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3章

咆哮 

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 ガウゥウウウウウ――。
 ゴウオオオオウウウ――。

 昼食どき。
 蒲焼きを買い求める長い列のずっと先、
 薄灰色に聳える北山脈方面から、恐竜のような咆哮が上がった。

「な、……なに。あれ」
「分からない。モンスターなのか?」

 俺がキキンに来て7ヶ月、モンスターの唸り声が届くことはなかった。
 もちろん、雑魚モンスターが外区に接近した事は何度かあったが、キキン城の見張り兵が接近を意味する黄色の狼煙を上げ、鐘を鳴らし、中心地に入る前に兵が討伐していた。

 でも、今回のモンスターは違う。
 見張り兵が気付かないほど遠方から唸っているのだ。
 少なくとも俺の知らない大型モンスター。

 やっと城の打ち鐘が響り始め、空に非常事態宣言の赤色狼煙が伸びてゆく。

 慌てるお客さん、怯えるお客さんの前を、数名の名衛軍(めいえいぐん)が馬を走らせ北に向かう。
 軍用馬車が5両追従していった。

 ただ事じゃないね。 

「ちょっと見てくる」

 ランちゃんに蒲焼きを任せ、俺は店の奥の従業員階段を登って最上階の窓からジャンプしたよ。
 ギュ――――ン! と上空に500メートル伸びてから、グライダー飛行する。
 
 砂塵を巻き上げ激走するキキン兵団を追い抜き、農地を過ぎ、放牧地を過ぎてもモンスターらしき姿はない。
 いや、前方にハヤテとエースが飛行していたね。
 
 触手を飛ばし接触。心話するよ。

『ふたりとも早いね』

『あ、お父さん!』

 北山へ頻繁に入っているエースでも、聞いたことがない咆哮だったと言う。

『あ、見えました! あれです、お父さんッ!』

 隆起した竹林を超えると、現れたのは巨大な黒い体躯。
 そいつには、見覚えのあるボーンキラー・ウルフ数10匹と、似たような大きさのモンスター30匹を引き連れていた。

『デカイな~、高層ビルみたい』

『……ギガントオーガより大きい……』

 体長100メートルのギガントオーガの倍はあるだろうから200メートルかな。
 左右の巨大な黒い羽根を広げ、長い突起だらけの尾を伸ばし、頭部は3本の角が後に突き出ている。
 
 まるでドラゴン。
 イラスト、漫画、ゲームでよく見るドラゴンそっくりだよ。
 
 

 ――――――――――――――――――――

 SSレア・エインシェント LV 23  

 生命力 23,034/23,080   

 ステータス

 攻撃力  12,912
 素早さ      356 
 知能        912
 運          912

『爆炎』
『雄叫び』
『鋸輪波(のこりんぱ)』
 

――――――――――――――――――――


『エインシェントって、ボスじゃないですか! お父さんッ』

『え――――っ!!
 なんでなんで、お父さん!?
 結界は強化されたはずなのに。
 それにツェーン迷宮と50キロメートルも離れているぞ! どっから出てきたんだ?』

 エインシェントのずっと後方――、
 鉱山の跡地、直径5メートルだった坑道が、クレーターみたいに砕けて大穴が開いていたよ。

『あそこから出て来たわけか……』

 半年前、ツェーンの迷宮に入ったけど、
 1階、いや1層目だけでも広範囲で、たぶん100キロ平方メートルはあっただろうか。
 2層目以降は分からないけど、あの坑道は地下1000メートルまであるらしいから、ツェーン迷宮の深い階層に繋がっていても不思議じゃない。

 てことは……、
 ハゲ山を消した俺が悪かったってことになるのか?
 わざわざヴァーチェ国からアンフィニ大司教御一行を呼び、せっかく結界を張ってもらったのに、俺が台無しにしちゃったわけ?
 山を消さなければ、何も起きていなかった……。
 あわわわわ。 

