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★天然少女

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 明日のトキメキTV収録の為、大阪に来ました。
 大阪駅からタクシーに乗り、夜の大阪の景色を眺めながらホテルに向かっていると、赤信号で待っている男女に目が止まりました。

 見たことがある……。
 もしかして、セナお姉ちゃん……?

「おっ! セナじゃないのかあの子」
 
 やっぱり……。そして隣で腕を組んでいる人は……。

「ほう。坂本氷魔もいるじゃないか。なんだ。2人はもうあんな仲なのか。ふっふっふ」

 信じられない光景でした。
 キスです。2人が信号待ちでキスしているのです。
 ネオンがキラキラして、その光に包まれて。
 付き合っているのは知っていましたが、実際にラブラブしているのを見るのは始めて。 
 胸の奥が痛いような、忙しないような、ぴりぴりする感じ。
 あたしは悲しいのでしょうか……。
 いえ、たぶんもう違う。
 そんなのも通り越して、ただ辛い。身体が重くけだるい。
 
 タクシーが通り過ぎ、もう見えなくなっても、2人が楽しくキスしている残像が、いつまでもいつまでも頭にこびり付いていました。

 ◆

 ◆

 次の日の収録。
 あたしの出来がよくなくて何度も注意され、予定時間を大きく超えて終了しました。
 たぶんホテルで寝れなかった事と、食事を少ししか食べていないのが原因です。
 ママやスタッフに元気がないわね、と心配されるのが嫌で、わざと明るく振る舞っていたせいで、広島の家に帰るとぐったり、そのままお風呂にも入らず寝てしまいました。

 翌日起きても元気が出なくて、だけど、一週間もすると諦めがついたというか、現実を飲み込めたというか、むしろ勇者さまの彼女がセナお姉ちゃんで良かったかもと、応援する気持にはなれませんが、これが普通なのかなと。
 所詮あたしは小学生なのですから。
 勇者さまにしてみれば、可愛い妹みたいなもんです。
 いえ、そう思ってしまうあたしが本気じゃなくて、憧れだっただけなのかもしれません。
 もうセミの鳴く季節です。
 あたしもセミみたいに脱皮しなくちゃ……。

 ◆

 最近学校でもお外でも、いろんな人から声をかけられるようになっていました。
 トキメキTVに出ているおかげだと思うのです。
 悪いことがあれば良いこともあるのです。
 励ましてくれる人が殆どなのですが中には――。

 朝、教室に入ると女子たちが集まっていて、その中にいた里森さんが大きな声で話していました。
 
「ふんっ! あの子、ちょっと可愛いからって良い気になって。トキメキT∨に選ばれたのも、あの子のママが映画監督やっているからよ。三万人の応募から選ばれたっていってるけど、結局はコネなんだから」

「へー、そうなんだー」

 里森さんは注目されて嬉しいのか、澄まし顔です。

「それに、なあ~んにも知らないフリしてるし。
 ワザと天然ぶって男子の気を引こうと計算しているのよ。羽沢くんはその罠にまんまと掛かったってわけね」

「へーっ! ……あっ、岩田さん来たわよ……」

 皆んな、ひそひそ声であたしを見ています。
 なんか感じ悪いな。だけど、このまま暗い顔して席につくのも負けたみたいな気がして嫌だ。

「おはようー」

 笑顔で挨拶をしてみせました。すると、ポツポツ返ってくる小さな「おはよう」の声。皆んな気不味いのかな。

「あら、聞こえてなかったみたい。いや、得意の聞こえてないフリじゃない?」

 ツンと澄ました里森さんが意地悪く言うと、周りからくすくす笑い声が上がります。
 里森さん、前はあんなじゃなかったのに、近ごろあたしの攻撃ばかりする。どうしてだろう。
 
「違うよ、岩田さんはマジで天然だって!」

 突然大きな声がしました。
 羽沢くんことブラックです。春に近所に引っ越してきた青い瞳の男子。
 以前はしつこく手を握ってきたり、嫌なことをする子だったんですが、最近は紳士的なのでそれほど嫌じゃありません。今年から一緒のクラスになりました。

「羽沢くん……」

 そう呟いて里森さんが唇を噛みます。それからあたしを睨みました。 

「岩田さんはね、演技で天然やっているだけ。羽沢くんは騙されているのよ!」

「違う違う! 僕はよく知っている。あいりんは天然だって!」

 ブラックと里森さんはあたしの事で揉めているようです。天然かどうとか。
 天然の詳しい意味は分かりませんが、内容からして天然は良い事のようです、はい。
 それはそうでしょう、お刺身もやっぱり天然物が美味しいですし、動物も天然記念物は大切にされるし、お風呂も天然温泉風呂なんて最高に気持ちよさそう。
 その素晴らしい天然をあたしが持っているか否か、つまり嫉妬ですね。
 高く評価して貰ってうれしいけど、困ったものです。
 もちろんあたしは単なるいち小学生。
 貴重な名誉ある天然を持っているはずはなく、ここは、はっきりと言わないと揉める元です。

