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☆岩田建成と綾部さん
しおりを挟むチューしてくれないとヤダ!
愛里がにゅーっと口唇を尖らせた。
それは付き合っている男女がする熱いキスとは程遠く、遊んで欲しいと駄々をこねている子供のようで、ちょっと可笑しかった。
だがしかし、暗がりの中、ベッドの上に僕と下着姿の愛里だけ、キスをおねだりさせれるシチュエーションはどきどきだ。
仕方なく……、本心は嬉しいけど、「こういうのはよくないんだからね」と言った。
「うん。知ってるもん」
愛里が返した。
「じゃ、……するよ……」
「うん」
愛里が口唇を舐め、手の平を太ももに擦りつける。緊張しているのだろう、もちろん僕も相当テッパっていた。
中身がK―1だと思ってするのと、正真正銘愛里本人だと思ってするのとでは雲泥の差だ。
口唇が合わさると、ぷにぷにの感触がした。
柔らかく、しっとりとして、あったかい。
急いで口を引っ込める。意外かもしれないが、その新鮮さに驚いてしまった。
セナさんとしたキスとは全然違う。本当に好きな女の子だとこうなるのか。
息を止めていたからか、心臓がバクバク騒いでいる。そわそわして、愛里の顔がまともに見れない。
「もいっかいして……」
またするのか。
嫌なような、嬉しいような、変な気分だ。
「わ、わかった」
結局僕は、愛里のおねだりするまま、52回もした。してしまった。
だけど、1階に降りてはくれない。
勝手に布団の中に入ってしまって、コアラのように僕しがみついて寝てしまった。
「ヤラれた……」
無邪気な可愛い寝顔だ。
しかも――がっしり握っている。僕のおちんちんを。
指を一本づつ開いていこうとしても固く握っているので無理。
「本当に寝てるのか?」
すーすーしているので寝ているのだろう。統合した愛里は爆音を出さないんだな。
しかし朝までここで寝かすわけにはいかない。朝までおちんちんを握らせておくわけにはいかない。
風呂での件で母さんにきつく怒られたばかりじゃないか。
このまま、取り敢えず握られたまま愛里を抱いて1階へ連れていこう。
まず僕は布団から出ようとしたが、
「いてててててっ!」
身体を起こそうとすると握る力が強くなる。
本当に寝てるのか?
仕方がない、少し時間を置いて試してみるか。
30分おきにトライしたけど同じだった。寝ててもおちんちんだけは離さない。
なんというおちんちんへの執着だろうか。人格統合して余計強くなったみたいだ。
2時間が経過した。
僕は眠れない。
愛里がマックスくんをにぎにぎしているし、ミルクみたいな良い匂いがるすし、ぺったんこの胸がずっとくっついてるし。
なにより一番眠れない原因は、
「ぐがあぁーっ! ぐぎゅああ――っっ! キリキリキリッ……! ごぐああぁぁ――っ!」
やっぱり愛里だあああああああっ!
凄まじい爆睡音なので眠れるわけがない。
こういった癖というか特徴は、人格統合されても改善されないんだなー。
もし愛里と結婚したら、夫婦別室はよろしくないから、やっぱり同じベッドで一緒に寝るんだろうから、毎晩聞かなきゃならないんだな。しみじみいろんなことを思いながら、そのまま朝を迎えた。
スズメの鳴く音で愛里が目覚めた。
「あぅ~ん……むにゃむにゃ……、あ、勇者さま、おはようございますーっ」
僕に胸をすりすりしながら愛里が微笑む。
「目が真っ赤。どうしちゃったんですか!」
「いやーちょっとね」
「なんだかげっそりしていますけど……」
愛里が原因だとは言えない。
「あっ、こっちは元気なのにね。おはようー」
愛里が僕のパジャマズボンを引き下ろして、一晩中活動させられていたマックスくんに挨拶した。
「愛里ちゃん。母さんはまだ寝ているだろうから、今から下りて、母さんの隣で寝てたフリをしてくれないかな」
愛里がこっくんする。そして、んーっ、と口を尖らせた。
チューしなきゃ、ヤダってことね。
これから、事あるごとに、要求されそう。
朝食後、愛里を連れて散歩がてらブラックのコンビニに向かう。
僕の携帯にはどんどん電話やメールが入ってきていた。愛里も携帯を耳にあてている。
『ついに犯罪者決定、おめでとう山柿くん!』
綾部さんだ。
『最悪の結果に終わったわね』
「ひどいな、綾部さん」
『でも事実だわ。スッキリしたでしょ。全国放送でキスしたし、告白もしたみたいだし』
「ま、まあ」
『昨夜は愛里ちゃんとおたのしみだったわけ?』
「なにを馬鹿な」
『誤魔化そうとしてもダメよ。愛里ちゃんが電話で教えてくれたんだから』
「ま、まじで」
そういや、今朝愛里は誰かに電話をしてた。
綾部さんだったのか。
『正直にすべて吐きなさい』
僕は昨日あった風呂の出来事や、朝まで愛里と一緒のベッドにいたことを話した。
『本当だったのね……知らなかったわ』
え?
