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第34話 もう一つの準決勝
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準決勝2試合目であるイラン代表VSタイ代表の試合を見るため、日本代表は試合後もスタジアムに残っていた。タイ代表はアップの際にガムを噛みながらリラックスして調整を行っており、大きな目と尖った鼻は相手を威圧するような鋭さがある。
マネージャーたちは綺麗に日に焼けて健康的で、東南アジア特有の美しさがあった。日本代表の選手たちは敵情視察とばかりに目を光らせる。夕方19時とあり、辺りは暗くなり始めていたが、タイ代表は暗い中でもよく目が見えているようであった。
両チーム入念に熟したアップが終わり、5分経って試合開始。
試合はタイ代表ボールで始まり、アラの10番と11番の選手が、着実にボールを回していた。林、焔、港は一人の選手が気になったようだ。
「あの6番、オフボールの時の動きがいいな。ディフェンスを上手く引き付けてる」
「ボール持ってない時にでも、オフェンスはできるもんだからね」
「いい選手ってのは、どうしても目立ってしまうもんなんだよな」
「高円宮杯の時の港みたいだな。ああいう選手は安定していて頼りになる存在だよ」
「港はホントにサッカー小僧だったもんな。学校から家までボールを蹴って帰って、塀の外から家の庭にあるゴールに蹴り込んでたくらいだからね」
「ここに居る奴らはそれくらいのことはやってるだろ。代表になるくらいなんだ」
「焔はひたすらシュート撃ってたよね」
「そう言えばボール蹴る力強いから、すぐに空気が抜けて大変だったんだよな?」
「そうそう。パンク修理材はよく使ったな」
「新しいの買わないの?どうせ壊れるんだから、次のに行っちゃえばいいじゃん」
「まあ、物を大切にするタイプだからね。そういうのはプレーにも現れると思うし」
「ふ~ん。そんなもんなのかな」
懐古話というのは知らない人間にとっては入りにくいもので、昴はこういう時には蚊帳の外と言った感じで少しの疎外感があり“監督ってなんでちょっと太ってる人が多いいんだろう“などと考えていた。
6番の選手は『ウンディル』と呼ばれる敵陣奥でボールを受けるプレーでチャンスを演出しており、その場で4回ほど足踏みした。そこから一気にボールを蹴り込んで決めに掛かったシュートは、ゴレイロの股下を通過し得点となった。
また、タイ代表は堅守のチームであるようで、ボールをすぐに押し返そうとしたり、危なくなるとラインを割るようにクリアするのであった。『フラッシュ』と呼ばれる、瞬時に詰め寄るプレーも得意で、これによってイラン代表はスペースを広く取らざるを得なくなっていた。これには袴田、綴、綻も感心したようだ。
「いいディフェンスするな。これはかなり崩しにくいぞ」
「危機察知能力が高いですよね。危ない場面を意図的に避けることができてます」
「個々の理解度の高さがチームの共通理解を高めてる感じですね。これは手ごわいな」
対するイラン代表は猛攻のチームであるようで、カウンターを喰らいそうな危うい場面でも構わず攻め込んで行くことを選択するようであった。ディフェンスでもそのアグレッシブさは発揮されており、タイ代表はその執拗なプレスを発達した肩甲骨を盾にして押し返していた。
タイ代表は、イラン代表の執拗なプレスにも耐え忍んでいたのだが、前半17分、ついにフィクソの位置から陣形が崩れ、フィクソの2番からピヴォの9番へのパスが通り、ヘディングで押し込まれてしまった。金と昴は感心している。
「相当にイケイケなチームだな。1点取られたら2点取り返せばいいみたいな」
「それになんだか生き生きしてますよね。みんな伸び伸びプレーしてるっていうか」
タイの11番が切り返しから出したセンタリングを、ディフェンダーが中途半端にカットしてしまい、それをピヴォの選手が押し込む形となった。だが、イラン代表のゴレイロが辛うじて止め、それをクリアした選手とハイタッチを交わす。
そのラインを割ったものを5番の選手がライナーのパスで通すと、ピヴォの9番がそれを強引に押し込んでしまった。タイ代表ゴレイロは落胆の色を隠しきれない。
