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☆再び愛里と
しおりを挟む価値観は人それぞれだ。
芸能で働く、得に監督のようなA∨ならず多岐にわたり成功を収めるような人間は、僕ら凡人とは違った感性が備わっている、いや、あれくらい飛び抜けた、異質ともいえる感覚がないと良作はできないのかもしれない。
その監督に育てられた愛里が、普通の女の子と少し違っているのは、そのせいだろう。
蛙の子は蛙。将来愛里も個性的な、キラリと光る才能を持つ監督みたいな女性になってしまうのだろうか。
セナさんは監督と次回作のA∨(キノコの旅)の打ち合わせをしていた。
「なるほど。で最後のお礼のシーンからウチが絡めばいいわけですね。『何もありませんが……、どうぞ、わたくしめの身体で奉仕させて下さい』セリフはこんな感じ? お願いしている感じでイイですかね」
「ブタ人間から助けてもらったお礼だが、主役のキノコは遠慮気味だ。迫る強引さがあったほうがいいな。絡むうちに積極的になって行く感じだな」
「なるほど、じゃウチが定番のお口ぺろぺろからスタートして、押し倒しの騎乗位からのインで」
「そうだな。鉄板でいいだろう」
「お口は坂本くんの長めの特徴をアピールですね。だと舌は短めで舐めて、お口ぱっくんは、入りきらない感を出して……ですか? それとも――」
セナさんが真剣にメモ帳に書き込んでいる。
びっしりと書かれ、各ページには付箋がたくさんついていた。
A∨といえど、いい加減に撮影いているんじゃないとは思っていたが、見る側がどう感じるか(この場合どう興奮するかだな)を細かく意識しているんだ。
何であろうと、良い物を作ろうと思えば研究しこだわりが必要になる。
「しかし、随分変わったな……セナ」
「突然どうしちゃったんです、監督」
「始めて合った頃とは真逆だ。強くなった、身体も心も」
「へー」
「アンタまでそんな顔で見ないでよ。はいはい、ウチは引きこもりです。過去の汚点ね。でもあれがあったから、今のウチがあるわけだし」
意外だった。昔っからこんな性格なんじゃないかと思っていた。
「この世界に連れ込んだ私が悪かったのか……、完全な素人を引っ張ったのはセナに続いて二人目、ちょうど坂本氷魔が同じだから、ふと思い出してしまった」
「あーそうですね。そうなりますね」
「頼むぞ坂本氷魔よ」
僕は正式に監督の新作A∨の出演を約束した。
坂本氷魔の名前は出すが、僕の顔は映像に出さない、と約束してくれたわけだし、監督の願いを……つまりHな行為を真面目にしないといけない。
真面目なHってどんなんだよ。今度レンタルショップに寄ってみるか、いやいや、パソコンで無料のを観ればいいかな、などと思いつつ、岩田監督とがっちり握手した後⑥スタジオに向かった。
スタジオの様子が覗ける窓の周りには、愛里の仕事ぶりを見学したい一般の見学者に交じり綾部さんと岩田がいた。
「何処へ行ってた。セナさんのところか……」
岩田が僕を見るなり睨みつけてきた。
「ああ、そうだが」
さっきもそうだったが、ポーカーフェイスはどこ行ったんだ?
いつも平常心の岩田が動揺している。
「……どうしてお前の携帯に、セナさんが、あんな風に登録する……」
あんな風。こいつ、まだ考えていたのか。
「冗談だよ。セナさんはあの性格だろう、僕をからかって喜んでいるだけさ」
「……俺に、冗談はない……」
そりゃー、セナさんにとっては僕が格好のいじられキャラだからだろう。
岩田みたいなイケメンはいじられたりしないよ。分かんないかな。
ふと、岩田の側にいる綾部さんが気になった。
怒ったような悲しいような顔じゃないか。恋する男が好きなのは、よりによって自分を言い負かした相性最悪のセナさんだから苦痛だ。
岩田の不満を浴び、綾部さんの嫉妬オーラーを感じつつ、僕は⑥スタの窓から愛里を見守った。
長い収録だ。途中短い休憩を挟みながら二時間もやっている。
防音効果で室内の声は聞こえず、ただ、愛里が似たようなシーンを何度もやっているのを小窓から覗いているだけ。
普通退屈になる。
周りの見学者たちは別のスタジオに行ってしまい、僕たち3人だけになってしまった。
だが僕は違うぞ。愛里だったらいつまでも眺めていられる。一生愛でていられる。
問題は愛里だ。小学4年生には体力的にしんどいだろうに。あとどれ位かかるのか?
