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★ブラックのコンビニへ
しおりを挟むあたしは死ぬんだったらカルピスの海で溺れたいと、思っているほどのカルピス好き。
本当は原液を直接ぺろぺろしたいけど、ママや兄さんに『はしたないっ!』と言われそうで我慢しているのです。
あたしのカルピス愛は、兄さんとママしか知らない。どうしてブラックが知っているの……?
「あはは。驚いた? あいりんの事なら何だって知ってるさ。良かったら家においで。ご馳走するよ」
兄さんから仕入れたのでしょうか。やけにブラックを気に入っていたわけだし、春休みには兄さんと一緒に道場に通っていました。
可能性は高い。あの油絵だって、最近のブラックの振る舞いだって、兄さんからこうしたら愛里が喜ぶと教えられたものかも、いえ絶対にそうだと思います。そうでなければ、あの悪のブラックが180度豹変するわけないです。
自慢げに腰に手をあてているブラックに、あたしはどう対抗すれば良いのでしょう。
言われるがまま、家に上がり込んでカルピスを飲む……。
そのまま何事もなく帰宅できれば良いのですが、そうなりそうもなさそう。
「桃カルピスもあるよ」
桃カルピス!!
聞いたことない。
「カルピス白桃じゃないの?」
ブラックの実家はコンビニです。
「新製品だそうだよ」
なんとっ!!!!!
カルピス白桃ではない!
もしかして改良版?
ノーマルカルピスでさえ、どろどろして甘美味しいのに、桃の甘さまで加えるという大胆かつ勿体無いほどの贅沢品がカルピス白桃。それを更に美味しくしようと改良を!
常に上を目指す企業姿勢に頭があがりません。
カルピスさんありがとう。本当にありがとう。心に念じつつ、桃カルピスという未知な美味しさをついつい期待し、ブラックの家でコクコク満足げに飲んでいる自分を想像してしまうあたし。
「今後のこともよくよく話しがしたいんだ。付き合うのも、あいりんがどうしても嫌だっていうのなら、考えてもいいし……」
「そうなの!?」
「うん」
「行く」
決まりました。
桃カルピスの為、お付き合い解消の為、やがて到着したブラックのコンビニ。
店内へずんずん入って行くブラックに続いてあたしも入店しました。
「ただいまー」
「あら、コウちゃん、お帰り~」
店員のおばさんです。ブラックのママかな? あたしを見てニコリとして「お友だち?」とブラックに返します。
「うん。彼女だよ母さん。今日から付き合うことになった」
速攻でばらしているブラックに、ムカつきました。
「まあっ! コウちゃんに彼女??? 凄いじゃない。……あっ……あなた……もしかして……」
ブラックがあたしの背中を押すので、仕方なく、ママに教えられた通りに深々とお辞儀をして元気に挨拶しました。
「はじめまして、岩田愛里といいます!」
「やっぱり。あいりんちゃんじゃない、トキメキTVのっ! テレビ見てるわよいつも。コウちゃんなんか録画して、永久保存版だとか言っちゃってー」
もう止めてよ母さん。あらいいじゃないの。あはは。うふふ。コウちゃんといつまでも仲良くやってね。こらこら母さん。などと楽しくやっていて、今更ブラックに『言わないって約束したじゃない』と注意は出来ません。
せっかく喜ばれているおばさんを、がっかりさせてしまうのは避けたくて、今この時だけ嘘をつくことにしました。
好き同士でカップルな勇者さまたちに比べ、あたしは嫌々偽物カップル。無性に悲しくなりました。
「あなたがコウちゃんの彼女だなんて光栄だわぁ~。どうぞゆっくりしてってね」
「はい。ありがとうございます」
笑顔を返すと、おばさまは店内の奥へ姿を消しました。
「彼女って紹介しない約束じゃない。嘘つき!」
羽沢くんの耳元へ手を添え話しました。噂が兄さんまで届き、勇者さまに伝わったら大変です。
「わかってたよ。でもね。見ただろ母さんのあの喜びよう。僕があいりんを好き過ぎているのを知っているから、ああなるんだ。喜ばせたかったんだよ母さんを」
分かってくれないかな、と力強く手を両手で握られ、納得せざるをえませんでした。
じゃあ、桃カルピスはこっちだよ、と通されるまま付いてゆくと、商品ストック置き場にあるダンボールから、缶のカルピスウォーターを2つ取り出し、1つを手渡されました。
「なにこれ? 普通のだけど」
「オマケだよ。オマケ。あげるよ」
ここにある大量の商品が全部自分の物だと自慢したいのでしょう。頼んでもないのに、いちいち説明をしてくれます。
コンビニの奥は自宅になっていて、細く暗い階段を上がって一番奥の部屋に入りました。
「僕の部屋だよ」
紹介されたのは学習机とベッドがある6畳ほどの部屋でした。
「ちょっと、大事な話があるんだ」
「大事なってなに? それに桃カルピスは?」
「焦らないでよ。ちゃんと出すからさ」
きょろきょろ辺りを見回した羽沢くんんは、あたしに近寄り耳元で、
「ねえねえ、愛里ちゃん。キスってしたことある?」
――キス!!
