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3章
サルトリーフ
しおりを挟むアンフィニ大司教さんに2時間ぶっ通しで、杖を振ってもらい、
使徒30名には、「祓ったま! 清ったま!」と唱えてもらった。
その結果。
「これで、完成じゃ……」
「「「流石です、大司教さまっ!!」」」
よろめく大司教さんを、使徒たちが駆け寄り支える。
結界が生成されたらしい。
洞窟入り口に手を伸ばすと、カッチコチのコンクリートみたいな見えない膜があった。
「凄い!」
「素晴らしいです」
ヒトミさんも感動している様子だよ。
よかった、よかった。
「お疲れ様です」
「うむ、ありがとう」
やつれた顔で、にっこり微笑む大司教さん。
使徒たちも疲れただろう、地面に座り込んでしまった。
「アンちゃんカッコいい!!」
結界作成中、青ちゃんに芸を仕込んでいたランちゃんが、大司教さん(50歳で妻子持ち)に抱きついたよ。
スリスリむぎゅー。
「惚れなおしちゃったよ、あたち」
司教さんが孫を見るような優しい目で頷くよ。
見てはならない現場を見るわけにはいかない、そう思ってか、使徒たちが顔を逸らす。
「きゅーきゅー」
青ちゃんも一緒に、むにゅー、と司教さんの腕を取り込んでるけど、まさか溶解してないよね。
やめてよ~。
◆
そういや、報酬の話しをしていなかったなあ……。
2ヶ月前、結界強化で来てもらった時には、キキン国の一年間の国家予算と同じくらいの額だったと聞いたけど。
「あのう……おいくらでしょうか?」
「ん?
あ~、ヒジカタ殿、気になさるな。
強化したはずの結界が、消滅したのだ。
私たちに非がある」
「え、でも、それじゃ……」
「かまわん。今回は結界のメンテナンスみたいなもの。
むしろこちら側が、ヴァーチェ、キキン間の往復料金をヒジカタ殿に支払わねばならない」
「いやいやいやいや」
良い人だなあ~。
流石は、大勢の使徒に慕われるだけあるよ。
「素敵よ、アンちゃん」
ちゅっ、とランちゃんがキスをした。
真似して青ちゃんも。
SSにも慕われている。
◆
俺は大司教さんたちをヴァーチェ国に送り届ける。
「おお、何処に行かれてたのです?
主役が不在だと盛り上がりません」
「すまない。
所用で、使徒と少しキキンへ」
「……え?」
大司教さんたちは約2時間しかヴァーチェを離れてないので、ヴァーチェの使徒は司教が居なくなった事自体気づかないね。
てか、司教さんはキキンへ戻る事を誰にも言ってなかったの?
「そちらの男性は?」
ヴァーチェ国の使徒が訝しそうな顔で俺を見たよ。
「うむ。私の親友ヒジカタ殿だ」
「司教さまの、……ご親友……?」
俺のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見る。
「あの……お住まいはどちらで?」
俺は白のズボンに、頭からかぶる麻製の白いワンピース姿、キキン国の一般的スタイル、ようは貧乏人ぽいわけね。
ヴァーチェ国も似たようなもので、俺とアンフィニ大司教さんとの接点――、
どうなったら親友になれるのかが不思議なんだろうね。
「ええ、まあ……」
「ヒジカタ殿はキキン国に住み、魚屋家業を営んでおられる。
魔法使いでもあり、過去に例を見ない瞬間移動魔法も使われる」
「……瞬間移動」
「そう。だから、遥かキキン国から一瞬でまいられた。
身なりで人を判断してはならんぞ!」
「……あ、いえ、私は、決してそのような……」
「よい。
分かったら下がれよ」
◆
その後。
キキンに戻るとまだモンスターが残っていたから、デーモンさんたちのお手伝いをしたね。
モンスターを一掃し終え、デーモンさんたちにお礼をする。
俺の生命値を渡したわけね。
また、頼むこともありだろうから、多めに支払っておいたよ。
異次元に帰ってゆくデーモンさんたちを見届け、俺はキキンの被害状況を確認した。
放牧地、農耕地は荒れてしまったけど、外区の建物に被害はない。
怪我人がなかったから、良しとすべきだろうね。
その日の夕方。
非常事態宣言は解かれ、内区に非難していた住民が外区に戻ってきたけど、全ての家の木戸は閉められたまま。
街道に人通りは無く、馬車も走らない。
直ぐに通常通りの生活とはいかないよね。
従業員に休むよう指示し、俺も今日は早く寝たよ。
一夜明けた早朝。
ジンたち魚屋ヒジカタのスタッフ5名が、魚市場から帰ってきたよ。
元気がない。
思うように仕入れられなかったと言う荷馬車に積まれた魚箱は、いつもの4分の1以下だった。
スタッフの表情も暗い。
まあ、昨日はキキン国始まって以来の大量モンスター襲撃だ。
漁師が海に出るのを控え、市場に魚が無かったのかもしれないね。
「こういう日もあるよ」
仕入れにこだわりを持ち始めたジン。