岩田に訊けば、月曜から金曜までの毎日放送される5日分を、今日の日曜日の1日で作る予定で、まだまだだとか。
うわ~! 大変だ。
「ちょっと、他のスタジオも見学してみない?」
綾部さんがそう切り出した。
好きな男と一緒にいられるのは嬉しいが、さして興味の無い妹の動く姿を見続けるのは苦痛なのだろう。
岩田くん連れてってよー、と若干甘えモードで、岩田の裾をつんつん引っ張る綾部さんらしくないやり方だ。
今までは僕と付き合うフリで岩田に嫉妬させる、後悔させる、と攻撃的なアプローチだったのが、お願いに変わっている。甘えておねだりしているのだ。
岩田に好きな女性がいる――。
のんびりできない。なりふり構わず岩田を自分に向かせたいのだ。
「いいだろう。収録は5時までかかるから、案内してやる」
お前もどうだ、と岩田に訊ねられたが断った。
5時まで後2時間。2時間も誰にも文句を言われず妖精愛里を眺められる。
他のスタジオを見学だって? 勿体無い。
夕方4時。
予定よりずいぶん早くトキメキTVの収録が終わった。岩田たちはまだ戻っていない。
愛里はスタッフ一人一人に丁寧にお礼をし、番組作りに参加した子供たちに、よくできた笑みを振りまいているが疲労感は隠せない。足取り重く、⑥スタジオから出てきた。
何かしてあげたいが分からない。
愛里に栄養ドリンクを渡すのは変だ。
おんぶして控室に運ぶのも、愛里が人の目を気にして嫌がるだろう。それに僕が恥ずかしい。
どうした。監督とセナさんは次回作の打ち合わせ、せっかく二人っきりになるチャンス……でも過去に愛里と二人っきりになると、ろくなことが起きない。
うーん。
「ゆう……。山柿お兄ちゃん!」
愛里が僕を発見してトコトコ寄ってきた。ニコニコしている。疲れているのに気を使っている。嬉しい。
「セナお姉ちゃんは?」
きょろきょろしている。
「監督と打ち合わせだよ。たぶん愛里ちゃんの控え室で」
そっかー、と僕を見上げ、白い歯をみせて笑った。可愛い……。近くにいるだけでミルクの甘い香りがする。
「じゃ、監督のいる控え室に戻ろうか」
トキメキTV用アイドル衣装は綺麗だけど、ラフな普段着が落ちつくだろう。
「ううん」
愛里が首を横に振った。
「このまま、山柿お兄ちゃんと一緒にいるーっ。お話しするー」
予想もしない事をすんなりと言ってきたので、嬉しい感情よりも、事実を飲み込むのに時間がかかった。
「……だめ? もう帰っちゃうの?」
僕はどんな顔をして小さな妖精を見下ろしていたのだろうか。
不安そうに口を尖らすので、「違う違うよ」と慌てて精一杯の笑顔をつくった。
あっ、と思った。ついグッと顔を接近させてしまった。
僕の顔面ドアップは相当怖いはずだけど、それでも愛里は笑みを浮かべた。
「おもしろい」
「おもしろいの……?」
「うん。おもしろくて、かっこいい」
お世辞にしては、心から喜んでいるみたいだ。
「お話し、しようか」
「うん」
愛里は僕の親指だけを握って、「あっち座ろ」と廊下の長椅子に歩き出した。
丁度隣に自販機があったので、お金を投入し愛里に欲しいジュースを選ばせる。
「あれがいい」
と指先を向けるドリンクのボタンは高くて愛里には届かない。
かわりに押そうとしたら「愛里が押したい。当たるかもしれないー」と言う。
なるほど、液晶画面には3つの数字がチカチカ変動していて、当たり付き自動販売機だ。
僕は愛里の後ろにまわり両脇を支えて小さな身体を持ち上げる。
一応エチケットで2人の身体が密着しないよう、両腕を突き伸ばした形だ。
無理な体制だとじゅうぶん知っているが、今度愛里と何かあっては、もうスミマセンでは済まない――。
そうなのだ。監督はああ言ってくれたが、本心はたぶん違うだろう。
娘が大事でない親がどこに世界にいるだろうか。
そんな気持ちで、慎重に愛里を持っていたのだったが……。
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