『あっ……お、お父さん。あいつはボスじゃないッ!』

『ん……』

『ほんとだ。SSレアとある』

『SSって……、俺らみたいな』

 ボス竜・エインシェントもSSSレアモンスターらしいから、SSレアはその分裂個体かな。
(俺みたいに分裂で増やしたかどうかは分からないけど)
 
『でも……』

 エースとハヤテが不安そうに顔を見合す。
 そうなんだよね。
 2人のレベルはSSエインシェントと変わらない『23』と『20』。
 でも肝心の2人のステータス値は、

 生命力 9200前後
 攻撃力 1200前後

 
 対するSSエインシェントは、

 生命力 23034
 攻撃力 12912


 一桁多いんだよね。
 同じレベル、同じSSでも、所詮俺たちはスライム。
 ドラゴン系のエインシェントとは比べ物にならないわけだね。


 ガウゥウウウウウ――――。
 ゴウオオオオウウウ――――。
 
 
 突然、突風が飛行していた俺たちを巻き上げる。
 制御できず、俺たちは地面に叩きつけられた。

「……!」

 身体の表面が熱せられたように溶けている。

『お、お父さん……』
『こんなになるなんて……』

 驚いた。
 エースとハヤテの身体は4分の1が溶けて無くなっていて、残りでこじんまりな身体をムクムク形成している。

 
 
 ~~ 雄叫び ~~

 超音波を発し、広範囲の敵を溶解するドラゴン系エインシェント専用の技。



 さっそく説明テロップが流れたね。
 さっき聞こえた咆哮は、技だったんだ。

 ズウ――ンッ!
 ズズ――ンッ!
 ズズ――ッ!
 
 SSエインシェントが地響きをたてて進む。高層ビルが歩いているみたい。
 ボーンキラー・ウルフ連中がついて行くね。
 
 止めないと外区に直行だ。
 
『危険だから2人は離れてて』

『は、はい』
『了解です』

 さて、どうしたものかな。

 ステータス値だけで比べると、SSSレアの俺が遥かに勝っているけど……。

 無益な殺生はしたくないね。
 アイテム収納庫に入れちゃうおうかな。
 SSエインシェントも、ウルフさんたちも、全部ひっくるめて入ってもらおう。

 収納庫を展開し、思いっきりジャンプしたね。
 100メートル以上あったエインシェントとの距離を一気につめる。
 だけど――、
 手裏剣のような鋭利な巨輪が出現し、シュンッと風切音と共に俺の身体を両断した。

 なな……ッ!
 なんだ?
 


 ~~ 鋸輪波のこりんぱ ~~

 極薄の輪を飛ばし、広範囲の敵を切り刻むドラゴン系エインシェント専用の技。


 
 またですか。
 凄いなあ。
 技もさることながら、俺の高速移動を捉えるモンスターがいたことに驚愕するね。
 
 因みに、半分になっても、俺は大丈夫みたい。
 運良く(運値は12582912)核が傷つかなかったからね。
 それに、今気づいたんだけど、二等分されたどちらの身体も、俺の意思で動かせるよ。
 ちょっと意外だね。
 
 核がある身体を小型のしずく型スライムにして、核なしをグライダー形態にして飛行させている。

 SSエインシェントが口を開ける。
 光の粒子が口内に集まってゆく。

 ガウゥウウウウウ――――。
 ゴウオオオオウウウ――――。

 ピカッ、と閃光が走ぅた。
 一瞬でSSエインシェントの前方約1キロメートルほど地面がえぐれ、木々が溶けた飴細工のようにグニヤリと曲がったよ。

 いや~。
 とっさに逃げてて良かったよ、ほんと。
 
 迂闊に近づくと危険だなあ。
 普通に戦っても勝てるとは思うけど、安全第一でいこう。


 パグローム・ツアンサ・アオスマッヘン

 
 心の中で唱える。
 ハゲ山を消したように、エインシェントも消えてもらおう。
 この技は離れてて出来るから良いね。

 現れた赤いネットをエインシェントに指定し――。


 消去実行  YES/NO 


 YES カチッ!

