た。
どうしても、どんな手を使ってでも勝たせてやりたい。
そう思う市川は安威川の両頬を、乾いた音がするほど掌で張った。
「気持ちで負けたらアカン、最後は根性や」苦しくなる度に、いつも思い出して来た言葉。
安威川は熱海合宿の時に言われた言葉を噛み締めるように自分に言い聞かせていた。
レストタイムの間、互いに精神を研ぎ澄ませ、試合は怒涛の第6ラウンドを迎えた。
“クソっ、またかよ”
安威川は明の戦略を封じたいのか、またしても『オーソドックススタイル』に戻して来た。
このラウンドは両者打ちあいに徹することとなった。
明がストレートを当てれば安威川も負けじと当て返し、安威川がジャブを当てれば明もまた当て返すといった具合であった。
二人は全くの互角。陰と陽のように混ざり合い、互いに一歩も譲る気配がない。
ゴングが鳴るまで一瞬の間もないほどに打ちあい、熱を持ったまま第6ラウンドを終えた。
「クロスカウンターを打ってみろ。オーソドックススタイルには効果的な筈だ」
米原の言葉に、疲弊している明は頷くだけで返事をした。
そして、息の詰まるような攻防の中、第7、第8ラウンドを闘い、二人の戦士は第9ラウンドを迎えた。
このラウンド明はゴングの音が聞こえず少し出遅れてしまい、あわや審判に注意されるかと思うほどのことであった。
一方の安威川は多少余裕を持っているようにさえ見える。
しかし、際どいラインを狙い過ぎたのか、安威川の右が空を切る。
その決死の右ストレートに対し、必死で応戦しようとする明。
しかしこれは罠であり、安威川は態とジャブを空振りさせたように見せ、その後の必殺技で仕留める算段であった。
そしてその計画通り、明の渾身の『クロスカウンター』は外れてしまった。
安威川は相手の動きを見極め、寸前で躱す能力に長けているようだ。
またしても隙を作ってしまった明に、安威川が猛威を振るう。
『ホワイトファング』
これは相手の顔に向けて、右手を上から、左手を下から放つ技で、狼が噛み付くように顎を狙い一発KOを狙う必殺技である。
これが見事に顎に命中し、『ジョー・ブレイク・ファング』となって炸裂する。
冷たい氷で射抜かれたような迫撃により、一瞬のうちにダウンを奪われる明。
6、7、8――。立った時には意識がなかった。
無意識にファイティングポーズをとり、拳を握ったところで目が覚める。
習慣とは恐ろしいものである。
プロレスラーは寝ている時に肩を抑えられると咄嗟にフォール負けを避けると言うが、今の明もそういった状況なのであろう。
あっという間に倒される『フラッシュダウン』であったため、ほとんどダメージが残らなかったものの、強烈な技のインパクトに気圧されてしまう形となった。
ここで安威川は左利きにスイッチして、腕を振り抜くようにパンチを繰り出して来た。情け容赦なく、ここで勝負を着ける気でいるのであろう。
まるで今試合が始まったかのように一気に攻勢に転じる安威川を前に、明は思わず圧倒されそうになる。
顔が腫れ額が切れようとも、もう誰にも試合は止められない。明はこの時、一縷の望みに懸けようと決心していた。
新必殺技『クロスクリュー』に。
まるで逃げられない檻の中に閉じ込められたような。
二匹の猛獣たちは熱く滾ったその闘志を冷ますかのようにしてぶつけあっていた。
スピード&ラッシュで来る安威川に対し、大振りで振り抜きカウンターをまるで警戒しない力業によって殴打する明。
感覚が研ぎ澄まされ、互いに互いの限界を超えようとしていた。
そして安威川が放った『ホワイトファング』に対し、明は渾身の『クロスクリュー』を合わせに行った。
地震のような衝撃が起こり、無残に横たわる二人の人間。
「1、2、3、4――」
カウントは進んで行くが、二人とも死んだように動かない。
「5、6、7――」
大きな局面を迎えた試合の行方を、皆が固唾を飲んで見守っている。
「8、9――10!!」
戦慄のダブルノックアウトに凄然と静まり返っていた場内が騒然とし、凛として審判が説明を始める。
「ただ今の試合、互いに続行不可能であるため『引き分け』と看做します」
白熱の決戦も勝敗は着かない結果となってしまった。続けざまに審判が解説を加える。
