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3章

名誉市民

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「こう何度も結界が消される。
 アンフィニ大司教さんが言うには、人間の仕業らしいけど、ソイツにとって、なんの得があると言うのだろう」

「犯人、見つかりますかね、お父様……」

「ああ。
 きっと、結界を壊しに誰かがやって来るはずだよ」

 過去に何度も結界の作成、補強を行ってきたアンフィニ大司教さんですら、使徒数十名と伝説の封印杖を1時間ぶっ続けて使い、やっと完成する難易度だよ。

 俺の予想だけど、
 結界除去も同じくらいの難易度だと思う。
 特別な修行を積んだ高僧とか、名のある特殊能力者とか、
 とにかく、一般人がちょこちょこっと拝んで、はい除去完了♪ ってわけにはいかないはずだよ。


 さっそく木の枝そっくりに変形しましたよ。
 シャクトリムシになった気分だね。

 野生のビトスライムが、自分も枝に擬態しようとしているけど、身体の水色だけは変化させられない。
 
「ビトくんはノーマルだからね、無理もない」

 俺が笑いながらやんわり言うと、ビトスライムが黙って変形を解き、無表情で俺に視線を送ってきた。
 さっきから、ずっと不躾な感じ。

 エースと協力してエインシェントを倒してくれてありがとう。
 そうお礼を言ったときも、ビトくんに反応はなかったね。
 無言で俺を見るだけ。

 エースが不満気だから、説明しておこうかな。

「野生の生物に笑顔はないよ。
 愛想笑いは絶対に育まれないから」

「そうなんですか、お父様」

「笑顔は生物が生まれ持って備わっていて、ある時期がきたら、勝手に笑顔が作れるというわけじゃない。
 笑顔は幼年期までに、親や隣人、笑っている同種なんかを見て獲得する行為だね。
 獲得スキルだと言えば分かりやすいかな。 
 笑顔に触れずに成長したら、いくら嬉しい感情が起きても、表情は変わらないよ」

「そうか……僕はキキンの街で暮らしていたから」

「ビトくんは、俺を敵対視しているわけじゃない」

「だから、戦闘中も無口だったのか」

 会話以上に、表情から相手に伝わる物は多いね。

 前触れもなく、ビトくんの身体から作られた大鉈が、俺の枝に向かってきたよ。
 ノーマルにしては意外に早く、ビトくんの手加減無しの攻撃だとわかる。

 俺を守ろうとしてエースが生成した触手を、動かす前に俺が触手で止める。
 防御せず、ビトくんの大鉈を受け止めてみたね。

 擬態した直径8センチの枝が、自然の枝らしい音をたてて折れ落下したよ。
 ビトくんが触手で持ち上げる。
 切断面を確認したら、本物の枝同様に年輪がある。

「……し、信じられない」

「納得したかな、ビトくん?」

「……」
 
 俺はジャンプし、元あった枝の位置に接着し、何もなかったように、風に微かに揺れている。
 見上げるビトくん。
  
「か……神か……。お前は神なのか……」

 俺の高い完成度の擬態に、呆気にとられたのかな。

 まあ、当然と言えば当然。
 昔と違い、今の俺の擬態は、木の硬度、表面の質感、重さ、どれをとっても真似じゃなく、ほとんど本物だから。

「俺に命令しろ」

「は?」

 よく分からない。
 何を言い出すんだ、ビトくんは。

「俺は、ただ、親父が最後に残した言葉通りにするだけ」

「親父?」

「そう、親父。
 自分の細胞に同調する、より強いスライムを見つけ、そいつを全力で助けろと」

「あ……」

 エースが思い出したみたい。
 
「親父は『借り』があると言っていた」

 
 ◆

 
 借りがあるのはエースの事だろうけど、《より強いスライム》だから、俺に向いたわけだね。

 神。
 ビトくんは、俺を『神』と呼ぶ。
 尊敬している、一目をおいている、みたいだけど――。

 ヒュン、ヒュン!