あの海域で獲れた鯛は身がしまってて美味いだとか、
あの漁師は網の引き上げを一日遅らせるから買わないだとかね。
励ますつもりで肩を叩いたけど、
顔をあげたジンの目は潤んでいた。
「化け物には、魚を売れないと……」
思わず息を呑む。
スタッフが俺から視線を逸らしたよ。
「化け物……って」
昨日、キキン兵に言われたのを、
その時、なんとも言えない、悲しい気持ちになったのを思い出したよ。
俺がモンスターを止めたんだけど。
何もしなかったら、今ごろキキン外区は壊滅していたかもしれないんだけど。
恩を着せるわけじゃないけど、
一日経った今日はもう、何もなかったみたいに、以前通りの生活が始まると思っていた。
「もう、化け物には魚を売れないと言われました」
「そうか……」
そうか、としか言えない。
魚屋ヒジカタのスタッフは、いつになく無口で、いつも通りオープンに向けての作業を終え、朝8:00店頭の木戸を片付けた。
いつもだと、大勢のお客さんが待っていて、並べられるトロ箱から、我先に魚を買っていくんだけど、今日は誰ひとりいない。
「初めてだ、こんなこと」
スタッフの一人が店先に出て見回す。
ジンは驚きもせず、調理場で昨日研いだ包丁を、また研いでいるだけ。
木戸を片付け終えたスタッフが、納戸で俯いていた。
「どうした?」
肩が震えている。
木戸を持つ手も。
「これを……」
見れば、真っ赤なペンキで木戸に文字が書かれていたよ。
―― モンスターはキキンから出て行け ――
絶句した。
書かれているのは木戸だけじゃない。
家屋の壁面にも大きく。
―― 化け物はキキンに不要 ――
―― ヒジカタは悪魔 ――
「そ……そんな……」
「書いている『災いが訪れるって……』、むちゃくちゃだ、お父さん」
俺は道端で立ち尽くしたね。
ふと目に入った近所の子供が、俺を見て逃げるように走っていったよ。
熱い日に、製氷猫でかき氷を作って食べさせたら、大喜びしてたけどなあ。
虚しい。
「お……お父さん……」
内区のアハート事務所に向かったはずのエースとハヤテが帰ってきた。
大門の門番に入区を断られたと言う。
エースたちがアハートさんの秘書だと知っているのに、それでも門番は通過を許さなかった。
アハートさん、ヒトミさん、コウくんも、モンスター・ヒジカタの仲間と思われているのか?
「飛んで、内区に入るのは止めました」
「正しい判断だと思うよ」
無理やり入ると、余計に反感を買うだろうね。
◆
結局。
魚屋ヒジカタ、2階の寿司屋キャンディズを一日中営業したが、売上は2店舗合わせてたったの3万ギル。
10分の1以下だった。
大量に残った刺し身と寿司ネタ。
少ない仕入れなのに、それでも売れ切れない。
夕方はオール半額セールをしても、ダメだったね。
「さ、最初だけ、ですよ……」
ドルンくんが苦笑いし、明るく振る舞ってくれたけど、
他のスタップは肩を落とし、重苦しい表情で各自の部屋に消えたよ。
ドルンくんも、一礼して足早に自分の部屋に戻る。
もう、キキン国で商売は出来ないのか?
やりたくとも、お客さんが来ないと営業は続けられないもんね。
国王からは何も命令はない。
いや、検討中なのかもしれない。
キキンから出て行け、と通達があるのは。
「お、お父さん……。
顔を変えて、別の国で一から出直しませんか?」
「それがいいと思う」
SSたちが話しだしたよ。
そうかもしれない。
それがベストかもしれない。
幸い、俺たちは顔を思いのままに変化させる事が出来る。
別人になって、この失態を反省に、遠い国でやり直す……。
「結局モンスターは、嫌われる生き物なんだよね」
SSたちに返事はないよ。
言い合わせたわけじゃないのに、全員が無言でドアに近づく。
店を出ようと、黙ってサヨナラをしようとした時、
ドアの隙間からハラリとサルトリーフが舞って床に落ちた。
「……これは?」
拾い上げると、裏に文字が書かれていた。
―― ドラゴンを倒してくれてありがとうございました ――
誰かが、書いて戸の隙間に差し込んだみたい。
キキンの民が、感謝の言葉をサルトリーフに書いて伝えてきた。
「お、お父さん。こっちにもありますよ」
窓の隙間にも紙が差し込まれていた。
外のゴミ箱の下にも。裏口の箱にも。
―― あんたがスライムだろうが、刺し身は美味いぜ ――
―― 最高の魚屋だぜ、モンスターだけどな ――
―― 助けてくれて、ありがとな ――
―― カッコ良かった。頑張れヒジカタ ――
「な、なんなんだよ、これは……」
エースの声が震えている。
「皆が皆、私たちを排除しようなんて、思ってなかったんだッ!」
俺は初めてみたよ、
SSたちの目に、薄っすらと涙のような液体が浮かんでいるのを。
ぼやけて、よく見えないや。
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