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「居ない?」
 帰省し、実家が経営している小さな洋食屋のカウンターに座った果梨は、コーヒーを淹れる男の言葉に目を丸くした。
「だって……え?」
「正確には居た」
 果梨と果穂よりも三つ年上の兄、高槻晴人は渋面で溜息を吐いた。
「が、なんか彼氏が出来たとかなんとかでしょっちゅう出掛けてる」
 開いた口がふさがらない。
 ぽかんとする果梨に、兄の愚痴は更に続く。
「ったく……突然帰って来たかと思ったら、『私、結婚します』とか宣言して。父ちゃんと母ちゃんが相手は、って勢い込んだらアイツ、何て言ったと思う? 『これから探すのよ』だとよ」
 更に絶句。
「で、何か知らんがお見合いパーティだの婚活合コンだの手当たり次第に参加して」
「それで彼氏を見付けたの!?」
 勢い込んで尋ねる果梨に、晴人は肩を竦めた。
「んー……それがなぁ、兄ちゃんが見た感じそうじゃないっぽいんだよなぁ」
「…………へぇ」
 もう何がなんだかわからない。というか。
(…………って、あたしが物凄いジェットコースターな毎日を送ってたってのに……あの女はッ)
 年末年始は実家に帰ります、と藤城に告げると彼はあの手この手で果梨を留め置こうとした。彼自身は帰る気は全くないらしく、しまいには「監禁も辞さない」と真顔で言われた。
 既に騙している藤城を更に騙すのは気が引けたが、なんとしても果穂と話し合わなければならなかった果梨は、「母の叔母の祖母の妹が危篤状態なんです!」とベタ過ぎる言い訳をし、呆れる藤城を吹っ切って帰って来たのだ。
 といっても、同じ県なので探されたらアウトなのだが。
 実家が遠い北国とか南の島だったらよかったのに、と遠い所で考える。
 それくらい、物理的に離れることが出来たら諦めも付くというものだ。
(…………いや、無理か)
 即座に己の考えを否定し、果梨は苦笑した。
 そう。
 きっと物理的に離れても、この気持ちは変わらない。
 藤城康晃という人に落ちてしまった以上、どこに居てもきっと彼の事を考えてしまうだろう。今だって、思い出して幸せと不安とで胸が痛くなるのだから。
「……どうかしたのか?」
 気付けば黙り込み、兄が淹れてくれたコーヒーの水面を見詰めていた果梨は心配そうな彼の声に顔を上げた。
「なんで?」
 誤魔化すように笑うと、晴人は溜息を吐いた。
「なんか……昔っからそうだが、お前らそっくり過ぎるんだよ」
 じとっと半眼で睨まれて、果梨はどきりとする。
「ふらっと帰って来て爆弾発言した果穂も、お前と同じように俺が淹れたコーヒー、じーっと見詰めてさ。どんよりオーラ発散してくれちゃってたわけよ」
「どんよりオーラ……」
「そう言う時って二人そろってトンデモナイ事に巻き込まれてたりすんだよな。いじめっ子やっつけた所為で、その親から呼び出されたり、二人で忍び込んだ倉庫に閉じ込められたり」
「お兄ちゃん」
 むっとして睨み返すと、晴人が大きな手を伸ばして果梨の頭を子供っぽくくしゃくしゃにした。
「で、今度は何やらかしたんだ?」
 普段はちゃらんぽらんで面倒くさがりなのに、変な所で優しい兄。
 彼に泣き付いた事は一度や二度ではきかない。それは果穂にも言える事だ。
 一瞬、果梨は自分が陥っている事態に付いて話そうかと思った。
 だがそこでもう既に、自分が答えを出している事に気付く。
 何がどうあろうとも、辞表を出す覚悟だ。
「果梨?」
「私ね、ちょっと大きな仕事任されたんだ」
「へえ」
 驚いたように目を見開く晴人に、果梨は一口コーヒーを飲むと、この年末年始の休みで巧の為のコンペ資料を完成させようと心に決めていた。
「でね、まだ完成してないから、この休みでやっちゃうつもり」
「……ったく、日本人の悪い癖だな。休みに休まないってのは」
「お兄ちゃんだって、三十一まで店開けるじゃない」
「そりゃ、ご近所の皆様が『ルーク』のご飯を食べなきゃ年越し出来ないっていうからだなぁ」
 ぶちぶち文句を言う晴人だが、三十一日は洋食屋のくせに年越し蕎麦を出したりする。その為だけに晴人は蕎麦屋に修行に行ったくらいだ。
「似たようなもんでしょ」
 小さく笑い、果梨はじっと兄を見た。彼はその辺にある食器を拭いている。
「それに……来年からは私ももっと手伝えるだろうし」
「あ?」
 目を上げる晴人に、果梨はにっこり笑った。
「ううん。独り言」

 持ち帰った資料やフラッシュメモリを使って白石用のパワーポイントを作って行く。途中、どうしても白石に確認を取りたい事項が出て来て、彼女は申し訳なく思いながらスマホを取り上げた。
(…………出ないか)
 八コールまで数えた所で果梨は溜息を吐いた。今は一年の総締めくくりの時で、みなそれぞれ家族や大切な人と過ごしているのだろう。
 普段と変わらず太陽は昇り沈んでいくのに、そこを生きる人々のほとんどが浮かれ騒いでいる。地球は普段と変わらぬ航路を辿るのに、何故か世界には非日常の空気が流れている。その中で仕事をしている人間は、商業施設……特にスーパーなどの流通の人達だろう。
 十コール数えて、巧も色々忙しいのだろうと呼び出しを切ろうとして、唐突に相手に繋がった。
 一瞬留守電かな、と警戒する。
『ハイ』
 出たのは、巧の声とは似ても似つかない女性の声。
(おおっと!)
