160 / 221
☆殻
しおりを挟む
リビングを出る監督の後をついて廊下を進む。岩田とセナさんも愛里の部屋に行くみたいだ。
半年前、下痢ピーを我慢しつつ必死でトイレに向かっていた時、ドラクエのBGMが聞こえていたあの部屋――。
入ろうか入るまいか、妄想と自問自答し、その後、トイレで愛里とあんなことになってしまった。
全てが始まった原因のその部屋の前に、あの時と同じ清楚な白いワンピースに着替えている愛里が、キラキラした羽根を背負ってちょこんと立っていた。
僕を見つけると、
「いらっしゃいませ~、お兄ちゃん♪」
と微笑んだ。
メイド喫茶の店員さんみたいだ。いや、それだったら、お帰りなさいご主人様~、だから違うか。
とにかく、僕が来るのを部屋じゃなく、外の廊下で待ってくれているだけで、そのおもてなしの心だけで超癒されてしまった。
わざわざドアを開けてくれて、どうぞ~、とするので、僕は「ありがとう。おじゃましますね~」と芝居じみた愛里の空気に合わせ返事をして部屋に入った。
「…………え」
――――絶句。
一同絶句。
しかし……。
しかし、何だ。……何なんだ、ここは……。
愛里の部屋……、女の子の部屋か本当に?
いや、それ以前に部屋なのかここは?
僕が想像していた室内は、可愛らしいぬいぐるみとか、クッションとか、少女漫画とか、とにかく全体がピンクっぽく柔らかく愛らしいイメージだったのだが――、全く別物。真逆の空間。
引く――。
流石にこれは引く。
「えっ!! いやっ、なにこれっ?」
セナさんが叫ぶように言って、天井と周囲の壁を見上げ、振り向き、くるくる体を交わしている――。セナさんも愛里の部屋に入るのは始めてなのだろう。
監督がフッと鼻で笑った。岩田は目を閉じ、瞑想しているのか?
愛里もニコニコして、お姉ちゃん面白いなー、って感じ。いつもと変わらない、僕の知っている可愛い愛里のままだ。
変に思わないのか?
愛里はこんな部屋で勉強したり寝たりしているのか? 快適に、普通に、いられるのか?
監督だって、自分の娘の部屋がこれで良しなのか? 分からない。この家族分からない。
監督は壁に近づきじっと観察する。
「愛ちゃん、何度見ても良い出来じゃないのか、今年は」
良い出来?
芸術品……なのか。
「ありがとうママ。ブラッ――、いや、羽沢くんに手伝ってもらったから」
「彼は油絵が得意だったな。なるほど、それでか、丁寧な仕上がりなのは」
「そうなの。壁は羽沢くん、天井とかは兄さんだよ」
「写真は撮ったのか?」
「うん。動画もスマホで撮った」
愛里と監督だけが、当たり前のように会話をしている。岩田は一人離れて寡黙の人だ。
セナさんが変な顔をして僕を見つめるけど、僕だって似たような顔をしているに違いない。ふたりで首を捻り、目だけで変だよね、とお互い納得する。
「かかか、監督ぅ……、これはいったい……?」
セナさんが眉を寄せ、我慢しきれず口を開いた。
「ああ、見てのとおり……セミだ。部屋をセミで飾っている」
そう監督が見上げる壁と天井には、セミの抜け殻が大量に張り付いている。とにかく床と照明器具以外は、全てセミの抜け殻で覆い尽くされているので、部屋全体がセミ殻色、いわゆる落ち葉の色で暗い。一つしかない窓から光が差し込み、なんだか小さな洞穴にいるみたいだ。
「一つ一つセミの殻を種類別に分け、壁面のクロスに縦横規則正しくアロンアルファーで接着している」
「はあ……」
接着している、って言われても、流石にセナさんも言葉がでない。
不気味だ。果てしなく不気味だ。圧倒的なセミの殻に囲まれて落ち着かない。
「ここまで密度を高く作るのは、セミの抜け殻を集めるのも、組んでいくのも相当な労力だ」
いやいやいや、苦労談を聞きたいんじゃなくて、なんでセミの抜け殻で部屋中を覆っちゃったかなんですけど。
それに学習机の本棚には、ムカデやら、蜘蛛やら、ヘビやら、ガイコツといった不気味なオモチャが飾ってある。
周りが衝撃的過ぎる状況なので気が付かなかったが、愛里のベッドには、僕のプレゼントしたベビのぬいぐるみがボロボロになっていた。
無残にも縫い目はホツレ、一度切り離されて縫った形跡がある。
渡してまだ半年なのに、どうして……?
