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ビップ席
しおりを挟むカランカランとドア鐘を鳴らせ、お客さんが二名入店してきたよ。
肩には、2羽の鳥が左右に飛ぶシンボルマークのワッペン。
城内勤務者特有の、シーグリーン色のワンピースを着ているね。
「来てやったぞ、ヒジカタ」
「なんだ、なんだ! この狭さは?」
「これで店のつもりか? ワッハハハハ」
ニヤけるこの2人……。
あー、そうそう、グルメグランプリーの審査員にいた、キキン国のお偉いさんだ。
ひようたん顔でモヤシ体型の男は、たしか……ビンソン……。
もう一人は、うーん。
「おいおい、ヒジカタ。子供に接客させるのか」
座席案内に向かったSSたちが、ムッとほっぺたを膨らませたよ。
「ええ、まあ」
いちいち文句が多いなあ。
カウンターのお客さんが迷惑そうに、顔を伏せたよ。
「お客さんたち、こっちこっち!」
SSの接客が、いきなり乱暴になったぞ。
嫌な客相手でも態度にでちゃダメだと、教えなきゃいけないな。
さて、ビンソンたちに座ってもらうんだけど。
8つあるカウンター席は埋まっていて、空いている席は――。
「ここでちゅよ」
SSが案内した途端、ビンソンたちが眼を吊り上げた。
「奴隷だっ! ど、奴隷がいるぞ! 奴隷の隣りにワシたちを座らせるのか!」
見ためが老婆。
あの姉妹と相席になってもらうしかなかったんだが。
「奴隷?」
「その老いた醜い顔は、『呪縛の法術』特有の効果。呪縛は奴隷にかける!」
そうだったんだ。
「なんだ、なんだ、この店はっ! 奴隷と我ら貴族を同席させる不謹慎な店かっ!」
ビンソンたちが声を荒立て、姉妹に指を差して罵っている。
SSたちがビビッて厨房に入ってきたよ。
「こんな小汚い奴隷の隣で、食事が出来ると思うか? さっさとチェンジしろ!」
困ったな。
俺が厨房を出てビンソンの側まで行くと、姉妹がテーブルにうずくまるように小さくなり、小刻みに震えていた。
鼻をすすっている。泣いているのか。
「チェンジと言われましても、あいにく満席でして……」
「ダメだダメだ。できないなら、この奴隷を外へつまみ出せ!」
「申し訳ないです、お客さま」
謝るしかない。
「さあ、早く奴隷を追い出せ! 早くしろ」
「……、……」
「どうした……?
我はキキン国王の側近ビンソン・ギイン。国王の懐刀と呼ばれる重鎮であるぞ。
早くこの汚いのをつまみ出せッ!!」
ビンソンがアゴを擦りながら、にやにやしている。
俺が困っているのが嬉しいわけだ。
「いつまで待たせる気かぁ~」
「わかりました――」
「ほう、やっと分かったか」
「隣りの席へ移って頂きます」
「な……なにッ! と、隣り?