「羽沢くん。あたしの為にありがとう。もういいよ」

「あいりん……」

「みんな聞いてっ!」

 ざわざわ、クラスメイトがあたしに注目しました。

「里森さんはあたしを天然だっていうけれど、あたしも皆と同じ養殖だからっ!
 全然天然なんかじゃないんだからっ。安心してっ!」

 皆んな、しーんと静かになっちゃいました。よかったよかった。
 お口をあんぐりしている子、手で口を押さえている子もいたりして、そんなに重大発言だったかしら?
 騒がしくなった教室。近くの男子はあたしを見ながらクスクス堪えるように笑っていて、なんだか変な感じです。

「養殖って……」

 ブラックがぼそっと呟き、あたしと目が合って苦笑い、「あっ、大丈夫大丈夫」と手でOKサインを作って見せました。
 なにが大丈夫かしら。天然の反対は養殖でしょうに。
 
「僕はそんなあいりんが大好きだから……」

「あ……、ありがと……」
 
 あたし、何か間違ったことを言ったのかしら……いや、たぶん、言ったんだと思う。

「じゃ、そろそろ座ろ」

「うん」

 ブラックがフォローしてくれたようです。
 以前だったら恩を着せてなにかしてくるところですが、ニコニコしながら爽やかにあたしの後ろの席に座りました。
 感じ良いなあ。こんなだったら女子にモテるのも納得できる。でも不思議……。
 遅れてあたしも着席すると、親友の天海美咲あまみみさきがやってきて、あたしの肩を叩きました。
 美咲はお姉ちゃんの持っているレディースコミックを全部読破しているので、恋愛知識は鬼レベル。
 いわゆる恋愛賢者なのです。

「愛里……。今ので完璧な天然だと思われたよ」

「え、そうなの?」

「あんた、天然の意味分かってないでしょ」

「え……わ、わかる? えへへ」

「えへへじゃないよ、まったく……。まあいいや。後で教えてあげるから」

「うん。よろしくね」

「愛里はアタシが守ってあげるよ」

 なんだかよく分かりませんが、あたしを大切に思ってくれているのはありがたいです。

「ありがとう美咲ちゃん。……ついでに恋愛について教えて欲しいことがあるんだけど……」

「なに? 何でもどーんとこいよ!」

「うん。あのね、やっぱり凄いのSMって? ……、……、……あれ、……あれ? あれあれ……どうしたの美咲……?」

 返事はありません。硬直しています。 
 以前、コンビニでセナお姉ちゃんと勇者さまが掲載されていた『月刊SM恋コイ』。
 恋愛賢者の美咲だったら、詳しく知っているかと訊ねたのですけど。
 流石はSM。恋愛賢者ですら単語を聞いただけでこの衝撃。
 中身はよほど恐ろしい内容が詰まっているのでしょう。
 やっぱり、小学生が手に追える代物ではなかったのです。
 しみじみ思いふけっていると、美咲が瞳をぱちぱちさせました。

「なななな……なん言ってんの!」

「あ、おきた。よかった」

「良かったじゃないって! SMって、愛里知ってて言ってんの?」

「さわりだけね。ほんのさわりだけ。裸の女の人を、男の人が縄で縛って叩いたりするんでしょ?
  そこまでだよ。男の人がおちんちんを出しているから、たぶん武器にするんでしょうけどー、その後が知りたくって。
 SMのご本を読もうと思っても縛って読めないように成ってるし……あれ、……あれ? 
 まただ。どーしたの美咲、だいじょうぶー?」

 美咲のおっきな胸をつんつんしたら、びくんとして復活しました。

「ダメ。ダメだって愛里。おちんちんとか――ヤダ、とにかく、そんなの言っちゃダメ! あんたアイドルなんだよ。ほら、後ろの羽沢が鼻の下を伸ばしてるーっ」

 丁度後ろの席に座っているブラックが、広げた鼻をヒクヒクさせていました。
 あたしが見ると苦笑いしてモジモジくんです。
 嬉しいのかな?
 
「あのねー。女の子がHな事言うもんじゃないんだから」

「H? あー、交尾のこと」

「ちち、ちょっとちょっと!!」

「……あ、先生が来たよ」

 美咲は、ばたばたと自分の席に走ってゆきました。







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