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1章

キキン王国の魚屋さん

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 キキン王国。

 ここがそう呼ばれ、俺のいるのがキキン王国の首都と分かった。
 さっそく衣類を売る店を発見。
 好きな服はなかったけど、一般人と似た服を買って着ましたよ。

 魚屋さんはどこかな。
 この世界もいちおう商店が集まった通りはあるけど、スーパーみたいに商店が集合した店舗はなく、肉屋さん、惣菜屋さん、花屋さん、と個々が独立してお店を開いているね。
 
 ついに魚屋さんを発見したよ。
 横幅奥行きとも10メーター程度(30坪)の小さな店舗だな。
 
 この世界独特の魚が品揃えされていると思ったんだけど、普通のアジやイワシ、サバといった日本で見慣れた魚を中心に売られていた。
 もちろん見たことがないカラフルな魚もあるけど、魚の姿は俺の知る魚の形をしていた。

 だけど、どうなのこれ。
 見た瞬間、唖然としたね。

 魚をザルに盛って売るのも、バラ売りも、袋に入れて売るのも、全部そのまま板の上に置いている。
 魚が陽の光を浴びているんだけど……。

 冷やさないわけ?
 いくら今日獲れても、鮮度が直ぐにガタ落ちだよ。

 ほら、この鯛なんか、カリカリに干からびて、相当擦らないと鱗が取れない。
 氷を作る技術が無い国かもしれないけど。

 ――あるじゃん!
 
 奥の調理場で店主がかき氷を食っていましたよ。
 その隣りには招き猫みたいなモンスターがいて、

「にゃ~ん♪」

 店主が魚を放り投げると猫がパクッとひと呑みし、少ししてお腹の穴から、ガリガリガリガリと音を立てて氷を出している。

 製氷猫? 
 これって、モンスターと人間の共生ってことかな。
 世界が異なれば魚屋さんの仕事も変わるんだなあ、などと感心していると、若奥さんが来店した。

「へい、ガリガリ、らっしゃい! ガリガリ」

 店主さんよ、かき氷を置いて接客して欲しいなあ。

 お客さんは、さっそく希望の魚を触って鮮度チエックしているね。
 そうそう、魚の頭を持ち垂らした状態で揺らす。
 ブラブラ揺れると最高の鮮度。

 知ってるね、この若奥さん。
 30センチの鯛を店主に渡したよ。 
 
「子供が食べるので、なるべく骨なしでお願いします」
 
「へい! 了解ですっ!」

 さて、この世界の魚屋さんの調理技術を見せてもらおうかな。
 ちなみに俺は、魚屋歴20年の中堅だったよ。

 笑顔で威勢よく調理を始めたのはグッドだけど、その包丁はなに?

 小刀だろそれ。
 普通は出刃包丁か、せめて薄刃包丁だろう。
 しかもサビだらけ、所々刃こぼれしている。

 店主は3枚おろしにしているみたいだけど、グチャグチャに身が割れ、刺し身でも食べれそうな鯛が、雑巾のように仕上がってゆくのには、思わず顔を背けたね。

 店主は平然と出来上がったらしい鯛を袋に入れ、お客さんに渡しているよ。

 こいつ魚屋か?
 どこで教わった?
 わざとか?
 いや、ならもっと悪い! 
 くそったれがッ!

 おっと、興奮してしまったね。
 いけない、いけない。
 
「……鯛が泣いている」

「なにッ?」

 店主が鬼のような顔をして俺に向いた。 
 思わず口に出てしまった。いけないいけない。

「鯛が泣いているたあ、どういうわけだ! お前さっきからジロジロ見やがって、買わねえならさっさと消えろッ!」

 店主が乱暴にまな板の錆びた小刀を握った。
 若奥さんは完全にビビッてしまい小さくなっている。

「……凄いな、この世界……」

 こんな店が生き残れるとは、開いた口がふさがらないね。
 日本だったら、とっくの昔に廃業しているよ。

「お客さんは、骨無しを希望しただろ?」

「そうだ!」

「で、それか? その有り様か? わざわざミンチにしたのか。てか骨はしっかり残っているぞ、その鯛に」

「あたり前だ。完全に取るなんざあ、不可能だろ!」

「不可能?」

 この世界の魚屋さん全てが、そう考えているとは思えない。
 思いたくない。

 多くの魚屋さんが、この世界の魚屋さんが美味しい魚を、その美味しさのままお客さんに渡したい、食べてもらいたい、そう願っているはず。

 それは異世界だろうと何処だろうと、魚屋で飯を食っている者なら変わらない。変わってはいけないんだよ。

「そりゃ、お前のテクニックと知識がないだけだろ!」

 鯛の身がボロボロになっても、平気でいられるこの店主に問題があるんだ。
 
「……ほう……」

 苛立ちを隠せない店主は、鯛を1匹掴んでまな板の上に乗せた。
 買ったお客さんは、ビクビクしながら様子を伺っているよ。

「ヤッてみせろよ、クソが! そこまで言うなら、お前が骨なし魚にしてみろよ! ミンチじゃなくな!」

  

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