「ないけど……」
「だったら、僕としてみない?」
「ダメ」
「はやっ!」
「少しくらい、良いじゃん。付き合っているんだから」
「付き合ってたら、キスしないといけない法律は無いです。それより桃カルピス!!」
知らないけどそう言い切ると、羽沢くんは怯みました。
キスをアルファベット列にするとKでしょうけど、勇者さまとですらまだCとDなのに、いきなりK(キス)だなんて。
《注:Cはおトイレで勇者さまのお膝におもらしをしてしまった、おシッコのC(しー)。Dはこれもおトイレで勇者さまが大っきいのをしているのを側で見ていた、大便のD。》
それも好きでもないブラックと? 考えられないダメダメ。
「じゃ、胸触ってもいい?」
「やだ」
「はやっ!」
「それより桃カルピスはどうしたのーっ!」
さっさと味あわせて欲しい。そしたらもう帰るから。
「お昼は触っても良かったじゃない。気にしないんじゃなかったの?」
「そう言ったけど、やっぱり気が変わったの!」
胸を触られると、ぞぞ~っとなるわけで、それって勇者さま以外の人にぞぞ~っとなったらダメな気がする。頭の中が真っ白になっちゃって、あのまましてたらあたしの頭が可怪しくなっていた気がする。
浮気がダメとかそんなんじゃなくて、とにかくあたしがあたしでなくなる。勇者さまが好きなあたしじゃなくなる。そう思うのです。
「しかたないな~。じゃ約束の物を」
そう言ってブラックが後を向きました。目をつぶってて待っててね~、と言うので言われた通りにしてると、かちゃかちゃと音がしてから、突然唇に何かが触れ、それが甘くて、大好きなカルピスであると知ったと同時に――、
!!!!!!!!
柔らかい、唇だと分かりました。
目を開けるとブラックが口移しであたしにカルピスを飲ましているのです。
「なっ……!」
「あ~もう。こぼれちゃったじゃないかー。あいりんてば!」
へらへらと、これが桃カルピスだよ、と苦笑しています。
「なにが桃カルピスよ! ただのカルピスじゃない」
「違うよー。桃のような僕の口で飲むから『桃カルピス』だってー」
ねー、とかしげる顔が憎たらしく、こんなバカを信じた自分がもっと悔しくて唇を噛みました。
誰にも勇者さまとも、していないのに……。
キスされた……キスされた……キスされた。
後悔の念がぐるぐる回って、血液が逆流しているような感覚。
許せない。許せない。許せない。
背中をナイフでメッタ刺しにされているような痛さ。
ブラックの顔が憎くて悔しくて悲しくて。
パリンと心の殻が割れました。
バッシシィィィ――――――ンッッ!!
響いた激しい音。手の平が熱くて、痛くて、気付けばすっ飛んでいたブラック。
壁の本棚に寄りかかり尻餅をついていて、やがてゆっくりと持ち上がった顔は、右の頬だけが真っ赤になっていて、少しだけ開いた唇から赤い血が一筋。口の中を切ったようです。
「どうして……あ、あ、あいりん……」
弱々しく名を呼ばれても、怒りは収まらず、拳に力を入れたら持っていたアルミの缶が潰れ、こぼれた液体が畳に広がりました。放り投げると、カンカンと音を立てて転がりブラックの足に当たって止まりました。
「ひっ、ひいいいいいいい――――っっっ!!」
怯え震えるブラックの顔が、妙におかしくて、くだらない生き物に見えて。
あたしを怖がっているんだ、そう思ったらわくわくしてきて、ぞぞぞ~っと鳥肌が身体を走りました。
あくしょんばいおれんす……。
そう、きっとこんな気持ちなんだと思う。
もっとだ。
もっといじめてやろうか――。
そしたら、もっと……。
何処からか、そんな声がしました。
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