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★ブラック退治
しおりを挟む今日は週に一度の早帰りの日。
放課後、帰る支度をしていたら、急に廊下が騒がしくなり、見たら、大勢の女子たちに囲まれたブラック王子にウインクされました。
目が合っただけで強烈な打撃を食らった、HPごっそり削がれた感じを受けるって、どう?
「見て。岩田さんのお迎えだわ」
「真実だったのね」
「一緒に帰るつもり」
「ブルー様、テニス部はどうするのかしら」
「不参加でしょう。岩田さんが優先よ」
「キスするのかしら」
「そんなぁ……。ブルー様」
勘弁して、噂が大きくなっている……。
美咲の言う通りブラックに、どーんと一発ぶっちゃければ、ちょうど皆がいるから、ラブラブ誤解は吹き飛ぶでしょうけど、勇者さまの秘密がバレたら……。
美咲がやってきてあたしの肩を叩きました。
「気にしない。さっさと帰ろ」
「うん。美咲がいたら心強いよ」
「まかせなさーい!」
美咲が胸を叩くと、発育良い胸がぶるんと揺れました。
羨ましー。
あたしたちはブラックの居ない後ろの出口に向かうと、ブラックが先回りして「一緒に帰ろうか、岩田さん」とニコニコ光線を発射されました。
「キモいねコイツ」
美咲が顔をしかめました。
「でしょでしょ、分かってくれた?」
「そうとう病んでいるわ、脳みそが」
話しだけじゃ伝えきれない高レベルのキモさをヒシヒシ感じたみたいです。
「ちょっと天野さん、酷いっ! 謝りなさい羽沢くんに!」
一人のブラックファンが言うと「「「そうよそうよ! 謝りなさいよ」」」と取り巻き女子たちが連呼しました。
「ありがとう皆。これは感謝の気持だよ」
「「「きゃ――――っ!!」」」
ブラックがファンに投げキッスをしたら、数人が魔法にかかったみたいにバタバタ倒れました。
「大丈夫かい皆んな?」
「……、……、羽沢く……ん……」床にへたり込んでいる瀕死の女子をブラックが見下ろし「弱ったな」と言って、あたしにキメポーズをしました。
「自慢かよ」
「何か文句ある天野さん? 僕のカッコ良さに痺れてしまった女の子たちに、申しわけないと思って気遣っているんだよ」
「いちいち面倒くさい」
面倒くさいけど、あれはザラキみたいに恐ろしい技。HPドレインといいブラックのスキルは侮れません。高レベルの魔法使いみたい。
「さあ、岩田さん、手をかして」
ブラックのねちゃねちゃの手が、ぬ~っと伸びてきました。
もちろん無視。
「……、……岩田さん……。僕はもう腕が疲れちゃったよ。早く手を繋いでくれないと倒れそうだ」
嘘つけ!
「「「きゃ――――っ!!」」」
生き残っていた取り巻きウザい。
しかし、どうやって学校から出よう。前にはブラック。教室からの出口は2箇所あるけど、あたしが移動するたびに待ち伏せされる。
一応ブラックは『自分の教室以外の教室には勝手に入らない』を守っているので、あたしが3-2の教室にいれば安全なのですが、このままじゃ教室から一歩も出られない。
前に立つ美咲の赤いメガネがきらりん光ました。奥の瞳が燃えています。
「いくよ愛里! 走って突っ切る」
「うん!」
二人で手を繋いで、「せーの」で出口を飛び出し、ブラックを抜けて廊下をかけました。
「やったー!」
「うんやったー!」
「ちょっと、待て待て」
ブラックが美咲の背負ったランドセルを掴み言いました。
「……なに」
「『なに』じゃないだろ? 僕は待ってんだぞ」
「だから無視してんだけど」
「あのねえ……天野さん。露骨にイヤ~な顔してるけど、特別な状況だとわかってる? 僕がいるんだよ、彼女たちを差し置いて君だけに話しているんだよ。ホラ見て彼女たちを」
ブラックを囲む女の子の目がギラギラ光って信者のようです。
「どうだいそこんとこ!」
「……ウザ」
「ウ……ウザ?」
ブラックの目が点になったのをそのままに、「じゃ、そういうことで。行くよ愛里!」「うん」とあたしたちは踵を返しました。
「待て待て、おかしいだろ! とにかく待てっ!」
「引っ張んないでよランドセル」
「整理して言うぞ。天野さんだけ帰ってOK。岩田さんは僕が自宅までエスコートするから、ねっ♪」
「『ねっ』じゃないでしょ!」
「「「きゃ――っ!!」」」
「エスコートですってっ!!」
「この取り巻きたち、アンタの合唱団?」
「放っといてくれ! さあ。岩田さん帰ろうよ。ごめん。みんなっ! 僕を愛してくれるのは嬉しい。でも取り囲むのは止めてくれないかな? 彼女が側に来れなくて困っているからさ」
「「「か、彼女っ!!!」」」
「「「きゃ――――っ!!」」」
「さあ! おいで、岩田さんっ! いざ僕の元へ」
「……、……」
ブラック王子が満面の笑みで両手を広げると、取り囲んでいたファンは潮が引くように移動してゆき、あたしとブラックの間に道ができました。
「ぶっちゃけ、台本でもあるん?」
「あるかっ!」
「あっそっ。じゃ行こうか愛里」
「……うん」
躊躇いながらも、美咲と共にここを進みました。
ブラックはあたしが来て当たり前みたいな余裕を醸しだしていて、余計に腹が立つんですけど。
当然ブラックを素通りです。
「いいのかな~フランケン」
ピクッと立ち止まりました。
ここで持ち出す? 脅迫です。やり方が汚いっ!