「この場合、日本ボクシング協会の規定により現王者、安威川 泰毅選手の防衛成功となります」
つまり、明は『タイトルホルダー』となることはできず、無冠のままとなる。
試合後、ほぼ同時に意識を取り戻した二人は、健闘を讃えるため互いに歩み寄って話をした。
「ええ技やったわ。俺もまだまだやな。次は完膚無きまでにブチのめしたるわ」
安威川はこの 不撓不屈の強靭な意思で困難に立ち向かって来たのであろう。
「ああ、本当に良い試合だったと思うぜ。次に勝つのは俺だけどな」
対する明も 堅忍不抜の強固な意思でここまで勝ち上がって来た。
この長丁場を終えた二人は、良きライバルとして互いに健闘を讃え合った。
その後、明は控室にて五十嵐と今日の試合を振り返っていた。
「あ~。今、座るとドッと疲れが出て眠っちまいそうだぜ。それにしても、しょっぱい試合になっちまったな」
初めての白星でない試合に、納得が行く筈もない。
「実力は本当に互角だった。これから大切なことは、試合に勝ち続け、世界チャンピオンとなることだ。今回のことは残念だったが、気にすることはないぞ。ボクシングで言えば、お前は倒された訳ではない。最後まで立って王座を獲得する。これが一番大切だ」
怒られるかと思ったが、意外にも五十嵐は前向きなことを言ってくれた。
「そのためにはもっともっと練習しないとな。勝てない相手が居るってことが、こんなにも気分の悪いことだとは思わなかったぜ」
「お前は十分に強くなった。どうだ、これから『アジア』へ挑んでみないか?」
「アジアか――。そうだなあいつも今のまま立ち止まるようなヤワな奴じゃねえだろうし、先を越されねえうちに高みを知っときてえな」
急な提案に臆する者もありそうな話だが、明は恐怖など微塵も感じてはいなかった。
「次の目標は『東洋太平洋チャンピオン』だな。気合い入れて行くぞ」
「おうよ。これからもよろしく頼むぜ」
『最強』の、この人について行けば大丈夫。明はこの時、そう信じて疑わなかった。
彼は元消防団の団長であり、地元では鬼軍曹として名を馳せていた人物である。
安威川はこの師を慕い、ボクシングにだけは妥協しなかった。
ただ好きなことを一生懸命に頑張るだけ。そう言っていた彼は、臆病ゆえに誰よりも練習を積んで来た。
どうしても、どんな手を使ってでも勝たせてやりたい。
そう思う市川は安威川の両頬を、乾いた音がするほど掌で張った。
「気持ちで負けたらアカン、最後は根性や」苦しくなる度に、いつも思い出して来た言葉。
安威川は熱海合宿の時に言われた言葉を噛み締めるように自分に言い聞かせていた。
レストタイムの間、互いに精神を研ぎ澄ませ、試合は怒涛の第6ラウンドを迎えた。
“クソっ、またかよ”
安威川は明の戦略を封じたいのか、またしても『オーソドックススタイル』に戻して来た。
このラウンドは両者打ちあいに徹することとなった。
明がストレートを当てれば安威川も負けじと当て返し、安威川がジャブを当てれば明もまた当て返すといった具合であった。
二人は全くの互角。陰と陽のように混ざり合い、互いに一歩も譲る気配がない。
ゴングが鳴るまで一瞬の間もないほどに打ちあい、熱を持ったまま第6ラウンドを終えた。
「クロスカウンターを打ってみろ。オーソドックススタイルには効果的な筈だ」
米原の言葉に、疲弊している明は頷くだけで返事をした。
そして、息の詰まるような攻防の中、第7、第8ラウンドを闘い、二人の戦士は第9ラウンドを迎えた。
このラウンド明はゴングの音が聞こえず少し出遅れてしまい、あわや審判に注意されるかと思うほどのことであった。
一方の安威川は多少余裕を持っているようにさえ見える。
しかし、際どいラインを狙い過ぎたのか、安威川の右が空を切る。
その決死の右ストレートに対し、必死で応戦しようとする明。
しかしこれは罠であり、安威川は態とジャブを空振りさせたように見せ、その後の必殺技で仕留める算段であった。
そしてその計画通り、明の渾身の『クロスカウンター』は外れてしまった。
安威川は相手の動きを見極め、寸前で躱す能力に長けているようだ。
またしても隙を作ってしまった明に、安威川が猛威を振るう。
『ホワイトファング』
これは相手の顔に向けて、右手を上から、左手を下から放つ技で、狼が噛み付くように顎を狙い一発KOを狙う必殺技である。
