一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない

草笛あたる(乱暴)

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☆殻

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 リビングを出る監督の後をついて廊下を進む。岩田とセナさんも愛里の部屋に行くみたいだ。
 半年前、下痢ピーを我慢しつつ必死でトイレに向かっていた時、ドラクエのBGMが聞こえていたあの部屋――。 
 入ろうか入るまいか、妄想と自問自答し、その後、トイレで愛里とあんなことになってしまった。

 全てが始まった原因のその部屋の前に、あの時と同じ清楚な白いワンピースに着替えている愛里が、キラキラした羽根を背負ってちょこんと立っていた。
 僕を見つけると、

「いらっしゃいませ~、お兄ちゃん♪」

 と微笑んだ。

 メイド喫茶の店員さんみたいだ。いや、それだったら、お帰りなさいご主人様~、だから違うか。
 とにかく、僕が来るのを部屋じゃなく、外の廊下で待ってくれているだけで、そのおもてなしの心だけで超癒されてしまった。

 わざわざドアを開けてくれて、どうぞ~、とするので、僕は「ありがとう。おじゃましますね~」と芝居じみた愛里の空気に合わせ返事をして部屋に入った。 

「…………え」

 ――――絶句。

 一同絶句。


 しかし……。

 しかし、何だ。……何なんだ、ここは……。
 愛里の部屋……、女の子の部屋か本当に?
 いや、それ以前に部屋なのかここは?
 
 僕が想像していた室内は、可愛らしいぬいぐるみとか、クッションとか、少女漫画とか、とにかく全体がピンクっぽく柔らかく愛らしいイメージだったのだが――、全く別物。真逆の空間。
 引く――。
 流石にこれは引く。

「えっ!! いやっ、なにこれっ?」

 セナさんが叫ぶように言って、天井と周囲の壁を見上げ、振り向き、くるくるたいを交わしている――。セナさんも愛里の部屋に入るのは始めてなのだろう。

 監督がフッと鼻で笑った。岩田は目を閉じ、瞑想しているのか? 
 愛里もニコニコして、お姉ちゃん面白いなー、って感じ。いつもと変わらない、僕の知っている可愛い愛里のままだ。
 
 変に思わないのか? 
 愛里はこんな部屋で勉強したり寝たりしているのか? 快適に、普通に、いられるのか? 
 監督だって、自分の娘の部屋がこれで良しなのか? 分からない。この家族分からない。
 監督は壁に近づきじっと観察する。

「愛ちゃん、何度見ても良い出来じゃないのか、今年は」

 良い出来? 
 芸術品……なのか。

「ありがとうママ。ブラッ――、いや、羽沢くんに手伝ってもらったから」

「彼は油絵が得意だったな。なるほど、それでか、丁寧な仕上がりなのは」

「そうなの。壁は羽沢くん、天井とかは兄さんだよ」

「写真は撮ったのか?」

「うん。動画もスマホで撮った」

 愛里と監督だけが、当たり前のように会話をしている。岩田は一人離れて寡黙の人だ。
 セナさんが変な顔をして僕を見つめるけど、僕だって似たような顔をしているに違いない。ふたりで首を捻り、目だけで変だよね、とお互い納得する。 

「かかか、監督ぅ……、これはいったい……?」

 セナさんが眉を寄せ、我慢しきれず口を開いた。

「ああ、見てのとおり……セミだ。部屋をセミで飾っている」

 そう監督が見上げる壁と天井には、セミの抜け殻が大量に張り付いている。とにかく床と照明器具以外は、全てセミの抜け殻で覆い尽くされているので、部屋全体がセミ殻色、いわゆる落ち葉の色で暗い。一つしかない窓から光が差し込み、なんだか小さな洞穴にいるみたいだ。

