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3章

達人、ミキちゃん

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 2ヵ月後。

 予定より2週間早く、ついについに、俺の新店舗が建ったよ。 
 魚屋店主の店舗じゃなく、俺だけの、この世界初の店舗になるね。
 
 場所はキキン国の表玄関。
 ここら一帯は国外から冒険者や商人、観光客が利用する大小の宿屋が50軒以上、飲み屋が50軒、居酒屋が30軒、外食屋が30軒建ち並ぶ宿泊街。 
 ちょっと魚屋は需要がない気もするけど、人の往来は多いし、なんとかなるだろうね。
 

 1階を半分に仕切り、55坪(約181㎡)の魚売り場を俺とSSのジンとポラリスくんと、若手スタッフ8名の合計11名でまわす予定。
 もうひとつはロアイドさんの居酒屋1階部分。

 2階も半分に仕切り、ひとつは寿司屋55坪(約181㎡)。
 スタップは新規募集した10名と、ランちゃん、ミキちゃんの合計12名。
 そしてもうひとつは、1階から階段で続くロアイドさんの居酒屋2階部分。

 3階はイベント教室と倉庫と事務所。
 イベント教室は、魚のおろし方とか、寿司の作り方、刺し身の引き方など、一般の人に体験してもらったり、地域の行催事に使うスペース。
 倉庫は、商売に必要な小物なんかを置くよ。
 
 4階は宿屋にする予定だったんだけど、住居にしたね。
 と言うのも、新規で募集した寿司屋の若手(13歳~20歳)男女10名が全員元炭鉱夫、木こり、大工、農夫などの低所得肉体労働者ばかり。
 もちろん持ち家はなく、家族もない孤独な若者だったから、住み込みで働いてもらうため、住居にしたよ。
 わざわざ選んだわけじゃなく、貧富の差が激しいキキン国はそんな若者が人口の10%を占めている。
 

 内装工事も終わり、明後日のオープンを控え、
 3日前から新規の若手従業員にシャリ(ご飯)の酢合わせ、寿司をにぎる、巻く、と言った作業を教えている。
 わずか3日間なのに、みんなよく修得したと思うね。
 賃金をキキン国の平均的収入にし、3年から5年後に独立させる(自分の寿司屋を持たせる)つもりだからやる気が全然違う。
 教習時間を終えても、夜遅くまでにぎり寿司を練習している。
 
 このにぎり寿司の練習だけど、固くにぎると食べた時に、シャリがネタより主張し過ぎて美味しくない。俵にぎりに刺し身を一切れ乗せて食べる感じ。
 逆に柔らか過ぎると、持ち上げたときに崩れてしまう。
 シャリの中は柔らかく、周りが絞まるよう片手でにぎる。

 寿司は両手でにぎる姿をイメージするかもしれないけれど、あれはもう最終段階。
 本来は片手でシャリを掴んで手のひらで整形する段階で、にぎりの90%は出来上がっている。
 最後にネタを乗せ両手で軽く整えて出来上がり。
 
 シャリは15g。ご飯粒680個くらい。
 大きさが不揃いだったり、手にシャリがまとわり付いたり、なかなか難しい。
 出来るまで何度も練習練習。
 一度にぎったシャリをほぐして、またにぎるを繰り返すわけ。
 

 朝7時。
 予定より1時間早く2階の寿司店舗に入ると、威勢のいい声が上がった。

「「「「「お早うございます!!」」」」」

 一般的なコンビニとほぼ同じ広さの店舗内は、日本の回転寿司屋をパクったレイアウト。
 中央に∪字型の付き出しオープン厨房があり、お客さんがにぎる姿を見て楽しめるように出来ているよ。
 
 すでにみんな紫の作業着をつけ、厨房で寿司の練習をしていた。
  
「明日はいよいよ、この寿司屋キャンディーズがオープンする。
 今日は刺し身包丁を使って、寿司ネタを作る工程を教えるから覚えるように」

 と言っても、まだ何も準備していない。
 みんなが来る前に準備するつもりだったからね。

「すこし、待ってて」

「「「「はっ、社長っ!!」」」」

 控室に行って、こっそりアイテム収納庫から、事前に捕まえていた筒クラゲを20匹出し、桶に入れて厨房に戻る。

 社長は俺ね。
 そう呼べと言ったわけじゃないんだけど、住み込みで働くのを提案したら、嬉しかったんだろうね、若手スタッフ10名がみんなそう呼び始めたよ。

「まず、刺し身包丁に慣れて欲しい」

 まな板の上に透明な筒クラゲを置く。
 かまぼこ型で細長い筒クラゲは、食用には向かないけど、お造り短冊に似ているので練習には最適。
 
 体内で加工しておいた刺し身包丁で筒クラゲを引く。
 刺し身は切るとは言わない。引くと言うよ。
 包丁を持って肘を引くようにしてカットするので、刺し身は引くと言うね。
 押して切ると細胞が潰れ、中の旨味成分がドリップで出るし、酸化も早くなる。
 引くと細胞が潰れにくい。