ここで馳川は思うところがあったのか、気になる質問を躾にぶつけてみる。
「躾さんはどっちと当たるのが嫌ですか?」
「俺か?う~ん。どっちもかな」
「なんすかソレ。男らしく決めて下さいよ」
「おう言うね~」
「当然でしょ。結果が出てから答えを決めても遅いんですよ」
そしてこの2対1の状況のまま、ハーフタイムを挟んで後半へと移行した。
後半に入ると、タイは基本的に守備的な陣形であり『オーバーラップ』と呼ばれる戦術を得意とし、ディフェンスが前の選手を追い越してオフェンスに加わることで、チャンスを演出していた。その直後、タイ代表6番がイラン代表4番の行く手を遮り、タイ代表11番がフリーでボールを受けてシュートを放つ。これが綺麗に決まり得点は2対2となる。昴、金、硯は先程のタイ代表6番が気になったようだ。
「あの6番いい仕事してますね。準決だからって足痛めてでも出てますし」
「多分アイツがエースなんだろうな。怪我で力が発揮できないのは悔しいわな」
「本来どんな選手だか気になりますね。万全の時に対戦してみたいなーー」
「本調子の時に試合することもあるんじゃないか?世界って広いようで狭いからな」
「うほっ、いいシュート!!」
6番の選手はこの試合までに19点もの得点を上げていたが、準々決勝の中国戦で酷使しすぎたことで足にトラブルを抱え、左ひざにサポーターを付けて出場しており、果敢に挑んではいるのだが、度々こけてしまっては係員がモップで拭いたりしていた。
イラン代表は、振り出しに戻ったことで危機感を覚えたタイ代表9番の焦りを読み、ファウルを誘ってPKを獲得した。これを2番の選手が蹴って、アラの5番に当て、それをさらにピヴォの9番へ当てるという高等技術で回し、見事に得点とした。
再開後、タイ代表6番は最も得意とする『ピニング』と呼ばれるポジショニングでディフェンスを動けなくする戦術を用いてイラン代表を翻弄すると、今度は抜けると見せかけて、逆を突いてボールを受ける『フェインタ』と呼ばれる戦術でパスを受け、自らチャンスを演出する。
そして選手がダマになってごちゃごちゃになった時に、6番が2対1でキープしてシュートを放つが、これは惜しくもゴレイロに阻まれ、こぼれ球を走り込んだ10番が押し込んで得点となった。それを見ていた藪、笑原、嵐山はそれぞれ感想を述べる。
「あれは実質6番の得点やな。あのアグレッシブなプレー、俺は好きやな」
「アイツが10番でもよさそうなもんなのにな。明らかいっちゃん(一番)上手いやん」
「まあ、いろいろあるんちゃう?年齢とか関係性とか、その番号が好きとか」
「せやろな。あれほどの選手やもん。キャプテンやらしてくれ言うたら、やれるで」
「みんながみんな、お前みたいに言いたいこと全部言えるわけちゃうねん」
「ははは、間違いない。藪はめちゃめちゃ主張が強いからな」
イラン代表の攻撃はもはや圧倒的で、シュートを外した回でも得点になっていてもおかしくないと思えるような綺麗な形でオフェンスを締めくくれていた。
そしてその2分後、イラン代表9番のピヴォ当てから4番が豪快にミドルを撃って決めて追加点とし、5対2とすると、タイ代表は慌ててタイムアウトを取った。
国際試合ともなると、真剣勝負であるのは当たり前のことであり、この試合では、両チーム3回ずつ、計6回のタイムアウトを取っていた。またタイ代表のしっかりと手を後ろに組んでハンドを防止する直向きな姿勢は見習いたいものであり、この点差にも関わらず全く気持ちを切っていないその姿勢が清々しかった。
イラン代表は、完成度の高いチームであると言え、その粗がないプレースタイルは称賛に値するものであった。サッカー出身の選手も居るのかもしれないが、しっかりとフットサルナイズされており、自分の得意なプレーや特性などをよく理解していた。
イラン代表の5番はスライディングで体を張ってボールをラインから押し出すと、自分が出しましたとばかりに手を上げて審判に示唆。そのプレースタイルは紳士的であり、2010年WCでコーナーキックになった際に偶発的なものだからとキーパーにボールを返したオランダ代表のプレーを彷彿とさせるものであった。
イラン代表は、フィクソの2番からコート全体を斜めに走る超ロングパスが通り、アラの5番がピタッとボールを足で止めてから、これで止めとばかりに振り向き様にシュートを叩き込んだ。これには会場から歓声が沸き起こる。
