ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭

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婚約式

大公閣下

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先触れに来訪の許可を告げれば、しばらくしてヘリオスが僕の元を訪れた。
入ってきたヘリオスは、純白の衣装を身に付けた僕を見て、表情を華やがせる。

両腕を伸ばして抱き締められそうになると、僕は胸がないことがバレないように、反射的に両腕を前に揃えて身体が密着するのを防いだ。
緊張に強張る肩に合わせて、顔を見られないようにうつむくと、覗き込むようにしてヘリオスの頭が傾けられる。
視界の端に入り込む空色の瞳が柔らかく細められ、からかう色を含んで、笑っていた。

「もう僕たちは婚約するのに、まだ照れる?」
「まだ結婚前ですもの…余り、おからかいにならないで下さいませ」

耳元に寄せられる唇から、芳しい香りと共に言葉が注がれる。
僕は背筋に悪寒が走るをの感じながら、恥じらう素振りで告げて見せた。
抱きしめてられた身体がようやく解放されると、安堵したのも束の間、すぐに手を取られる。

「ごめんね、からかっている訳じゃないんだけど…ひとまず、父に挨拶に行こうか」


僕の歩調に合わせてくれるヘリオスの物慣れた姿に、さすが色男、エスコートも完璧だと妙に関心しながら共に歩んでいった。

ここから宮を出れば、更に緊張を強いられる。

向かう先は、各宮の中心にある大公城。大公閣下の玉座が鎮座する、謁見の間だ。
広い敷地を移動するために馬車に乗り込むと、ほどなくして辿り着いた白亜の城は、尖塔せんとうがいくつもそびえ立っている。
その姿は荘厳で、どっしりとした安定感を感じさせた。
中に座す公国の主を思わせる、重々しさだった。

僕は緊張感に乾いた喉を潤すように、唾液を飲み下した。
ヘリオスと繋いだ手が震えだしそうなのを堪えて、導かれるままに城へ繋がる石段を登っていく。

「ヘリオス大公子殿下、ならびにカンディータ公爵家のご息女ローゼリンド公爵令嬢が登城なさいました」

高々と来訪を告げる声が響いた。
合わせて大公城の扉が開かれていく。
城内には堂々と柱が立ち並び、蝋燭の炎に照らし出しされている。
天井を飾るシャンデリアのクリスタルは、火の揺らめきを弾いて、虹色に輝いていた。
左右の柱に挟まれ、真っ直ぐに続く絨毯の上を歩いて謁見の間の前まで行き着くと、扉がゆっくり開かれていく。

開いた先で最初に目に入るのは、眩い光だった。

吹き抜けになっている高い天井から、太陽の陽射しが降り注ぎ、玉座を照らし出している。
その光の柱の下にどっしりと腰を下ろした大公閣下は、僕たちを見下ろしていた。
人に自然と頭を垂れさせるだけの威厳いげん慈愛じあいに満ちた眼差しに、僕とヘリオスは膝をついて頭を下げる。

「二人とも、顔を上げなさい。よくぞこの日を迎えるに至った。厳しい道のりであっただろうが、私は誇りに思うぞ」

そう言って、アウルム・エスメラルダ・アウラトスⅢ世大公閣下は、年齢と共に深みを増した声で語りかける。
僕と妹を昔から可愛がって下さっている大公閣下の前に立つと、騙してしまっている罪悪感が一気に込み上げてきた。
僕は顔を上げると、少しだけ睫毛を伏せる。
真っ直ぐに大公閣下の顔を見ることが恐ろしかったのだ。

おそれ多いお言葉でございます。我らが公国の偉大なる父、大公閣下」
「ありがとう存じます。我らが公国の主にして、我が偉大なる父よ」

僕とヘリオスがそれぞれに答えると、満足気に立派な髭をしごきながら、頷く姿が目に入った。
内々の挨拶であるため、その場にいたのはカンディータとロザモントの公爵二人と、大公閣下を護る近衛騎士のみだ。
大公妃殿下はずいぶん前にはかなくなられており、新しい妃を迎えられてはいない。
そのため、大公閣下の隣の玉座は空白となっていた。

無事に今を乗り越え、妹が帰ってきてくれば、あの玉座がに座るのはローゼリンドとなる。
そう思えば、怯えてしまうそうな心が奮い立った。
それに、父が僕を見守ってくれている。
横から注がれる温かい眼差しが、僕に勇気を与えてくれていた。

「ヘリオス、ウィリンデ緑の精霊の家系は愛情深い。なによりも国とお前を思ってくれるだろう。身を慎み、慈しみ、大切にしていきなさい」
「はい、父上。私の全力でもってローゼリンドを護って参ります」

胸に手を当てて、大公閣下の言葉に力強く応えるヘリオスの声に、妹はきっと幸せになれるだろう。僕はそう、確信を持った。
ヘリオスの応えを聞いてから、大公閣下は今度は僕へと視線を向けた。

ウィリンデ緑の精霊の公女、ローゼリンドよ。お前の深い愛情でもって、我が息子とこの公国を守ってくれるかね?」
「はい、大公閣下と精霊に誓って、公国とヘリオス大公子様を守り、愛して参ります」

大公閣下の慈悲深い声に、僕は思わず男として応えそうになる。
思わず飛び出しかけた勇ましい声を落ち着け、柔らかくなおやかな声で応じると、大公閣下はゆっくりと頷かれた。

「お前達の婚約を許可しよう。これで私も安心して国を任せられる」

宣言が下されると共に、僕は顔を上げる。
婚約の許可が下りてしまった。

喜びと不安が入り交じった複雑な思いを抱えながら、嬉しそうに笑うヘリオスに手を引かれて、僕は謁見の間を後にしたのだった。
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