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2章
集団
しおりを挟む上空から見下ろしたキキンの内区を一言で表すなら、学校の歴史で習った前方後円墳だね。
古墳の周囲にあたる部分が、敵の侵入を阻む内区の外壁になるよ。
前方後円墳の後円部分が、だいたい直径4キロメートルくらいで、
その内部には貴族や王族の住居だったり、闘技場、宮殿、国営図書館、軍の施設があり、その中心にキキン王が住む巨大城がそびえているよ。
そして、その円形に隣接して、縦3km横5kmほどで長く伸びる箱型の部分には、主に裕福な人たち(中流階級以上だね)の住居が隙間なく建ち並び、商店街や、病院、寺院、学校、宿屋、酒場などがあり、冒険者ギルド(1階の魚屋店舗の求人を募集したのはここ)や、問題の商人ギルドもここにあるね。
店主の奥さんの話しだと、内区に10万人、外区の10万人。キキンの都は20万人が暮らしているって話しだよ。
内区は、裕福な人が多い……。
当初俺は刺し身の売値を、日本と同じ感覚で安易に398ギルと設定したよ。
だけど、次第にキキンの暮らしぶりが分かってきて、その売価がべらぼうに高いことだと分かったんだよね。
それに俺が店を構える外区は、主に下層階級(農業従事者や肉体労働者)が住んでいて、生活するだけで精一杯の賃金でやりくりしている。
そう考えれば、1パック398ギルの刺し身は贅沢品だよね。
それでも、刺し身が1日500パックも売れている。
地ビールには刺し身は最高~ッ!
なんて笑って、仕事帰りのお客さんが、3パックも買ったりしてる。
もし、仮にだよ。
内区に出店できたら、刺し身はまだまだ売れそうだよね。
貧乏人相手に商売したくない、とかじゃなくて、
裕福層の人たちは、キキンだけじゃなく、隣町や隣国に知人や友人がいるだろう、交友関係が広いと思う。
彼らが、いい意味で刺し身を広めてくれると思うんだよね。
それに内区に宿泊する旅人や商人たち、海外の人もいるかもしれない。
彼らにも食べて欲しいね。
とにかく、内区に店を構えていると、より大勢の人々に日本のお造りを味わってもらえるわけだ。
そう考えたらぜひ内区にも出店したいよ。
おっといけない。
あれが商人ギルドの建物じゃないかな?
ランちゃん、暴走してなきゃいいけど。
ちょうど誰もいないから着陸したよ。
運が良いね。
瞬時にヒジカタに身体を戻す。
外区では見かけないガラス張りのドアにかかった住所番号札と、持ってきた紙とを照らしあわせ。
番号が合致。
「ここだ、ここだ」
入ろうとしたら、ちょうどアシダダムが出てきた。
あ……無事だったんだ。
いや、それより、見られちゃったかな?!
ドキッとしたけど、「待ちわびたぜ、ヒジカタ」と下卑た笑みをこぼしただけ。
着地と変形には触れなかったのでホッとしたね。
しかし……、
まだ黄ばんだ白衣を着てるじゃないか。
いい加減、着替えなさいって!
「おな~り! おな~り! おな~り! おな~り!」
シャンシャンと金属音が鳴り響いた。
日本の時代劇を思い出したよ。
アシダダムが粛々と手を胸の位置に添えて頭を下げる方向には、
見慣れない、赤と黄色の幾何学的な模様が入った漆黒のローブを着た集団が、おな~り、おな~り! と合唱し、金棒を打ち鳴らしながら、街道を一列になりこちらに向かっていた。
怪しい宗教にしか思えないんだけど。
列の真ん中の人力車には、位の高そうなおじさんが5人乗っていて、
特に1人だけ、ド派手な貴金属を大量に身につけた小太りなおじさんがいるね。
あ~、そうか。
思い出した。
あれが噂の、ヴァーチェ国からきたアンフィニ大司教と、その使徒100人だろうね。
弱体化したツェーン洞窟の結界を補強するとかで、毎日洞窟までああやってぞろぞろ歩くんだったな。
ハヤテたちの話しだと、洞窟の入口付近で、松明を燃やし、全員でゴニョゴニョ呪文を唱えてもう2週間になるそうだけど、結界の強度は変わってないってさ。
超豪華な宿泊施設に滞在させ、毎日豪華なご馳走を食べさせてるって話しだ。
まあ、キキン国王がわざわざ高いお金を払って呼んだわけだから、国賓扱いだよね。
無駄だった――、なんて事にならなきゃいいんだけど。
だけど、アシダダムどうしちゃった?
漆黒の集団に、ずっと敬礼したままだぞ。
あれっ? あの人たち……。
ざっと20名ほどだ。
集団の最後尾から少し離れて歩いている老婆――。
いや違う。
若者の身体つきをしている。
顔だけが老婆のように老いていて、纏っている黒い衣服はボロボロ。
大司教集団と同じ幾何学模様が施されているけど、とても同じ使徒とは思えない。
大きな荷物を背負い、疲れたように俯き肩で呼吸していた。
きっと彼女たちは……。
アンフィニ大司教の、いや、この集団の……。
ステータス確認をすると、全員『呪縛の法術』継続中と表示されていた。
『呪縛の法術』
かけられると、言語障害、居場所発信、顔面老化の効果が発生。
やっぱり奴隷だ。
気の毒でたまらない。
結界を強化するのに、どうして奴隷が必要なんだ?
奴隷の列の中、見覚えがある女性二人と眼が合った。
メグミ・イエシタ 18歳
ヒトミ・イエシタ 20歳
間違いない。俺の寿司屋の常連さんだ。
姉のヒトミさんが、俺に微笑んで小さく頷いてくれた。
いつも、ごちそうさま~。
そう声が聞こえたわけじゃないけど、そう言っているように思えたよ。
だけど、その顔が急に強張った。
ヒトミさんだけ足を止めて両手を動かし出したよ。
ジェスチャーみたいだけど、さっぱり分からないんだけど。
そのせいでヒトミさんは先を行く集団とずいぶん遅れてしまっているよ。
妹のメグミさんが、腕を振ってヒトミさんを呼んでいるけど、構わず俺に何かを伝えようとしている。
言葉が使えれば――、
声を出せれば簡単だけど、『呪縛の法術』で話せない。気の毒だ。
諦めたみたい。
集団に戻るのかと思ったけど、違う、今度は懐から出したペンで紙に何かを書き始めたぞ。
「おい、そこのっ! なにをしている、早く戻れっ!」
最後尾の使徒が走ってきて、ヒトミさんの腕を掴んだ。
しかし、拒む。もがく。
「くそっ! 奴隷の分際で!」
バシ――――ッッ!
頬を打たれたヒトミさんは、5メーターほど吹っ飛んで石畳の地面に倒れた。
なんてことしやがる!
叩く必要があったか?
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