「教えてもらったんじゃ」
『愛里ちゃんが私に話すと思う? 聞いたって嘘だもの』
おおおおおおっ!!!
「ひどいな!」
『あら、信じた山柿くんが悪いのよ。世の中そういうものよ』
どういう理屈だよ。
『ちなみに隣にその陵辱された愛里ちゃんを一番大切にしている、目の中に入れても痛くないと言い張っている人が、日本刀で介錯の練習をしているのだけど、話してみる?』
いっ、岩田かぁ……。
罪悪感がよぎる。
「そ、側にいるのか」
『声が震えているように聞こえるけど、気のせい』
気のせいじゃねーよ!
「ああ、ぜひ……」
『へーっ! 果敢なチャレンジャ―ね山柿くん。血を見る覚悟ね。立派だわその潔さ』
なに、その最悪な結果になる前提の前置き。やめてっ。
「いいから、早くっ!」
『いつの間にか欲しがりやさんになったのね山柿くん』
「僕をマゾヒストみたいに言わないでくれないか」
『あら違うの。意外だわ。たしかプロフィールでは……』
「ごそごそ、なに調べてんだよ」
『いっけなーい! S(サディスト)とM(マゾヒスト)どちらも可って書いてあるわ、ごめんなさいね』
「それ岩田監督お抱えのA∨タレントを載せている坂本氷魔のプロフィール欄だろ」
『坂本くんの自己紹介じゃなかったんだ。そうだったんだ。ダメね私』
白々しい。
「いいから、その日本刀介錯男と交代してくれないか」
『そんなに絶望したいの?』
「はいはい。僕は絶望したいですよー!」
『絶対なじられるわよ』
「覚悟の上だ」
愛里と出会ったときから、岩田という親友の妹を好きになったときから、覚悟の上だ。
これから先、愛里と一緒に生きていくと決めたんだ。これくらいで尻込みするようだと話にならないって。
『へーっ』
綾部さんが関心したように言った。
『……最低な男ねっ!』
褒めんのかい!
『最悪で犬ね』
もっと悪くなってるし!
『いえ、犬以下ね』
もうツッコむ気にもなれない。綾部さん絶好調。ご機嫌だ。勝手にやってくれ。
『そういう山柿くんが、素敵だと思うわ』
「へっ?」
『高校時代からそうだったわね。自分の得にもならないことでも、馬鹿みたいにがむしゃら頑張る。そうそう、K大受験で大阪に来ているのに、愛里ちゃんが心配で呉地まで帰ったことがあったわね。ムカデが入った財布を探すのに、冬のドブ川に入ったこともあったわね。後で風邪ひいちゃったし』
「あのときは、高野さんに連絡してもらって助かった。ありがとう」
いいのよ、ちょっと待ってて、と綾部さんは受話器から離れた。
長い長いフリだった。いよいよ岩田と会話だ。
なにからどう話そう。初めてのデートみたいにドキドキする。
初めてのデートをしたことがないので分からないけど、たぶん愛里と初トイレをしたときみたいな感じなんだろうか。
ん?