「一つ一つセミの殻を種類別に分け、壁面のクロスに縦横規則正しくアロンアルファーで接着している」

「はあ……」

 接着している、って言われても、流石にセナさんも言葉がでない。
  不気味だ。果てしなく不気味だ。圧倒的なセミの殻に囲まれて落ち着かない。

「ここまで密度を高く作るのは、セミの抜け殻を集めるのも、組んでいくのも相当な労力だ」

 いやいやいや、苦労談を聞きたいんじゃなくて、なんでセミの抜け殻で部屋中を覆っちゃったかなんですけど。

 それに学習机の本棚には、ムカデやら、蜘蛛やら、ヘビやら、ガイコツといった不気味なオモチャが飾ってある。
 周りが衝撃的過ぎる状況なので気が付かなかったが、愛里のベッドには、僕のプレゼントしたベビのぬいぐるみがボロボロになっていた。
 無残にも縫い目はホツレ、一度切り離されて縫った形跡がある。

 渡してまだ半年なのに、どうして……?  

「あっ、それマムちゃん。よく可愛がってるの」

 後から愛里の嬉しそうな声がした。

 可愛がる……どういう風に……? 
 普通に飾っていればこうはならない。派手に振り回したりしたとか? ……いや、それくらいでこうなるか?
 ワザとハサミとかで切らない限り……。 

 ――狂気。

 そんな単語が頭を過った。普通じゃない行為。異常な……、愛里マークⅡもそうだ。
 ふと袖を引っ張られ、その子は愛里だった。

「どうしたの山柿お兄ちゃん……ここ……愛里のお部屋……変かな。気持ち悪いのかな……」
 
 少女の手が、身体が震えている。瞳をうるっとさせて僕だけを見上げていた。
 僕の口からどんな言葉が出るのか、不安でたまらない。そんな表情……。

 このときようやく、愛里は真剣なんだと、大まじめなんだと気がついた。 
 愛里にとってはこの部屋が、このセミの抜け殻だらけの部屋が、普通に居心地が良くて、僕に自慢したいくらい納得がいく部屋であって、だから僕やセナさんの表情が不思議でならない。理解できない。不安でいっぱいなんだ。
 
 今思えば、あのセミの折り紙に描かれていた震えた気味の悪い文字も、愛里の愛里独特の感性。美的感覚。愛里にとってはサプライズのつもり、渾身のラブレターだったに違いない。やっと辿り着いた。

 ああ、そうか。
 この部屋を見られないよう、だから岩田家には決まりがあるんだ。

《自宅に他人を招いてはいけない》
 入れるのは岩田家の人間と、母親が許可した人間だけ。
 愛里の実態を知られない為、もしくは知っても認めてくれる者、口が硬い者、監督が見定めて出入りを許していたのだ。
 当然愛里にも話してはダメだと言い聞かせているだろう。仲の良い友だちにも、先生にも。

「どうして、こんな気持ち悪いことするの?」

 そう顔をしかめるセナさんに、愛里が、えっ、と顔を強張らせた。

「な、なにをセナさん! そんなことない……凄いじゃないか! うんうん、これは凄い……。監督の仰るとおりに素晴らしい出来だ!」
 
「ちょっとマジで言ってんの? 坂本くんっ!」

「と、当然だろっ!!」

「ほう、そうなのか坂本?」

 セナさんと監督、そして岩田も黙って僕を見る。 

「も、もちろんですよ……。はい」

「うむ」

「ありがとう、山柿お兄ちゃん! 素敵でしょー。そう言ってくれると思ってたんだーっ!」

 愛里が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて、そして押入れを開けた。

「これも見てーっ! お兄ちゃんのマネで愛里もしたのー」

 ――僕のマネ?
 セナさんが小さな悲鳴をあげた。

「な……、なるほど……」

 内心で驚きながらも我慢して頷く。
 それは僕と同じような大型クリアケースに飾ってあった。
 ゾンビの半割れ頭部に、血塗られた三つ目の赤ちゃん。とぐろを巻いている腸。枯れ木に吊り下げられた醜い人形5体などなど。
 愛里がママにお願いして、インターネットで購入したんだろうか、共通するのは不気味感覚だ。

「可愛いでしょー!」

「……そ、……そう……そう、……だなあ……」

「……あっ……だめ? 変? やっぱり、やっぱり怖いのかなぁ……」

 またまた愛里が泣きそうになったので、慌てて腕組みをし、評論家ぽく深く頷いた。

「これは、なかなかの代物だ。いや驚いたよ。うんうん。凄い、凄いと思うよ」

 凄いとしか言えない。
 本当に凄いのだから、それしか言えない。
 ウソでもいいから、可愛いと言ってあげるべきかっ!?
 セナさんが口を押さえて僕の背後にうつる。小声でちょっと止めてよぉ~、怖いの勘弁してぇ~、と言った。

「良かったーっ! お兄ちゃん、ありがとー!」

 と愛里はニコニコしながら僕の手を引っぱって、コレはねーっ、と一つ一つ品物の説明を始めだした。
 うーむ。

「よし、いいだろう。愛ちゃん。そろそろ坂本とママは大切な話しがあるから、借りるぞ」

「はい、ママ」

 ◆

 ◆

 愛里を残して、僕たちはリビングに戻った。
 照りつける陽の光を自宅プールの水面がキラキラと反射させてる窓際、監督はソファーを背にして座る。僕とセナさんは反対側に座った。

「愛ちゃんの部屋を見て、言い難いのは分かるぞ。普通の感覚だ。兄の建くんもそうだしな。だが愛ちゃんは違う。
 あの子の父親がそうだった。愛ちゃんは亡くなった私の旦那にそっくりなんだよ。愛里の部屋は、元々旦那の部屋でな、あの珍品は殆ど全部旦那の残したコレクション品だ」

 形見のムカデ(オモチャ)を大切に財布に入れていたな。愛里は今でもパパが大好きなんだ。

「愛ちゃんは、セミの抜け殻に包まれていると、温かな感覚になる」

 癒やされる……。

「背中の羽根も、セミのつもりだ。愛ちゃんの前世はセミだったのかな、フッフッフ。
 して坂本よ。ここからが本題だ」
 
 監督が僕を鋭い目で見つめる。

「あの部屋を見て、改めて、愛ちゃんをどう思う――」

 どうって……、

「ま、待って下さいよ、監督~っ! こいつを信用しちゃダメですって! ロリ命なんですからー」

「分かった分かった。セナが坂本に惚れているのは分かっているから、少しの間、話しをさせてくれないか」

「あっ、はい……」

 セナさんは口を尖らせ、おずおずと黙りこんでしまう。
 改めて監督が訊ねた。僕を見て返事を待っている。

「正直な意見を訊きたい」

 正直あの光景や不気味な品に驚き、引いた。
 しかし、愛里はアレを可愛いと言った。素敵とも言った。
 普通と違うからといって否定する気はない。壊す感覚でもない。大切な感性。愛里だけの持って生まれた素晴らしい才能だ。
 
 だけど、その愛里が『やっぱり怖いのかなぁ~』と訊ねた。
 きっと誰かにあの部屋を見られたことがあるんだ。面と向かって自分の価値感を否定された苦い経験があるんだ。

 僕も女性に顔をしかめられる。今でも。
 だから分かる。胸が締め付けられるその苦しさは、痛みは……。
 苦労していたんだ……愛里も……。

 一緒だ。僕と。

「……、…………、素晴らしいです」

 そう監督に告げた。

「ほう……」

「とても、素晴らしい」
 
 この感性も含めて、全てを認めてあげたい。
 僕以上に苦難に満ちた人生を歩む愛里を。
 嘲笑に晒されることがあったら、僕なんかでおこがましいけれど、大きなことは出来ないけれど、いっしょに悲しんだりはできる。励ましてあげることはできる。
 何も知らない今の愛里と。これから成長した愛里と。ずっとずっと。

 恋人同士の関係じゃないけれど、恋人同士にはなれないけれど。

 ……守りたい。
 愛里を守ってゆきたい。


 だから何度でも自信を持って言おう。

「――これからも、熱烈なファンとして、応援していきたいと思います」


 
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