 これはマズイ。勝手に相手のスマホに出てしまう女性というのは、赤の他人か特別親密な女性だろう。この時期なら親族という可能性もある。
 コンマ何秒かの逡巡。
「いつもお世話になっております。わたくし、株式会社ICHIHA営業一課の高槻と申しますが、白石さんの携帯でよろしいでしょうか」
 これなら何の問題も無いだろう。
 ばりばりの営業声で告げる果梨は、相手の返事を待った。
 ほんの少しの間。
『お世話になっております。わたくしは同じくICHIHA営業事務の高槻です』
 瞬間、果梨の身体を電撃が走った。
 果穂!?
「な……あ……」
 言葉が続かない。空気を求めて口をぱくぱくさせる果梨を他所に、電話の向こうで姉が溜息を吐くのが判った。
『久しぶりね』
 落ち着いた声音に、果梨の脳に怒りと共に血が巡る。
「ひ……さしぶりってアンタねぇぇえぇえぇッ!」
 腹から声を振り絞る果梨は、その勢いに乗って早口にまくしたてた。
「今まで何やってたのよ!? 婚活!? その上彼氏が出来たみたいってこっちがどれだけ大変な思いでアンタの代りをしてたと思ってんのよ、ええ!?」
 お蔭でこちらは信じられない男に落ちて、要らぬ苦労を背負っているのだ。
 慰謝料を請求したいくらいだ。
 ぜーはーと肩で息をする果梨は、通話相手が未だに黙ったままなのに気が付いた。
「何とか言ったら?」
『…………ナントカ』
「あんたねッ」
 再び怒りに震える果梨は、『私ね』とやけに落ち着いた声が答えた。
『結婚する事にしたの』
「はあ!?」
 目が飛び出そうな程驚いて、絶叫するような返答に果穂が震えた声で続けた。
『年末にクラス会があって……再会した人とね』
 余りの展開に頭が付いて行かない。瞬きを繰り返しながら、果梨はぐるぐるする脳内を整理しようと頑張った。
「ねえ……子供は?」
『それでもいいって』
「まさか!」
 そんな男居るのか? 他の男の子供を妊娠してる女を娶ってもイイと思える男なんて。
 果梨の結論は「あり得ない」だ。
「それ、アンタ騙されてない? なんか危ない事しようとしてるんじゃないわよね!?」
 自分と同じ遺伝子を持っているのだ。恋に目が眩んでトンデモナイ男と付き合ってしまっても可笑しくない。そう思って問いただすと、しばしの沈黙。
『―――騙してるのは……私の方かも』
「え?」
『そう言う訳だから、果梨に迷惑かけまくったケド、もう止めにする』
 一方的な通告に、果梨は怒りよりも拍子抜けした。
 もう止めにする。
 それはつまり。
『辞表書いて送るから、折りを見て提出して』
「ちょっと! あんたが巻き込んだんだからあんたがやりなさいよ! なんで私が」
『引き継ぎ事項だってあるでしょう? 部長との事だって』
 果穂の口調が、果梨と藤城の間に何があるのか知っているのだと匂わせていて果梨の心臓の鼓動が倍になった。
「何言ってんのよ」
『誤魔化さなくていいの。部長、素敵だったもんね』
 ぞわり、と果梨の背筋に寒気が走った。腹の奥が真っ黒い物で汚れて行くのが判る。
「どういう意味?」
 平静を装ったつもりだが声が掠れた。今まで考えたことも無かった想像で、頭の中が満ちて行く。
 あんな風に。
 泣きたくなるくらい、あの温度を求めてやまない位の抱擁を二人ともかわしていたのだとしたら。
 スマホを握り締める手が真っ白になっている。
『安心して。何もなかったから』
 素っ気ない程淡々とした口調に、かっとなる。
「何もないならなんでプロポーズなんかしたのよ!?」
 果梨のストレートな怒りが面白かったのか、果穂がくすりと笑うのが判った。
『だって女性に対して愛情なんか持った事もなさそうな人だったから、私の提案を飲んでくれると思ったの』
 その言葉に、果梨の頭の中が真っ白になった。
 息を呑んだ彼女に気付かず、果穂が揶揄するような口調で続ける。
『どの女に対しても冷淡で、仕事上そろそろ奥さんも必要かな~って思ったから、私との結婚も考えてくれるかと思ったのよ。あくまで契約上。婚姻届けさえ出してもらえたら後は好きにしていいなんて男にしてみればありがた過ぎる話でしょう?』
 契約上の結婚?
