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婚約式
婚約式と精霊の誓い
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大公閣下との謁見を済ませると、いよいよ婚約式へと移る。
婚約式の場所は大公城の後庭の泉の真ん中にたたずむ、聖堂の中だ。
鏡面のように美しい泉に掛けられた橋を、僕はヘリオスと共に歩き出す。
聖堂の中に入ると、左右に参列席が並び、参列したの貴族達の視線が僕たちに注がれていた。
周囲から注視されるなか、一部からは刺すような視線が僕に向けられていた。
視線で人を殺せるなら、間違いなく僕は死んでいるだろう。
というか、僕の胃袋が死にそうだ。
胃痛を凝らえながら、僕は今後妹の障害になりそうな視線の主を確かめた。
そこにいたのは、シュルツ伯爵家の令嬢であるヒルデだった。
美しいブルネットに、燃えるような赤い瞳が印象的な彼女は、場を考えないところに短慮さが伺える。
もしかしたら、衝動的に妹を襲った可能性もあるかもしれない。
僕はヒルデの姿と名前を心に止めながら、奥で待つ司祭の元まで歩みを進めた。
聖堂内は、ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光に包まれていた。
神々しい光の中で、静謐が広がる。
司祭は僕達を迎え入れると、聖句を口にした。
「汝は慈愛のウィリンデに、病める時も健やかなる時も、互いを愛することを誓いますか」
「誓います」
僕とヘリオスは声を揃え、司祭に応える。
「汝は守護のルベルに、共に手を取り合って困難に立ち向かうことを誓いますか」
「誓います」
言葉を重ねるほどに、僕の中で恐怖が膨らんでいく。
「汝、平和のアウレウスに、共に公国を安堵し、民草を導くことを誓いますか」
「誓います」
最後の聖句に誓いを立てる間、僕は恐ろしさに手が震えていた。
公国だけではなく、精霊までも騙そうとしていのだ。
運命に逆らうような恐ろしさに、契約書に書いたサインが、わずかに歪む。
名前を書き入れ、いつの間にか詰まっていた息を吐き出すと、僕の手を取ったヘリオスが婚約指輪を僕の指に通していく。
僕も彼の指に揃いの指輪を通すと、ヘリオスは空色の瞳を綻ばせた。
「愛しているよ、ローゼ」
なぜ、この幸せな瞬間に妹はいないのだろうか。
僕は初めて神を呪ったのだった。
※
無事に婚約式を終えれば、今度は夜に向けて祝賀へと移っていく。
先ほどの厳かさから一転して、一気に華やぐ大公城。
婚約式であるため近隣国家からの特使は訪れていないが、国内の有力貴族はタウンハウスで身支度をし、惣領のない貴族もこれを機会にと着飾って乗り込んでくる。
その頂点として君臨しなければならないのが、ローゼリンド…今であれば、僕なわけだ。
自然、気合いも入るというものだ。
儀式用の白いドレスから、今度は夜会に向けて華やかなものへとメイクも髪型も変えていく。
ドレスはこの日のために、友好国である帝国に無理を承知で頼み込み、帝室お抱えの仕立て屋を呼び寄せて作らせたものだ。
妹の薔薇のような華やかな雰囲気をそのまま表すように作られたドレスに、僕は袖を通していく。
花弁のようにシルクシフォンを何重にも重ね合わせたスカート部分は、柔らかく広がり、重なり合う生地には銀糸で蝶々や薔薇の刺繍が施されている。
美しい分だけ、凄まじい重量があった。
「重い…このドレスはなんだ?身体を鍛えるためなのか?ほんっとに、女の子って大変なんだな…」
「女性のお気持ちが分かる殿方になって下さって、嬉しいですよ」
げんなりする僕の言葉を聞き流しながら、ヴィオレッタは容赦なく僕にドレスを着付けていく。
所々に縫い付けられたサファイアとダイヤモンドは、スカートが動く度に朝露のごとく輝いていた。
くるりと身体を踊らせると重なりあったシフォンが動いて奥行きが生まれ、まるで薔薇の間を蝶が飛び交っているかのようだ。
白いレースで淡く透ける腕やデコルテには、ほんのりと肌が上気して見えるように、薄い桃色のチークがのせられている。