結局はこれがこの試合最後のプレーとなった。準決勝とはいえ、その実力差は歴然としたものであり、如何にタレントが揃っている日本代表といえども、これは一筋縄では行かないと思える程の強さであった。
ホテルへと戻って風呂に入りミーティングを終えると、みんな今日の疲れを取るため早めに各自の部屋に戻ることになった。だが昴は、決勝戦を前にどうしても聞いておきたいことがあったので、宿舎のうちの一室を目指して歩いた。
ふと横を見ると、袴田と東洋 瑠偉がどこかの部屋に入って行ったり、躾と大橋 璃華が人目も憚らず抱き合っていたり、馳川と河合 瑚奈がそそくさと外に出て行ったりするのが見えた。
“やっぱみんな裏ではやることやってんだな”などと思いながら部屋の前まで来ると、なんだか急に緊張して来た。意を決してドアをノックをすると、林が、硯と共に迎え入れてくれた。そして、少しの雑談を交えた後、昴は日頃から気になっていたことを思い切って尋ねてみる。
「林さん。俺――どうしたらもっと上手くなれますか?」
「どうしたら上手く?――そうだな。室井に足りてないのは『気持ち』かな」
「気持ちーーですか?俺、まだ皆に技術面で勝ててないですよね?」
「テクニックに頼ったって上手くはなれないよ。ボールを追い続ける気持ち、ゴールを決めたいと思う気持ち、サッカーを続けたいと願う気持ちがないと、上手くなんてなれないんだ。最後には気持ちの強い人が勝つんだよ」
この平成の時代に、精神論はもう古い。そう考える人も居るかもしれないが、昴は短期間ではあるが自分を見てきた林が真剣に考えてくれた言葉を受け、これは大切なことが聞けたと感じた。
「ありがとうございます。その言葉、忘れないようにします」
「そうだね、いい心掛けだよ。室井は外部の人間にはわりと素直なんだよな」
「ははは、そうかもしれないですね。結構、内弁慶なんですよね」
「まだ若いんだし、何も気負うことなんかないよ。20代だろ?」
「そうですけどーーなんかもう歳かなって」
「俺なんかもう33歳だぜ。これでもまだ何も諦めてないんだから、若い方だよ」
「そうかーー、そうですよね!」
「そうだ!自分さえその気になれれば、何だってできるんだよ」
林のこの言葉に勇気づけられ、昴は漸く決勝へ向けて気持ちが作れたようであった。
マネージャーたちは綺麗に日に焼けて健康的で、東南アジア特有の美しさがあった。日本代表の選手たちは敵情視察とばかりに目を光らせる。夕方19時とあり、辺りは暗くなり始めていたが、タイ代表は暗い中でもよく目が見えているようであった。
両チーム入念に熟したアップが終わり、5分経って試合開始。
試合はタイ代表ボールで始まり、アラの10番と11番の選手が、着実にボールを回していた。林、焔、港は一人の選手が気になったようだ。
「あの6番、オフボールの時の動きがいいな。ディフェンスを上手く引き付けてる」
「ボール持ってない時にでも、オフェンスはできるもんだからね」
「いい選手ってのは、どうしても目立ってしまうもんなんだよな」
「高円宮杯の時の港みたいだな。ああいう選手は安定していて頼りになる存在だよ」
「港はホントにサッカー小僧だったもんな。学校から家までボールを蹴って帰って、塀の外から家の庭にあるゴールに蹴り込んでたくらいだからね」
「ここに居る奴らはそれくらいのことはやってるだろ。代表になるくらいなんだ」
「焔はひたすらシュート撃ってたよね」
「そう言えばボール蹴る力強いから、すぐに空気が抜けて大変だったんだよな?」
「そうそう。パンク修理材はよく使ったな」
「新しいの買わないの?どうせ壊れるんだから、次のに行っちゃえばいいじゃん」
「まあ、物を大切にするタイプだからね。そういうのはプレーにも現れると思うし」
「ふ~ん。そんなもんなのかな」
懐古話というのは知らない人間にとっては入りにくいもので、昴はこういう時には蚊帳の外と言った感じで少しの疎外感があり“監督ってなんでちょっと太ってる人が多いいんだろう“などと考えていた。
6番の選手は『ウンディル』と呼ばれる敵陣奥でボールを受けるプレーでチャンスを演出しており、その場で4回ほど足踏みした。そこから一気にボールを蹴り込んで決めに掛かったシュートは、ゴレイロの股下を通過し得点となった。