 どの女に対しても冷淡?
 誰が?
『なのにあっさりそれを蹴って、私の事置いて帰るなんてあり得な―――』
「果穂」
 低く垂れこめる黒雲から響く雷鳴のような不吉さで、果梨は電話の相手を呼んだ。
 はっと果穂が息を呑む。
「アンタ、藤城さんの事何にも分かってない。あの人がどんな人で、どんな風に私に接してくれたのか全く分かってない。どの女に対しても冷淡? 冗談! あの人が私に向けてくれたのは冷淡なんて言葉と正反対だよ!」
 白石と話をしただけで怒るし、誘いに乗らなければ怒るし、逃げ出せば怒りマックスで追いかけて来るし!
「なのに……ちゃんと私の事見ててくれて、間違いは謝ってくれて……優しかったし、最低な男に立ち向かってくれたし……大事そうに……」
 震える言葉が切れて、沈黙が落ちた。
 果梨はここ数週間で見た藤城の姿を思い返し、胸がいっぱいになるのが判った。それと同時に泣けてくる。ぽたり、と落ちた熱い雫が広げた資料に落ちて吸い込まれるのが見えた。
『…………だったら尚更、私が出る幕は無いんじゃない?』
 それがもし、投げやりな口調だったら果梨は勢いに任せて果穂を怒鳴りつけていただろう。無責任だと。だが現実には何故か思いやるような温かさが混じった口調だったから、果梨は反論する事が出来なかった。
 そうだ。
 果穂が出て行くのは筋違いだ。今は……今こそ藤城との関係に決着を付けて進むためには、果梨こそが対峙する場面なのだ。
『……部長の事、好きなのね』
 疑問形ではない、断定する言い方。
 その言葉のもつ力を意識するより先に、身体が感じて震えた。
 好き。
「…………そうかも?」
 呟いた直後、果梨は笑い声を上げた。
 何故ここで疑問形なんだ。
「ううん、違う」
 かもしれない、じゃない。
「好き」
 そう誰かに告げただけで、果梨は己の中の何かが解放されるのが判った。
 だから頑張らなくてはいけない。嘘偽りなく、あの人へ向かう為にも。
『……ゴメンね』
 ややしょんぼりした声がして、果梨は我に返った。
「まったくよ」
『うん……ゴメン』
 響いた声の素直さに、果梨は数秒間目を閉じた。
「それで? あんたはどうするの? その……」
 白石の事を言及していいのか。
 その時ふと、自分が電話を掛けたのは白石の携帯だったと思い出した。
「ていうかこの携帯……白石さんの」
『じゃまたね、果梨』
「え? て、ちょ、ま」
 言うだけ言って気が済んだのか、ぷつん、と通話が切れる。響く虚しいコール音に果梨はしばし呆然とした。
 これは幻聴か何かか?
 ていうか……クラス会で会った人はどうした。何故白石のところに居る。
 何がどうなってるんだ?
