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★呉地道場からの男

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 翌朝も小学校へ行く前に山の上公園からチェックはしたのですが、勇者さまのカーテンは閉じられたまま。その次の日もその次の日も同じでした。
 
 学校休み時間には、ブラックが相変わらず遠くから様子を伺ってきているだけでしたが、日を追うごとに見にくる回数が少なくなっていったのです。
 よかった、よかった。飽きてきたのかもしれません。
 
 数日後。
 学校が終わりいつものようにスーパーでお買い物をして自宅へ帰ってみると、玄関の鍵が掛かっていました。
 兄さんは外出中なのです。
 もう三日後にはK大受験。毎日遅くまでお勉強をしているので、息抜きでお散歩でもしているのでしょう。
 美味しいオヤツでも作ってあげよう。クッキーを焼く準備をしていたら、庭の方から話し声が届きました。

「素晴らしいですお兄様。こんな豪邸に住まわれているなんて」

「ゴマをすらなくても良い。中には入れられないが、まあ、こんな所だ」

 リビングの大窓から見える庭では、プールサイドに立って説明している兄さんの隣り、感心している小さな子供……。

 ――羽沢耕司ことブラックがっ!!
 兄さんどうして、どうして連れてきたのっ?

《自宅に他人を招いてはいけない》
 自宅は神聖な場所。岩田家の人間だけが出入りを許される。小さい頃から教えられ、そう過ごしてきたのに……。
 ブラックがいる場所は岩田家のお庭で、自宅の中じゃないけど、だけど、あたしは不満で、
 
「おお、愛里」

 あたしに気づいた兄さんが窓をとんとん叩くので、仕方なくリビングの大窓を開けました。

「あっ! 岩田さん。おじゃましていますーっ」

 今ごろ気付いたみたいに、ブラックがニヤけ、その顔を見ただけで気分が悪く腹も立ちます。
 あたしは、ぷいっと顔を背けて無視を決め込みました。

「おいおい愛里。ちゃんとお返事しなさい」

 もう兄さんったら。いいのにこんなやつ。

「いらっしゃいませ。羽沢……くん……」

「おい、どうしたんだ愛里。照れているのか?」

「ち違いますっ!!」

「でも、凄いですよねーお兄様。自宅にプールがある家庭なんて、なかなかないですよー。羨ましいなー」

「うむ。良かったら。夏に入りに来なさい」

 嘘っ。止めてっ!!

「いいんですかーっ。ありがとうございますー」

 兄さんは家の中にはブラックを入れはしなかったけれど、家の周囲を説明してまわります。
 そしてブラックが帰るのを見送ってから兄さんは、(クッキーが焼きあがるまで)昆虫図鑑を見ているあたしの側にやってきました。

「うん。いい匂いだ。もう少し待って、あの子にも食べさせてやればよかったな」

「絶対にイヤです」

 ブラックが食べるなら、泥を混ぜて作ります。

「やれやれ。そうツンツンしなくたっていいのに」

 ブラックの本心を知れば誰だってそうなります。美咲だって吐くほどですから。

「兄ちゃんはな、来月の愛里の誕生会に耕司くんを呼ぼうと考えているのに」

「ええええええっ!!」

「おおっ。凄い驚きようだな。俺から母さんに言えば何とかなるだろう。
 今まで愛里の誕生会は、俺と母さんと愛里の三人でしかやった事がなかったからな。そうかそうか、そんなに嬉しいのか」

 兄さんから母さんに言えばって……そんなの。

「嘘でしょ……」

《自宅に他人を招いてはいけない》
 今まで我慢してきたのに、ブラックは例外? 
 止めてよ。そんなの。
 親友の美咲だってお家に呼んだ事がないのに、他にも呼びたいお友だちはたくさんいるのに、あたしばっかりお呼ばれで行って、お返ししたくても出来なくて我慢してたのに、どうしてブラックだけ特別お家に入れるの?
 文句を言いたくても上手く話せず、ただ、怒りを、苛立ちを、吐き出すみたいに駄々をこねていました。
 
「おかしいもんっ! 絶対におかしいもんっ! 絶対に絶対だもんっ!!」

「おい愛里……どうした?」

「ブラックがだけおかしい。
 どうして特別? なんでなんでっ? 
 だってだって、ずっとずっと岩田家は他人を入れたらいけない決まりなんでしょ。
 そんなルールなんでしょ? どうして兄さんばかり勝手にっ!」

 あたしの気持なんか分かってくれてない。全然分かろうともしてくれない。

「あたしが嫌いなブラックばかり、羽沢くんばかり……」

 一筋、頬を伝って落ちたのが、図鑑のページを濡らしました。 

「そんなにあの子に食べさせたいんなら、これ全部あげたらいいっ!!」

 まだ焼き上がってないクッキをオーブンから出し、焼けた板のままテーブル上のコルク台の上に叩きつけました。

「愛里……」

 兄さんはオロオロしているばかり。

「兄さんなんか兄さんなんか、だいっ嫌い――――――っ!!」

 そのまま家を飛び出し、走りました。
 どんどん、どんどん足を動かして、途中走ってきた自動車に轢かれそうになって、こらーっ!
 と注意されたのも無視して、足が痺れてきても構わずにどんどん、どんどん。
 
「おっと、危ない危ない」

 がしっと身体ごと抱き止められ、見上げてようやく気づきました。
 
「ん。どこのお嬢ちゃんか思うたら、ほれ、坊主んとこでおうた別嬪べっぴんな子じゃわい」

 確か斉京寺さいきょうじさんです。一度だけ会った。
 山柿さまに唐揚げを持ってきていたあの優しいおじさん。
 そしてここは商店街……。
 通行人が何ごとかとあたしを見ています。
 
「どうしたんじゃ今日は、ん?」

 おじさまはくしゃくしゃなお顔に笑みを浮かべて、優しい声で囁いてくれました。

「泣きながら走っとったらイカンぞ」

 そっと指で拭ってくれました。ほぼ初対面だというのに心配してくれています。

「わああ――ん! わああ――ん!」

 私は抱きついて思いっきり泣きました。


 

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