「どうしたの、愛里?」
仕方がない……、ブラックと手を繋ごうとしたら、バッシィ――ンと美咲の手刀がブラックの手を払いました。
「え? ……どうし「「「きゃ――――っ!!」」」
大丈夫っ!! 傷を見せてあたしにっ! いいえあたしにっ! と女子に介抱という名目で殺到されたブラックは、あわあわしていて、ざまーみろです。
だけど美咲、強すぎ。
スカッとしたけれど、まずいんじゃない?
「嫌々手を繋ぐなって言ってるじゃん」
美咲はニカッと笑い、「さー帰ろ。愛里」と、気にせずスタスタ歩き出しました。
カ、カッコ良すぎです美咲。もしあたしが男子だったらぽわ~んです。
でも明日から学校での人間関係が心配です。
「羽沢くんに、なにすんのよ天海さんっ!」
後ろから取り巻きの一人が食ってかかって来ましたが、ふん! と美咲は鼻息を飛ばし、
「どうして愛里が嫌いな男子と手を繋がないといけないのっ? 今朝はボランティアしてあげたんだから、もういいでしょう」
「ボ、ボランティア……」
「そうよ、愛里はねーっ。ウザい男子と嫌々手を繋がされていたわけよー、分かった?」
「……、……」
間違ってはいない……。
間違ってない。お陰であたしがブラックの彼女誤解は解けたでしょうが……。
どるどるどると黒いオーラを渦巻かせた女子たちがひとり又ひとりと美咲を睨み始め、ブラックはぽか~んとお口を開けてほうけていて、かなりウケるんですけど。
「いこ。愛里」
「うん」
美咲について女子集団を抜けました。
追ってくる者は誰もいません。
ぎゅっと握ってくる美咲の右手を握り返し、笑うので、あたしも笑いました。
三年の女子全員が敵でも、美咲さえあたしの見方ならいい。
仲良く手を繋いで学校を出たのでした。
だけど、良かったのはそこまで。
唐揚げの材料を買いに美咲と別れて商店街を歩いていると、「岩田さん。岩田さ~~ん」と嫌な声がするのです。
振り返るまでもなくブラックが横に並んで歩調を合わせました。
……しつこい油汚れみたいに頑固です。
しかもあたしの右手を今朝みたく勝手に握ってくれちゃって、あたり構わずニコニコ光線を発射です。
だから知り合いが「あらまあ」「へーっ」「いいね愛里ちゃん」「お似合いだね」などと勘違いして困りました。
頼れる美咲はいない。このまま我慢してたら、折角さっき美咲がしてくれた事が無意味になってしまう。無駄になってしまう。
そんなのは嫌です。
だから、今度はあたし自身がちゃんと言い切らないと、弱みを握っているって思っているこの男に言い切ってやらないと。
「ちょっと、話しがあるんですけど……」
「うっわぁ~。やっと岩田さんから話してくれたー。嬉しいなー。なになに、な~に? もしかして告白ぅ?」
よく喋る男です。
「ちょっと前に立って」
「ん? 岩田さんの前に立つの? えっ、本当に告白するつもり? いっやぁ~、照れるなぁ~、ふははは」
妄想が激しい男です。
あたしは大きく息を吸い込んでから、ぎゅっと目を閉じました。
「どうしたの? 黙っちゃって。そっか。緊張してるんだね」
プラス思考の男です。
美咲みたいに堂々と言うなら、目を閉じないと無理。嫌いな人でも傷つけるのは面と向かって言えない。
「どうしてフランケンを見てたの? 見飽きない? あんなの」
「!!!」
『 あ ん な の 』
血液が湯だつ感覚。背中がぴくぴくして、指の爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめました。
「あたし、あんたの事全然なんとも思ってないんですからっ! 勘違いしないでくれないっ!! もう近寄らないでっ!!」
目を閉じて大声で叫んだら、胸の中がすーっと晴れるようでした。
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