 必死に頭を整理しようとして、果梨は重大な事に気付いた。
「ていうか……資料の事聞き忘れた……」
 以降、いくらかけても白石に繋がらず、結局出社して相手に確認を取るまでは仮で仕上げなければならなくなったのである。







 一年が終わって新しい年が巡って来る。康晃から連絡が来て初詣にでも、と誘われたが「酷い風邪を引きまして」と全部の単語に濁点を付けて返答した。
 是が非でも看病に来ようとし、さりげなく住所を聞き出そうとする男をなんとか撃退しながら、果梨は悲しくなった。
 好きだと認めた相手を何故、こうやって遠ざけなければならないのだ、あほらしい。
 その間に部長は全然別の相手を見つけてしまうかもしれないのに。
 何度目かの電話の際に、果梨は自分の弱さに負けて恐る恐る切り出してしまった。
「……怒ってます?」
『あ?』
 怒ってるとしか思えない返答が来て、果梨は思わず首を竦めた。
 顔が見えないから、表情で判断が出来ない。触れていないから、急激に上がる体温や安心させるように握り締めてくれる強さが判らない。
 判断できるのは、電子音声変換された仮の声のみ。
『そりゃ怒りたくもなるだろ。なんなんだよ、一体! 捕まえたと思ったら居ないって意味が分からん』
 確かに。
 だが、彼が告げた言葉の『捕まえた』という部分にのみ全力で重きを置き、果梨は震える息を吸い込んだ。
「部長」
『なんだ?』
「…………白石さんのプレゼンの件、資料、完成させました」
『は?』
 なんで今その話?
 電話の向こうで眼を瞬く康晃は、いきなり飛んだ話に眉間に皺を寄せた。
 そんな彼の様子など露程も知らない果梨は早口に続けた。
「なので……それに関して……部長にお話が有ります」
 きっぱりとしたその口調に、康晃は嫌な予感がした。
 どう考えても、聞きたくない話の類だろう。
『どんな話だ?』
 先回りするつもりで尋ねれば、「会って話します」と。
『今日か?』
 部長の弾んだ声が、果梨は嬉しかった。でも、次に会って身体を重ねるのは全てが済んでからだ。
「仕事始めの際にです」
 続く沈黙が怖い。
 やがてため息が漏れ、『なんで仕事始まるまで会えないんだよ』とぶつぶつ文句を零し始める。苛立ち髪をかき上げる部長の姿を想像しながら、果梨はきっぱりと告げた。
「けじめです」
『はあ?』
「すいません。私のけじめなんです……部長と会ってしまうと……問答無用で決意が揺らぐから」
 その一言が、康晃の不安を更になぞる。
 康晃は払しょくできない嫌な感じを必死に堪えて、落ち着いた声を出そうとした。。
『何の決意だ? ついに俺と結婚する気になったか?』
 言った瞬間、康晃は自分の心臓がひときわ高く鳴るのが判った。
 結婚。
 意外な事にじわり、と胸の奥が温かくなって先日の二十四日の出来事を思い出す。
 それもイイかもしれないと、心のどこかが叫び出す前にと康晃は慌てて付け加えた。
『そうなればお前、俺から逃げられなくなるしな』
 揶揄うような雰囲気の濃い物言いに、果梨は目を伏せた。
 それは、私の事が好きだからそう言ってくれてるのだろうか。それともただ単に言葉の綾だろうか。
 でもそれに縋る事は出来ない。
「……四日に会ったら、ちゃんと話します」
 酷く落ち着いた声音に、康晃は全くもって安心出来なかった。出来る事なら今直ぐここで聞きたい。これで放置されるなんてなんのプレイだ。
『何故今言えない? 四日に言う理由がなにかあるのか? 高槻―――』
「部長」
 果梨の声が震えた。
「私、もう逃げませんから」
『…………え?』
「じゃ」
 おい待て何言ってんだお前は!?
