3 / 62
婚約式
婚約式の準備
しおりを挟む
僕が妹の身代わりになる間、邸宅の使用人達には僕は病で伏せっていると伝えることにした。
現大公陛下に婚約式に出席できない非礼を詫びる書状を、僕の従者であるマグリットが届けてくれる。
それ以外にも、彼は僕が抱えている公爵家所領の税収の確認や、領内の治安維持の報告など、様々な内容を纏めておいてくれることになった。
元の生活に戻った時に、速やかに決裁を下すためではあるが、負担をかけることが目に見えていた。
「ごめん、マグリット」
「大丈夫だから、俺に全部任せとけよ。ジーク」
僕と乳兄弟である幼馴染みは、向日葵みたいに快活に笑って言ってくれた。
しかし、しかしだ…
周りに全てを任せて専念しても、まったくと言っていいほどに式まで時間が足りない。
それでも必死に、式の段取りを頭に叩き込み、ローゼリンドの話し方、仕草、表情をひたすら模倣していく。
喜んでいいのか悲しいんでいいのか、成長期がまだ訪れていない僕は、妹と立場を入れ換えて遊べるぐらいに、体格差がない。
見た目が同じお陰で、付け焼き刃であってもそれなりに様になっていた。
それでも踵の高い靴の辛さや、コルセットの締め付けに、弱音を吐きたくなった。
けれど僕以上に大変そうな侍女の二人を見ていると、何も言えなくなる。
何を着ていくか形式的に決まっているとはいえ、二人だけで準備を進めるヴィオレッタとダリアの目の下には、この短期間で化粧では隠しきれない隈ができていた。
無理をする二人の姿を見ていると、申し訳ない気持ちが頭をもたげる。
「二人とも、大変だろう。ごめんね」
「ジー、…いえ、ローゼリンドお嬢様!!なんて勿体ないお言葉!ダリアはその言葉だけで十分でございます」
「私達は公爵家の忠実な道具でございます。いつだって上手にお使い下さいませ」
忙しなく立ち働く二人は、僕に向かって晴れ晴れと笑ってみせた。
公爵家と縁戚にあたる二人の令嬢は、公爵家の偏愛の気質がやや備わっているようで、僕と妹にたっぷり愛情を注いでくれる。
時折、行きすぎでは…?
と思うことがあるが、僕はありがたく二人の好意を受け取っておくことにした。
こうして準備が整っていく最中にも、必死の捜索は続いていた。
だが、僕たちを嘲笑うように、時間はあっという間に過ぎ去っていき、結局妹は見つからないまま婚約式の当日を迎えることになってしまったのだった。
※
婚約式当日の朝。
大公家の馬車が到着した知らせを受けて僕は、ヴィオレッタとダリアを伴い、邸宅から外へと出る。
母が愛した薔薇園を通り、邸宅の門前に辿り着くと四頭立ての馬車が僕たちを出迎えてくれた。
馬具の革は純白、馬も白く、装飾は金があしらわれている。
立派な馬車の前後には公国の騎士団が整列し、それぞれの手には旗が高々と掲げられていた。
よく晴れた空の下、カンディータ公爵家の紋章である薔薇を抱く蛇が描かれた旗と、アウラトス大公家の天秤を掴む大鷲の紋章が、晴々しく翻る。
旗を眩し気に見上げる僕に、馬車の傍らに立つ従者が頭を下げた。
「お迎えに上がりました。カンディータ家のご息女、ローゼリンド様」
「…ありがとうございます」
恭しく扉が開かれると、僕は一瞬だけ躊躇してから、意を決して一人で馬車の中に乗り込んだ。
ヴィオレッタとダリアは大公家の騎士団の後に続くカンディータ家の馬車に乗って、後をついてくる手筈だ。
両家の結び付きを公国に知らしめる示威行為としてのパレードが始まると、しばらくして窓の外に色とりどりの花びらが舞い始めた。
同時に、周囲から喜びの声が響き渡る。
豊穣を約束するカンディータ公爵家とエスメラルダ公国を纏める大公家への期待が、国民たちの歓声となって鳴り響いていたのだ。
民の声に応えるたに、僕が馬車の窓から顔を覗かせると、人々の喜びが一気に爆発的した。
「ご婚約おめでとうございます!ウィリンデの公女様!星と緑の女神様!!」
「なんてお綺麗な公女様なの…」
「すごい、銀糸のような髪ってのは本当だったんだな。日に透けてきらきらしてる」
「昼なのに、星が輝いているみたい!」
次々に上げられる祝いの言葉に、僕は喜びと共に複雑な思いが込み上がってきた。
ローゼリンドが受けるべき祝福を、民が寄せる期待を、僕が受け入れている違和感。
そして、今も妹を全て奪った何者かがいる事実。
───絶対に許してなるものかっ…
思わず強張りそうな表情を微笑みに変えながら、民に見送られて僕は大公城に向かっていった。
多くの宮が点在する城のなか、代々大公家の直系のみが使用することが許される教会で、婚約式が行われるのだ。
貴族街から出て平民街を巡り、再び貴族街に至ってようやく、城門へと辿り着く。
揺れる馬車から見上げた先にあるのは、父上連れられて何度も訪れた大公城があった。
開門の音と高らかに響く、ファンファーレ。
それは、僕にもう引き返すことはできないのだと、突き付けるようだった。
跳ね橋が降り、馬車が城の中へと滑り込んでいく。
これからが、本番になる。
僕は硬く拳を握りしめると、決心を固めた。
