神に愛されたのは、殺し屋でした

豊口楽々亭

文字の大きさ
上 下
14 / 14

How to 13

しおりを挟む
夢と現の間をさ迷うJDを起こしたのは、聞き覚えのある笑い声だった。
煩いと言わんばかりに寄せられる、眉間の皺。遠慮深い主張を無視するかのように、また声がJDの耳に響く。
しばらく眠りにしがみつこうと抵抗を続けていたが、目蓋の方が先に限界を訴えた。
仕方なく視界を柔らかく包んでいた目蓋を、心地よい微睡みとごと払うように、押し上げる。
最初に目に入ったのは、見慣れた天井とちらつく光源だった。
判然としない思考を照らし出す目映い人工灯を見詰めていると、JDはようやく自分が座ったまま寝入ってしまっていた事に、気が付いた。

「おはよう、JD!」

JDはバネ仕掛けの玩具さながらの勢いで、立ち上がってベッドを振り返った。
反射的に懐に手が伸びるのは、職業病だろう。
たが、そこにはホルスターも頼れる銃器の重さの一つも、ない。
動揺を隠せないままのJDの目に、見知らぬ、いや、親しみすぎた顔が映っていた。
笑い声を上げた張本人であろう恋人───神を名乗る青年───は、ベッドの上からJDを見上げていた。
そして青年はJDと目が合うと、プリズムする虹彩を持つ双眸を、にやにやと意地悪く歪めてみせた。

「おはよ。この本さぁ、面白いな?」

ベッドの上を我が物顔で陣取る青年は、JDを悩ませていた本を無造作に掲げて、振って見せた。
バサバサと音を立てる雑誌のページには、男同士のあられもない姿が大判で印刷され、そこには『男体解体新書』『相手を満足させる100のテクニック公開!』との大見出しが、でかでかと記載されていた。

「死にたい」

JDは、思わず頭を抱えて蹲った。
後ろ頭に、青年の視線が突き刺さる。JDが思わずちらりと視線を向けると、青年の嫌味な程に形が良い唇がにやついて、余計に追い詰められる気分だ。
何の良い言い訳しようと口を開いても、結局は決まり悪く顔を横向けるだけで声の一つも上げられない。
無言を押し通して逃げ出そうとするJDに、青年は本をぞんざいに放り投げ自由になった手を伸ばすと、愛しい恋人の頬に触れた。
乾いた掌の熱が、じんわりと肉の内側に広がっていく。
こっちを向いて、と訴えかけるような熱心な温かさに、JDはのろのろと視線を正面に引き戻した。
クラックの入ったグリーンアンバーを思わせる、金色の虹彩が走る瞳が、ネオンのように輝く青年の目に照らされる。
こうやって見詰められると、青年の掛けるサングラスという薄っぺらい遮蔽物に、普段如何に助けられているか思い知らされた。
それぐらいJDにとって青年は眩しく、魅力的に見えた。

「なあ、何でこんなの読んでたワケ?」

もう一度、重ねて問いかける唇から漏れた吐息が、JDの唇を掠めた。

「なあ、JD……教えてよ」

視線を合わせたまま、青年は内緒話でもするかのようにわざと声を潜めると、ひどく甘い響きを伴って囁き掛けける。
この甘えた声に内在する強制力、それを全て計算に入れた青年の言葉は、全てを吐露したくなるような疼きを、内側に生み出す。
結局は青年に従ってしまう自分の諦めの良さを口惜しく思いながら、JDは口を開いた。

「……仕方ないだろ。男相手は初めてだし。自信無いし、折角なら気持ちいい思いさせてやりたい」

そう言いながらJDが顔を僅かに横向けたのは、この容赦の無い傲慢な青年に対する微かな反抗心と、JDの中にも僅かばかり在る、男性としての自尊心からだった。
それを、知ってか知らずか。
寧ろ、そんなJDが抱く煩悶さえも愛していると言わんばかりに、青年は顔の筋肉を弛緩させて、だらしなくにやつかせる。

「JDったら、本当に可愛いなぁ」

JDにとってその言葉は、ひどく羞恥心が掻き立てられるものだった。だが、そんなJDの感情は、次の瞬間吹き飛ばされた。

「大丈夫、俺が突っ込む方だから任せなさいって」

驚くと同時に、予期せぬ力がJDの身体に掛かる。
世界が反転して、ベッドのスプリングが起こす柔らかなを脈打ちを背中に感じた頃には、青年の端正な顔が天井を背負って、JDを見下ろしていた。

「は?ちょっ……待て、っ」

停止していたJDの思考が青年の言葉を理解した頃には、青年の唇がJDの声を奪うように重なっていた。
唇を割開き、弄るようにして巧みに絡みつく舌の生暖かい柔らかさに、JDの腕は何時しか縋るように青年の肩に回されていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

王は約束の香りを娶る 〜偽りのアルファが俺の運命の番だった件〜

東院さち
BL
オメガであるレフィは母が亡くなった後、フロレシア国の王である義父の命令で神殿に住むことになった。可愛がってくれた義兄エルネストと引き離されて寂しく思いながらも、『迎えに行く』と言ってくれたエルネストの言葉を信じて待っていた。 義父が亡くなったと報されて、その後でやってきた遣いはエルネストの迎えでなく、レフィと亡くなった母を憎む侯爵の手先だった。怪我を負わされ視力を失ったレフィはオークションにかけられる。 オークションで売られてしまったのか、連れてこられた場所でレフィはアルファであるローレルの番にさせられてしまった。身体はアルファであるローレルを受け入れても心は千々に乱れる。そんなレフィにローレルは優しく愛を注ぎ続けるが……。

処理中です...