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3章
居酒屋偵察その2
しおりを挟む『変だと思わない?』
『……変? お父さんは変だと』
『まあね。
お客さんはガラガラだよ。
それなのに、この品揃え。どの刺し身を注文してもOK』
『そういや、店の営業時間は後3時間くらい。売り切れて造れない刺し身がありそうなのに』
『魚の在庫がたっぷり、って言っているようなもんだよ』
冷蔵庫がないこの世界。
刺し身は極力売り切り、翌日に持ち越さないのがベスト。
でないと、鮮度が良くない古い刺し身をお客さんに出すことになるよ。
まあ、居酒屋だから、残った魚は焼物、煮物で提供だろうけど、それでもこの品揃えの数は異常かな。
俺みたいにアイテム収納庫があれば良いけどね。
魚を入れた時の状態のまま、出すまで全く変化しない究極の冷蔵庫。
「出来たぜ!」
ずいぶん早く造ったね。
陶器に刺し身が綺麗に盛りつけられていたよ。
あくまで盛りつけはね。
肝心の刺し身は、う~ん。
「ちょっと、ちょっと! これの何処が美味しいわけ?」
先に注文が届いていたテーブル客が騒ぎ出した。
「舌がおかしいんじゃないのガイゴル!?」
「……しかし、いや、昼間食べた刺し身は、コリコリして、味わい深く……」
「コリコリ? うそうそ。
ヤワヤワじゃん! ウロコまみれだし、普通に骨があし、生臭いだけ。意味分かんないんですけどー」
1人はガイゴルと呼ばれた30歳くらいのイケメン男性。日本の着物のような服を着ている。
もう1人は、18歳くらいのおてんば娘。
整った顔立ちをしていて、まあ、けっこうな美人さん。
こちらも着物姿だが、その丈はとても短く、健康的な白い太ももが覗いているよ。
右耳元に白い大きなリボンを付け、漆黒の長い髪を腰まで流している。
「『この世で1番美味しい』と絶賛するから食べに来たけど、魚をそのまま食べるだけじゃん!
生で出してるだけじゃん! なにが刺し身よ。勿体ぶった言い方して!」
「カタリヤさん。聞こえますから、お静かに!」
「いいじゃん、ほんとだから。美味しくないものは、美味しくないのッ!」
この2人、お嬢さんと召使いか、歳の離れた兄妹かな。
ガイゴルさんが店員を気にしながら、おてんば娘を黙らせようとする。
「なにがキキンを代表する食べ物よ! あ~あ、刺し身なんか食べに来なけりゃよかったー」
よっぽど酷かったみたい。
俺が造ったわけじゃないけど、刺し身を馬鹿にされると気分が悪いね。
俺たちの刺し身を食べてみる。
『……やはりな』
『美味しくないですよ、お父さん』
『カタリヤって女が言うとおり、ウロコと小骨だらけ』
『下処理が悪いからだ、これ』
店主が怖い顔でエプロンを剥ぎ取り投げつけ、厨房から出たぞ。
包丁を持って男女のテーブルに向かう。
ドン!
テーブルに包丁を突き刺す。
「ひっ、ひいいいいいいいいっ!!」
ガイゴルさんが引きつったよ。
「……ずいぶん言いますなあ、お客さん……ああ?!」
ガイゴルが立ち上がり店主に平謝り。
カタリヤはムスッとして、座って脚を組んでいる。
「あんたに、謝られてもな……。カチンときたのは、あんたじゃなく――」
「あたしでしょ?
なに、遠回しに言ってんのよ、おっさん」
「お、おっさ……」
店主の顔がどんどん赤くなってゆく。
「謝るなら、あたしたちじゃなく、おっさんの方でしょ?
高いお金を払って食べたら不味いんだもん!」
「黙って聞いてりゃ、好き勝手ほざきやがって!」
店主が包丁を振り上げたよ。
まさか、斬りつけるとは思えないけど注意しとこう。
「お嬢さんの言うとおりだ、店主よ」
そう言ったのは俺じゃないよ。
向かいのカウンターに座る30歳くらいのがっちり体格の男性客。
ツルツルの丸坊主で、黒縁丸メガネをかけている。
「な、なんだと?」
店主が睨みつける。
「がっかりだ。ほんと、がっかりだ」
丸坊主男は立ち上がり、ゆっくりと近寄る。
店主が振り上げたままの包丁を一瞥し、食べかけの刺し身を持ち上げる。
「注文したタイの刺し身は……これか?」
「だったら、どうしたんだ。文句あんのか? ああ!」
「……このタイの刺し身……。ウロコまみれと言う以前に、まず、タイじゃないな」
ほう。
分かる人がいるんだね。
店主の顔が一瞬で曇ったぞ。
「……チヌじゃないのか。どう見てもチヌとしか思えない」
「……お、お前。だったらどうしたんで! 悪いかクソッたれ!」
開き直ったね。
「チヌの刺し身なら、正直にチヌとメニュー表に書いとけよ。
タイを注文して、なんでチヌだ?」
「俺の店が誤魔化してると言いたいのか、ああッ!!!」
タイは漁獲量が少なく美味だから仕入れ値が高い。
チヌはタイの4分の1の価格と安く、身肉がタイと似ていて刺し身だと判別できない。
だから、誤魔化しやすい。
でも、食べると臭みがあり、タイを食べ慣れた人にはバレるね。
この近辺は、刺し身を食べたことがない外国人客が多いから、やってるんだろう。
もっともチヌは、釣って2~3日ほど船の生(い)け簀(す)で飼うと、身の臭みが消え、刺し身でも吸い物にしても美味しいよ。
「それにだ。
ガタガタのまな板と、切れない包丁で魚皮をすくから、魚身の模様が削がれてる。
刺し身も押し切りだから身が潰れ、せっかくの高鮮度がだいなしだ」
なかなか、この丸坊主男、詳しいねえ。
「貴様……同業者だろう」
刺し身が始まってまだ7ヶ月。
タイとチヌの刺し身の区別がつく者は、同業者だけ。
「いいや、……ここで働こうと思って、食べていただけだが」
「就職希望者か?! 働きたいなら黙ってろ」
「あー、いや、詐欺商売する店では、働きたくないんで」
「……む、ぐぐぐ」
「悪いね。ここじぁ、世界一の魚屋にはなれない」
「やって見せろよ」
「?」
「世界一の魚屋を目指してんなら、見事な腕前だろう。
俺をコケにするなら、造ってみせろよ、お前が刺し身を! 世界一を目指す腕前を!
ただし、俺が納得する刺し身が造れなかったら、覚悟しとけよ」
丸坊主男はニヤリと笑ったよ。
「いいだろう、どんな刺し身でも造ってやるぜ!」
「あ~、くだらない、くだらないわ」
カタリヤはさっさと店を出てしまったよ。ガイゴルがお勘定を払い後を追う。
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