 そんな大音量を無視して、果梨は通話を切った。やってることは果穂と変わらない、そんな事を自嘲気味に考えながら。
 さあ、あとは……辞表を出して自分の気持ちを全部打ち明けるだけだ。
 その先に何が待っているのか。
 その結果は祈るしかないのだが。





 新年一発目は挨拶回りから。
 忙しく立ち働く営業部の皆様を見送りながら、果梨は鞄に入っている辞表の所為で胃が痛くなるのを覚えた。自分で書こうかと考えたそれ。一度書いた経験もあるし。
 だが、果穂は自ら決めた通り実家に辞表を送り付けて来た。
 一身上の都合。
(確かに……それによく当てはまる状況だ)
 後はこれを総務に出すだけだ。本来は直属の上司に提出するべきなのだろうが、色々問題がある場合は総務で受け取ってもくれる。
 このご時世……上下関係、人間関係の他にも色々あり過ぎる。
 会社としては最大限、訴えられないような手段を取りたいと願うモノなのだろう。
「…………ねえ」
 いつの間にかじいっとモニターを見詰めて考えごとをしていた果梨は、すとん、と隣に座った羽田に顔を向けた。彼女はやけに真剣な表情でこちらを見ている。
「なによ」
「この間……っても、十二月の終わりにだケド、約束の合コン、実行されたのよ」
 ああ、羽田に協力を取り付ける際に約束した『白石さんの知り合いをご紹介』会の事だろう。
「ああ。で、どうだったわけ? そういえばイヴに向けて色々雑誌見てたようだけど」
「私の事はどうでも良いのよ。問題はアンタよ、アンタ」
 ばしりっと肩を叩かれて、果梨は眉間に皺を寄せた。
「私が何よ」
「……見ちゃったのよ」
 どきり、と心臓が高く鳴る。
 なんだ? 何を見たというのだ?
「…………何を?」
「あの日! 私達の合コンが有った日! 二十四日だったの」
「…………イヴに?」
「イイじゃない! 独り身同士が集まって上手く行けばハッピークリスマスよ!」
 ああうん……まあ、そうだね。
 遠い目をする果梨を他所に、更に羽田が身を寄せた。
「でね……私はてっきりアンタは部長と一緒だと思ったのよ」
 かあっと頬が赤くなる。必死に言い訳しようとする果梨に「今更何よ」と手を振った。
「イイのよ、アンタが部長と上手く行ってようが行ってまいが! だから弁解はしないで、時間がもったいないから」
 ぐうの音も出ない。ふるふると握り締めた拳を震わせる果梨を見詰め、羽田は「問題は」とゆっくりと口を開いた。
「あんたもあの日、居酒屋の隣の部屋で飲み会に参加してたでしょ、ってことなの」
 ――――は?
 ぽかんと口を開ける彼女に、羽田が一気にまくしたてた。
「そして、それに気付いた白石さんに……お持ち帰りされてたでしょ」
 ――――え?
 まさに青天の霹靂だ。
「え? 私が? 白石さんにお持ち帰り?」
「とぼけても無駄よ」
 さっと周囲を見渡し、羽田は怖い顔で果梨を睨み付けて来る。
「アンタが誰と付き合おうと正直どうでも良いって思ってはいるわよ。でもね、アンタは部長と上手く行ってくれないと、香月さんがメンドクサイでしょが」
「……なんでそこに香月さんが出て来るのよ」
 それは私が勝手に香月さんの悔しがる姿を観るのが快感だからよ、とは言えず羽田はこほんと咳ばらいをした。
「それは更にどうでもよかったわね。兎に角、あんたもうちょっと慎みなさい。てか、何なのマジで! 部長で良いじゃない! それでも我慢できないっての?」
 要らぬ因縁を付けられそうで、果梨は慌てて弁明した。
「ていうか、それ私じゃないし! イヴは……その……や、休んだじゃない、私。た、体調不良で」
 切れ切れの言葉に、羽田はふんと鼻を鳴らした。
「それこそ何を今更だわ」
 じとっと半眼で見詰められ果梨の頬が赤くなる。体調不良で寝ていたなんて一ミクロンも思っていない相手に嘘を重ねても意味は無い。そこで正直に続けた。
「兎に角……そ、その日は私……い、家でクリスマスの準備をしてましたッ」
「準備って?」
「…………晩御飯作ったり。なんなら写メでも見せようか?」
 出来が良かったので思わず写メってしまったのだ。
 ぱぱっと写真を出して見せると「あら」と羽田の眉が上がった。
「ホントだ」
「でしょ?」
 なーんだ、とようやく身体を離した羽田が「じゃあ見間違いか」とぽつりと漏らす。
 だが今度は果梨の方が羽田が見たモノに興味が湧いて来る。
 もし、羽田が見たのが『果梨』じゃないとすれば。
「…………その人、私に似てたの?」
 恐る恐る尋ねると、羽田が肩を竦めた。
「ええ、そっくり。しかも白石さんと連れだって出て行ったからてっきりそうだと思ったのよ」
「…………へぇ」
 多分恐らく間違いないそれは。
(…………果穂……よね)
 一体何がどうなっているのか。これは白石にも確認を取らなくてはと彼女はいきなり立ち上がった。
「私……東野設計に打ち合わせに行ってくるわ!」
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