上 下
34 / 62
一時の逢瀬

暴かれる秘密

しおりを挟む
───ローゼ…、…死んでいるのか…、…本当に

生々しい恐怖が、足元からせりあがってる。
僕は恐ろしさに冷たくなっていく両手を、強く握り込んだ。

「でも、まだ…ローゼの死体は見つかっていません。それに、アーベントと一緒にいた男は川た落ちたと言っていた。まだ生きてるかもしれない…!いや、きっと生きてる!あの子は僕より賢くて、いつだって最善を選ぶ子なんだ。死ぬはずなんてない!!」

気が付くと、僕はアスランに掴み掛かりて叫んでいた。
武人として立派な体躯を持ったアスランは、逃げもせず僕を受け止めて、背中を軽く叩く。

「ジーク、落ち着け。今は兎に角、事実を確かめなけりゃならん。ローゼリンドを捜し出すぞ」
「……はい」

結局、弱々しく頷くことしかできなかった。
妹のこと、アスランのこと、全てが絡み合って混乱する頭の中に、フロレンスの姿が思い浮かぶ。
待っていて、と言っていった彼女を置いてきてしまっていた。
きっと僕のことを心配して探し回っているだろう。

「よし、長居は無用だ。行くぞ、二人とも」

扉に向かうアスランを、僕は引き止めた。

「待ってください、アスラン殿下。実はフロレンスも一緒に来ているんです」
「はぁ?そりゃ、どういうことだ」

アスランは怪訝に顔を歪めて、僕の方を振り返った。

ギィィィ────

アスランの背後で、扉が軋む音を立てた。
思わず誰もがそちらに視線を向けると、陽射しが射し込まない薄暗い路地裏に、誰かが佇んでいた。
黒く塗り潰された人影に最初に気付いた背丈の高い人物が、ランタンを床に叩き落とした。
ガラスが割れ、火が消える。
光が取り払われ一瞬にして暗く沈んだ廃屋の中に、剣柄に手を掛ける重い金属音が響いた。
男の腰から、銀色に鈍く光る刃が引き抜かれる。

「やめろ、トーラス」

アスランが片手を上げて制した。
呼ばれた背丈の高い人物は、ぴたりと動きを止める。
僕は驚いてトーラスと呼ばれた男を見上げた。
アスランと共に戦場にいることが多いトーラスの顔を知る者は少ない。だが、それでも誰もがトーラスの名前を知っていた。
もちろん、僕も。

鉄壁の重装騎士を率いるトーラス伯爵。
沈黙の巨人と呼ばれるアスランの懐刀は、黙したまま剣の柄から手を離し、同じように佇んでいた。
トーラスに剣を向けられかけた事にも気付かないように、扉の前に立っていた人影は、覚束ない足取りで前へと踏み出し、小屋の中へと踏み込む。

「どうしてここにいるんです、アスラン殿下…それに今、ローゼリンドを探すって…だって、目の前にいるでしょう?」

暗さに慣れてきた僕の目に映る薔薇色の瞳が、嵐に嬲られる花弁のように揺れていた。
今にも散ってしまいそうな頼りなさに、僕は思わず人影へと両手を伸ばした。

「フロレンスっ…」

妹に似せて高く作ったいた声が、馬鹿みたいに低く掠れる。
装うことを忘れた僕の声にフロレンスの肩がぴくり、と跳ねて、ゆっくりと顔がこちらに向けられた。

「君が、見当たらなくて…花が落ちていて。それで、捜し回っていたら…中から、君の声が」

僕を食い入るように見つめるフロレンスの瞳が、どれだけ僕を心配してくれていたのかを物語っていた。
せめて謝りたいのに、声は硬く、喉に詰まって音にならない。

「入れ替りを、フロレンスは知らんのか」
「……はい」

僕とフロレンスの様子を見守っていたアスランの問い掛けに、僕は項垂れるようにして頷いた。
俯いた僕に、フロレンスの視線が突き刺さるのが分かる。
現実を理解するにつれて、フロレンスの声が感情を抑えるように震えだした。

「ローゼでないなら、君は……」

僕は、弾かれたように顔を上げる。
彼女が真実を口にする前に、どうしても謝りたかった。

「ごめん!騙したかったわけじゃないんだっ、フロレンスっ…っ、ただ…───」

フロレンスの表情が、僕から言葉を奪う。
戸惑い、傷付いた顔がまっすぐに僕を見つめていた。
怒ってくれる方が、何倍もマシだ。
フロレンスに伸ばそうとした僕の手は、空しく虚を掴んだ。
沈黙の痛みに耐える僕とフロレンスを現実に引き戻すように、アスランの声が静かに響いた。

「思うところはあるだろうが、まずは今はローゼリンドを捜すことが先決だ。俺の方の事情も道々伝える、ジークヴァルトも分かっていることを話せ」
「…はい」

ローゼリンドの名が出されると、僕は罪悪感の沼から無理矢理這い出した。

「フロレンスもそれで良いな?」
「承知、いたしました」

フロレンスも顔を上げると、自分の感情を飲み下すような沈黙の後で頷いてみせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...