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★K大寮へ 

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「兄さんの寮に行けるの?」

「そうだ。トキメキTVの収録が終わってからだけどな」

 ママが言いました。

 勇者さまに会えるのです(やったー!) 
 勇者さまはセナお姉ちゃんと不仲なのです(…………大チャンスかも)
 兄さんと共同生活をしているお部屋も気になりますね。
 勇者さまと夕飯を一緒に食べたりできるかな。お部屋で一緒にくつろいだりできるのかな。
 そしたら、あたしが眠くなったりして……。


『おっ、愛里。寝ちゃダメだよ』と兄さん。
『ううん、ねむねむぅ~』
『仕方ないなあ~、今日は泊まらせようか母さん?』
『うむ。まあ、いいだろう。明日9時からのトキメキTVの収録に間に合えばいいだけだからな、それでもいい』
 などと絶妙な幸運も合わさって、あたしは勇者さまのお部屋にお泊りしてしまうのです。
 その夜、勇者さまのお部屋。あたし兄さん勇者さまの3人一緒に川の字で寝ていると、深夜に目覚めたあたしは、寝相が悪いフリしてごろんごろん勇者さまのお布団の中へ。
 気付いた勇者さまがあたしを戻そうとするのですが、
『ううん……。だいしゅきぃ~』
 と寝ぼけたことにして、勇者さまの胸板にがっしり抱きついて離れません。優しい勇者さまは、あたしを起こさないよう、そのままにしておくことでしょう。やがて、あたしの衣類が乱れているのに気づき。つばをごっくん。
 手がもそもそ伸びててきて、あーれーそんなのだめだめでもでもうっふん。魔が差したというのでしょうか、兄さんが隣で寝ているというのに大胆な行為を。あたしたちは声を押さえつつ、めちゃくちゃラブラブになってしまうのでした。


「愛ちゃん愛ちゃん! ちょっと愛ちゃん!」

「……あ……ママ?」

「大丈夫? ほらヨダレが出る。ふきなさい、ちゃんと。……アイドルが見っともないまねしたらダメでしょう」

「ごめんなさい、ママ」
 
 ◆

 ◆

「そうか。分かった」

 ママが携帯を収めました。

「ごめん愛ちゃん。急用ができた。K大寮へ行くのは中止だ」

 申し訳なさそうなお顔で言われ、愕然です。
 セナお姉ちゃんも寮へ行く予定だったのですが、少し前に大事な急用が出来ちゃったとかで、帰ってしまいました。
 ママもお仕事が入ったみたいだし、つまりあたし一人。

「そ、そんなぁ……」

「悪い……」

 ママが困ったお顔をしてます。

「ううん。大丈夫。また今度いけばいいから、我慢する」

 一人でホテルでお留守番か……。

「ごめんな……。前から行きたいと言っていたのに……。あ! そうか」

 ママが再び携帯を取り出しました。

「愛ちゃん。一人になるけどタクシーで寮まで行ってみようか? 建くんに言っておくから、どうだ?」

「いく。行きたい!」
 
 ◆

 ◆

 急に仕事が入ったママは、明日もトキメキTVの収録があるあたしを、兄さんに預けようと考えたわけです。
 ママはお仕事、あたしは一人で寮……、つまりお泊り……。
 兄さんと勇者さまのお部屋にお泊りするわけなのです。夢が現実となりました。
 セクシーパンティは穿いたし、準備万端でドキドキです。
 タクシーがK大寮前に到着しました。
 前もってママがお金を払っているので、運転手のおじさまにお礼を言ってそのまま下車。セミさんがシャワシャワ鳴いている中、玉砂利を踏んで木造2階建ての寮の玄関に向かいました。
 周りには桜の木がたくさんあって、広島では取れないセミの抜け殻があるかもしれません。
 明日の朝、兄さんと一緒に拾おうかな。
 しかし、ママから連絡を貰っている兄さんの姿が何処にも見えません。てっきりお外で待っていてくれると思ったのですが、はて。急にお腹が痛くなっておトイレで悶えているとか? 首をひねりながら玄関に足を入れました。

