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3章

遺跡 

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 遺跡に向かう途中、
 ふと、思い出したのは、カシアキさんたちレプリカンスタの能力。
 特定の場所への移動だ。

 カシさんが、マナスル洞窟100層と、地下施設を時空門で繋げ、ヒュー・ゴアゴール10体で俺を襲わせたアレだよ。

 例えばだけど、ツェーン迷宮1000層目に時空門を繋げるレプリカンスタがいたとしたらどうだ。
 俺の知らないうちに、ロアロク国からそのレプリカンスタがキキン首都に侵入していて、俺の素性、親族を監視していたとしたら。
 
 俺はもとより、SSたちの能力もばっちり把握されていて、
 俺の居なくなるのを待ってから、SSたちを全員1000層目に転移させた――とか?
 想像だけどね。
 可能性はある。
 
 
 ◆


 リトルを背負い、一番早いミサイル型で飛行すること、約2秒。

 大木のような薄紫の花々で整地された墓地の中央、
 赤茶けた巨岩が幾つも積まれた巨大遺跡があり、中央にアーチ状の巨大入り口があったよ。

 身長18センチに縮まった俺にとっては、普通サイズの花が巨木だし、ただの階段がピラミッドの傾斜だ。なんでもかんでも大きいよ。
 まるで巨人の住む世界に迷い込んだみたい。
 実際の遺跡は、高さ200メートル、縦横100メートルくらいかな。
 
「そう、あの中です、ご主人さま!
 あっと、言い忘れた事がありました!
 とっても大事なことです」

「どうしたリトル」

「はい。遺跡に入ると、リトルの身体が消えます」

「はっ?」

「す、直ぐじゃありません! 余裕はあります」

「死ぬってこと?」

「ずっと居ればです。遺跡内にいつまでもいると、リトルの身体が消えて無くなります」

 おいおい。

「じゃ、ここでいいよ。
 こっから先は俺だけで行くから」

 無茶しないでよ。
 しかし、リトルのヤツ、よくSSたちの居場所を探し当てたな。
 身体が消えるんだぞ。
 命がけだぞ。

 貰った生命値だけの仕事をする、割り切った性格。
 デーモンはそんな生き物と思っていたけど意外。

「いえ、ちゃんとSSさまたちに会って頂くまでは、同行しますよ。しちゃいますよ!」

「いや、良いって、良いって。ほんと」

「契約したご主人さまの希望を叶えるのがリトルの役目。
 こればっかりは、絶対に譲りませんから」

 リトルが後ろから、ギュッと蟹挟みしたよ。
 うーん。
 頑固だなあ。

 まあ、俺の移動速度なら、数十秒でSSたちを発見できるだろう。
 見つけ次第、リトルに帰って貰うか。

 不安はあった。
 楽観だな、とも思った。
 今まで、何度もこの軽い考えで失敗したから。
 だけど、今度ばかりは違う。
 リトルの身体がヤバそうになったら、強引に亜空間に戻って貰えば良いし、遺跡から出ても良い。

 大丈夫だ。
 たぶん、大丈夫。
 
「ありがとな」 
 
 なんだか嬉しかったから。
 リトルの思いを、親切心を受けないと悪いような気もしたね。

 背中に笑顔を作り、リトルに見せてやる。
 驚いていたリトルだったが、目を細め、にゅ~っと尖らせた口を押し付けてきたよ。

 まさか、キス?
 接触寸前で顔を消し、俺はミサイル型で入り口を通過したよ。

 フワリと白い影が前に立ち、両腕を広げる。
 ビトくんだ。

「入るな、と言いたいんだろうけど、ダメだよ。こればっかりはダメだ」

 ビトくんの身体をすり抜け進む。

 ありがとね、ビトくん。
 危険だって覚悟の上だから。
 SSたちを放ったらかして、俺だけ生きても意味がない、そう思うんだよね。
 そうじゃないかな、ビトくん?
 スライムには理解できない感情かもだけれど、
 人間ってそうだ。
 …………いや、………………俺はそうだ。
 だよね、ヒトミさん。

