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3章

三女カシアシ視点 その2

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「な、何をしているッ!? どこから入った?!」

「……いやあ、シキさんを驚かせちゃって、俺」

 ニコニコしやがって、油断させる気だろうが私は姉たちとは違う。

「……う、う~ん」

「気がついたみたいシキさん。じゃ、カシアキさん後は頼むね」

「ど、どうして私らの名前を知っている」

 シキ姉がとろ~んとした目で辺りを見回す。

「気分は悪くないですか、ラミさん?」

 男がお姫様を扱うみたいに跪いて、シキ姉に手を差し伸べ微笑んだ。

「ンまあ……、貴方はいったい……」

 シキ姉が目を輝かせる。

「ヒジカタと言います」

「ヒジカタさま……」

「そうです。どこか痛いところは?」

「特には」

「良かった、美しい貴方を傷つけなくて」

「ンまあ、美しいだなんて……」(ポッ)

 ダメだシキ姉、寝起きで状況が分かっていない。
 てか目がハートマークになってるじゃん。
 
「大丈夫そうですね。じゃ、俺はそろそろ行くね」

「あの~、どちらへ」

 シキ姉は名残惜しそう。

「ビンソンに話しがあってね」

「ビンソン様?」

 やはりか。

「しっかりしてシキ姉ッ! 
 コイツの目的はビン野郎の殺害だよ!
 でないと地下まで追って来るわけがない」  

「いやいやいやいや、そんな物騒な。質問に来ただけだって。じゃあね」

 その笑顔には騙されないぞ。

 黄ちゃんを出現させた。
 
 私らが今までどんな思いでビン野郎の秘書をやったんだ。
 暴言を、暴力を、エロ行為を我慢して来たんだ。
 
 全部、母さんのため、父さんのためじゃないか!
 ビン野郎は糞だけど、ぶっ殺したいけど、私らの両親には絶対必要。
 ビン野郎が居なければ、両親は死んでいたんだからッ。
 
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「なんだ、なんだ」

 コイツがどんな方法で黄ちゃんを消したのか分からない。
 だけど、黄ちゃんさえ動かなければコイツから攻撃はできない。

 黄ちゃんだけの能力――。
 コイツの周りに黄ちゃんを充満させ、コイツから触れてきた瞬間、マナスル山脈地下50層目に強制転移させてやる。 
 そこで自慢の強さを発揮してればいい。
 それに今ごろはラミ姉が、ビン野郎をキキン大使館に転移させているはず。

 完璧だ。
 私ら姉妹が、ビン野郎を守る。
 指一本触れさせないぞ!

「そうなのか~。ビンソンはキキン大使館か~」

「ど、どうして分かった……?」

 声に出してもないのに。

「あーそうか。えっとね、悪いけど、勝手に君たちの思考を覗かせてもらってるよ」

 エスパー。

「エスパーじゃないよ。異種間心話という技だよ」

 こいつ、本当に心の声が聞こえていやがる。
 化物か?

「まあ、スライムは化物みたいなもんだからなあ~。
 おっと、そうか、そうだねビトくん。
 長話しているヒマはなかったね」

 コイツ誰と話しをしてるんだ?

「じゃそろそろ行くね」

 そう笑顔で手を振った瞬間イケメン男は消えた。
 いや、違う。床に薄く広がったんだ。
 黄ちゃんの足の隙間を縫うように移動したんだと思う。
 もう、ヤツの姿は無かった。

「何処へ行かれたのヒジカタさまは?」

「あ~、もーっ、シキ姉しっかりしてッ!
 くそっ、早くビン野郎がいる大使館に行かなくてはッ!」
  
「ん? 君たちも大使館に行くの?」

 ヒュンッッ、と風切音が後からした。

「ヒジカタさまっ」(ポッ)

「ゲッ!」

 戻ってきやがった。

「いやなに、地上に戻っていたんだけど、シキさんにつけた分裂個体から聞いてね。
 よかったら俺と一緒に行く? 収納庫に入ってもらうけど、あっと言う間だよ」

「ぜひ、ぜひ、お願いしますっ」

「なに言ってんの、シキ姉っ!!」

「じゃ、さっそく」

 A4サイズの半透明な板が空中に現れ、その板の真っ黒い穴をつけた途端、シキ姉の身体が吸い込まれ消えた。

「あ……、うそだ。うそうそ」

「ぜんぜん怖くないからね。初めての人は、入る瞬間だけ怖いけど、慣れたら平気だから」

「コイツ慣れ慣れしくすんじゃねえッ!!」

 パチッと黒い穴を当てられ、私の視界は消えた。

 
 ◆

 
「おまたせ~」

 ヒジカタ(スライム)の間の抜けた声がした。
 辺りは、研究室ではなく、シャンデリア、ふかふかの高級絨毯が敷かれた見覚えのあるキキン大使館の1階居間だった。 

「2秒……。2秒くらいしか経ってない」

 ルーナ区だ。
 転移したのか?

 ラミ姉とシキ姉がハグして泣き合う向こう、高級ソファーに座ったビン野郎が赤ワインを口から吹き出した。
 慌てて立ち上がる。

「も、もう来たのか?!」
 
「早く逃げろッ! ビン野郎!」

 くそっ、どうやったらこのスライムを止められるんだ?

「あ~、そんなに強く抱きつかれたら、おっきな胸が、すごい、胸が……、ああ、胸がぁ。
 うれしいけど、照れるなあ」

 どいつもこいつも、男ってヤツは、エロ野郎だ。
 だけど、放すことはできない。
 私が捕まえている間は、何もできないはずだから。

『そうでもないんだけどね』

 こいつ、私の心に語りかけやがった。

『でも、気持ちいいから、このままが良いなあ』

 エロ野郎め。

『それにね、カシさんたちはビンソンの事を勘違いしているよ。
 あいつは人助けなんかしない。信用したらバカを見るよ』

 何も知らないくせに。
 騙そうとしているのは、お前だろスライム野郎!

『スライムより人間を信じるだろうなあ。
 そうだ! ちょうど俺とハグしてるから、カシさんに、ビンソンの思考を聞かせてあげるよ』

 ビン野郎の思考?

『そうだよ。あのひょうたん男が、裏で何を考えているのか、俺の異種間心話で分かるから、黙って聞いててね』

 優しい言葉使いで、エロスライム(ヒジカタ)は私にそう言った。

 ビン野郎の本当の考えだと?
 隠し事なんかないだろう。露骨にエロ行為をしてくるし。
 だいたい役人のトップで大金持ちなんだから、隠す必要もない。
 まあいいだろう。
 聞けと言うから聞いてやる。

「おっ、お前っ、どうやってここが!?」
 
 せっかく私が時間稼ぎをしていると言うのに、ビン野郎は逃げもせず、スライムに言い返していた。

「あ~、玄関にいた武装兵のことかな。
 分かんないと思うよ、俺の速度なら」

 スライム男が人間の身体に変化して、顔もイケメンから30過ぎのおっさんになる。
 ラミ姉が、首を突き出し目をパチクリさせた。
 
「やはり魚屋――、ヒジカタだったか」

「覚えてくれて光栄だねえ。
 確か、会ったのはグルメグランプリーと、俺の寿司屋と……」

「……ワシの馬車に飛び乗った時だ」

「そうそう。そうだった、そうだった」

「黙って刺し身や寿司でも造ってればいいものを」

「もちろん、俺だってそうしたいよ。
 だけどな、ツェーン迷宮からじゃんじゃん出てくるだろ、モンスターが。
 あれって、ビンソン、あんたの仕業だろ? 目的はなんだ?」

「言いがかりは止めてくれ。
 ワシはただの役人。キキンとロアロクの親睦を深める役人よ」

「やれやれ。まあ、白状しないだろうなあ。
 え? ビトくんもそう思う? だよねえ」

 まただ。
 いったい誰と話しをしているのか。

 そう思っていたら、ビン野郎の心の声が聞こえてきた。

『キキンを滅ぼし、この大陸をロアロクで統一する。
 我は英雄よ』

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