そこから伸びる細い首筋は、客観的に見ても十分美しかった。
婚約式の場所は大公城の後庭の泉の真ん中にたたずむ、聖堂の中だ。
鏡面のように美しい泉に掛けられた橋を、僕はヘリオスと共に歩き出す。
聖堂の中に入ると、左右に参列席が並び、参列したの貴族達の視線が僕たちに注がれていた。
周囲から注視されるなか、一部からは刺すような視線が僕に向けられていた。
視線で人を殺せるなら、間違いなく僕は死んでいるだろう。
というか、僕の胃袋が死にそうだ。
胃痛を凝らえながら、僕は今後妹の障害になりそうな視線の主を確かめた。
そこにいたのは、シュルツ伯爵家の令嬢であるヒルデだった。
美しいブルネットに、燃えるような赤い瞳が印象的な彼女は、場を考えないところに短慮さが伺える。
もしかしたら、衝動的に妹を襲った可能性もあるかもしれない。
僕はヒルデの姿と名前を心に止めながら、奥で待つ司祭の元まで歩みを進めた。
聖堂内は、ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光に包まれていた。
神々しい光の中で、静謐が広がる。
司祭は僕達を迎え入れると、聖句を口にした。
「汝は慈愛のウィリンデに、病める時も健やかなる時も、互いを愛することを誓いますか」
「誓います」
僕とヘリオスは声を揃え、司祭に応える。
「汝は守護のルベルに、共に手を取り合って困難に立ち向かうことを誓いますか」
「誓います」
言葉を重ねるほどに、僕の中で恐怖が膨らんでいく。
「汝、平和のアウレウスに、共に公国を安堵し、民草を導くことを誓いますか」
「誓います」
最後の聖句に誓いを立てる間、僕は恐ろしさに手が震えていた。
公国だけではなく、精霊までも騙そうとしていのだ。
運命に逆らうような恐ろしさに、契約書に書いたサインが、わずかに歪む。
名前を書き入れ、いつの間にか詰まっていた息を吐き出すと、僕の手を取ったヘリオスが婚約指輪を僕の指に通していく。
僕も彼の指に揃いの指輪を通すと、ヘリオスは空色の瞳を綻ばせた。
「愛しているよ、ローゼ」
なぜ、この幸せな瞬間に妹はいないのだろうか。
僕は初めて神を呪ったのだった。
※
無事に婚約式を終えれば、今度は夜に向けて祝賀へと移っていく。
先ほどの厳かさから一転して、一気に華やぐ大公城。
婚約式であるため近隣国家からの特使は訪れていないが、国内の有力貴族はタウンハウスで身支度をし、惣領のない貴族もこれを機会にと着飾って乗り込んでくる。
その頂点として君臨しなければならないのが、ローゼリンド…今であれば、僕なわけだ。
自然、気合いも入るというものだ。
儀式用の白いドレスから、今度は夜会に向けて華やかなものへとメイクも髪型も変えていく。
ドレスはこの日のために、友好国である帝国に無理を承知で頼み込み、帝室お抱えの仕立て屋を呼び寄せて作らせたものだ。
妹の薔薇のような華やかな雰囲気をそのまま表すように作られたドレスに、僕は袖を通していく。
花弁のようにシルクシフォンを何重にも重ね合わせたスカート部分は、柔らかく広がり、重なり合う生地には銀糸で蝶々や薔薇の刺繍が施されている。
美しい分だけ、凄まじい重量があった。
「重い…このドレスはなんだ?身体を鍛えるためなのか?ほんっとに、女の子って大変なんだな…」
「女性のお気持ちが分かる殿方になって下さって、嬉しいですよ」
げんなりする僕の言葉を聞き流しながら、ヴィオレッタは容赦なく僕にドレスを着付けていく。
所々に縫い付けられたサファイアとダイヤモンドは、スカートが動く度に朝露のごとく輝いていた。
くるりと身体を踊らせると重なりあったシフォンが動いて奥行きが生まれ、まるで薔薇の間を蝶が飛び交っているかのようだ。
白いレースで淡く透ける腕やデコルテには、ほんのりと肌が上気して見えるように、薄い桃色のチークがのせられている。
そこから伸びる細い首筋は、客観的に見ても十分美しかった。
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