 緩やかな螺旋状に下がる廊下の先には、直径30メートル高さ20メートルの部屋があった。
 中央に祭壇があり、揺れる松明の光りが竜の像――エインシェント――を照らしている。
 飛び散った血や肉片で汚れた石床には、大きく赤色で魔法陣みたいな幾何学模様が描かれていたよ。 

「あら、いないですぅ~」

 状況と漂う血の匂いから、さっきまでここで戦っていたのに間違いはない。
 真っ先に確かめたのは、小さな肉片がビトスライム細胞かどうか。

「……違う…………スライム以外の細胞」

 不安が尽きないまま、当たりを見回す。

「……だけど……、無いよな…………」

 SSたちが倒したはずの敵モンスターの亡骸が無い……。
 俺に入った経験値の多さからして、最低でも、SSエインシェント3体と、高レベモンスター数十体を、SSたちが倒した計算になるけど……。

「…………あ」

 そうか!
 食べちゃったか?

 森のお掃除番の異名を持つスライムの本性丸出しで、食っちゃったか?
 レベルが高いハヤテ、ジン、エースたちは食べないだろうけど、――ランちゃんは例外――、ちっこいSS2期生20匹や青ちゃんは、モリモリ食べるだろうなあ~。

 安心し、納得した気になって、ふと、違和感が広がる。

 本当にそうか。
 単純にそうだろうか…………。

 SSたちが敵を全て倒し、全部食べた。
 あり得るだろうか、そんなご都合主義。
 そう考える俺が甘くないか?

 SSスライムとSSエインシェント。
 1対1。
 同レベルの基本スペック比較ならエインシェントに軍配が上がる。
 この遺跡はSSたちにとって初めての場所。
 逆にエインシェント側なら、ホームグラウンドだよ。
 数だってヤツらが多いだろうし、SSたちが無傷で勝利するほうが異常。

 スライム細胞がないから、SSたちが無傷ってわけじゃない。
 エインシェントに殺され、逆に食われた。取り込まれた。
 SS細胞1つ残らず、綺麗に消化吸収された。
 その可能性のほうがずっと高い。

 リトルが俺の背中から離れ、壁際から放射状に6つに伸びる通路の1つを伺う。

「どこかな、行っちゃったのは」

 SSたちは不安であればあるほど、俺と同じで、集団行動を好むよ。
 トーテムポールをするのもそのせいだね。
 単独行動を好むビトスライムらしくないけど、SSたちは日本人だった俺の性格を引き継ぐ。
 だから、進む道が6つあれば、1つにSSたち全員が向かった、そう考えるのが正しい。

「…………」
 
 耳を澄ます。
 すると、人間には聞こえない、微かな石を踏む音。
 金属が擦れる音。
 確信した俺は、3番目の通路を選んだよ。

 何か言いたそうなリトルを背負い、俺は急いだ。
 のんびりしている暇はないよ。
 早く見つけないと最悪――考えたくはないが全滅――な結果に。

 むしろ、送られてくる経験値が嬉しく思えたね。
 SSたちが戦っている証し、生きている証しだから。

 3番目の通路も、緩やかな螺旋状に下っていて、
 石壁の模様も、構造も同じ。同じ風景が続いている。

 まるでリプレイ。
 リプレイだよ。

 リトルの言葉が思い起こされる。

 ――遺跡内は特殊な力が働く――

 まさかね。
 ふと、俺はある事に気づく。
 急いでステータスを展開し、スキル一覧を表示させると、
 1画面で表示しきれないスキル数の横に赤文字で【展開不可】とあった。
 下にスクロールさせても同じ状態だった。

 展開不可?


