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☆昼食後さんざん
しおりを挟む昼食が終わり、愛里の収録までまだ時間がある。
愛里と会話をしたり、叶うならばツーショット撮影をしたりしたかったのだが、岩田が深刻な顔で手招きをするので、叱責を覚悟しつつ仕方なく岩田と綾部さんの元に脚を向けた。
「お前が母さんに見込まれたとは……意外だ」
――意外なのはこっちのほうだ。
てっきり『いい加減に愛里に付きまとうな!』と釘を刺されるとばかり思っていた。
あれだけ愛里愛里とやかましくガードしていたバカ兄だったはずなのに、母親が僕を採用した事のほうが、感心度が上とはお前の思考に疑問を抱くよ。
理由を訊ねる前に岩田の話しを聞くことにした。
監督(母親)はアダルトだけでなく、∨シネマや単発のテレビドラマなども手がけ、どんな作品にも厳しく妥協しないので名作を生んでいるそうだ。
無論人選にもこだわりがあり、これぞという人物しか直接採用しないところから、業界では岩田監督に認められると有望俳優とまで言われている。
岩田はそんな監督(自分の母親)が僕を気に入っていることが理解できない。
僕の何処らへんに俳優の原石を感じ取ったのか、不思議なんだそうだ。
「こっちが訊ねたいくらいだよ」
オーデションとも知らずに迷い込んだ僕を、即合格させ、いきなりSM写真の撮影をさせるだなんてどうかしている。
まあ、結果的に愛里と会えたし、嬉しいけど。
しかし監督といい愛里といい、女性なのに僕を怖がらないどころか気に入ってくれている。
僕は岩田家の人間には好かれる傾向にあるようだ。
「い……いやだわ山柿くん。なにそのバイト」
綾部さんが汚い物でも見るみたいに言った。
「稼ぎたいんだったら、もっと他にあったでしょうに……。
岩田くんのママが仕事でしているのと意味が違うわ。
大学生がそんな、A∨は……ちょっと常識外れなんじゃないの? 頭おかしくなったわけ?」
岩田の母親がA∨を手がけている事実に戸惑い、だけども好きな男の母親の仕事を否定するわけにはゆかず、かといってA∨のバイトをした僕を両手で認めることができない。綾部さんの気持は良く分かる。
僕が逆の立場だったとしたら、『頭がおかしくなった』なんて厳しいことは言わないが、似たような意見は吐いていただろう。
「成り行きでこうなっちまったんだから、しょうがない。だけど、綾部さんの思っているような卑猥な撮影をするつもりは全くないよ。確かに監督からA∨俳優の依頼はあったけど、受けるつもりもない。現場での雑用専門で参加するつもりだよ」
「そう……ならいいんだけど。でも、でもね。もう止めといたほうがいいわよ。もっと大学生らしいバイトがあるじゃない」
「よく分かるけど、せっかく監督に直接採用されたんだから、頑張ってみようと思う」
「そう……」
せっかく出来た愛里との接点じゃないか。この仕事を続けていれば、僕もセナさんみたいに気軽にこのスタジオに入れるだろう。
それよりなにより監督は愛里のママじゃないか!
その監督に気に入られているわけで、このまま信頼関係を深めてゆけば、やがて愛里が高校生に成長した頃……。
『キミは娘を随分気に入っているようだが』
『えっ、わ、わかりますかっ』
『ふふふ……君たち2人を見ていればバカでも分かるよ。歳が8つも違うのに仲が良いのは珍しい』
『こ、困ったなあ……』
『どうだろう、2人が望むなら婚約をしてみてはどうか?』
『ええ――っ!』
『キミは有望な男優だ。私ともども愛ちゃんを頼むよ』
『いいいい――んですか――っ!』
とかなんとか……。
「山柿くん山柿くん! そのニヤニヤする癖だけど、キモいから止めたほうがいいわよ」
「どうも……」
「母さんがお前を見込んだのはよしとして、単独で愛里に接近するのは別の話しだ」
「単独って……、僕がいやらしい事を愛里にするとでも?」
「そこまでは言ってない」
下心は見え見えだって言いたいんだろ。
その時、僕の携帯が振動した。取り出すと『柏樹セナ(恋人)』の表示があったので出る。
「もしもし?」
『遅いって!』
「えーっ。今度はすぐに出たでしょうに」
『ウチからの電話は3秒以内に出ること』
「また無茶なことを、ははは」
『出れるでしょう~。イイ事してもらったんでしょう愛里ちゃんに』
イイこと……。
イイことってなんだ? ままままま、まさか。
一気に鳥肌が立って冷や汗が出てきた。
「ななな、何のことかなあ~」
声が震える。
知っているのかセナさんは!
『しこしこ、とかぁ~、ぺろぺろ、とかぁ~』
「……どどどどどどどど、どうしてそれをっ!!」
『どうしてかなぁ~。どうしてウチは知っているのかなぁ~』
愛里だ。セナに上手いこと誘導されて話してしまったんだ。
うっわーっ、どうする? 監督にもし知れたら……僕は僕は……。
『ウチには触らせもしないのに、愛里ちゃんは良いんだー。あっそっかー。知らないのを悪用して一人楽しんでいたんだっけー』
そんな詳しいことまで。
「あの……監督には、その……」
『その監督がお呼びよ。愛里ちゃんの控室にすぐ来なさい! ……だって』
ええええええええええええええええ――――っ!!!
「わわ、分かりました……」
携帯を収めて、しみじみ天井を仰ぐ。折角入ったK大学は退学扱いになるのだろうか……。
終わった……終わってしまった……すべてが……。
「おい! おい!」
岩田が珍しく声を荒らげた。
「どうしてお前の携帯にセナさんがかかるんだっ! しかもその表示はなんだ! 柏樹セナ、カッコ恋人だぞ? 自分の携帯だからって勝手に恋人表示はないだろう!」
「落ち着いて岩田くん。どうしちゃったのよ貴方らしくもない」
綾部さんが興奮しきった岩田をなだめている。
「うるさい。放せ。どうなってんだっ!? 憧れているからって妙なマネを――」
「向こうが勝手に登録したんだよ。僕に許可無くな……」
「勝手に……? バババ、バカな……?」
岩田がかつて見たこともないほど動揺しているが、僕はそれどころではない。それどころではないのだ。
「悪い岩田よ。詳しくは寮で話すから」
「ちょ、待てっ!」
岩田を無視して僕は走った。
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