「……むむ」

 個々にやらせてみる。
 寿司ネタの形にはなっているけど、押して切る、手首を使って切るクセが出てるね。
 指摘し、もう一度。
 出来るまで何度もトライ。
 筒クラゲは海にうようよいるから気にしない。

「あれ、お勉強中なんだー、おじゃまかな?」

 そこへ、リュックを背負ったSSのミキちゃんが店舗の下見に来たよ。
 2日前から、東商店街にある魚屋店主の2階寿司店舗1号店は、スーちゃんを中心にスタッフ8名だけで運営してもらい、看板も《寿司屋のスーちゃん》となってるね。

 5歳児のままの身長を保つミキちゃんは、女の子SSの中でも1番真面目。お姉さんタイプ。
 言葉使いは幼いけど、言っている内容は大人とあまり変わらないので、ご近所さんは、ミキねえとか姐御とか呼んでいるね。

 10名のスタッフがざわついているよ。
 誰だコイツって目で見る。

 そういや、明日から一緒に働くミキちゃんとランちゃんを紹介してなかったぞ。

 ただスタッフには、『寿司屋がオープンしてからとうぶんの間、ベテラン2名が全商品全部作るからね。君たちは接客をしながら、早く技術を修得すること。修得した者から製造に加わってもらうから』
 と言っただけ。
 2人とも東商店街では有名だけど(特にヲタク風の若者には)、ここらへんの人たちや、彼らは知らないだろうなあ。

「可愛い娘だなあ、社長のお子様?」
「社長は戦争孤児を引き取って養っているそうだから」
「ああ、じゃあ、孤児なのか、あの娘も」
「優しいなあ、社長は」

 ちょっと言い難くなってきたよ。

「良い店だね、ヒジカタ」

「ありがとう」

「清潔だね。明るいし。高価なガラス窓で、外の害虫が入らないよう工夫しているし」

 ミキちゃんはリュックから自前の白衣を取り出し着替える。

「社長を呼び捨てにしたぞ!」
「偉そうだ、孤児じゃないのか?」
「いや、社長が寛大なんだよ」
「白衣を着て、なにする気だよ」

 全身真っ白な白衣に身を包み、頭髪も、耳まで覆った白帽子を被る。
 ミキちゃんのもみじのような手には、サラシで巻いたミニ包丁3本とサルトリーフの包みひとつ。
 厨房入り口手前で直立し、一礼してから入るその姿は、神聖な領域に入る高僧のよう。
 いや、熟練料理人の風貌だ。
 外見は5歳児だけど、中身は大人って、ギャップが凄い!

 若手スタッフが圧倒され、退いた作業台の下を厳しい目でチェックしてゆき、近くの木箱を逆さまにして踏み台にし、まな板の前に立ったよ。

「まだ少し低いかな、ヒジカタ」

「もう5センチ高いのを用意しておけばいい?」

「うん。ランちゃんのも同じで」

「分かった」

 魚を引いて切るには、立って握った包丁と肘がまな板と平行にならないといけない。
 ミキちゃんなら、簡単に身長を伸ばすことも可能だけど、5歳児がいきなり成長したらまずい。
 
「おいおい、……やめろよ~冗談は。
 明日はもうオープンなんだぞ。俺たちは子供のママゴトに付き合う暇はねーんだからよ。そうだろ、みんな?」

 男性スタップのひとり、ディードン18歳が、半笑いで口を挟んだ。
 残りのスタッフが注目する。
 だけど、制止するわけじゃない。
 頷く者や、無視してネタ切り練習を再会する者、呆れる者、
 みんなミキちゃんを邪魔しに来た戦争孤児。
 寂しい、かまってちゃんだと思っているみたい。

「はいはい。お姉ちゃんが、後で遊んであげるからね~。今は忙しいのよ」
「白衣まで用意してもらって、良いね~。お寿司屋さんごっこは、4階でしようね」
「危ねえなあ、本物の包丁なんか持たせて」
「社長、ダメですよ、子供に」

 ディードンがミキちゃんの頭を撫でながら言う。

「俺、ちょっと4階まで連れてってくるわー」
「おう!」

 ミキちゃんは俺と目を合わせ、察したようだ。抵抗しない。
 手を取られ、厨房から出てリュックを背負わせてもらう。

「社長、社長。ベテラン2名っていつ来られるんですか?」

「あーまー、そうだなあ」

 目の前にいるミキちゃんだけど。

「このお店が満席になったら100人。
 たった2人で、100人のお客さんの注文をさばくなんて、社長みたいな職人が他にもいるんですね」

 困ったなあ。
  
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