この例え、僕はどうかしているぞ。
『ごめんね山柿くん。話したのだけど、彼ったら、直接会って話しがしたいそうなの』
「そうなのか」
って……彼?
「えっと……綾部さん……」
彼って岩田のことだろう。
僕の知らないうちに、岩田と進展があったのか。そうとしか思えない。
『なーに。欲しがりやさん』
「その呼び名やだな」
『じゃ、M男くん』
「余計悪いわ!」
『じゃ、犬』
「やめて、せめて人間でたとえて」
『もう、わがままね』
どっちが!
「彼って誰だよ」
『はん?』
「さっき言ったじゃないか、彼って、岩田じゃないのか?」
『彼は彼よ、ほら、山柿くんの後ろにいるじゃない』
うしろ?
「意味がわから――」
振り返ったら、岩田が笑いながら立っていた。
綾部さんも同じだ。携帯を耳に添えて、口に人差し指をたてている。
愛里がお腹を押さえ笑いを堪えていた。
僕だけ状況が見えてなかったわけね。
「面白かった」
「ひどいな岩田」
笑って肩を叩いてくれた。
「ほんと最高だったわ山柿くん」
「綾部さんも、ひどいな」
二人は呉地に帰っていたのだ。しかもお揃いの剣道着じゃないか。
二人の首筋に汗が滴っているから、一緒に早朝トレーニングしていたってとこか。
「テレビ観たぞ山柿。見事だ」
清々しい笑みだ。隣の綾部さんも一緒に微笑んでくれている。
「告白できてよかったわね」
「ありがとう」
「ううん。お礼を言わないといけないのは私たちのほうかも」
そう言った綾部さんがいたずらっぽい顔をして岩田を見る。
「な、なんだ」
「ポーカーフェイスがぐらついてるわよ岩田くん」
「うるさいな」
「まあ、仕方がないわね。私が岩田くんの立場だったら、なにもできないかも」
「……うむ」
「……あのね山柿くん。岩田くんは、あなたの行動に背中を押されて、私に打ち明けてくれたのよ」
「えっ……僕に?」
岩田のやつ、本当に真実を話したのか。
「そうよ。昨夜、岩田くんから『明日の一番新幹線に搭乗して呉地市の綾部道場に来てくれ。大事な話しがある』って電話があってね。
ヒマだったから来たんだけど、岩田くんたら『俺の人生で最大級のカミングアウトだ、よく聞け』ってふんぞり返ってね。『嫌なら嫌でかまわん。軽蔑するならしろ』ってグダグダ前置きが長いのよ」
分かる。分かるよ。
言い難いに決まっている。
「岩田くんの話しを聞いて……たしかにショックだったけど。
言い終わった岩田くんのなんとも言えないオドオドした顔をみていたらね。よくぞ私にだけ話してくれたわねって、重大な秘密を私にだけ背負わせてくれたわねって。
これから岩田くんと共有していける秘密を持てたってことが、嬉しかったし、ヤラれたって思ったわ」
「そうか」
「まあ、そうは言っても、岩田くんと私――、私のほうが断然優位ではあるけど」
弱みを握っていると言いたいんだな。
「岩田くんに告白もさせたし。結局は私の勝ちね。大勝利ね。ふっふふふふ。セナ姉さんになんて伝えようかしら、ふっふっふふふふ」
腕組みをしてにまにま笑っている綾部さんをよそに、肝心の岩田は妹の頭を撫でていた。
「よかったな、愛里」
「うん、兄さん♪」
「テレビでバラしたから、これからが大変だぞ」
「うん、勇者さまがいるから」
「そうだな。山柿がいるから大丈夫だな」
「ちょっとちょっと、聞いている岩田くん! 彼女の話しを聞いてる?」
「これからも、妹ともどもよろしく頼む」
僕は岩田とがっちり握手した。それに愛里も手を乗せる。
無視されてる綾部さん(自称彼女)が、ツカツカやってきて、僕と岩田の拳に手を重ねた。
「もーっ。私たち仲間でしょ!」
「そうだね」
4人が一緒に微笑んだ。
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