これが見事に顎に命中し、『ジョー・ブレイク・ファング』となって炸裂する。
冷たい氷で射抜かれたような迫撃により、一瞬のうちにダウンを奪われる明。
6、7、8――。立った時には意識がなかった。
無意識にファイティングポーズをとり、拳を握ったところで目が覚める。
習慣とは恐ろしいものである。
プロレスラーは寝ている時に肩を抑えられると咄嗟にフォール負けを避けると言うが、今の明もそういった状況なのであろう。
あっという間に倒される『フラッシュダウン』であったため、ほとんどダメージが残らなかったものの、強烈な技のインパクトに気圧されてしまう形となった。
ここで安威川は左利きにスイッチして、腕を振り抜くようにパンチを繰り出して来た。情け容赦なく、ここで勝負を着ける気でいるのであろう。
まるで今試合が始まったかのように一気に攻勢に転じる安威川を前に、明は思わず圧倒されそうになる。
顔が腫れ額が切れようとも、もう誰にも試合は止められない。明はこの時、一縷の望みに懸けようと決心していた。
新必殺技『クロスクリュー』に。
まるで逃げられない檻の中に閉じ込められたような。
二匹の猛獣たちは熱く滾ったその闘志を冷ますかのようにしてぶつけあっていた。
スピード&ラッシュで来る安威川に対し、大振りで振り抜きカウンターをまるで警戒しない力業によって殴打する明。
感覚が研ぎ澄まされ、互いに互いの限界を超えようとしていた。
そして安威川が放った『ホワイトファング』に対し、明は渾身の『クロスクリュー』を合わせに行った。
地震のような衝撃が起こり、無残に横たわる二人の人間。
「1、2、3、4――」
カウントは進んで行くが、二人とも死んだように動かない。
「5、6、7――」
大きな局面を迎えた試合の行方を、皆が固唾を飲んで見守っている。
「8、9――10!!」
戦慄のダブルノックアウトに凄然と静まり返っていた場内が騒然とし、凛として審判が説明を始める。
「ただ今の試合、互いに続行不可能であるため『引き分け』と看做します」
白熱の決戦も勝敗は着かない結果となってしまった。続けざまに審判が解説を加える。
「この場合、日本ボクシング協会の規定により現王者、安威川 泰毅選手の防衛成功となります」
つまり、明は『タイトルホルダー』となることはできず、無冠のままとなる。
試合後、ほぼ同時に意識を取り戻した二人は、健闘を讃えるため互いに歩み寄って話をした。
「ええ技やったわ。俺もまだまだやな。次は完膚無きまでにブチのめしたるわ」
安威川はこの 不撓不屈の強靭な意思で困難に立ち向かって来たのであろう。
「ああ、本当に良い試合だったと思うぜ。次に勝つのは俺だけどな」
対する明も 堅忍不抜の強固な意思でここまで勝ち上がって来た。
この長丁場を終えた二人は、良きライバルとして互いに健闘を讃え合った。
その後、明は控室にて五十嵐と今日の試合を振り返っていた。
「あ~。今、座るとドッと疲れが出て眠っちまいそうだぜ。それにしても、しょっぱい試合になっちまったな」
初めての白星でない試合に、納得が行く筈もない。
「実力は本当に互角だった。これから大切なことは、試合に勝ち続け、世界チャンピオンとなることだ。今回のことは残念だったが、気にすることはないぞ。ボクシングで言えば、お前は倒された訳ではない。最後まで立って王座を獲得する。これが一番大切だ」
怒られるかと思ったが、意外にも五十嵐は前向きなことを言ってくれた。
「そのためにはもっともっと練習しないとな。勝てない相手が居るってことが、こんなにも気分の悪いことだとは思わなかったぜ」
「お前は十分に強くなった。どうだ、これから『アジア』へ挑んでみないか?」
「アジアか――。そうだなあいつも今のまま立ち止まるようなヤワな奴じゃねえだろうし、先を越されねえうちに高みを知っときてえな」
急な提案に臆する者もありそうな話だが、明は恐怖など微塵も感じてはいなかった。
「次の目標は『東洋太平洋チャンピオン』だな。気合い入れて行くぞ」
「おうよ。これからもよろしく頼むぜ」
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