 触手刀で枝の俺を5センチほどの筒状にカットし、その断片を身体に入れたよ。
 なるほど……。

 より強い細胞を取り込む事で、強い子孫を産む遺伝子にしたい。本能だろうね。
 エースとビトくんの親父は、上手くいったみたいだけど、拒否反応しないかな。

 いや、そうでもない。
 核がない俺だからかな、すんなり合致したみたい。 
 ステータスを確認する。


――――――――――――――――――――

 ビトスライム レベル 27
 
 生命力 499/592    

 ステータス

 攻撃力  490  
 素早さ   192  
 知能      50 
 運        71 

――――――――――――――――――――


 以前のビトくんと比べて変化なし。
 いくらSSS細胞を入れても能力値に変化なしってわけか。
 まあ、ノーマルにしては異常に強いとは思うけどね。

 ビトくんは気を良くしたらしい。
 俺に断りもなく、せっせと俺を筒切りにしては、取り込んでゆくんだけど。
 
 エースが不満そうに、俺の隣で枝に擬態している。

「おーい。ビトくん。
 そんな事されたら、見張りにならないぞ。
 やめてくれないか?
 細胞が欲しいなら、今度ゆっくりやらせてあげるから」

「了解した……神よ」

 即座に作業を止める。

 素直だ。

「できれば、何キロか離れた場所にいてくれないか?」

「断る!
 それだと、神の護衛にならない」

 言いたいことは、はっきり言うんだ。

「そうなんだ」

 ビトくんは何を思ったのか、俺の木の側で、枝の真似を始めたけど、

「あ~、普通にしてくれたほうが、嬉しいんだが」

 なにせ、水色のガラス細工みたいな枝にしか見えないんだもん。

「了解した」

 まん丸い眼が2つ、しずく型のスライムで待機している。
 

 ◆


 ツェーンの迷宮と、キキン国内の見張りを開始して、1日が経過したよ。
 今のところ、迷宮内モンスターは確認してないし、怪しい人間も見かけないね。
 
 牢屋でくつろいでいた俺(本体・ヒジカタ人間モード)の元に、部下3名を連れロアンくんがやってきた。
 いよいよ尋問かな、と思ったら、国王が話しがあると言う。

「国王の間まで起こしください」

「はあ」

「ヒジカタさん、本来の姿でとの事です」

「本来の姿……。
 しずく型スライムってわけ? 人間じゃなく」

「はい」

「大丈夫なんだろうか」

 腰を抜かさないといいけど。

「大丈夫です。
 やっと決断が下りましたので」

「決断か……」

 覚悟を決めたってわけなのか。

「分かったよ」

 約0.5秒。
 望み通り、スライム化完了。

 予想通り、ロアンくん、兵士3名の表情が一瞬で強張る。
 無意識だろうね、腰の鞘に収まった中剣に手が伸びたよ。
 
「あ、いや、失礼しました、ヒジカタさん」

 慌てて取り繕うロアンくん他3名に、俺は「良いって」と笑ったね。

 無理もない。
 人間サイズの水滴を見て、ビビらないほうが異常だと思うから。
 
 ロアンくんの指示を受けた兵士が、牢の鍵を開けようとするが、緊張のせいか手が震え、上手く鍵穴に差し込めない。
 
「す、すいませんッ!」

 カチャカチャと何度も鍵を間違える。

「あ~大丈夫だよ。
 開けてくれなくても――」

 そう言い、俺は笑顔まま、5センチ間隔の鉄格子に向き歩く。
 スライムで言う笑顔は、まん丸い眼を、ニコちゃんマークみたいに弧にすることね。
 ヌルッと体内に鉄格子を取り込み、そのまま進むと、後ろにプルンと出たよ。
 
 皆さん半開きの口のまま、ピクリとも動かないね。

「出れたよ、ありがとう。もう鍵は収めていいから」

「……は、……はあ……」


 ◆


 ロアンくんを先導、背後に兵3名に護衛され、高級絨毯が敷かれた廊下を行くよ。

 途中出会う内勤兵にも一応驚かれる。

「ここです」

 何度か来たことがある国王の間に通されたよ。
 入室するなりお偉いさんたちが眉を寄せてざわめき出す。 
 ついさっきまで俺について討論していた感じ。

 だけど、玉座にいたキキン国王が、俺に駆け寄ってきた。

「おおお! 
 ヒジカタ殿。
 牢屋なんぞに入れて、済まなかったのおお!」
 
 ためらいもしない。笑顔のまま俺に手を伸ばす。

 意外だよ。
 そうか、握手だ握手。
 スライムは手がないもんね。
 俺が、人間の手らしき触手を作成するより早く、国王が俺をハグしちゃった。

「国王! やり過ぎですぞ!」
「き、危険です、距離をとらねば!」

 取り巻きのお偉いさんが大騒ぎだけど、キキン王は気にしない。

「お~、プリンプリンして気持ち良いのお~♪」

「そ、そうなんだ」

 もしかして国王さん、天然?

 国王が髭面を俺の身体に埋めてグリグリしているので、俺にはチクチクしたあまり良い感触はしないよ。
  



「国王がお戯れして、申し訳ない」

 数分後、お偉いさんの一人が代表して俺に言ったね。

「いや、大丈夫なんで」 

 結果から言うと、キキンは国を上げて、俺を名誉市民として受け入れるそうだよ。
 
 因みに、ヒジカタスライムを記念して、500ギル硬貨にSSSレアスライムと記載し、
 裏面にスライム姿が刻印されるそうだ。
 
「ヒジカタ殿は、命をかけてエインシェントを倒した。我が国の英雄じゃ!!」

 国王自らスライムボデイを叩いてくれたね。
 
「あ、ありがとうございます!」
 
 それにキキン国は、結界消滅が人為的なものだと把握していた。

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