現大公陛下に婚約式に出席できない非礼を詫びる書状を、僕の従者であるマグリットが届けてくれる。
それ以外にも、彼は僕が抱えている公爵家所領の税収の確認や、領内の治安維持の報告など、様々な内容を纏めておいてくれることになった。
元の生活に戻った時に、速やかに決裁を下すためではあるが、負担をかけることが目に見えていた。
「ごめん、マグリット」
「大丈夫だから、俺に全部任せとけよ。ジーク」
僕と乳兄弟である幼馴染みは、向日葵みたいに快活に笑って言ってくれた。
しかし、しかしだ…
周りに全てを任せて専念しても、まったくと言っていいほどに式まで時間が足りない。
それでも必死に、式の段取りを頭に叩き込み、ローゼリンドの話し方、仕草、表情をひたすら模倣していく。
喜んでいいのか悲しいんでいいのか、成長期がまだ訪れていない僕は、妹と立場を入れ換えて遊べるぐらいに、体格差がない。
見た目が同じお陰で、付け焼き刃であってもそれなりに様になっていた。
それでも踵の高い靴の辛さや、コルセットの締め付けに、弱音を吐きたくなった。
けれど僕以上に大変そうな侍女の二人を見ていると、何も言えなくなる。
何を着ていくか形式的に決まっているとはいえ、二人だけで準備を進めるヴィオレッタとダリアの目の下には、この短期間で化粧では隠しきれない隈ができていた。
無理をする二人の姿を見ていると、申し訳ない気持ちが頭をもたげる。
「二人とも、大変だろう。ごめんね」
「ジー、…いえ、ローゼリンドお嬢様!!なんて勿体ないお言葉!ダリアはその言葉だけで十分でございます」
「私達は公爵家の忠実な道具でございます。いつだって上手にお使い下さいませ」
忙しなく立ち働く二人は、僕に向かって晴れ晴れと笑ってみせた。
公爵家と縁戚にあたる二人の令嬢は、公爵家の偏愛の気質がやや備わっているようで、僕と妹にたっぷり愛情を注いでくれる。
時折、行きすぎでは…?
と思うことがあるが、僕はありがたく二人の好意を受け取っておくことにした。
こうして準備が整っていく最中にも、必死の捜索は続いていた。
だが、僕たちを嘲笑うように、時間はあっという間に過ぎ去っていき、結局妹は見つからないまま婚約式の当日を迎えることになってしまったのだった。
※
婚約式当日の朝。
大公家の馬車が到着した知らせを受けて僕は、ヴィオレッタとダリアを伴い、邸宅から外へと出る。
母が愛した薔薇園を通り、邸宅の門前に辿り着くと四頭立ての馬車が僕たちを出迎えてくれた。
馬具の革は純白、馬も白く、装飾は金があしらわれている。
立派な馬車の前後には公国の騎士団が整列し、それぞれの手には旗が高々と掲げられていた。
よく晴れた空の下、カンディータ公爵家の紋章である薔薇を抱く蛇が描かれた旗と、アウラトス大公家の天秤を掴む大鷲の紋章が、晴々しく翻る。
旗を眩し気に見上げる僕に、馬車の傍らに立つ従者が頭を下げた。
「お迎えに上がりました。カンディータ家のご息女、ローゼリンド様」
「…ありがとうございます」
恭しく扉が開かれると、僕は一瞬だけ躊躇してから、意を決して一人で馬車の中に乗り込んだ。
ヴィオレッタとダリアは大公家の騎士団の後に続くカンディータ家の馬車に乗って、後をついてくる手筈だ。
両家の結び付きを公国に知らしめる示威行為としてのパレードが始まると、しばらくして窓の外に色とりどりの花びらが舞い始めた。
同時に、周囲から喜びの声が響き渡る。
豊穣を約束するカンディータ公爵家とエスメラルダ公国を纏める大公家への期待が、国民たちの歓声となって鳴り響いていたのだ。
民の声に応えるたに、僕が馬車の窓から顔を覗かせると、人々の喜びが一気に爆発的した。
「ご婚約おめでとうございます!ウィリンデの公女様!星と緑の女神様!!」
「なんてお綺麗な公女様なの…」
「すごい、銀糸のような髪ってのは本当だったんだな。日に透けてきらきらしてる」
「昼なのに、星が輝いているみたい!」
次々に上げられる祝いの言葉に、僕は喜びと共に複雑な思いが込み上がってきた。
ローゼリンドが受けるべき祝福を、民が寄せる期待を、僕が受け入れている違和感。
そして、今も妹を全て奪った何者かがいる事実。
───絶対に許してなるものかっ…
思わず強張りそうな表情を微笑みに変えながら、民に見送られて僕は大公城に向かっていった。
多くの宮が点在する城のなか、代々大公家の直系のみが使用することが許される教会で、婚約式が行われるのだ。
貴族街から出て平民街を巡り、再び貴族街に至ってようやく、城門へと辿り着く。
揺れる馬車から見上げた先にあるのは、父上連れられて何度も訪れた大公城があった。
開門の音と高らかに響く、ファンファーレ。
それは、僕にもう引き返すことはできないのだと、突き付けるようだった。
跳ね橋が降り、馬車が城の中へと滑り込んでいく。
これからが、本番になる。
僕は硬く拳を握りしめると、決心を固めた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる