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3章

神の声

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 速効でビトくんの側まで飛んで行く。
 
 カナブン飛行だとカタリヤたちに見つかりそうなので、一旦壁に張り付き、蹴ってロケット移動したね。
 ビトくんの直前で身体をヒトデ型に広げてブレーキをかける。

「なんて速度なんだ! か、神よ……」

「こら、いちいち声に出さない」(ヒソヒソ)

「はっ! 
 神がそう言うなら」

「さっさと洞窟から出るんだよ」(ヒソヒソ)

「了解です!」

「あのねえ~。 
 俺の存在を気付かれちゃうよ。
 黙って出るんだって、黙って!」(ヒソヒソ)

「……でした。はい!」

 ビトくんが、ちゅいーん、と姿を消したよ。
 やれやれ。

「な、何だったのかしら……」

 カタリヤさんが懐の短剣を抜いた形で、ガイゴルも剣を中段に構えたまま固まっているね。

「分からないスライムだったわね。……ま、まあ、いいわ」

 よかった。
 俺には気づいてないみたい。

 俺は再びカタリヤの近くまで飛んでゆき、着物の振り袖の中にお邪魔したよ。
 さあ、情報収集だ。

 カタリヤ個人の思惑だけで結界を除去するとは思えない。
 きっと、カタリヤに指示した集団がいるはずだから。

 すると、洞窟のずっと奥からだった。
 
 ルルル……。
 
 微かな、喉を鳴らすような音。

 ガルルルル……。

 聞き覚えがあるぞ。
 あれは、ボーンキラーウルフだ。
 
 二人の顔が曇ったよ。

「引き上げたほうが宜しい」

「そうね。来る前に消えるべきね」

 カタリヤが双眼鏡みたいな物を覗き込み、入り口方面を確認した。

「……31か」

 不満げにつぶやく。

「今度の結界は、今までより強固だったみたいね。
 レベル31までしか開放できなかったわ」

 あの双眼鏡が、結界の強度測定器だろうね。

「本来なら、前回の2度の開放で終わっていて当たり前。完璧な仕事だったはずです」

「くそっ、あの忌々しい特異スライムめ!
 どうせ、また、司教に結界を生成させるだろうし……、 
 おかげで、また振り出しだわ」

「仕方がありません。カタリヤ様。
 エインシェントを倒すくらいのスライムですから」

 俺の事言ってんだなあ。

「スケベそな顔(ツラ)してんのにねえ。
 どうせ、顔も自由に造形できるのなら、わざわざ、おっさんの、それもスケベ顔にしなくてもいいじゃんねえ」
 
 余計なお世話だってーの!

 カタリヤが、足元の竪穴にかかったハシゴを降りてゆく。
 少し遅れて、ランタンに明かりをつけたガイゴルが入り、抜け穴の上蓋を閉じた。
 
 10分ほど降りただろう。
 そこは高さ2メートル、横幅1メートルほどの細長い通路だったよ。
 壁は剥き出しの土で、天井は簡単な木製作り。炭鉱路みたい。

 数年前に作られたって感じじゃない、大昔だろうな。
 通路は奥にずっと続いているようだけど、先は真っ暗で何も見えないね。
 
 カタリヤとガイゴルが雑談しながら進んでゆく。
 俺は、こっそり触手を糸状にして伸ばし、カタリヤの振り袖の奥から侵入して二の腕で停止した。
 因みに、カタリヤの素肌はぴちぴちだよ(嫌らしい意味じゃなくね)。
 
「痒いんですか?」

「失礼ね、ガイゴル!」

 触手が密着した途端に、カタリヤが自分の腕をゴシゴシ掻きはじめたよ。
 素肌は敏感だよね。

 剥がされないよう密着してやり過ごしていたら、やがてカタリヤは、違和感に慣れたみたい。
 掻かなくなったよ。 

 バレるリスクを承知でカタリヤの素肌に密着したのは、俺の獲得能力『異種間心話』でカタリヤの心の声を聞くため。
 雑談は思考が働くからね。
 言葉に出さない内容も、心の声でバッチリ聞こえちゃうわけ。
 おかげで、いろいろわかったね。

 当初カタリヤは、祖父母の莫大な財産(キキン国の放牧地、山林、外壁建設近くの土地)を譲り受けた大金持ち。
 ガイゴルはカタリヤの護衛。
 との事だったけど、実際はビンソンの部下。
 
 ビンソン?!

 あの、ビンソン・ギインか。
 キキン国の役人であり、関税ちょまかし賄賂収入、アシダダムと結託して私服を得るなど、やりたい放題だった男。
 現在は、ロアロク国のキキン大使館勤務のはずだけど、二人の話しからして、あのビンソンに間違いなさそうだよ。

 二人はロアロク国在住の、ビンソンの工作員(スパイ)。
 目的が『ツェーン結界の消去』。

 どうしてビンソンが?
 私服を肥やすなら分かる。キキンでもそうしてたし。
 だけど、キキン国の妨害なんて……。
 
 いや、妨害なんて次元じゃない。
 エインシェントまで地上に出したんだ。
 運良く俺が倒せたから良かったものの、もし、そうじゃなかったら、キキンの外区はモンスターの襲撃で壊滅。
 中心部(内区)を取り囲む強壁も、200メーターを超えるエインシェントが突進すれば、簡単に崩壊してただろう。
 