隣はキキン国王の特別席ではないか!」
「はい、そうです。国王のためだけに作ったビップ席です。
本来なら、国王以外、誰も座ることが許されない席ですが、お客さまをつまみ出す事はできません、絶対に。
ですので、今回だけは特別に座っていただきます」
「王に無断でか? 許可もとらず?」
「お客ささまを待たせるわけにはいかないので」
「罰を受けるぞ!」
「経緯を説明して、それでも罰ならば仕方ありません」
「ほう……。見上げた根性だなヒジカタよ。
ふん! まあ、よいわ。
我らが座るのなら、国王も許すだろう。さあ、案内しろ」
「はい」
俺は、嬉しそうなビンソンをそのままにして、震えている姉妹の側で片膝をつき、目線を合わせたよ。
「数々の暴言に、ご気分を害されたでしょう、お客さま」
姉妹がビクッとして、ゆっくり顔を少しだけ上げた。
涙目で、怯えたように俺を見ている。
每日毎日、命令されるだけの生活だろうか。
声を奪われ、老婆の顔にされ、居場所さえ特定される状態。
気の毒で仕方がない。
俺は、精一杯の笑顔で――。
「怖かったでしょう。
もう大丈夫。大丈夫ですから。さあ、どうぞ、こちらに」
そう言って姉妹を立ち上がらせ、ポカーンと口を半開きにしているビンソンたちの前を通り、ビップ席に案内する。
豪華なテーブルと最高級のソファーの前で、二人は立ち尽くす。
「どうぞ、お座り下さい」
「……、……う」
混乱しているんだね。無理もない。
「お二人に、ここで食べてもらいたいのです」
姉妹が、不思議そうに顔を見合わしたよ。
俺は、やさしくもう一度頷く。
「座って頂けますか、お客さま?」
「……お、おい! おい、ヒジカタ」
「はい?」
「我らを差し置き、奴隷なんぞに!」
「ご希望通り、こちらのお客さまは居なくなりました。
どうぞ、そこに座って、自由に寿司を注文してください。
……はて? なにか不都合でも?」
「なにかではあるまい! 貴様、ど、奴隷を――」
「失礼なっ! こちらのおふたりは、奴隷ではありませんっ!」
突然怒鳴り散らした俺の声で、ビンソンたちが絶句した。
ピィーンと静まり返る店内。
他のお客さんも唖然とし、SSたちもびっくりして、3匹でトーテムポールしているし。
「奴隷などと失礼なっ! こちらのお客さまは每日来店して下さる大切な常連さまです!
私の寿司を愛してくださる大切なお方たちです!」
「お、お前……」
「むしろビンソンさん、あんたの暴言でこちらの常連さまはもちろん、店内のお客さまが気分を害しておられます。
せっかくの寿司が台無しですよ。
迷惑だと分からないんですか?!」
「う……っ!」
「謝罪して下さい。あんたが奴隷と罵ったこちらの常連さまに」
「きっ、貴様ッ! 我ら貴族に向かって――」
一瞬の間を開けて、突然ビンソンたちが尻もちをついたよ。
結局、座ることになったな。
唖然と見上げている。
何が起きたかって?
二人が腰の鞘に手をかけたので、抜刀するより先に両手で刀の柄頭を押したわけ。
その拍子で尻もちだったんだけど、早すぎて分からないだろうね。
「いいか、よく聞けビンソンさんよ。
この国はキキン国王がトップ。
1階の魚屋店舗は、店主がトップ。
そして、この2階の寿司屋はな、この俺がトップ。
たった7坪(25㎡)だが、ここは俺が国王みたいなもんなんだよ!
ここでは地位や身分に差はない。
いくらあんたが奴隷とほざこうが、あんたも、隣のあんたも、みんな同じお客さんだってことだ。
分かったらマナーを守って、黙って寿司食って帰れっ!」
どうだ、正論だろう。
言い返せまい。
棒立ちのビンソンたちの顔がぐんぐん真っ赤に染まってゆく。
こめかみをヒクヒクさせ、歯ぎしりをした。
――パチパチパチパチ。
あれ、カウンターから拍手が湧き上がったよ。
ビンソンが睨みつけると、お客さんたちはそっぽを向くよ。だけど拍手は止まない。
「び、ビンソンさま……、日を改めたほうが」
お供の男が帰りたがっているね。
「……くそっ! なんて店だ」
ビンソンたちは逃げるように外へ出てしまった。
「「「いぃ――――だっ!」」」
SSたちが舌を出したよ。
やれやれ。
俺は姉妹に一礼し、
「騒がしかったですね、ごめんなさい。どうぞ、遠慮なく」
座ってもらい、改めて頭を下げたよ。
「今日は無料です。
どうぞ、お寿司を好きなだけ注文して下さい、お嬢さま」
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