また、タイ代表は堅守のチームであるようで、ボールをすぐに押し返そうとしたり、危なくなるとラインを割るようにクリアするのであった。『フラッシュ』と呼ばれる、瞬時に詰め寄るプレーも得意で、これによってイラン代表はスペースを広く取らざるを得なくなっていた。これには袴田、綴、綻も感心したようだ。
「いいディフェンスするな。これはかなり崩しにくいぞ」
「危機察知能力が高いですよね。危ない場面を意図的に避けることができてます」
「個々の理解度の高さがチームの共通理解を高めてる感じですね。これは手ごわいな」
対するイラン代表は猛攻のチームであるようで、カウンターを喰らいそうな危うい場面でも構わず攻め込んで行くことを選択するようであった。ディフェンスでもそのアグレッシブさは発揮されており、タイ代表はその執拗なプレスを発達した肩甲骨を盾にして押し返していた。
タイ代表は、イラン代表の執拗なプレスにも耐え忍んでいたのだが、前半17分、ついにフィクソの位置から陣形が崩れ、フィクソの2番からピヴォの9番へのパスが通り、ヘディングで押し込まれてしまった。金と昴は感心している。
「相当にイケイケなチームだな。1点取られたら2点取り返せばいいみたいな」
「それになんだか生き生きしてますよね。みんな伸び伸びプレーしてるっていうか」
タイの11番が切り返しから出したセンタリングを、ディフェンダーが中途半端にカットしてしまい、それをピヴォの選手が押し込む形となった。だが、イラン代表のゴレイロが辛うじて止め、それをクリアした選手とハイタッチを交わす。
そのラインを割ったものを5番の選手がライナーのパスで通すと、ピヴォの9番がそれを強引に押し込んでしまった。タイ代表ゴレイロは落胆の色を隠しきれない。
ここで馳川は思うところがあったのか、気になる質問を躾にぶつけてみる。
「躾さんはどっちと当たるのが嫌ですか?」
「俺か?う~ん。どっちもかな」
「なんすかソレ。男らしく決めて下さいよ」
「おう言うね~」
「当然でしょ。結果が出てから答えを決めても遅いんですよ」
そしてこの2対1の状況のまま、ハーフタイムを挟んで後半へと移行した。
後半に入ると、タイは基本的に守備的な陣形であり『オーバーラップ』と呼ばれる戦術を得意とし、ディフェンスが前の選手を追い越してオフェンスに加わることで、チャンスを演出していた。その直後、タイ代表6番がイラン代表4番の行く手を遮り、タイ代表11番がフリーでボールを受けてシュートを放つ。これが綺麗に決まり得点は2対2となる。昴、金、硯は先程のタイ代表6番が気になったようだ。
「あの6番いい仕事してますね。準決だからって足痛めてでも出てますし」
「多分アイツがエースなんだろうな。怪我で力が発揮できないのは悔しいわな」
「本来どんな選手だか気になりますね。万全の時に対戦してみたいなーー」
「本調子の時に試合することもあるんじゃないか?世界って広いようで狭いからな」
「うほっ、いいシュート!!」
6番の選手はこの試合までに19点もの得点を上げていたが、準々決勝の中国戦で酷使しすぎたことで足にトラブルを抱え、左ひざにサポーターを付けて出場しており、果敢に挑んではいるのだが、度々こけてしまっては係員がモップで拭いたりしていた。
イラン代表は、振り出しに戻ったことで危機感を覚えたタイ代表9番の焦りを読み、ファウルを誘ってPKを獲得した。これを2番の選手が蹴って、アラの5番に当て、それをさらにピヴォの9番へ当てるという高等技術で回し、見事に得点とした。
再開後、タイ代表6番は最も得意とする『ピニング』と呼ばれるポジショニングでディフェンスを動けなくする戦術を用いてイラン代表を翻弄すると、今度は抜けると見せかけて、逆を突いてボールを受ける『フェインタ』と呼ばれる戦術でパスを受け、自らチャンスを演出する。
そして選手がダマになってごちゃごちゃになった時に、6番が2対1でキープしてシュートを放つが、これは惜しくもゴレイロに阻まれ、こぼれ球を走り込んだ10番が押し込んで得点となった。それを見ていた藪、笑原、嵐山はそれぞれ感想を述べる。
「あれは実質6番の得点やな。あのアグレッシブなプレー、俺は好きやな」