「いらっしゃい。愛里ちゃん」

「いつもトキメキTV見ているよ。あいりん」

 玄関のかまちに二人のおじさまがいました。
 二人ともお腹がスライムみたいにぷよ~んとしていて、お顔はニコニコ。トキメキTVのシャツを同じように着ていて、双子かな、と思いましたがお顔は全く似てないので、好みが同じおじさまたちのようです。

「こ、こんにちは……」

「はい。こんにちは」

 二人とも持っている団扇があたしの写真入り。あたしのファンなのかな? 
 悪い人ではなさそうです。
 どうぞ、これ穿いてね、とピンクのスリッパを上がりに置いてくれました。

「……あ、ありがとうございます……」

「どういたしまして」

 やけに親切です。兄さんよりずっと年上みたいですけど、

「あの……、岩田建成という生徒がここに住んでいるんですけど……」

「知っているよ」

「あっ、よかったー。間違えてなかったんだー。えっと、おじさまたちは……、もしかして、兄さんのお友だち?」

「そうそう。そうなんだ。親友みたいなもんだよー」

 まあ! 
 あのぼっち兄さんに親友が出来たなんて。心が広い山柿さまだけ親友に成られているのかと思っていましたが意外です。
 そういえばママが、兄さんは『触れ合い同好会』というお友だちを作る部活に入っている、と言っていました。大阪に来てから友だち作りに積極的になったのでしょう。とても良いことです。

「兄さんはちょっとお出かけしているからね。かわりに僕たちがお出迎えだよぉー」

 優しそうなおじさま。スライムなお腹がぷるぷるしています。
 ドラクエのゲームもモンスターを仲間にしているわけですし、このスライムなおじさまたちも勇者さまの仲間というわけですね。

「そうなんですか! わざわざありがとうございます」

「さっ、どうぞどうぞ。お部屋に案内するからね」

「はーい」

 靴を脱いでスリッパに履き替えると、

「ああ、あの……あ、あいりん? 手を繋いでいかな……」

 一人のおじさまが申し訳なさそうに言いました。もじもじして、恥ずかしそうです。
 まあ、握手をするだけで、そんなお顔をしなくても……。自分が、エライ人になったみたい。ちょっぴりむず痒いような、嬉しいような。

「いいですよ」
 
 差し出すと、その手をまじまじと見るおじさま。ごくんとツバを飲み込んでから、シャツのお腹部分で二、三度手を擦り、そっとつかみました。

「うっわあ~っ! 今あいりんと繋いでいるっ!! 感激――――っ!!!」 

 なんと、泣いて喜んでくれてます。もの凄く良いファンです。ついついあたしももらい泣き。
 横にある、ぽよ――んとしたスライムお腹を、つい「いい子いい子~」となでなでしちゃいました。
 こんなファンはなかなか居ない、大切にしなきゃ。
 見上げると「あ、あいりん……。あいりんが触っている……」おじさまはぽかーんとお口を開け、死んだような目をして感動しているようです。

 感謝の気持を込めて、ニッコリ微笑みました。
 芸能界で生きてゆくための心得『どんな人にも笑顔で接する』ママの言葉です。

「あ、あいりん……っ。あいりんあいりんあいりん――っ!!」

 突然、おじさまがあたしを抱っこし、駆け出しました。ドタドタ廊下を走り抜けてゆきます。

「あ、あのっ! ちょっと!!」

 せっかく勇者さまに見てもらおうと、持ってきたお洋服の中で一番可愛いのを着ていたわけで、シワになるのが心配でしたが、すごく喜んでくれているので我慢です。
 それにスライムぽよーんお腹がじめじめして少し気持良く、落ないようにおじさまのシャツにしがみつきました。

