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2章
動かない
しおりを挟む翌日も翌々日も、リトルデーモンから連絡はない。
こっちからも、1時間おきにアシダダムと周囲の様子を訊ねたけど、
『ご主人様、異常ないよー。アシダダムは死んだような眼でふすまパンをかじってまーす』
まだまだ安心はできないな。
『そうか、ありがとう。引き続き見張っててくれ』
『はーい♪』
~~商人ギルド長のアシダダムが逮捕~~
人口20万人のキキン国。
その約1%が、王族、貴族、大地主、商人主、職人長、大農場主、ギルド長らの富裕階級者だよ。
富裕階級者が捕まるなんて前例が無く、――富裕だから罪を犯すこともないと言うより、罪がもみ消されてしまう――。
だからアシダダムの逮捕容疑について、巷ではさまざまな噂が飛び交っていたよ。
ギルド長は偉い人だから、容疑も秘匿にされるんだね。
一方。
依然としてビンソンの動きはないね。
キキン城にも体調不良を理由に姿を見せない。
一週間後、アハートさんがビンソンの職務につくわけだけど、その大事な引き継ぎ業務は部下3名に任せちゃってる始末。
いい加減だなあ。
それに、新しいビンソンの職務は、酪農水産の改良と発展、キキン国の食糧の安定的供給が主な行政のトップ、日本でいうと農林水産大臣みたいだね。以前同様重要ポストだよ。
こっちの引き継ぎもしなきゃいけないだろうに、どうした?
やる気ゼロが国王に知れたらマズイと思わないのかな。
この国はキキン王が統治支配しており、王の気分を損なうと、王の一存で職務を解雇されるかも。
(まあ、キキン国王の適当な性格からして、一発解雇はないだろうけど)
逆を言えば、それだけキキン国王が、ビンソンを含めたギイン家に大きな貸しか、後ろめたい事、ビンソンを切れない事情(たぶん初代から続く裏工作だろうね)があるんだろう。
ビンソンはちゃんと理解しているから、引き継ぎ業務など、部下に任せ堂々と休んじゃうわけだ。
そうなると、ビンソンの来ない理由は、
暗殺が当人のアハートさんにバレて会い難い――、まず1つはこれだろう。
証拠がない、立証もできない、ビンソンが白を切れば良いだけなのに、顔を出し難いわけだ。
もう一つは、俺がアハートさんに関与しSSたちが秘書についたことだね。
当初ビンソンは、俺たちを人間に化けたモンスターと気付いていたよ。
それも雑魚ね。
俺とSSたちが突っ走る馬車に軽々と追いつき、飛び乗ったり、
斬りかかろうとしたビンソンの柄頭(つかがしら)を一瞬で押さえたり、
どちらも、人間にできる技じゃないけど、レベルの低いモンスターくらいに位置づけていたと思うよ。
だからこそ、魔法使いを向けたわけだし、あの程度で楽に暗殺出来ると踏んでいたはず。
ところが、部下のビンソンと魔法使いは全員拘束され、逆に自分の悪事を暴こうとしてる。
見込み違いに混乱し、いや、もう冷静にどう対処するか検討中だろう。
なん百年も隠密をしてきた一族だけに、次の一手を模索してるはず。
ただ、うっかり城に出向いたら、俺たちに何かされる――そう考えていると思う。
「ビンソンが動かないのなら、俺から動いてみようかな」
◆
今日もアハートさんはキキン城内と内区のギルド関係者、主要機関の顔見せで忙しいみたい。
もちろんヒトミさんとコウくんを第一第二秘書につけてね。
秘書は8名まで許されるので、エースの他、ハヤテ、ジンも同行させている。
用心に越したことはないからね。
「行ってまいります」
「はい。気をつけて」
朝8:00。
トロ箱が並べられ、お客さんで賑わう店先で、アハートさんたちがキキン城に向かうのを見送っていたら、SSたち目当ての若奥さんたちが話しかけていたよ。
『エースくーん、秘書になられたのぉ~』
『もう魚屋さんはなさらないのかしら』
『今度、お家へ招待しますわ。事務向きのお服を仕立てて差し上げますわ』
『まあ、出世されたのねえ』
イケメンは異界でも強いなあ。
相変わらずモテモテで羨ましいんだけど。
そこへ、ランちゃんが日課の朝の散歩から帰ってきたよ。
「にゃ~~ん!」
「にゃ~~ご!」
「きゅーきゅー」
製氷猫と精米猫、そして青ちゃんを連れて。
町中で堂々とスライムの散歩をするのはどうかと思ったけど、
「だいじょうぶだよ。ちゃんとリードもつけてるし、うんちしたら袋に入れて持って帰ってるよ」
「いや、そういうマナー的なことじゃなく」
「でも昨日も今日も、何も言われなかったの」
まあ、製氷猫たちもモンスターに違いはないし、青ちゃんは製氷猫よりずっと小さいからね。
ランちゃん(アイドル風5歳児)が連れ歩くくらいだから、青ちゃんが安全なスライムだと思ってるんだろう。
「きゅーきゅー」
鳴き声も可愛いし。
「よしとするか」
説明して無かったけど、製氷猫も精米猫も二足歩行だよ。
背丈がランちゃんより少し小さいくらい。
ペンギンが歩くのに似てて、ひょこひょこ身体を揺らしながら歩くね。
「行ってくるぜ、ラン」
「お土産ちょうだい、ハヤテ」
「あるか! 仕事だぞ」
「食べ物がいい」
どうでもいい会話をし、アハートさんたちはキキン城に向かったよ。
名残惜しむ若奥さんたち。
噂では男の子SS3人のファンクラブも出来ているらしい。
「ねーねー。ヒジカタ。アハートの秘書にまだ空があるんでしょ?」
ランちゃんが俺の脚を引っ張る。
「あと3名だけど、なんでだ」
「あたちも秘書してあげゆのに、もー!」
要らないだろう、5歳児の秘書なんか。
逆にアハートさんに要らん仕事が増えそう。
「そうだねー、気持ちだけ、ありがとね」
ぴゅーっ!
ランちゃんが青ちゃんを引っ張って、アハートさんを追いかけてゆくよ。
慌てて停止させた。
「とめないでよ。あたちもアハートに協力するのっ!」
「協力の前に、自分の子供を殺すとこだったけど」
しずく体型だった青ちゃんが、溶けたアイスみたいにぐったりして、まん丸目玉がぐるぐる回ってますよ。
「ま、まあ! ど、どうちたの青ちゃ――んっ!」
どうしたじゃないから。
「あー、揺すらないように」
「誰がこんなひどいことをっ!」
ランちゃん自身なんだけど。
ノーマルスライムが、SSの速度について行けるわけないって。
「ぎゅーぎゅぅぅぅ」
よかった。
息を吹き返したね。
「あ、青ちゃあーん」
「きゅーきゅー」
2人、いや2匹抱き合って泣いちゃってるね。
「にゃ~~ん!」
「にゃ~~ご!」
遠くで製氷猫と精米猫も鳴いたよ。
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