「あっ、それマムちゃん。よく可愛がってるの」
後から愛里の嬉しそうな声がした。
可愛がる……どういう風に……?
普通に飾っていればこうはならない。派手に振り回したりしたとか? ……いや、それくらいでこうなるか?
ワザとハサミとかで切らない限り……。
――狂気。
そんな単語が頭を過った。普通じゃない行為。異常な……、愛里マークⅡもそうだ。
ふと袖を引っ張られ、その子は愛里だった。
「どうしたの山柿お兄ちゃん……ここ……愛里のお部屋……変かな。気持ち悪いのかな……」
少女の手が、身体が震えている。瞳をうるっとさせて僕だけを見上げていた。
僕の口からどんな言葉が出るのか、不安でたまらない。そんな表情……。
このときようやく、愛里は真剣なんだと、大まじめなんだと気がついた。
愛里にとってはこの部屋が、このセミの抜け殻だらけの部屋が、普通に居心地が良くて、僕に自慢したいくらい納得がいく部屋であって、だから僕やセナさんの表情が不思議でならない。理解できない。不安でいっぱいなんだ。
今思えば、あのセミの折り紙に描かれていた震えた気味の悪い文字も、愛里の愛里独特の感性。美的感覚。愛里にとってはサプライズのつもり、渾身のラブレターだったに違いない。やっと辿り着いた。
ああ、そうか。
この部屋を見られないよう、だから岩田家には決まりがあるんだ。
《自宅に他人を招いてはいけない》
入れるのは岩田家の人間と、母親が許可した人間だけ。
愛里の実態を知られない為、もしくは知っても認めてくれる者、口が硬い者、監督が見定めて出入りを許していたのだ。
当然愛里にも話してはダメだと言い聞かせているだろう。仲の良い友だちにも、先生にも。
「どうして、こんな気持ち悪いことするの?」
そう顔をしかめるセナさんに、愛里が、えっ、と顔を強張らせた。
「な、なにをセナさん! そんなことない……凄いじゃないか! うんうん、これは凄い……。監督の仰るとおりに素晴らしい出来だ!」
「ちょっとマジで言ってんの? 坂本くんっ!」
「と、当然だろっ!!」
「ほう、そうなのか坂本?」
セナさんと監督、そして岩田も黙って僕を見る。
「も、もちろんですよ……。はい」
「うむ」
「ありがとう、山柿お兄ちゃん! 素敵でしょー。そう言ってくれると思ってたんだーっ!」
愛里が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて、そして押入れを開けた。
「これも見てーっ! お兄ちゃんのマネで愛里もしたのー」
――僕のマネ?
セナさんが小さな悲鳴をあげた。
「な……、なるほど……」
内心で驚きながらも我慢して頷く。
それは僕と同じような大型クリアケースに飾ってあった。
ゾンビの半割れ頭部に、血塗られた三つ目の赤ちゃん。とぐろを巻いている腸。枯れ木に吊り下げられた醜い人形5体などなど。
愛里がママにお願いして、インターネットで購入したんだろうか、共通するのは不気味感覚だ。
「可愛いでしょー!」
「……そ、……そう……そう、……だなあ……」
「……あっ……だめ? 変? やっぱり、やっぱり怖いのかなぁ……」
またまた愛里が泣きそうになったので、慌てて腕組みをし、評論家ぽく深く頷いた。
「これは、なかなかの代物だ。いや驚いたよ。うんうん。凄い、凄いと思うよ」
凄いとしか言えない。
本当に凄いのだから、それしか言えない。
ウソでもいいから、可愛いと言ってあげるべきかっ!?
セナさんが口を押さえて僕の背後にうつる。小声でちょっと止めてよぉ~、怖いの勘弁してぇ~、と言った。
「良かったーっ! お兄ちゃん、ありがとー!」
と愛里はニコニコしながら僕の手を引っぱって、コレはねーっ、と一つ一つ品物の説明を始めだした。
うーむ。
「よし、いいだろう。愛ちゃん。そろそろ坂本とママは大切な話しがあるから、借りるぞ」
「はい、ママ」
◆
◆
愛里を残して、僕たちはリビングに戻った。
照りつける陽の光を自宅プールの水面がキラキラと反射させてる窓際、監督はソファーを背にして座る。僕とセナさんは反対側に座った。
「愛ちゃんの部屋を見て、言い難いのは分かるぞ。普通の感覚だ。兄の建くんもそうだしな。だが愛ちゃんは違う。
あの子の父親がそうだった。愛ちゃんは亡くなった私の旦那にそっくりなんだよ。愛里の部屋は、元々旦那の部屋でな、あの珍品は殆ど全部旦那の残したコレクション品だ」
形見のムカデ(オモチャ)を大切に財布に入れていたな。愛里は今でもパパが大好きなんだ。
「愛ちゃんは、セミの抜け殻に包まれていると、温かな感覚になる」
癒やされる……。
「背中の羽根も、セミのつもりだ。愛ちゃんの前世はセミだったのかな、フッフッフ。
して坂本よ。ここからが本題だ」
監督が僕を鋭い目で見つめる。
「あの部屋を見て、改めて、愛ちゃんをどう思う――」
どうって……、
「ま、待って下さいよ、監督~っ! こいつを信用しちゃダメですって! ロリ命なんですからー」
「分かった分かった。セナが坂本に惚れているのは分かっているから、少しの間、話しをさせてくれないか」
「あっ、はい……」
セナさんは口を尖らせ、おずおずと黙りこんでしまう。
改めて監督が訊ねた。僕を見て返事を待っている。
「正直な意見を訊きたい」
正直あの光景や不気味な品に驚き、引いた。
しかし、愛里はアレを可愛いと言った。素敵とも言った。
普通と違うからといって否定する気はない。壊す感覚でもない。大切な感性。愛里だけの持って生まれた素晴らしい才能だ。
だけど、その愛里が『やっぱり怖いのかなぁ~』と訊ねた。
きっと誰かにあの部屋を見られたことがあるんだ。面と向かって自分の価値感を否定された苦い経験があるんだ。
僕も女性に顔をしかめられる。今でも。
だから分かる。胸が締め付けられるその苦しさは、痛みは……。
苦労していたんだ……愛里も……。
一緒だ。僕と。
「……、…………、素晴らしいです」
そう監督に告げた。
「ほう……」
「とても、素晴らしい」
この感性も含めて、全てを認めてあげたい。
僕以上に苦難に満ちた人生を歩む愛里を。
嘲笑に晒されることがあったら、僕なんかでおこがましいけれど、大きなことは出来ないけれど、いっしょに悲しんだりはできる。励ましてあげることはできる。
何も知らない今の愛里と。これから成長した愛里と。ずっとずっと。
恋人同士の関係じゃないけれど、恋人同士にはなれないけれど。
……守りたい。
愛里を守ってゆきたい。
だから何度でも自信を持って言おう。
「――これからも、熱烈なファンとして、応援していきたいと思います」
半年前、下痢ピーを我慢しつつ必死でトイレに向かっていた時、ドラクエのBGMが聞こえていたあの部屋――。
入ろうか入るまいか、妄想と自問自答し、その後、トイレで愛里とあんなことになってしまった。
全てが始まった原因のその部屋の前に、あの時と同じ清楚な白いワンピースに着替えている愛里が、キラキラした羽根を背負ってちょこんと立っていた。
僕を見つけると、
「いらっしゃいませ~、お兄ちゃん♪」
と微笑んだ。
メイド喫茶の店員さんみたいだ。いや、それだったら、お帰りなさいご主人様~、だから違うか。
とにかく、僕が来るのを部屋じゃなく、外の廊下で待ってくれているだけで、そのおもてなしの心だけで超癒されてしまった。
わざわざドアを開けてくれて、どうぞ~、とするので、僕は「ありがとう。おじゃましますね~」と芝居じみた愛里の空気に合わせ返事をして部屋に入った。
「…………え」
――――絶句。
一同絶句。
しかし……。
しかし、何だ。……何なんだ、ここは……。
愛里の部屋……、女の子の部屋か本当に?
いや、それ以前に部屋なのかここは?
僕が想像していた室内は、可愛らしいぬいぐるみとか、クッションとか、少女漫画とか、とにかく全体がピンクっぽく柔らかく愛らしいイメージだったのだが――、全く別物。真逆の空間。
引く――。
流石にこれは引く。
「えっ!! いやっ、なにこれっ?」
セナさんが叫ぶように言って、天井と周囲の壁を見上げ、振り向き、くるくる体を交わしている――。セナさんも愛里の部屋に入るのは始めてなのだろう。
監督がフッと鼻で笑った。岩田は目を閉じ、瞑想しているのか?
愛里もニコニコして、お姉ちゃん面白いなー、って感じ。いつもと変わらない、僕の知っている可愛い愛里のままだ。
変に思わないのか?
愛里はこんな部屋で勉強したり寝たりしているのか? 快適に、普通に、いられるのか?
監督だって、自分の娘の部屋がこれで良しなのか? 分からない。この家族分からない。
監督は壁に近づきじっと観察する。
「愛ちゃん、何度見ても良い出来じゃないのか、今年は」
良い出来?
芸術品……なのか。
「ありがとうママ。ブラッ――、いや、羽沢くんに手伝ってもらったから」
「彼は油絵が得意だったな。なるほど、それでか、丁寧な仕上がりなのは」
「そうなの。壁は羽沢くん、天井とかは兄さんだよ」
「写真は撮ったのか?」
「うん。動画もスマホで撮った」
愛里と監督だけが、当たり前のように会話をしている。岩田は一人離れて寡黙の人だ。
セナさんが変な顔をして僕を見つめるけど、僕だって似たような顔をしているに違いない。ふたりで首を捻り、目だけで変だよね、とお互い納得する。
「かかか、監督ぅ……、これはいったい……?」
セナさんが眉を寄せ、我慢しきれず口を開いた。
「ああ、見てのとおり……セミだ。部屋をセミで飾っている」
そう監督が見上げる壁と天井には、セミの抜け殻が大量に張り付いている。とにかく床と照明器具以外は、全てセミの抜け殻で覆い尽くされているので、部屋全体がセミ殻色、いわゆる落ち葉の色で暗い。一つしかない窓から光が差し込み、なんだか小さな洞穴にいるみたいだ。
「一つ一つセミの殻を種類別に分け、壁面のクロスに縦横規則正しくアロンアルファーで接着している」
「はあ……」
接着している、って言われても、流石にセナさんも言葉がでない。
不気味だ。果てしなく不気味だ。圧倒的なセミの殻に囲まれて落ち着かない。
「ここまで密度を高く作るのは、セミの抜け殻を集めるのも、組んでいくのも相当な労力だ」
いやいやいや、苦労談を聞きたいんじゃなくて、なんでセミの抜け殻で部屋中を覆っちゃったかなんですけど。
それに学習机の本棚には、ムカデやら、蜘蛛やら、ヘビやら、ガイコツといった不気味なオモチャが飾ってある。
周りが衝撃的過ぎる状況なので気が付かなかったが、愛里のベッドには、僕のプレゼントしたベビのぬいぐるみがボロボロになっていた。
無残にも縫い目はホツレ、一度切り離されて縫った形跡がある。
渡してまだ半年なのに、どうして……?
「あっ、それマムちゃん。よく可愛がってるの」
後から愛里の嬉しそうな声がした。
可愛がる……どういう風に……?
普通に飾っていればこうはならない。派手に振り回したりしたとか? ……いや、それくらいでこうなるか?
ワザとハサミとかで切らない限り……。
――狂気。
そんな単語が頭を過った。普通じゃない行為。異常な……、愛里マークⅡもそうだ。
ふと袖を引っ張られ、その子は愛里だった。
「どうしたの山柿お兄ちゃん……ここ……愛里のお部屋……変かな。気持ち悪いのかな……」
少女の手が、身体が震えている。瞳をうるっとさせて僕だけを見上げていた。
僕の口からどんな言葉が出るのか、不安でたまらない。そんな表情……。
このときようやく、愛里は真剣なんだと、大まじめなんだと気がついた。
愛里にとってはこの部屋が、このセミの抜け殻だらけの部屋が、普通に居心地が良くて、僕に自慢したいくらい納得がいく部屋であって、だから僕やセナさんの表情が不思議でならない。理解できない。不安でいっぱいなんだ。
今思えば、あのセミの折り紙に描かれていた震えた気味の悪い文字も、愛里の愛里独特の感性。美的感覚。愛里にとってはサプライズのつもり、渾身のラブレターだったに違いない。やっと辿り着いた。
ああ、そうか。
この部屋を見られないよう、だから岩田家には決まりがあるんだ。
《自宅に他人を招いてはいけない》
入れるのは岩田家の人間と、母親が許可した人間だけ。
愛里の実態を知られない為、もしくは知っても認めてくれる者、口が硬い者、監督が見定めて出入りを許していたのだ。
当然愛里にも話してはダメだと言い聞かせているだろう。仲の良い友だちにも、先生にも。
「どうして、こんな気持ち悪いことするの?」
そう顔をしかめるセナさんに、愛里が、えっ、と顔を強張らせた。
「な、なにをセナさん! そんなことない……凄いじゃないか! うんうん、これは凄い……。監督の仰るとおりに素晴らしい出来だ!」
「ちょっとマジで言ってんの? 坂本くんっ!」
「と、当然だろっ!!」
「ほう、そうなのか坂本?」
セナさんと監督、そして岩田も黙って僕を見る。
「も、もちろんですよ……。はい」
「うむ」
「ありがとう、山柿お兄ちゃん! 素敵でしょー。そう言ってくれると思ってたんだーっ!」
愛里が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて、そして押入れを開けた。
「これも見てーっ! お兄ちゃんのマネで愛里もしたのー」
――僕のマネ?
セナさんが小さな悲鳴をあげた。
「な……、なるほど……」
内心で驚きながらも我慢して頷く。
それは僕と同じような大型クリアケースに飾ってあった。
ゾンビの半割れ頭部に、血塗られた三つ目の赤ちゃん。とぐろを巻いている腸。枯れ木に吊り下げられた醜い人形5体などなど。
愛里がママにお願いして、インターネットで購入したんだろうか、共通するのは不気味感覚だ。
「可愛いでしょー!」
「……そ、……そう……そう、……だなあ……」
「……あっ……だめ? 変? やっぱり、やっぱり怖いのかなぁ……」
またまた愛里が泣きそうになったので、慌てて腕組みをし、評論家ぽく深く頷いた。
「これは、なかなかの代物だ。いや驚いたよ。うんうん。凄い、凄いと思うよ」
凄いとしか言えない。
本当に凄いのだから、それしか言えない。
ウソでもいいから、可愛いと言ってあげるべきかっ!?
セナさんが口を押さえて僕の背後にうつる。小声でちょっと止めてよぉ~、怖いの勘弁してぇ~、と言った。
「良かったーっ! お兄ちゃん、ありがとー!」
と愛里はニコニコしながら僕の手を引っぱって、コレはねーっ、と一つ一つ品物の説明を始めだした。
うーむ。
「よし、いいだろう。愛ちゃん。そろそろ坂本とママは大切な話しがあるから、借りるぞ」
「はい、ママ」
◆
◆
愛里を残して、僕たちはリビングに戻った。
照りつける陽の光を自宅プールの水面がキラキラと反射させてる窓際、監督はソファーを背にして座る。僕とセナさんは反対側に座った。
「愛ちゃんの部屋を見て、言い難いのは分かるぞ。普通の感覚だ。兄の建くんもそうだしな。だが愛ちゃんは違う。
あの子の父親がそうだった。愛ちゃんは亡くなった私の旦那にそっくりなんだよ。愛里の部屋は、元々旦那の部屋でな、あの珍品は殆ど全部旦那の残したコレクション品だ」
形見のムカデ(オモチャ)を大切に財布に入れていたな。愛里は今でもパパが大好きなんだ。
「愛ちゃんは、セミの抜け殻に包まれていると、温かな感覚になる」
癒やされる……。
「背中の羽根も、セミのつもりだ。愛ちゃんの前世はセミだったのかな、フッフッフ。
して坂本よ。ここからが本題だ」
監督が僕を鋭い目で見つめる。
「あの部屋を見て、改めて、愛ちゃんをどう思う――」
どうって……、
「ま、待って下さいよ、監督~っ! こいつを信用しちゃダメですって! ロリ命なんですからー」
「分かった分かった。セナが坂本に惚れているのは分かっているから、少しの間、話しをさせてくれないか」
「あっ、はい……」
セナさんは口を尖らせ、おずおずと黙りこんでしまう。
改めて監督が訊ねた。僕を見て返事を待っている。
「正直な意見を訊きたい」
正直あの光景や不気味な品に驚き、引いた。
しかし、愛里はアレを可愛いと言った。素敵とも言った。
普通と違うからといって否定する気はない。壊す感覚でもない。大切な感性。愛里だけの持って生まれた素晴らしい才能だ。
だけど、その愛里が『やっぱり怖いのかなぁ~』と訊ねた。
きっと誰かにあの部屋を見られたことがあるんだ。面と向かって自分の価値感を否定された苦い経験があるんだ。
僕も女性に顔をしかめられる。今でも。
だから分かる。胸が締め付けられるその苦しさは、痛みは……。
苦労していたんだ……愛里も……。
一緒だ。僕と。
「……、…………、素晴らしいです」
そう監督に告げた。
「ほう……」
「とても、素晴らしい」
この感性も含めて、全てを認めてあげたい。
僕以上に苦難に満ちた人生を歩む愛里を。
嘲笑に晒されることがあったら、僕なんかでおこがましいけれど、大きなことは出来ないけれど、いっしょに悲しんだりはできる。励ましてあげることはできる。
何も知らない今の愛里と。これから成長した愛里と。ずっとずっと。
恋人同士の関係じゃないけれど、恋人同士にはなれないけれど。
……守りたい。
愛里を守ってゆきたい。
だから何度でも自信を持って言おう。
「――これからも、熱烈なファンとして、応援していきたいと思います」
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる