119 / 221
☆⑥スタジオで収録
しおりを挟む第⑥スタジオで打ち合わせ。
うさぎの着ぐるみの中に入っている僕は、スーハースーハー呼吸していた。
なぜなら、愛里の右手に見覚えのある異物があったからだ。
折りたたんでいるせいか、タオルハンカチぽく見えるけど、紛れも無くあれは僕のおちんちんカバーだ。
僕個人の私物ではなく、A∨撮影用の着ぐるみの曝け出された股間部分を覆うカバー、さっきまでおちんちんをすっぽり被せていたキャップ。
愛里がどうして衣装部屋から持って来たのか? 気に入ったからか、慌てたようだったのでうっかりなのか、どっちにしても普通に持っている。
「そろそろ、本番入りますー!」
スタッフの1人が叫んだ。
あっ、ADらしき男が愛里からタオルハンカチを受け取っている。持ったまま収録は出来ないからだ。どうする気だ?
そのまま後ろの荷物置き場の棚に置いたぞ。
貴重品じゃないと思っているのだろう。普通の人だったらそうだが、僕にとっては名誉がかかった最重要アイテムだ。
「うさぎさーん。位置が違うぞー」
うさぎは僕のことだ。
スタッフから、愛里の後方に立ってリズムに合わせて揺れてください、と命じられていたのだが、今すぐカバーを取りに向かいたい。誰にも知られないよう取り戻したい!
⑥スタに入るときにセナさんや監督さんに会ったが、いい記念になるぞと激励された。
まだおちんちんカバーに気づいていない証拠だ。愛里もまだキノコの一件を話してない。
「うさぎさーん。聞いてますかー。……おい! うさぎーっ!」
怒鳴られたので、しぶしぶ配置につく。
収録が始まった。
撮影スタッフの視線とカメラが中央のステージで歌う愛里に向けられる。
愛里の背中にあるキラキラ輝いている羽根が、ぴよこぴょこ可愛く揺れている。妖精みたいに可愛い。
僕は愛里の後ろで適当に身体を揺らしつつ、意識は100パーセントカバーに注いでいたらあっという間に歌の収録は終わった。
引き続き、愛里は別の打ち合わせと収録だ。僕はまだ出番があるようで、着ぐるみのまま待機を命じられた。
今がチャンス!
さり気なく荷物置き場にゆく、分からないようそっとカバーを持つ。
上手くいった。みんなステージに向いているぞ。
そのまま……。あ。
着ぐるみに無いぞポケットが。あるわけないか。
どうする。どう隠す?
このまま⑥スタを出たいが、注意されそうだ。
トイレを我慢できないことにするか? だったら着ぐるみを脱いで行けと言われそうだ。
目立つな。目立つのは避けたい。
仕方がないな。
セナさんが機材の後ろで様子を見ていたので、持っている真っ赤なバックの中に入れてもらうようお願いした。
「はっ? 何言ってんの」
嫌な顔をされた。
「どうして坂本くんのおちんちんケースを、ウチのバッグに入れないといけないのよ」
「いやー。そうですよね、やっぱり。ははは」
匂いがつくかもしれないわな。おしゃれなバックだし。
「限定ブランド品なのよ。手に入れるのに大変だったんだから。てか何でケース持ってんのよ?」
「えっ?」
「衣装部屋で無くしたんじゃなかったの?」
「えっえっ!」
墓穴を掘ってしまったかっ。
「いや、その……、無くしたつもりだったんですけど、うっかり持っていたみたいで……」
「坂本くんがうっかり? 手には持ってなかったでしょう。ポケットの中なの? だったらその着ぐるみの私服の中じゃないの」
セナさんが疑惑を持ち出したぞ。
こ、困った。
「なんかあるみたいね」
「ま、まあ」
「仕方がないわねー。持っててあげるわよ。それでいい?」
「いや、手に持つのはちょっと」
愛里に発見されて終わってしまう。
「出来れば見えないようにして欲しいんですけど……」
「ふーん……」
セナさんが薄目でニタリと笑った。
「はーん。つまり『隠せ』そう言いたいわけね」
「ええ、まあ」
「怪しいわね。すっごく……。だけどいいわ。ウチのバッグに入れてあげる。
坂本くんはウチに入れてくれないくせに、ウチは入れてあげる。なんて優しいんでしょうウチは」
「すす、すいません……」
「一生恩に着てね」
にこやかにセナさんはケースを受け取り、バッグの中へ入れてくれた。
やれやれ。
「これで貸しは入構証の手配とケースの隠蔽だねー。大きいわよこの貸し」
「ははは」
「言っとくけど、ウチへの返しが遅いと増えるからねー複利で」
セナさんは笑う。
優しいのか、冗談なのかよくわからんな。
やがて、収録は少しの休憩を挟むことになった。
愛里がさっきのADの所に行った。ADは荷物置き場でおろおろしているぞ、あっ、愛里に謝っている。
2人で苦笑いしていて、話しは終わったようだ。
愛里は残念そうに肩を落とし、こっちに何故か歩いてくる。
「やあ。歌上手だったよ」
「ありがとうセナお姉ちゃん」
2人は知り合いなのか!