 ~ スキル展開不可 ~

 使えないスキルの事


「そんなん、いちいち流さなくても分かるから!」

 ショックだった。
 かなりショックだから。
 遺跡の中だと、デーモン召喚ができないだけじゃなく、ほぼ全てのスキルが【展開不可】。

「ここに来て、ここまで来て、展開不可ってなんだよ…………。そんなの、そんなの有りかよ…………。
 なんで、これから使おうって時に、使えなくなるんだよーっ! クソったれがッッ!!」

 何も作戦がない――、
 実際は何も作戦がないわけじゃなかったよ。
 
 アイテム収納庫があれば。
 アイテム収納庫にエインシェントを入れる事ができれば、俺にも勝機はある、そう思っていたから。

 エインシェントに悟られないよう接近して、手でも脚でもシッポでも、ヤツの身体の一部を投入口にくっつけさえすれば、収納庫の世界へ吸い込まれてゆく。
 一度入ったが最後、俺がアイテム欄をクリックしない限り、永久に閉じ込めたまま。
 なにもわざわざ倒す必要はない。 
 問題は、どうやってヤツに接近するか。
 なにせ、俺の動体視力でも飛ぶエインシェントが見えなかったから。 
 そんな考えをしていたから、アイテム収納庫【展開不可】には痺れた。
 
 落ち着け俺。
 考えることを止めたら終わりだ。
 何か、何か手段はあるはず。

 とにかく、現時点で使用可能なスキルだけを表示させてみる。

『変形』
『分裂』
『ステータス確認』 
 
 あれ?
 たった3スキル?
 …………マジですか。

 呆気にとられていたら、『レベルアップ レベル27』のファンファーレが鳴ったよ。
 同時に視界が広がった。
 
 さっきと全く同じ、直径30メートル高さ20メートルの部屋。
 中央に祭壇があり、揺れる松明の光りが竜の像を照らし、壁際から放射状に6つ伸びる通路がある。

 そして、
 誰もいない。

 リプレイ。
 やっぱり、そうなのか。
 
「1つの廊下だけが真実で、他は全部幻覚みたいです、ご主人さまっ!」

 同じ場所を何度も進まされる無限廊下。
 まさしくツェーン迷宮…………。

 リトルが俺の背から飛び降り、ポーチから本を取り出した。
 呪文を唱えるその姿は、消えかかっていたよ。
 ビトくんレベルに身体が透けて、岩壁が見えている。
 身体が透けるのは、世界からの排除を意味する。
 リトルの生命が消えようとしている。
 
「お、おいリトル! 
 もう良い。もう良いよ。もう十分だから、早くここから、出てくれ!」

「まだ、大丈夫ですよ~」

「なにが大丈夫なんだって!」

「まだSSさまたちを見つけてないですからね~」

「はあ? 何を馬鹿な! 死んじまったら意味ないだろうがッ!」

「…………でも、でも……」

 リトルは本を開いたまま言い淀む。
 だけど、確信したように、俺を睨みつけた。

「ご、ご主人さまに、言われる筋合いはありません!」

「は……っ?」

 信じられなかったよ。
 リトルが言い返すなんて、初めて。

「ご主人さまだって、30レベルに到達したら死んじゃうじゃないですかッ!!」

 涙目でそう言って歯を食いしばり、握り絞めた両手を震わせる。

「…………知ってたのか」
 
 知ってて黙ってたのか。

『死んだら意味がない』って言いたいのは、リトルのほうですよ」

 深々とお辞儀をしたよ。

「気を使わせちゃったな」

「いえ。覚悟を決めたご主人さまを残して、リトルだけ逃げるなんて出来ませんッ!」

「…………」

「ですから、この呪文を! この呪文だけは唱えさせてくださいッ!!
 正しい遺跡廊下の進み方。
 迷わずSSさまたちに、たどり着ける進路を示す呪文ッ!
 リトル・デーモンの最強呪文ですぅ――――――――ッッ!!」

 そう叫んだリトルが、くるりと反転したかと思ったら、小さな本をめくり。

「えーと、えーと、えーと…………」

「あのなあ」

 覚えとこうよ、最強呪文くらい。


  
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