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☆守りたくて、内緒にしたくて
しおりを挟む大阪TJスタジオは出演者の知人限定で、スタジオの外からの見学を許されている。
この⑥スタジオも設置されている窓から、一般の人がトキメキTVの――大多数があいりん目的だろうが――収録を嬉しそうに覗いていた。
僕は愛里(あいりん)の後ろで両手を動かし、ただユラユラ揺れているだけのうさぎだ。
愛里の収録が一段落終わりやっとお昼の休憩になった。
まだまだ収録は続くそうで、愛里はもうクタクタでお腹ペコペコのよう。
⑥スタジオを出て、ふらふらと監督(愛里のママ)の待つ控え室に向かった。
「おおっ! あいりん出てきたーっ!!」
「「「わ――い!!」」」
あいりん目当てのファン5人が押しかけるが、どう見ても愛里と同年齢じゃない。
全員が高校生以上の男たちで、中にはメガネをかけ20代後半の中肉中背のおっさん風、別の意味で危ないのも2人いるじゃないか。
愛里は自分より背の高い野郎たちに囲まれて見下され、しかもいきなり差し出された沢山のペンと色紙にオロオロするばかりだ。
おいおい、岩田よ妹がピンチだ。何処に行った?
肝心な時に綾部さん共々姿が見えないんだけど。
しかし愛里は賢い。何か書かないとこの場を通してくれないと思ったのだろう、ガクブルながらもペンを走らせている。
「あいりん。そこの横に『ケンジくんへラブ』って付け加えといてよ!」
「こ、こうですかぁ?」
「そうそう。やったぜ。これであいりんは僕のものっ!!」
「じゃー俺も、お願いするねー」
「えっ! あ、……はい……」
「ボクもーっ!」
見るに耐えん。
愛里が優しいことを良いことに、苦労して書いたサインに好き勝手追加注文つけやがって……。
「こらこら! 君たち必要以上の交流は控えてもらわないと困るな! さもないとここから出ていってもらう」
僕は堂々とした口調で愛里の助けに入った。
「だれ? このうさぎ」
「さー?」
「係の人じゃねーだろう。俺たちちゃんと入構証貰って入ってんだから」
「着ぐるみタレントが、ぎゃーぎゃーうるさいんだよ! 黙って役者の後ろで踊ってな!」
「うさぎさん……っ!」
愛里がうるうるした瞳で僕を見上げた。僕を頼っている。黙って引けるわけがないだろう……。
「ふーん……。言うじゃねーか」
はらわたが煮えくり返りそうだった。
「あいりんちょっとこっち来ててね~」
「あ、はい」
愛里を僕の後ろの長椅子に座らせて、改めて野郎どもに向き直った。
「なにしやがるんだ! おい、いいのか。係でもない人がファンの交流を邪魔したりして!!」
愛里は僕の背中しか見えない。
文句を吐くファンを無視し、黙ってうさぎの着ぐるみ頭部を取り小脇に抱え、ゆっくりとサングラスを外し、そして睨らみつけてやった。
「うっ……!」
ピッキーン、とファン全員が直立し絶句した。
持っている色紙が小刻みに震えている。
僕の怖顔を女性が初見すると高確率で絶叫するが、男でも少しはビビる。
「悪い……。よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくんねーか? 黙って僕にどうしろってんだ?」
「い、いや。その……。おお、お仕事ご苦労さまでーす。はい。あいりんさんにサインをしてもらおうと思ったんですけどー」
「ほうサインね。そうかそうか。で? まだ書いてもらってないってわけか。そうかそうか」
「えっ……いや、その……」
男の胸に抱えた色紙を取り上げ視線を落とす。
「書き終えているみたいだが……」
「いや、あの、もう少し書いてもらこうかなー、なんて……あはは」
「あいりんは疲れている。可哀想だとは思わんか? ん? なんなら、うさぎさんが書いてやろうか」
引き攣った顔を左右に振るファンたち。
よしよし、もう良いだろう、そう思って、改めて色紙に目をやると、妙なものを発見した。
なんだろうコレ……。
『あいりん』とミミズのような平がなで書かれたその横にある生き物。
ムカデか?
他の野郎の色紙も見たが、全部の色紙に、ムカデ、ヘビ、クモ、みたいなのが書かれ、最後の色紙には……、
何かの幼虫らしきものがあった。
愛里が色紙に気持ち悪い生き物をわざわざ書いた?
なんでだ? 分からん。
早く色紙を返して欲しそうにしている野郎どもに戻す。
「もう。良いだろう」
「そ、そうですよねー。では僕たちは、これでー」
野郎たちがこそこそ何処かへ歩いてゆき、僕もサングラスをしてうさぎの頭をかぶった。
「あいりん。もう終わったよー。お腹空いただろう? あれ……。あいりん?」
「すーすー」
目を閉じ、長椅子の上でコテンと身体を横にしている。
小さな胸が呼吸で動いていた。
ね、寝ている……。お腹が空いているより、疲労で眠気が勝っているんだ。
無理もない、まだ小学4年生だ。この小さな身体の中に、慣れない収録の肉体疲労と、知らない大人たち相手の緊張とストレスが溜まっているのだろう。
少しでも愛里の疲れを取ってやりたい。毛布か何か、身体にかけるものはないだろうか?
辺りを見回していると、
「ぐおお――っ! ぐぐおおおお――――っっ!! ぐぐおおおおおお――――っ!」
ヤバイヤバイヤバイ。
愛里が本格的に寝だした。小さな口から凄いのを発生しているぞ。
人気アイドルあいりんが寝ると――なんと実は怪獣のイビキだった。
『起きるとアイドル、寝ると怪獣』そんな噂が広まったらどうする!
僕は愛里の肩を持ってそっと身体の位置を変えた。
「ぐお――っ! ぐ――っ。くーっ。すーっ。すーすー」
よしよし。普通に戻ったぞ。やれやれ。
おーい、岩田よ! 監督さーん! 早く戻ってきてくれー。
廊下の向こうから歩いてくる岩田と綾部さん発見。やっと帰ってきたなコイツら。
もう大丈夫だろう。
うさぎさん(僕)は素知らぬ振りで岩田たちとすれ違う。
「何処にいるんだろう、山柿くん。変な女と一緒にこのスタジオに入ったはずなんだけど……」
「そうか……」
「あっ! 愛里ちゃんじゃない。寝てるのっ!」
綾部さんが相変わらず無口な岩田に話しかけている。
僕はそのまま衣装部屋へと向かった。
◆
うさぎさんのまま廊下を歩いていると、ポケットに入っていた携帯電話が震えた。
あれ? マナーモードにしていたっけ僕。
そもそも収録で携帯をポケットに忍ばせていたのはまずかった。
誰からだろう。携帯に表示されたのは岩田の二文字。仕方なく耳にあてる。
「……はい」
『……いま、何処にいる?』
「あー。ちょうどバイトで大阪TJスタジオにいる」
綾部さんが知っているので嘘を言っても無駄だ。
この際、監督(愛里ママ)に坂本氷魔があの問題学生の山柿聖だとバレても仕方がない。
知られちゃダメなのは、僕が下半身丸出しキノコ姿で愛里と衣装部屋でツーショット。
キノコレバーをいじられウハウハな事実だけ。
そこんとこは死守。絶対に死守しないと終わる。終わってしまう!
『……バイト?』
「ああ。芸能関係のバイトをしているので、大阪TJスタジオにいる。もう終わったので帰宅するつもりだ」
『ほう。そうか。そこの⑥スタに愛里がいる。トキメキTVの収録だ」
「知っているよ。さっき見かけたから」
『ほう……』
「要件はそれだけか? そろそろ昼食を取ろうと思うんだが」
『そうか。わかった。では』
通信は切れた。
岩田の通常モードの口ぶりからして怒ってはいない。
僕の淡々とした言い回しによるものだろう。我ながら名演技だった。
再び携帯が震え、取り出すと記憶にない『柏樹セナ(恋人)』の文字。
「……」
いつの間にこんな真似を……、あっ……!
僕がキノコの着ぐるみに着替える時、真っ裸になった。あの時だ。
こっそりポケットから携帯を抜き取り勝手に登録したのだ。
しかしカッコ恋人って打ち込むなよ。人が見たら笑うだろう。
携帯登録一覧を見ると、『綾部トモコさま』のすぐ下に『柏樹セナ(恋人)』が表示された。
どちらも勝手に登録した女たちだ。
『もーっ! 早く出なさいよ。何してんのっ!』
セナさんはひどく怒っている。
「す、すいません」
あんたが意表を突くことをしたからだろう、と言いたいのを我慢する。
『お昼おごってあげるから、さっさと1階の食堂に来なさい』
「あっ。はい」
「ウチにありがとうは?」
「え……? あ、はいはい。ありがとうございます」
「よしよし」
ガチャ!!
切れた。
なんて強引な人なんだろうか。おごってくれるのはありがたいけれど。
僕は衣装部屋でうさぎの着ぐるみを脱ぎ、言われた通りに1階の食堂に入った。
食券を買う仕組みのようだが、セナさんは何処だろうか? 見渡すと一番奥のテーブルにセナさんは座っていた。
だけど……ああ……、だけど……。
一緒に座っているのが、監督、セナさん、岩田、綾部さん、そして愛里。
全員揃っての昼食なのか?
そうなのか?
願っていた事だったけど……うーん。
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