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★公園でそそる
しおりを挟む勇者さまを追って公園に入ったのですが誰もいません。セミがぎゃんぎゃん鳴いているだけです。
気のせいだったのかな、と思いつつ、セミちゃんの抜け殻がありそうな良い感じの木々があったので近寄ってみると、大量にあるじゃないですか。
こんな場所に穴場があったなんて!
常に持ち歩いているナイロン袋をお財布から取り出し、せっせと入れていると、
「愛里ぃ――――――――っっ!」
突然、絶叫が響きました。
やっぱり居たんだ。勇者の剣を発見したみたいに嬉しいですが、なんでおトイレからなの?
あたしはここにいるのに、あたしを呼んでいる……。
がさがさ音がします。
まさか、あたし相手で妄想プレイ?
嬉しいことを、いやいや、勇者さまみたいな立派な人がするはずがない……でも理由が浮かばない。
月刊SM恋コイ。コンビニにあったあの縛られた暴力本を思い出しました。
勇者さまがムチを振り上げ、這いつくばったセナお姉ちゃん目掛けてムチを振り下ろしているアレです。
痛いはずのお姉ちゃんは嬉しそうなお顔のアレです。
もし音声があったとしたら、叫びながら叩いていそうなシーンのアレです。
このおトイレの中で仮想愛里で《あくしょん・ばいおれんす》をして楽しんでいるのでは?
『ぐへへへ。愛里~っ! どうだ痛いかっ! オラオラオラ~~ッ!!』(ぴしっ! ぴしっ!)
『や、止めて勇者さま――っ!』
『無駄じゃ。誰も助けには来んわっ! ぐわっはっはっはっ』(ぴしっ! ぴしっ!)
『あ~~れ~~っ! そこ、ダメ~~~っ!』
うーん、かなりイイかも。嬉しいかも。
お背中にミミズが這うようなぞぞぞ~~っ、を感じました。
そういえば勇者さまが受験勉強でお家にいらして、あたしにいろいろしてくれたのも、おトイレでした。
今も、おトイレで妄想プレイ。おトイレでバイオレンスプレイ。
どんだけおトイレ好きなんでしょうか!
ポイントは匂いかしら?
まあ、あたしも嫌いではありませんこの匂い。
それに四方を壁に囲まれた圧迫感のまま下半身すっぽんぽん、つまり無防備で用を足しているわけで、たしかにぐっとクルものがあります。
誰でも突撃したくもなるでしょうが、それを実際にするのとしないとでは大きな違い。
これが勇者と一般人の違いでしょうか。勇者たりえるとはこのことでしょうか。
おトイレの中からは、ドスドス、バタバタと、激しい物音がして『うっ!』とか『クッ!』とか、唆るうめき声まで届いてきて、かなりお楽しみのようです。
どんな妄想バイオレンスプレイでしょうか、とても気になります。
普通のあたしには全く分かりません。でもそんな趣味を持つ勇者さまが大好きです。
未熟物ですがあたしもその趣味の高みを目指してがんばります。
「ぎゃああああああああ――っ!」
突然、女性の叫びが轟きました。
勇者さま一人じゃない! 誰か分かりませんが女性と同伴しているのは明らかっ!
最悪の状況……。なんか吐き気までする……。
しかも『うっ!』とか『くっ!』とか、そそる声は続いていて、なんなんですか……この状態?
あたしの名前を呼びつつ、バイオレンスプレイを女性と堪能されている?
なんていう趣味? マニアック過ぎでは? 次元が違いすぎ。
あぁ……そんな遠くにいらっしゃっているの?
頑張ったら追いつけるでしょうか。
それはさておき……、
ぴしっ!
持ってた小枝が折れ。
勇者さまとプレイをしている女は誰……?
ごりっ!
折れた枝がひび割れ。
めきっ!
そして粉砕。
脳内で何かが破裂しました。
羨ましくて悲しくて、憎くて……憎い憎い憎い憎い憎い……。
身体の芯から熱いものがメラメラと込み上げ、気づけばトイレに突入です。
すると勇者さまがぐったり床に倒れ、不良が馬乗りになって殴っていて、側で女子学生が怯えていました。
全然違う。妄想プレイじゃない、本当の暴行です。
不良がぬっ、とあたしにキツイ顔を向けました。
「なんだ、ガキか……。よくよく邪魔が入るな。おっ! あいりん? あいりんじゃないのか? おっおっ、マジであいりんじゃねーか!! すげーすげー」
ニコニコし始めだしました。あたしのファンみたい。えーい! そんなことより勇者さまを助けないと。
でもどうしていいか分かりません。
「はーい! 今日も会えたね。あいりん嬉しいーっ。ありがとう♪」
反射的にトキメキTVでおなじみのポーズ。指ピースを額に真横付けてバカなお返事をしていました。
「「おーっ!」」
喜ぶ不良さんにあたしは苦笑いし、踵を返してトイレから飛び出し、さっきのコンビニへ助けを求め、警察にも通報してもらいました。
騒ぎで不良たちが逃げ去った後、あたしは急いでトイレに戻りました。
勇者さまはコンクリートの床に突っ伏したままで、声をかけても返事がありません。揺すっても無反応。
まさか死んでいるんじゃ?
