上 下
116 / 182
3章

居酒屋偵察その2

しおりを挟む
 
『変だと思わない?』

『……変? お父さんは変だと』

『まあね。
 お客さんはガラガラだよ。
 それなのに、この品揃え。どの刺し身を注文してもOK』

『そういや、店の営業時間は後3時間くらい。売り切れて造れない刺し身がありそうなのに』

『魚の在庫がたっぷり、って言っているようなもんだよ』

 冷蔵庫がないこの世界。
 刺し身は極力売り切り、翌日に持ち越さないのがベスト。
 でないと、鮮度が良くない古い刺し身をお客さんに出すことになるよ。
 まあ、居酒屋だから、残った魚は焼物、煮物で提供だろうけど、それでもこの品揃えの数は異常かな。
 俺みたいにアイテム収納庫があれば良いけどね。
 魚を入れた時の状態のまま、出すまで全く変化しない究極の冷蔵庫。

「出来たぜ!」

 ずいぶん早く造ったね。
 陶器に刺し身が綺麗に盛りつけられていたよ。 
 あくまで盛りつけはね。
 肝心の刺し身は、う~ん。

「ちょっと、ちょっと! これの何処が美味しいわけ?」

 先に注文が届いていたテーブル客が騒ぎ出した。

「舌がおかしいんじゃないのガイゴル!?」
「……しかし、いや、昼間食べた刺し身は、コリコリして、味わい深く……」
「コリコリ? うそうそ。
 ヤワヤワじゃん! ウロコまみれだし、普通に骨があし、生臭いだけ。意味分かんないんですけどー」

 1人はガイゴルと呼ばれた30歳くらいのイケメン男性。日本の着物のような服を着ている。

 もう1人は、18歳くらいのおてんば娘。
 整った顔立ちをしていて、まあ、けっこうな美人さん。
 こちらも着物姿だが、その丈はとても短く、健康的な白い太ももが覗いているよ。
 右耳元に白い大きなリボンを付け、漆黒の長い髪を腰まで流している。

「『この世で1番美味しい』と絶賛するから食べに来たけど、魚をそのまま食べるだけじゃん!
 生で出してるだけじゃん! なにが刺し身よ。勿体ぶった言い方して!」

「カタリヤさん。聞こえますから、お静かに!」

「いいじゃん、ほんとだから。美味しくないものは、美味しくないのッ!」

 この2人、お嬢さんと召使いか、歳の離れた兄妹かな。
 ガイゴルさんが店員を気にしながら、おてんば娘を黙らせようとする。

「なにがキキンを代表する食べ物よ! あ~あ、刺し身なんか食べに来なけりゃよかったー」

 よっぽど酷かったみたい。
 俺が造ったわけじゃないけど、刺し身を馬鹿にされると気分が悪いね。

 俺たちの刺し身を食べてみる。
 
『……やはりな』

『美味しくないですよ、お父さん』
『カタリヤって女が言うとおり、ウロコと小骨だらけ』
『下処理が悪いからだ、これ』

 店主が怖い顔でエプロンを剥ぎ取り投げつけ、厨房から出たぞ。
 包丁を持って男女のテーブルに向かう。

 ドン!
 テーブルに包丁を突き刺す。

「ひっ、ひいいいいいいいいっ!!」

 ガイゴルさんが引きつったよ。

「……ずいぶん言いますなあ、お客さん……ああ?!」

 ガイゴルが立ち上がり店主に平謝り。
 カタリヤはムスッとして、座って脚を組んでいる。

「あんたに、謝られてもな……。カチンときたのは、あんたじゃなく――」

「あたしでしょ?
 なに、遠回しに言ってんのよ、おっさん」

「お、おっさ……」

 店主の顔がどんどん赤くなってゆく。

「謝るなら、あたしたちじゃなく、おっさんの方でしょ?
 高いお金を払って食べたら不味いんだもん!」

「黙って聞いてりゃ、好き勝手ほざきやがって!」

 店主が包丁を振り上げたよ。
 まさか、斬りつけるとは思えないけど注意しとこう。
 
「お嬢さんの言うとおりだ、店主よ」

 そう言ったのは俺じゃないよ。
 向かいのカウンターに座る30歳くらいのがっちり体格の男性客。
 ツルツルの丸坊主で、黒縁丸メガネをかけている。

「な、なんだと?」

 店主が睨みつける。

「がっかりだ。ほんと、がっかりだ」

 丸坊主男は立ち上がり、ゆっくりと近寄る。
 店主が振り上げたままの包丁を一瞥し、食べかけの刺し身を持ち上げる。

「注文したタイの刺し身は……これか?」

「だったら、どうしたんだ。文句あんのか? ああ!」

「……このタイの刺し身……。ウロコまみれと言う以前に、まず、タイじゃないな」

 ほう。
 分かる人がいるんだね。

 店主の顔が一瞬で曇ったぞ。

「……チヌじゃないのか。どう見てもチヌとしか思えない」

「……お、お前。だったらどうしたんで! 悪いかクソッたれ!」

 開き直ったね。

「チヌの刺し身なら、正直にチヌとメニュー表に書いとけよ。
 タイを注文して、なんでチヌだ?」

「俺の店が誤魔化してると言いたいのか、ああッ!!!」

 タイは漁獲量が少なく美味だから仕入れ値が高い。
 チヌはタイの4分の1の価格と安く、身肉がタイと似ていて刺し身だと判別できない。
 
 だから、誤魔化しやすい。
 でも、食べると臭みがあり、タイを食べ慣れた人にはバレるね。
 この近辺は、刺し身を食べたことがない外国人客が多いから、やってるんだろう。

 もっともチヌは、釣って2~3日ほど船の生(い)け簀(す)で飼うと、身の臭みが消え、刺し身でも吸い物にしても美味しいよ。

「それにだ。
 ガタガタのまな板と、切れない包丁で魚皮をすくから、魚身の模様が削がれてる。
 刺し身も押し切りだから身が潰れ、せっかくの高鮮度がだいなしだ」

 なかなか、この丸坊主男、詳しいねえ。

「貴様……同業者だろう」

 刺し身が始まってまだ7ヶ月。
 タイとチヌの刺し身の区別がつく者は、同業者だけ。 

「いいや、……ここで働こうと思って、食べていただけだが」

「就職希望者か?! 働きたいなら黙ってろ」

「あー、いや、詐欺商売する店では、働きたくないんで」

「……む、ぐぐぐ」

「悪いね。ここじぁ、世界一の魚屋にはなれない」

「やって見せろよ」

「?」

「世界一の魚屋を目指してんなら、見事な腕前だろう。
 俺をコケにするなら、造ってみせろよ、お前が刺し身を! 世界一を目指す腕前を!
 ただし、俺が納得する刺し身が造れなかったら、覚悟しとけよ」

 丸坊主男はニヤリと笑ったよ。

「いいだろう、どんな刺し身でも造ってやるぜ!」
 
「あ~、くだらない、くだらないわ」

 カタリヤはさっさと店を出てしまったよ。ガイゴルがお勘定を払い後を追う。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

処理中です...