「アイツが10番でもよさそうなもんなのにな。明らかいっちゃん(一番)上手いやん」
「まあ、いろいろあるんちゃう?年齢とか関係性とか、その番号が好きとか」
「せやろな。あれほどの選手やもん。キャプテンやらしてくれ言うたら、やれるで」
「みんながみんな、お前みたいに言いたいこと全部言えるわけちゃうねん」
「ははは、間違いない。藪はめちゃめちゃ主張が強いからな」
イラン代表の攻撃はもはや圧倒的で、シュートを外した回でも得点になっていてもおかしくないと思えるような綺麗な形でオフェンスを締めくくれていた。
そしてその2分後、イラン代表9番のピヴォ当てから4番が豪快にミドルを撃って決めて追加点とし、5対2とすると、タイ代表は慌ててタイムアウトを取った。
国際試合ともなると、真剣勝負であるのは当たり前のことであり、この試合では、両チーム3回ずつ、計6回のタイムアウトを取っていた。またタイ代表のしっかりと手を後ろに組んでハンドを防止する直向きな姿勢は見習いたいものであり、この点差にも関わらず全く気持ちを切っていないその姿勢が清々しかった。
イラン代表は、完成度の高いチームであると言え、その粗がないプレースタイルは称賛に値するものであった。サッカー出身の選手も居るのかもしれないが、しっかりとフットサルナイズされており、自分の得意なプレーや特性などをよく理解していた。
イラン代表の5番はスライディングで体を張ってボールをラインから押し出すと、自分が出しましたとばかりに手を上げて審判に示唆。そのプレースタイルは紳士的であり、2010年WCでコーナーキックになった際に偶発的なものだからとキーパーにボールを返したオランダ代表のプレーを彷彿とさせるものであった。
イラン代表は、フィクソの2番からコート全体を斜めに走る超ロングパスが通り、アラの5番がピタッとボールを足で止めてから、これで止めとばかりに振り向き様にシュートを叩き込んだ。これには会場から歓声が沸き起こる。
結局はこれがこの試合最後のプレーとなった。準決勝とはいえ、その実力差は歴然としたものであり、如何にタレントが揃っている日本代表といえども、これは一筋縄では行かないと思える程の強さであった。
ホテルへと戻って風呂に入りミーティングを終えると、みんな今日の疲れを取るため早めに各自の部屋に戻ることになった。だが昴は、決勝戦を前にどうしても聞いておきたいことがあったので、宿舎のうちの一室を目指して歩いた。
ふと横を見ると、袴田と東洋 瑠偉がどこかの部屋に入って行ったり、躾と大橋 璃華が人目も憚らず抱き合っていたり、馳川と河合 瑚奈がそそくさと外に出て行ったりするのが見えた。
“やっぱみんな裏ではやることやってんだな”などと思いながら部屋の前まで来ると、なんだか急に緊張して来た。意を決してドアをノックをすると、林が、硯と共に迎え入れてくれた。そして、少しの雑談を交えた後、昴は日頃から気になっていたことを思い切って尋ねてみる。
「林さん。俺――どうしたらもっと上手くなれますか?」
「どうしたら上手く?――そうだな。室井に足りてないのは『気持ち』かな」
「気持ちーーですか?俺、まだ皆に技術面で勝ててないですよね?」
「テクニックに頼ったって上手くはなれないよ。ボールを追い続ける気持ち、ゴールを決めたいと思う気持ち、サッカーを続けたいと願う気持ちがないと、上手くなんてなれないんだ。最後には気持ちの強い人が勝つんだよ」
この平成の時代に、精神論はもう古い。そう考える人も居るかもしれないが、昴は短期間ではあるが自分を見てきた林が真剣に考えてくれた言葉を受け、これは大切なことが聞けたと感じた。
「ありがとうございます。その言葉、忘れないようにします」
「そうだね、いい心掛けだよ。室井は外部の人間にはわりと素直なんだよな」
「ははは、そうかもしれないですね。結構、内弁慶なんですよね」
「まだ若いんだし、何も気負うことなんかないよ。20代だろ?」
「そうですけどーーなんかもう歳かなって」
「俺なんかもう33歳だぜ。これでもまだ何も諦めてないんだから、若い方だよ」
「そうかーー、そうですよね!」
「そうだ!自分さえその気になれれば、何だってできるんだよ」
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