「うおおおおおおおおおっ! あいりんがああああああ――っ!!」

 興奮されてます。大丈夫でしょうか。
 景色が勢い良く後ろに流れ、ジェットコースターに乗ったみたい。
 揺れるたびに、おじさまのお髭がちくちくほっぺに触れ、これも又ちょっぴり気持良かったりして。

 スライムおじさまが到着したのは、なるほど勇者さまのお部屋だー、と関心してしまうお部屋でした。
 女の子のお人形がたくさんあるし、それも勇者さまのクローゼットの中にあったのと同じ透明なケースに並べてあるからです。
 大阪でもコレクションされているのだなぁ、と思ったのですが、同時に不思議にもなりました。
 お人形を誰にも見られないよう隠していたのに、恥ずかしいと言っていたのに。いえ、もちろん堂々と飾っているのは良いことなんですけど。大学入学を期にこうされたのかもしれませんが、どうも少し違うのです。
 以前は人を扱うみたいにお人形を大切にされていたのに、目の前にある女の子の人形は……みんな裸で、変わったポーズ? 
 お人形に癒やされると、愛でているんだ、と仰っていたのに。
 それにご本がたくさんありますが、これも裸の女の子ばかり。
 壁には……なんでこんなことをするのでしょう、小学生の体操着が飾られていて、……あたしの写真が貼られています。

 ガチャ、と音がしました。
 スライムおじさまが後ろ手でドアを閉めました。

「おい、なんでキミばっかあいりんを抱っこしている。俺にも抱かせろってば」

「もう少しいいだろ」

「ダメだって、いいからっ、おい!」

「う~~ん。凄ゲーいい香り~っ!!」

 あたしはコアラみたく抱っこされたまま人気物です。

「あいりん、いいかな? こいつも抱っこしてみたいんだけど」

 最初のおじさまが、迫ってくるおじさまを片手で押し戻しつつ訊ねました。

「ダメかな?」

 もう一人のおじさまが、両手を合わせるお願いポーズまでしていて、ここはファンサービスするべきじゃないでしょうか。
 ママ曰く、『ファンには優しく』です。
 
「いいけど」

「「「ヒャッフォー!」」」

 あたしは抱っこされ、デジカメで記念撮影もされました。
 ひと通り終わり、兄さんと山柿さんはどうしたんだろーと思っていたら――。

「ねえ、ねえ、あいりん。もうひとついいかなお願い」

「なんでしょう?」

「ぐふっぐふっ。服脱がしても良いかなあ。えへへへ」

「お洋服ですか?」

「うん。ちょっと着せ替えごっこしてみない? ベッドもあるしね」

「ベッドですか?」

 おじさま二人は笑いを我慢しているような笑いをしながら、あたしを見下ろしているのです。
 様子がおかしい……。
 ここって本当に勇者さまのお部屋? 兄さんと相部屋って聞いていたけど、お家の兄さんのお部屋とまるで違う。

「あの……、兄さんは? 山柿……お兄ちゃんはどこなの?」

「おおお、お兄ちゃんて言ったぞ……」

「ハアハアハア……言った。かか、可愛い……もえもえ」

「もう、た、たまらん……」

「相原氏! もう我慢できん。犯罪者になってもいいっ!!」

 突然、おじさまがガバッと抱きついてきました。

「ど、どうしちゃったんですかっ!!」

 返事はなく、かわりにハアハァ言いながら、スライムお腹を密着させ、手で身体中を触っています。

 攻撃?
 スライムの攻撃ですか?
 仲間だと思っていたけど、不意の裏切り。
 反撃しなくちゃ。あたしのターン……。

 もがいたのですが、ぎゅっと前から抱きつかれていて、外れません。 
 もう一人のおじさまが、ガムテープを持つてきて、

「あいりん……ごめんね……」

 そう言って、あたしのお口に貼り付けました。


 
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