鼻に手を当てると息があったので、ホッとしました。
被害にあった女の子は床にへたり込んでいて、駆け付けた店員さんを見上げて震えています。
あたしは店員さんに見られないよう背を向け、そっと勇者さまを抱き起こして、ゴツゴツしたお顔を膝の上に乗せました。頭の重さがずしりとして、心地良いのです。瞳は閉じられぴくりとも動きません。
口端から赤い血が流れていたので、人差し指でぬぐい、ぺろりと舐めると、ぞぞぞぞぞ~っと背中が痺れました。
これぞ勇者の味。
でもどうして、こんなことになったのでしょうか? 可哀想でなりません。
正義感が強いから、あの女性を助けようとして被害に巻き込まれたのでしょうか。なんとも気の毒です。
あたしの名前を叫んだ理由はわかりませんが、助けようと決意した時に口に出してくれたのがあたしの名前。セナお姉ちゃんじゃなくあたしの名前。それだけでも十分嬉しいです。
「こっちはどうだ?」
店員さんがやってきて勇者さまを覗き込みました。
せっかく二人っきりの大チャンスなのに、なんて間の悪い。
「寝ているだけなので、大丈夫だと思います」
店員さんに文句を言えるはずもなく、ただ早く居なくなって、二人っきりにさせて、と願いつつ説明すると、「えっと、あいりんでしょ? この人とどういった関係?」と訊ねてきました。
はい、彼氏ですので、言い返したかったのですが、後で騒ぎになってもまずいし、「家族ぐるみで親しくしている仲です」と言っておきました。
「そうなの。へー。あっ!」
何かあったようで、店員さんは女の子の方に行きました。
やれやれ、いまのうち。
さっき勇者さまがセナお姉ちゃんとしていたキス。あたしは本当のキスをされていません。(ブラックがしてきたのは、キスじゃなくて、カルピスの注入)だから、あたしもお姉ちゃんみたいに……。あたしたちの記念すべきトイレで……。お姉ちゃんに負けないくらいに……。
店員さんに見られないよう、勇者さまを抱きしめ(本当は重くて、あたしから抱きついたのですけど)唇を勇者さまの唇に軽く合わせました。
ガサガサしてる。
唇が乾燥しているからですね。リップスティクを塗ってあげたいけど、無いから舌を滑らせてみました。
頬に残っている血を取るのも兼ねて、右の頬からアゴに伝って右頬、そして鼻先を舐めてから唇に。
丹念に舌を動かしてから、もう一度唇を重ね、お口の中に血が残っていたようで、堅い歯の感覚と一緒に鉄の味がしました。
顔を上げると、勇者さまのお口が、唾液でてかてかしていてイイかも。
スマホを取り出し、勇者さまの可愛いお顔を数枚撮ります。コレクションが増えました。良かったー。
フラッシュでも起きないので気付け藥のつもりで、なにか飲ませたかったのですが、持っているカルピスのペットボトルはあたしが飲んでしまって残りわずか。仕方がないのでトイレの水で補充しました。
口うつしで飲ませようとしたら、スマホがドラクエのメロディーを奏で、液晶画面には《兄さん》の文字が表示されていました。
なんてタイミングの悪さ。
もしこのまま介抱をしていれば、いずれ気が付いた時、凄い事になりそうなのに。
ボスキャラ討伐寸前で、町へ戻るみたいな勿体ない感の中、仕方なく兄さんからの電話に出ました。
『愛里っ。大丈夫かっ!』
兄さんの声は荒れていて、落ち着きがありません。
「どうしたの兄さん?」
『セナさんから連絡があった。愛里が泣きながら走っていったって。だから心配でっ!』
「あーあー。いや、あの、兄さん。気にしなくても全然大丈夫だから、ほんとうに」
『羽沢くんも心配していたぞ』
「なんで、羽沢くんまでっ?」
『家までわざわざ言いに来たぞ。愛里がどっか行ってしまったと』
ブラックのやつ、余計なマネを……。
「あのね、兄さ――――」
『いいから、直ぐに家に戻ってきなさい。母さんも心配している。みんな待っているんだからね』
ママも……。
おてんばしたから、怒られちゃうかも。
「はい。直ぐにかえる」
電話を終え、もう一度勇者さまにキスをして、立ち上がろうとしたら、振動音がしました。
あたしの携帯じゃなく、勇者さまのです。
音を頼りに勇者さまのポケットから携帯を取り出すと、着信表示は柏樹セナ(恋人)でした。
柏樹セナ(恋人)……。
震えるのをそのままにしていたら着信が消えました。
着信履歴を見ると『綾部トモコさま』『岩田建成』があるなか、殆どが『柏樹セナ(恋人)』で、胸が苦しくなりました。
「あっ!」
勇者さまの電話番号発見。
自分のスマホに登録しました。
登録名はもちろん『伝説の勇者』着信メロディーは、
……ドラクエのレベルアップした時の効果音がいいかも。
家に向かいながら、少しだけ嬉しくなったのですが、だけど番号を知ったからって、あたしからかけるのも変だし……。
柏樹セナ(恋人)の文字が頭に浮かんで、そしたらいろいろ考えてしまって。
自宅の玄関をくぐりました。
「ただいまーっ」
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