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2章

ラミアフィッシュの刺し身

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   2階へ上がり、寿司屋のカギを開け、準備中から営業中に札を変える。 
 誰もいない店内。
 カウンターに入り、製氷猫のポケットから氷を少々もらい、高速で巻きネタ準備。
 炊きあがった米の半分をウチワで扇いでいると、ハヤテがツェーン洞窟の見張りから帰ってきたよ。
 事情を話すと。
 
「ラミアフィッシュを刺し身にしてみてはどうですか、お父さん」

 上半身が魚で下半身が蛇というグロテスクなラミアフィッシュだが、たしかに美味い。
 特に上半身の肉質は高級白身魚だ。
 刺し身に向くとは思うけど――。

「俺たちスライムが食べて美味しい物が、そのまま人間も美味しいと感じるかだけど。
 それにだ。人間が食べて安全かどうかも分からないし」

「あー、そうですね、お父さん」

 だけど、取り敢えず造ってみるかな。
 久々に食べてみたいし。

 まずは、アイテム収納庫からラミアフィッシュを取り出す。
 なんというピチピチ感。
 
 たしかアイテム収納庫は、『生死を問わず、入れた時の状態のまま永久保存』とあったが、本当に入れた当時と、鮮度に変化がないぞ。

 刺し身を引いていても、身肉の弾力感とみずみずしさが、釣りたての魚に包丁を入れている感触と変わらないね。

 そうそう、ラミアフィッシュは皮目も美味いんだったな。
 湯引きにして、ゴマとドレッシングで食べてみるかな。

「うん。シコシコしていて、噛めば噛むほどに深い味わいが口に広がるよ。これも美味い」

「ほんと、美味しい、お父さん」

 SSたちもやって来て、

「あたちにもちょうだい」
「あたちも」
「あたちだってー」

 賑やかになってきたとき、お客が入店してきた。

「い、いらっちゃい……うんぐっ……ませ~♪」

 SSの1匹、ウエイトレス服がお気に入りのランちゃんが、反射的に接客用語を言ったけどトチッてしまったよ。
 口の中にラミアフィッシュの湯引きが残ってたみたい。

「へえ~。こじんまりとした店じゃねえか。
 おっ! 来てやったぜヒジカタさんよ」

 グルメ大会で最終選考まで残ったヤンキー料理人アシダダムが料理対決の相手だった。

 今日も長い茶髪を後ろで結わえ、黄ばんだ白衣を着ている。
 いや、黄ばんでいるから白衣とは呼べないんだろうけど。

 とにかく、白衣のままうろつく魚屋さんは感心しない。
 ましてや、刺し身を自ら引くのなら尚更だね。

 何故って?
 刺し身は直接お客さんが口へ入れるものだよ。
 ダイレクトに胃の中へ入ってしまう料理。

 刺し身を言い換えるなら、雑菌が付着しているかもしれない生物(なまもの)を、赤の他人が加熱消毒もせず、お客さんの胃の中へ直接放り込む料理とも言えるね。
 あくまで俺の個人的な考えだけど。
 
 だから刺し身の引き手(造る担当者)は、清潔でなければいけない。
 白衣は自分の服を汚さないためにあるのではなく、私服に雑菌が付着している前提で、それを料理に混入させないために着るものだと思うよ。

 白衣を着たまま外をうろついたり、ましてや何日も同じ白衣を着続けるのは、問題外。全くの逆効果。
 わざわざ、刺し身を危険な食べ物に近づけているのに等しいと思うわけ。

 まあ、この世界では刺し身が始まったばかりだから、そこまでの危機意識は希薄というか、皆無なんだろうけど。 

「なんだ? ここは幼稚園児の遊び場かよ、へっへっへ」

 近寄ろうとしたSSたちが∪ターンして俺の後ろに隠れたよ。
 
「おっ? 見かけねえ刺し身じゃねーか。ど~れ」

「あっ、それはちょっと」

「ケチケチすんじゃねーよ、魚屋だろ!」

 魚屋だろって、どんな魚屋のイメージ持ってるんだよ? 
 訊ねたかったけど、それより、まだ人間の安全が確認されていないラミアフィニッシュを食べた事が心配だった。

 なにせ、魚に近いとは言え、モンスターだもん。
 
「……うっ!?」
 
 アシダダムが固まったぞ。
 しまった!
 人間の身体には毒だったか。

「吐け! アシダダム。指を口の中に入れて、ほら、早く」

 胃の中に入ったばかりだ。
 直ぐ消化吸収するわけがない。

「むごっ! むむむ!」

 仕方が無い! 
 触手を口から突っ込んで、胃の内容物全部吸収するしかないか。
 アシダダムを目隠しすれば分からない。

 一瞬で判断し、肩を触手化する寸前――。

「う……う、美味い♪ 
 こりゃ~、スゲエ美味いじゃねーかよ、ヒジカタ!」

 こいつ、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったよ。

 アシダダムが、2切れ、3切れ、どんどんラミアフィニッシュの刺し身を口に入れて感心している。
 食べれば食べるほど、深刻な顔になってゆくんだけど。

「分からねえ……、こいつはいったいなんて魚なんだ? 
 なあ、教えてくれ、ヒジカタよお。
 お前、これで対決に望む気なんだろ? なあ」

「悪いけど、教えられないよ」

 まさか、ツェーンの迷宮に生息してた半分が魚で半分が蛇のモンスターだ、とは言えないよ。

「そうか……、そうだよな……。
 戦う相手に手の内を見せるヤツはいないぜ。俺もどうかしてたわ」

 アシダダムが悲しそうな顔をする。

「実は、俺の女房が病で、余命1ヶ月なんだ。
 最後に俺が刺し身対決で勝つのを見たいと……、そう言ってだな。
 応援してくれてんだ」

「そうなのか?」

 初耳だけど。

「ああ……ウソじゃねえぜ。
 他の勝負には負けても良いが、この勝負だけは絶対に勝ちたい。
 女房に旦那のカッコいいとこ見せて死んで貰いたい。
 あの世に送りたい。俺の願いは、ただそれだけよ。
 なあ、ヒジカタよ。
 俺の一生の頼みだ!
 俺に勝ちを譲ってくれねえか? 頼むぜ、なあ、ヒジカタよお!」

 返す言葉が無かった。
 それが本当なら、いや、だからと言って勝ちを譲るのは……。

 アシダダムが明日また来るから、それまで考えてくれ、と言い残して店を出たよ。

「……そうだったのか」

 俺がしんみりしていると。

「お父さん。
 ……まさか、さっきの男性の言葉を鵜呑みにしてるんじゃないでしょうね?」

「は? ウソだって言うのか」

「と、思いますよ」

 SSたちも、ぶーぶー、あたり前だよーっ! と3匹で、トーテムポールしている。
 
「え、なに、俺だけ、真に受けているわけ?」

「「「はい」」」」

 どうして、そう思えるんだ、お前ら?

 
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