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2章

エース視点

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 エース視点



 1階の店先には、石畳の通路に30もの木箱が並べられ、タイ、イサキ、アジ、イワシなど、色んな魚が入っている。

 この魚なら、どう食べれば美味いのか、
 この鮮度なら刺し身が出来るだとか、
 この魚なら、もう50ギル高くても売れるだとか、
 だいたいのことは、もう理解している。

 4ヶ月前、ツェーン迷宮でモンスターの掃除をしていた頃は、4人が交代で洞窟の番をしていた。
 1人6時間の受け持ちで、4人でちょうど24時間。
 睡眠6時間、洞窟勤務6時間だから、残りの12時間は自分の自由にできる。
 
 自由と言っても、人間化を解いて、スライム姿で街中をうろついてはいけない。
 僕たちSSスライムには決め事がある。
 お父さまは、おおらかな性格だから、決め事さえ守れば怒りはしない。


 ~お父さまの決め事~

1,人間たちにスライムだと知られてはいけない。
2,一般的な人間として振る舞う。
3,全力で走ってはいけない。


 簡単だ。
 ようは人間を観察し、真似ればよい。
 キキン国の民に溶け込めば良いわけだ。

 僕は魚屋に就職した新入社員エースの設定。
 だから、そう振る舞っている。
 1階魚屋、2階寿司屋を手伝い、作業は完璧に記憶した。
 18歳らしい人間男になれていると自負していた。
 
 ところが――。

「エースくん♪ 3枚おろしして欲しいのぉ~」

「あ、はい。アジを6匹、3枚おろし。かしこまりました。お客さま」

「うう~ん。お客さまじゃなくー、名前でぇ」

「サエサルさま……」

「さま。要らないぃー」

 サエサルさまは、每日、来店される常連のお客さまだ。
 内区に住む貴族の奥方さま。25歳。

 いつも僕の調理をため息混じりで見つめ、お勘定のときに、チップだからね、とウインクして買った魚以上のお金を僕のポケットにねじ込む。
 待ち合わせ時刻と場所を書いた紙切れも一緒に。
 そして帰り際、必ず必要以上に僕の手を両手でにぎり、胸に押し付ける。

 もちろん僕はお客さまの気分を害さないよう、にこやかに柔らかく、断りを入れている。

『いいなあ、エース。胸の谷間、むにむにだったよね。俺なんかしてもらったことないからね』
 
 と羨ましそうなお父さま。

 そうなのか。
 羨ましいものなのか。
 
 僕は人間に性欲は湧かないし、性欲自体もよく分からない。
 純粋なスライムだからだろう。
 お父さまは、よくドキドキしたり、エッチな気分になるらしいが。

 ちなみに、お父さまには内緒にしているが、サエサルさまみたいな、ご婦人が他にも10人いる。
 ボディタッチだけしてくるお客さま、お誘いの話しだけのお客さまなど合わせると、100人はいるだろうか。
 
 余談だが、女の子SSたちが口を揃えて教えてくれた。 
 18歳の人間の男なら、喜んで不倫に走るのが正しい行動と。
 
 正しい行動。
 
 ならば、今の僕の対応は正しくないのか?
 断るのは人間らしくないのか?

 では、不倫に走るべきなのか。
 だいたい不倫とはなんだ?

 僕も人間として生きて行く以上、18歳人間男子の平均的な言動をしなければいけない。
 お父さまの決め事は絶対に守らないと怒られる。
 いや、怒ったりはしないだろう。
 寛大なお方だから。 
 知ってて守らなかった自分が嫌なのだ。

 さっそく不倫を調べる。
 女の子SSランに尋ねたら、ニヤニヤしながら、「こんどアンちゃんとやってるトコ見せたげるよー」と言った。
 絶対に嘘を教えるつもりだ。

 だから、内区の図書館の18歳未満禁止コーナーにて性交書なる秘伝書に目を通してみたら、僕の股間に生えた触手を使うと分かった。
 48種類の技が確立されており、それらを駆使して女性を喜ばせると言う。
 あるいは、喜ばせる努力をしなければならないとも。
 同時に、健康な男子なら自分も喜びを得る、とも記されていた。

「むむむむ……」

 なんて神秘的な生物だろうか、人間は。

 関心してどうする。
 諦めてはいけない。

 子孫を残す極めて重要な行為。
 逃げずに、前向きに取り組んでゆかねば。

 お父さまが、同じ悩みでヒトミさまを諦めたらしいと、SSたちが言っていた。
 この世で出来ない事はない、あのスラ神(お父さま)ですら、断念すると言うのに。

 出来るだろうか、この僕に。 
 人間女性に性欲も感じないこの僕に。

 ちなみに、同じSSスライムにも性欲を感じない。 
 スライムは性別がないし、オスメス混合だし、そもそも産卵で子孫を残す生き物だ。


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