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運命の日

怒り

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その先の言葉が音になる前に、馬の鋭い嘶きが響き渡り、馬車が止まる。
急なことにアスランは背後の壁を鋭く叩いた。

「どうした、トーラス」
「カンディータ家から、従女が急に飛び出してきました」

馬車の扉が、勢いよく開かれる。
途端に目元を真っ赤に染めたダリアの姿が、僕の瞳に飛び込んだ。
僕を見た瞬間、ダリアの瞳から大粒の涙が溢れ出し、次々に滴り落ちて石畳に当たって弾けていく。

「───……ジークヴァルト様っ、っローゼリンドお嬢様が!!」

ダリアの言葉を聞き終わる前に、僕は馬車を飛び出した。
目の前にある公爵家の邸門の前には、マグリットやヴィオレッタが待っていた。
そんな二人に目もくれず、僕は門の内側へと駆け抜けていく。
立ち止まれば嫌な予感が湧き上がり、足を取られそうになって怖かった。

「ジークヴァルト様…っ」
「落ち着け、ジークヴァルト!!」

ヴィオレッタとマグリットの声が、遠くに聞こえる。
駆ける勢いに靴が脱げて、石畳の上を転がった。
早鐘のように脈打つ心臓が、痛みを訴える。

邸宅の前に、見知った人たちが居た。
多くの使用人たちが崩れ落ち、互いに抱き合い啜り泣いている。
その中心に、一人の少女が物言わずに横たわっていた。

「ローゼ?」

自分の口から零れた声が、まるで他人のもののように聞こえる。
現実感が、まるでなかった。
僕の言葉に気付いた人々が、視線を上げる。
少女と同じ顔をした僕の姿に困惑が広がり、ざわめきが身を包んだ。

ローゼリンドの側で泣き崩れる父────ノヴァリス公爵が顔を上げた。
今朝まで穏やかに微笑んでいた優しげな目元には、深い影が刻まれ、眼窩が落ち窪んで見える。
この一瞬で数十年も年を重ねたような顔は、涙でそぼ濡れていた。

「ジーク、ローゼが」

父の枯れた声が、これが現実であると教えるように僕の頭にこびりつく。
僕は父と向かい合って、横たわったまま動かない少女の側に膝をついた。

星のような銀色の髪は無惨に切り刻まれ。
淡い桃色に色付いていた唇は、青白く。
瑠璃色の瞳は閉ざされて、二度と覗くことがないと物語る。
白いドレスは泥にまみれ、切り裂かれた腹部の赤黒さが生々しく際立っていた。

「あ……あ……っ」

声にならない嗚咽が、僕の唇から溢れ出した。
物言わなくなったローゼに、僕は手を伸ばす。
妹の手を握ると、枝葉を掻き握ったまま固まった指が、まるで苦痛と恐怖を伝えてくるようだった。

途端に、悲しみが体中を貫いた。

胸を
腹腔を
指先を
唇を

僕は、耐えきれなかった。

「なんでッ、なんでこんなことに……?ローゼ、僕の命、僕の片割れっ!!」

僕は妹の命を掻き集めようとして、胸のなかにローゼリンドを掻き抱いた。
でも、力なく投げ出される妹の肉体は冷たくて。
もう命の一欠片も残っていないことだけが、分かる。
それでも諦めきれずに、僕はローゼリンドを抱き締めながら身体を揺すり続けた。

「ねぇ、ローゼ……僕の名前を呼んで。ジークヴァルトって…お兄様って…────目を開けて、頼むよローゼ」

凍えきったローゼリンドの身体は、僕の体温を奪っていく。
身体が凍えるほどに、僕の中に冷たい怒りが満ちていった。
同時に、僕の感情に呼ばれた何かが、身体の内側から目覚めるのが分かった。

僕と一緒に、怒り、悲しむ何かがいる。

気付いた瞬間、自分のだけではない、誰かの感情が僕の中から迸った。

「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ─────!!」

二つの咆哮が僕の口から響いた。
風が、緑が、生き物全てが恐怖に戦慄いた。
恐れ戦く使用人たちは、僕から逃げ出すように後ずさっていった。

「落ち着きなさい、ジークヴァルト!!」

父の鋭い声が、響いた。
だが、僕の中には届かない。

「許さない……」

僕の怨嗟の声に呼応して、僕を中心に地面に放射線状の亀裂が走る。

「貴様等の一欠片とて、この世に残してなるものかっ!!ヘリオスっ、ベアトリーチェっ、貴様の全てを、奪い尽くしてやるっ────」
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