 キキンを滅ぼすつもりかビンソンは?
 ビンソンはキキン国の重鎮であり、先祖代々、影でキキン国を支えていたギイン家のトップだぞ。

 そういや、ツェーン結界が頻繁に弱体化しだしたのは、ビンソンがロアロクに行った後からだ。
 ビンソンはキキン国を捨てたってことか。
 キキンに未練はないと。

 カタリヤは結界除去の命令しか受けておらず、ビンソンの思惑は分からないみたい。 

 ビンソンがただの、鬱憤晴らし、気まぐれ、仕返しなんかで、キキンを滅ぼすはずがない。
 分からないけど、一国を滅ぼすに値する大きな見返りが何かあるはず。そう思うよ。


 長い一本道を歩くこと2時間、やっと10平方メートルほどの石作りの部屋に出たよ。
 ひんやりしていて、地下室みたいだね。

 二人はさして会話もなく、いつもの事なのだろう、鉄扉の鍵を開け、石の階段を上がってゆく。
 やがて、整地された小さな庭園が視界に飛び込んだ。

 見たことがある。
 キキン内区のギイン家の敷地だよ、ここは。
 ツェーン迷宮の1層目と、地下通路で繋がっていたなんて……。

 キキン国王は知らないはず。 
 国の重人連中もだろう。
 知ってれば、真っ先に調査し、土砂を埋めるなりして廃通路にしたはず。
 
 作ったのはギイン家の先祖だろうけど、なんの利(り)があるんだ?
 迷宮内の小型モンスターが、ここを通って内区に侵入する危険性しかないと思うけど。
 まあ、結界が強固なら問題ないが。

 まる一日、カタリヤを観察したけど、その答えは、カタリヤとガイゴルの会話に無かったよ。
 心にも浮かばなかったね。 

 新たに分かったのは、

 1,ビンソンがロアロク国に引っ越して以来、ギイン城はもぬけの殻。
 2,二人は、現在獄中のアシダダムの旅館(今はアシダダムの部下が管理)に宿泊している。
 3,ビンソンからのスパイは、カタリヤとガイゴルの二人だけ。
 4,ビンソンの詳しい居場所。


 別の分裂個体を、ロアロク国に向かわせてみようかな。
 ビンソンの心の声も聞いてみたいよ。

 思考を巡らせていると、

「なるほど……」

「……あの……、何してるんだビトくん」

「神と同化……」

 ツェーン迷宮から出たビトくんが、木をよじ登り、枝に擬態中の俺(別の分裂個体)に密着していたのは知っていたよ。
 密着と言うより、身体を混ぜているから細胞交換だね。

 カタリヤの監視中ずっとだったから、24時間細胞を混合したままになる。
 細胞同士が拒否反応を起こして、ビトくんが俺の養分になるかもしれない。
 まあ、一度は忠告したし、そうなったらなったで、自業自得かな、と思っていたわけ。

 だけど、どうなのこれ。
 
 核無しの俺の分裂個体の中に、ビトくんの核が普通に入っていて、違和感ゼロだよ。
 俺の分裂個体のはずが、俺の意思とは別に、勝手に触手を作られたり、擬態を止め、地面に降りてぴょんぴょん弾んでいるんだけど。
 身体を乗っ取られたみたいな感じ。

「ビトくんが動かしてるの?」

「光栄です……神のボディを授かるとは」

「やった覚えはないけど」


 因みにビトくんは、
 1,俺の分裂個体(レベル23)の身体を自由に操作できる。
 2,俺の特殊能力(アイテム収納庫、デーモン召喚など)の存在は分かるけど、ビトくん自身が使用できない。
 3,俺自身も、当然分裂個体を動かせるけど、ビトくんの意思が優先されちゃう。
 どうやら、俺の分裂個体は、ビトくんの核がメインで機能しているみたい。
 核の存在がビトくんを優位に立たせているのかな。 
 
「ビンソン・ギインの調査は――、
 私、ビトくんに任せてください、ませ」

 自分でビトくんって言ってるけど。
 あ~、そうか、名前なんか無いんだよね、野生のスライムは。

 俺が名付け親になったみたい。

「では、行ってきます」

「では、じゃないって――」

 いかん!
 身体が勝手に垂直ジャンプしたぞ。
 雲を抜け、ギュ――ンと、一気に成層圏を突き破る。

「ちょっと、ちょっと、ブレーキブレーキ!!」

「か、神よ~~~ッ!!」

 地平線の向こうに暗黒の宇宙空間が見えたぞ。

 その時――、
 バサッと身体が落下傘形態になり抵抗がかかった。
 ゆらゆらと自然落下が始まる。

「あのなあ……、ビトくんよ」

「……は、はいっ!」

 ビトくんの声が震えているね。
 ビビったみたい。

「俺の身体で、思いっきり何かをすると危険だから。
 たとえ能力値が、本来の俺の10分の1、いや、100分の1でもね」

「……本来の、神?」

 そうか、ビトくんは本当の俺を知らないんだった。

「そう、ビトくんが思っている俺は、本来の俺の100分の1程度の能力。
 本当の俺は、キキン城にいるよ」

「本当の神は、更に100倍も強い?!」

「まあ、数値的にはね」

「……か、神よ……」

「それしか言わないねえ」

 ビトくんは、どうしても、俺の助けをしたいらしい。
 ロアロク国に行くと言って効かないので、俺がナビをして向かわすことにしたよ。

「どこにいても、神の声が聞こえる……」

 そりゃそうだろう。

「幸せ……」

 
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