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贖い

和解

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妹に招かれるままに部屋に入ると、僕はソファに座った。
傍らにはローゼリンドが腰を沈め、マグリット、ヴィオレッタ、ダリアたちが僕たちの後ろに立つと、僕は全員の顔を顔をゆっくりと見渡した。

「みんな、聞いて欲しい。僕がどうしてこうなったのか」

僕は皆に、語り聞かせた。
ローゼリンドの失踪に始まった事件は、10年前の母の死にも繋がり、最後はローゼリンドの死で終着したこと。
そして、ルベルの力によって僕とフロレンスが過去に戻ってきたこと。
自分の犯した罪の全てを語る間、信じられないような面持ちで全員が僕を見ていた。
それでも僕の成長した肉体が、全て真実だと突きつける。

「みんなに記憶がなくても、僕がみんなを…死に追いやった。軽蔑しても、責めても良い。許されたいわけじゃないんだ」

言葉が終わる前に、胸倉が掴み上げられた。
怒りに歪むマグリットの顔が鼻先に迫る。

「馬鹿か!お前は!!」

怒号が響いた。

「なに、勝手に全部背負ってんだ!!俺がお前を救ったってなら、それは俺の意思だっ!誰かに言われたことじゃねぇ、お前のためでもねぇ!俺がそうしたいって決めて、やったことだろうが!!なんで何もかも自分のせいにする必要がある!?」

マグリットの怒りに、僕の中で言い様のない苛立ちが込み上がる。
気づいた時には僕はマグリットの襟をひっ掴み、感情を叩きつけていた。

「それでも僕がお前を殺したんだ!!」

マグリットが死の間際に見せた笑った顔がちらついた。
ダリアが最後に見せた微笑みが脳裏で瞬き、ヴィオレッタの身体から魂が抜けた瞬間の重みが、記憶と一緒に腕に戻ってくる。
全部、僕のせいなのに。
理解しないマグリットに、無性に腹が立つ。

「ヴィオレッタも、ダリアもっ、僕が殺した!!未来が変わっても事実はなくならないっ!!全部僕のせいだ!!!お前の気持ちなんて関係ないっ」
「馬鹿野郎っ、俺たちは兄弟だろうが!!」

叫んだ僕の声に被るように、マグリットの痛切な訴えが響いた。
僕は思わず驚いて彼を見つめると、マグリットの顔が悲しげに歪んでいく。

「血が繋がってなくても、俺はお前の兄ちゃんなんだよ!!助けたいんだよ!!だから、寂しいこと、言うなっ」

僕がローゼリンドを救いたいと思うように、支えたいと願うように、マグリットは僕のことを考えてくれていた。
マグリットの気持ちが理解できると、僕のなかから憤りが抜け落ちていく。
ひどい言葉を投げつけてしまったことに、今さらになって胸が疼く。

「…そんなつもりじゃなんだ、ごめん」

マグリットから手を離すと、マグリットの両手も僕の胸倉から離れていく。

「お前のせいで誰かが死んで、お前が傷つくっていうなら絶対に、今度は誰も傷つけさせねぇ。だから一人になろうとするなよ」
「こ、公子様っ、ダリアもっ、お力になります!私は、ローゼリンドお嬢様やジークヴァルト様にお仕えできて、し、幸せなんですっ…、…だから、絶対に、っ、お助けしますっ」

涙ぐむダリアがソファの背凭れごしに身を乗り出してくると、マグリットの言葉に同意して必死に何度も頷いた。
ダリアの後ろに佇むヴィオレッタは、表情を変えないまま僕たちを優しく見守ってくれている。
視界が、涙で歪んでいく。

「ありがとう」

救われる思いだった。
そして、同時に考えてしまうのだ。
僕と一緒に記憶を持ったまま戻ってきたフロレンスを支えてくれる人は、いるのだろうか。と

「フロレンスが僕の巻き添えになってしまった。僕には支えてくれる人がいるが、彼女には…」

思わず呟くと、今まで黙って考えに耽っていたローゼリンドが、真剣なお面持ちで僕を見つめていた。

「お兄様。フロレンスが一緒に記憶を持って戻ったことは、罰なのでしょうか?」
「それ以外になにがある。こんな記憶が残っても、彼女を苦しめるだけだ」

突然の問いかけに戸惑う僕が出した答えと、ローゼリンドの答えは違っていたようだった。
ローゼリンドの瞳が、確信を持って僕に訴え掛ける。

「精霊は悲しみのあまり公国を滅ぼすほど、私たちを深く愛していらっしゃる。だからこそ、精霊はわたくし達に救いを与えてくださっているはずです」
「…それは、僕を救うためにフロレンスに記憶が残された、ということか?」

ローゼリンドは頭を左右に振って否定した。

「わたくしは、ルベル紅の精霊がフロレンスを思って、記憶を残したのだと思っています」

ローゼリンドが導きだした答えに、僕は驚きを隠せなかった。

「こんな苦しい記憶を、なんで?」
「フロレンスはお兄様を愛していますもの。お兄様を一人にはしたくないと思うでしょう」

ローゼリンドの仮説が、正解とは限らない。
だけど、フロレンスが寄せてくれる想いが、ローゼリンドの言葉に真実味を帯びさせる。
僕は震えそうになる声を押さえるために、唇を片手で覆って俯いた。

「僕は、彼女に苦しんで欲しくない…全てを忘れて、幸せになって欲しいんだ」
「フロレンスは、苦しいなんて感じていないと思いますわよ。幼い頃から一心に愛していた人と、二人だけの記憶を共有できるなんて。嬉しいことじゃございません?」

軽薄な言い方に、僕は初めて妹に怒りを覚えた。
反射的に顔を上げると、柔らかく慈愛に満ちたローゼリンドの視線とぶつかって、虚を衝かれる。
妹の目が、からかっている訳ではないと、告げていた。

「そんな馬鹿なこと…彼女に愛される資格なんて僕にはっ」

───無い。
無辜の民を殺した僕を、愛してくれているフロレンス。
彼女の顔を思い出すたびに、切なさが込み上がる。
同時に、罪悪感が気持ちに重く、重く、蓋をした。
僕が押し黙ると、ローゼリンドの手が僕の両手をそっと握って、下から覗き込む。
透き通る瑠璃色の瞳は、僕の本心を全て見透かしているようだった。

「ねえ、お兄様。フロレンスのことを愛していらっしゃるんでしょ」

唐突に突きつけられた言葉に、心が貫かれる。
見開いた目と、不用意に落としてしまった沈黙が、自分の本心を誤魔化し難いとのへと変えていく。

「…、…ああ」

僕は観念して、頷いた。

「なら、お兄様はフロレンスと支え合うべきじゃございません?マグリットたちがお兄様にしてくれているように」

フロレンスを本当の意味で理解し支えられるのは、未来の記憶を持っている僕だけだろう。
自分の罪悪感ばかりに囚われ、彼女を遠ざけようとしていたが、それは間違いだったのだろうか。
それとも、自分の都合よく解釈しているだけなのか。

「お兄様は、よく考えていらして。わたくしがお二人を幸せにしてみせますから」

答えの出せない僕の代わりに、ローゼリンドはにっこりと笑ってみせた。
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