 起動音がしたけど、なぜか何も変化なし。
 エインシェントは薄くなりもしないし、霧もかかりはしない。

「な……な、なんで?」 


 さっそく《Sレア以上のエインシェントには、物理攻撃しか効果がない》とテロップの説明があったね。
 いや~。
 凄いじゃないか、SSレアエインシェント。

 良いよ良いよ。
 やってやろうじゃないか。
 俺が最も得意とするスピード攻撃で。

『目標、捕捉ッ!!』

 俺とエインシェントから100メートル後方――、
 ようやくと言うか、キキン兵団がやっと到着したよ。
 10両の馬車から、続々と兵が下車し見上げる。
 全員で100名くらいか。
 来なきゃ良かったのに。
 
『あれ……』
『ドラゴン……、ドラゴンじゃないのか?』

 兵たちが抜いた剣を下ろしたまま、愕然と見上げて棒立ち。

 まあ、そうだろうなあ。
 100メートル離れているとは言え、エインシェントは全長200メートル。
 アリが人間に戦いを挑むのに近い。

『ええーい! 配置につけッ!!』
『はは――っ!!』

 30名がボウガンを構え、隊長の号令と共に発射した。
 
 矢がピュンピュン飛んで行く。
 一応、エインシェントの脚に刺さってはいるけど、
 さほど痛がる様子はないね。
 
 SSエインシェントが人間を睨み、口を開ける。
 キュゥウゥゥ……、と明らかに何かの発射体制。

 ヤバいだろう。
 俺はもう1つの身体と合体し、キキン兵に向かってダッシュしたよ。
 速攻で作った100本の触手でキキン兵100名の身体に巻きつけ、突っ走る。
 
 ズワッギュ――――――ンッッ!!

 ドオオオオオオ――ンッッ!

 後方で爆音が響く。
 500メートル離れた高台に兵たちをおろし振り返ると、兵がいた場所がクレーター状にえぐれ、燃え上がっていた。
 軍用馬車も、軍馬も無い。
 一瞬で跡形もなく燃え尽きたのか。

「……す、すげえ……」

 兵たちが呆気にとられている。
 でも怪我はないようだね、良かった。

「ヒ、ヒジカタさん……あなたはいったい……」

 あ……。
 
 あ。

 しまったかも。

 慌てていたので、下半身がしずく形スライムのまんまだよ。

「に、人間じゃないのか?」

「……いや、あの……」

「化けていたのか人間に」

 兵たちが煙たい顔をして俺を見ているぞ。
 剣を向ける兵もいるね。

 困った。
 どう弁解すれば……、いや、もう弁解とかより、リトルに忘却魔法を依頼するしか――。

 ガウゥウウウウウ。
 ゴウオオオオウウウ。

 と、そんな状況じゃないね。
 エインシェントが2発目を撃とうと口を開けたよ。
 俺たちを見逃してくれそうにないみたい。

「すいません。
 あいつを先に片付けますので」 

 踵を返した俺は、ジャンプでなく地を駆けったね。
 回避が容易だし、俊敏に動けるから。
 土煙を巻き上げながら、大きく弧を描くように走る。
 
 正確に説明すると、俺が去った後から遅れて砂塵が舞う。
 スピードの現象が追いついていないわけ。

 さあ。
 エインシェントさんよ。
 標的は俺だけだからね。
  
 幸いヤツのステータス内容は、

『爆炎』
『雄叫び』
『鋸輪波(のこりんぱ)』

 3種類しか技を持っていない。
 
 しかも3種の攻撃はどれも口が動く。
 ヤツの口を注意してさえいれば、たぶん大丈夫。

 口がこっちに向いたぞ。 
 ほーら、鋸輪波(のこりんぱ)が10輪飛んで来たね。

 さっきは不意を食らったけど、構えていれば、俺の動体視力も激レアだから、よ~く見える。
 軽く躱し、一気に距離をつめ、触手を刃渡り10メートルの日本刀にして、ヤツの身体を駆け上がる。

 ――――――ザンッッ!!

 分断したよ。
 落下した頭部。

 
 SSレア・エインシェント LV 23  

 生命力    0/23,080   


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