監督つながりってわけか。
「それでね、お姉ちゃん。あたしさっき衣装――」
「わああああああっ!!」
いきなり愛里が核心に触れたから、大声で叫んでしまった。
2人きょとんと僕を見ている。
「どうしちゃったの、突然?」
「びっくりしたー」
愛里が衣装部屋にやってきたことも、あの出来事も知られてはならない。誰にも。
「そうそう。紹介するね。このうさぎちゃんに入っている人は、お姉ちゃんの彼氏の坂本くん」
えっ? 彼氏って……。
「ほら、顔出しなさい」
「え?」
「愛里ちゃんのファンなんでしょ? ほら愛里ちゃんも挨拶しているじゃない。うさぎの頭を取って」
いや、それはマズい。こんな形で再会はしたくない。
セナさんに小声で、『僕はこの怖い顔でしょ。あいりんが怯えないだろうか』と不安感をだした。
なるほど、と思ったのだろう、セナさんは頷く。
「あー、そうだった、そうだった。このうさぎの頭は簡単に取れないようになってたんだー、そうだったー」
セナさんのわざとらしい言葉を、愛里はすっかり信じたようで、「大変ですね……。暑くないですかー?」と心配すらしてくれた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
「よかったーっ! お仕事がんばってください」
かーっ!
なんて良い子なんだ!
僕は改めて愛里の優しさと賢さと純真さに感動を覚えた。
◆
「あっ。ママ……」
僕とセナさんと愛里が⑥スタ内で休憩をしていると、岩田監督が入ってきた。
「愛ちゃん。どうして他所に行っていたの? 探したのよ。スタッフの仕事を増やしちゃダメでしょう」
「ごめんなさい。ママ」
「まあ、いいわ。それでセナ。次回の打ち合わせをしたいんだが」
「はい! 監督」
「別室を用意しているから行くぞ。
……そうそう、坂本くん。私は離れるが、娘を頼むぞ。この子は好奇心が旺盛で、ふらふらビル内何処かへ探検に行ったりするからな。じっとここに居させるように」
そうなんだ。知らなかった愛里の性格。
「はい。お任せください」
「愛ちゃんも分かったね」
「はい、ママ」
セナさんがうさぎの着ぐるみ越しだが、口を近づけ囁いた。
「くれぐれも、愛里ちゃんを襲わないように」
するわきゃねーだろ!
◆
監督がセナさんを連れて行き、残された僕たちは⑥スタ内にある長椅子に座った。
黙ったまま時間だけが経過する。愛里は脚をぷらんぷらん揺らし俯いているだけ、そろそろ飽きそうな感じだ。
何か楽しい会話をして馴染んだ頃合いに、姑息だけど、衣装部屋のキノコの一件を黙っていなければいけないと愛里が思うように誘導する。
難易度めちゃ高いが、やらねば僕の人生が終わってしまう。
さて何を話せばいいだろうか。困っていると、
「あのう……」
愛里から言ってきた。
「お姉ちゃんの彼氏さんに相談するのはどうかと思うんですけど、あたし困っているんです」
ぽつぽつ語る愛里はとても弱々しくて、だから余計に可愛い。
内容はこうだ。
衣装部屋からつい持ち出したキノコロボットのカバーを、後で戻そうと思っていたんだけど、失くしてしまってどうしょうかと悩んでいる。
ママに言ったら怒られそうで、お姉ちゃんに相談しようと思ったら、ママが連れて行っちゃった。と言う。
「そうかー。あいりん。僕に任せて!」
「名案があるんですか?」
「カバーは無くなっても別に控えがあるから大丈夫。僕が後でロボットに返しておくよ」
「ええ――っ! そうなんですか」
愛里はぱっと笑顔になった。瞳を輝かせて僕を見上げ、神様ありがとう、みたいに両手を握り締めているぞ。
「だからね。誰にも言わなくても大丈夫。いや、むしろ言わないほうが、心配されなくて良いと思うよ」
「そ、そうですよねー。はい。誰にも言わないことにします」
よ、良かったー!
上手く行ったぞ。
「それにあたし別の意味で言い難かったんです。……そのあの、ロボちゃんにいたずらもしちゃってるから」
「いたずら?」
もしや、あれか?
にぎにぎごしごしぺろぺろ――絶妙な刺激行為だろうか。
「どんなことなの?」
知ってて訊ねてみた。困ったように顔を赤らめているので、つい。
「うん。いろいろしちゃったんだレバーに。でも不思議なんだよー。触っていると、あたし気持ち良くなって。ぞぞぞーってなっちゃったの」
「ぞぞぞー?」
「うん。お背中がぞぞぞーって、身体全部がぞぞぞーって、すごくいい気持ちなの」
本能ってすげー。この歳でも快感があったりするんだ。
「舐めたら止まらなくて。でもかじらなくてよかったー」
「……か、かじる……」
かじるつもりだったのかっ!
無知って激怖――――――っ!
正しい性教育が必要だぞ監督さん。
「壊れてないかなー、あのロボちゃん。べとべとに濡らしちゃったままだからー。錆びたりしないよね」
本気で心配しちゃっている。可愛い。
「大丈夫だと思うよ。そこんとこのメンテナイスも僕が見ておくからね。安心して」
「あ、ああ、ありがとう。うさぎさん。優しいですねー。セナお姉ちゃんがうらやましいなー」
誰にも僕の素性を明かさないまま、ビルを出るのが懸命だな。
監督にお前があの山柿聖だったのか、なんて知られたら最悪かもしれん。
当初の予定からは随分離れてしまった。
だけど、だけど。
⑥スタジオ観覧用の窓から中を覗いている見覚えのある顔――。
「あっ! 兄さんだ。……ムッ! 彼女さんもいる……」
岩田と綾部さんだった。
うーん。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ファーティング・マシーン
MEIRO
大衆娯楽
薄暗い明かりが照らすそこは、どこにでもあるような、ただのゲームセンターだった。その空間の奥には、謎の扉があり、その先へと進んでみれば、そこには――。人気のないその場所へ、本日も一人、足を踏み入れていく。※下品なお話ですので、タグをご確認のうえ、閲覧の方よろしくお願いいたします。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる